閑話(単話)
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トレイ先輩が快く私の宿題に付き合ってくれたためにレポートは書けたし、ハートの女王についての知識も少し身についた気がする。
そして翌日の土曜日…私はトレイ先輩とケイト先輩と共にバスから麓の町に降り立っていた。
「おお…異世界来て初の町…」
学園から町まで運んでくれたバスを見送った後に足を踏み入れた町は潮騒を運ぶ爽やかな風が吹く長閑な港町だった。
煉瓦で敷き詰められた広場の中央にある噴水周りに洒落た植木やお伽話に出てくるような可愛らしい建物ばかりで、日本のような高層ビルや古き良き日本家屋とは程遠い文化が根付く景観に感嘆の声が漏れた。海外に行ったことがないので、実際わからないが写真で見るような美しい風景を切り取った外国の街に迷い込んだような不思議な感覚だ…実際は異世界なんだが、と言うか異世界初の第一の町訪問までこんなに時間をかけるとは思いもしなかった。
「幸緒ちゃん、入学式からずーっと学園を出たことなかったんでしょ?学園から出た感想、聞かせて聞かせて〜」
「(一応ドワーフ鉱山にも行ったけど)…何というか…本当に学園外に人いたんだなぁって」
「そりゃいるだろう」
「当たり前のことなんですけど…今更ながらなんか学園以外の世界ちゃんとあったんだなと再認識しましたね」
「うーん、さすが異世界人の幸緒ちゃん。視点が独特だね!」
この世界が現実のものであると認識してはいるが、やはり自分の目で見たことない景色ってのは中々実感しづらいのもあって学園外にも生活を営む人々がこんなにいるのかと改めて気付かされる。同時に本当に知らない土地で私は生活しているのだなと再確認したし、自分の知らない世界にワクワクする好奇心が疼いて仕方ない。
学園がスタート地点で終点とは言え、異世界モノの醍醐味はやはり知らない土地を旅することにあるよなーと思いつつも、勇者として召喚された訳でもないのでこの先新たな街に訪れる機会はないだろう…私は家に帰るのが目的だし。一番近いこの町ですらバスを使わないと結構時間がかかる距離にあるので頻繁に訪れることはないだろう。
「幸緒がいた世界はどんな所だったんだ?」
「それ!けーくんも知りた〜い♪」
「私がいた世界ですか?暦とか、時間の経ち方とか基本的なことは同じっぽいんですよね。明確な違いは…魔法関係は全く存在しない科学の力で発展した世界って所でしょうね」
とても知的な発言をした気になっていたが、私は科学についてそんな詳しい訳でもないし、そう言えばケモ耳種族もいないじゃんと言ってから別の相違点に気が付いた。
「へぇ、科学が…学園での授業は基本的に魔法中心だから中々に珍しいな。興味深い」
「トレイ君はサイエンス部だからむしろ馴染みありまくりじゃない?でも確かにあんまピンと来ないかもー」
「こっちだと科学の立ち位置ってそんな感じなんすね。…まぁ魔法がない分、人類が自力で発展してった世界ですから歴史とか全然違って面白いですよ」
「へぇ、それは興味深いな。例えばどんな偉人がいるんだ?」
「そうですねぇ…日本人としてはやっぱり代表的なのは戦国時代の織田信長…豊臣秀吉、徳川家康とか」
私が日本史の中でも戦国時代が好きなもんだからベラベラと饒舌に名前を上げてしまうが、ピンと来ない2人は小首を傾げる。当たり前だ。
「オダノ…ナガ?聞いたことない変わった名前だね〜どんなことした人なの?」
「私の故郷である日本って島国は昔領土ごとに支配する王様みたいなのがいっぱいいて、常に領土を広げるために争いあってる時代がありまして…その時代にライバル大名達をドンドン倒して沢山の領土を支配下に置いて天下布武を唱えたのが第六天魔王信長なんですよ!」
「テンカ、フブ…ダイロク…?ヘェーソナンダ…」
「ん〜…後半から分からない用語が増えたな」
「あ、すみません。つい興奮して…まぁこの織田信長が日本を一つにする道筋を作って、次にバトンを受け取った豊臣秀吉が日本全体の勢力を一つに統一して、最後に徳川家康が日本が荒れた時代に戻らないように平和な時代を260年ほど保ったんです。昔は小さな国が沢山あった島国を一つの大きい国にして私の住む今の日本を形造ったすごい人らなんですよ!あっ今はこっちにいるんで住んでないけど!」
なるべくわかりやすく簡潔に伝えようと意識したものの最終的にまた興奮して早口になってしまったことに気付き、目を丸くする先輩達との温度差にさすがに恥ずかしくなってふへへっ…と変に口元が歪む。
「なるほどねー…そっちの歴史についてはイマイチだけど、幸緒ちゃんがとにかく自分の国が大好きってことよ〜く伝わったよ♪」
「あ、いやその」
「はははっ、確かに。それに前から思ってたが…結構テンション高いタイプだよな?」
「えっ」
「それなー!幸緒ちゃんってエースちゃん達といる時は落ち着いたコなのかと思ってたけど、リドル君の件ではめちゃくちゃ怒ってたし、キレやすいのかと思えばよく泣いたり笑ったりするし大分感情豊かだよねっ」
「そ、そんなことは…」
別に超クールとまで思ってないけどたまに感情的にはなっても馬鹿騒ぎするほどではない…割と冷静沈着なタイプだと自己分析していたが、先輩達の生温かい眼差しは感情操作がド下手くそのお喋りな小さな子に向けるような優しさに溢れていて余計羞恥心を煽られる。
「そんな否定することないんじゃないか?少なくとも俺は素直な後輩で見ていて可愛いと思うぞ」
「は…はぁ〜〜〜っ!?」
「あっ、キレながら照れてる〜!顔真っ赤で可愛い〜♪」
「て、照れてません!キレてますからっ!!」
「ははは。そうだな、怒っているんだよな。悪い悪い(ポンポン)」
「ごめんねー。ナイトレイブンカレッジではあまりに珍しい反応見せてくれるから可愛くって♪(ナデナデ)」
「だ、だから〜〜〜っ!!」
子供扱いするなー!と派手に叫びそうになるのをグッと堪え、ジト目で不満である意思表示をしたにも関わらず私を嘲笑うかのように2人の先輩は左右から撫でたり頭をポンポンしたりと、それはもう好き勝手にいじくり倒された。
何だろう…先輩ズの私に対するこの扱い…基本的に後輩には優しいし、厳しく叱ることも出来る先輩方だと思う…。
時には後輩を揶揄うナイトレイブンカレッジ生の一面を見せることもあるが、エース達にする揶揄いと私にする揶揄いが全然違くない?
一応謝ってはくれるけど全力で嫌がってるのに止める様子がないの何なん…?
満面の笑みを浮かべる2人の先輩を見て気が付いてしまった…私ならここまでやっても大丈夫だと、ナメられているんだなと。今日は先輩達がわざわざ貴重なお休みを私の課題のための町案内に時間を割いてくれているし、すでにバス代も払っていてくれて強く出れない私の性格を完全に把握されている。
これからさらにお世話になるだろうし、序盤からグリムのようにキレ散らかすほど短絡的な思考に走れないから、ただただ拳を握って震えることしかできない。
しばらくすると2人は満足したのか、ヘラヘラしながら口では謝罪の言葉を述べた後に、お詫びとばかりにアイスクリームを買い与えられて真面目に町案内を始めてくれたので、私の機嫌はあっさり直った。
「幸緒ちゃん、どう?アイスクリーム美味しい?」
「…めっちゃ美味いです。好きな味」
「それなら良かった。おすすめの店だから気に入ってくれたなら俺も嬉しいよ」
「いいねいいね〜。それじゃあ…この辺で1枚撮ろっか☆」
虎視眈々とマジカメチャンスを狙っていたらしいケイト先輩は噴水を背景に決めてスマホかざすなりアイスクリームを食べる私に詰め寄り、逃げようとしていたトレイ先輩を引き寄せたかと思えばパシャリと写真を1枚撮って早速SNSの海へ流出させた。
相変わらず無許可だし、全世界に顔バレするのは嫌なんだけどケイト先輩の最早慣れてるんだろうが、ブレることなく一発でキメられる撮影技術は手本にしたいレベルで普通に感心する。
それから意外と大きな麓の町を練り歩いて先輩達のオススメスポットや美味しい飲食店、歯医者などのクリニックなどなど長居すればお世話になる可能性がある施設を沢山教えてもらった。
ここは港町だが、貨物船が主に停泊する港と客船や町の人が漁業で使う小さい船がより集まる港と、港が左右二つに別れているのだそうだ。
後者の港側であるクレーンポートは地平線に広がる海が太陽に照らされて燦々と青く輝き、穏やかな鳥の声と潮騒が心地良い音色を運んでくる。私が知るような灰色の海やテトラポッドだらけで遠くに変なウキがふよふよしてる海とは比べ物にならないほど、現実感のない理想的に美しい海には思わず感嘆の声が漏れた。
「うわぁ…海がすっごい綺麗っすねぇ」
「意外な反応…幸緒ちゃんって海見るの初めてだったりする人?」
「あーいや、そんなことはないんですけど。こんな綺麗な海を実際に目にしたのは初めてだったので」
「そうなのか。…俺達からすれば当たり前の景色だが、幸緒にはどれも特別に映るようだな?よく驚いた顔をしているぞ」
「そりゃあ…私の住んでた日本とやっぱり違うから一々新鮮なんですもん。食べ物とか、馴染みあるものが多かったから学園生活ではあんま気にしてなかったんですけど」
「そう言えば初めて会った時もすっごい顔してたね〜…ねねっ、そのニホンって国はとびっきりの映えスポットとかあるの?」
「えー、先輩がお気に召すかは別ですけど…京都とかおすすめですかね。立派な寺とかいっぱいあって時間帯や季節によって景観が変わるんで、何度行っても見応えありますよ」
清水寺や金閣寺銀閣寺はもちろん、伏見稲荷の千本鳥居とか鮮やかで厳かな雰囲気もあっていい所だし、そもそも京都の街並みが風情があっていいものだ。
勝手に中学の修学旅行を思い出して頷く私に対して先輩達はしっかりと興味を示してくれるので、私はさらに大阪奈良と修学旅行で行った関西圏の話を聞いてもらった。
奈良公園にいた鹿のことや大きな大仏、大阪城の天守閣に登った話や道頓堀が汚かった話、ご飯が美味しかった話など、懐かしくてホームシックが加速するが自分の世界の話をするのは楽しかった。
「へぇ〜、ニホンってこっちと全然文化違いそうですごく面白そう♪」
「野生の鹿と当たり前に共存している街か…うん、まったく想像できないな。幸緒の世界は魔法が存在しないのに、随分不思議な世界なんだな」
「そういうもんですかね」
私からすればこの世界の方がおとぎ話の中のような不思議な世界観に感じるが、そんな世界の住人からすれば私の住む世界もそう思われるのかと視点の違いは面白いもんだなと勝手に納得して笑った。
その後もクレーンポートに停泊している船を眺めてみたり、よく催し物をされているらしい市場的な広場を歩いてみたりで中々有意義に時間は過ぎていった。
魚をモチーフにした可愛らしいモニュメントをボケーっと眺めてると、お喋りな住人達が由来を教えてくれたりもしてトレイン先生へ提出するレポートのネタもあちこちで十分に集まったのでおおよその目的も達成出来た。それからは立ち並ぶ飲食店や服屋さんに立ち寄ってみたりと、普通に楽しく過ごしてしまった。
***
結構長い時間歩き回り、クレーンポートから町の中央にある噴水広場まで戻ってきた。
一旦休憩ということで先輩達がトイレに行ってる合間に噴水の縁に座った私はそう言えばこの街から見るナイトレイブンカレッジは建物の外観がモヤっとした黒く澱んだ空気を漂わせている大きな魔王城みたいな校舎で町から見ると大層よく目立つのだが、それと同じくらい目立つ白く立派なお城がナイトレイブンカレッジの反対側に聳え立っていることに気がついたのだ。
規模的にもナイトレイブンカレッジと同じように見えるし、対照的な白と青がよく映える城はまるでシンデレラとか、童話の王子様が住んでそうだなとか妄想しながらぼんやりと眺めていた。
「…ナイトレイブンカレッジが学校だから向こうもそうなのかな」
位置的にも雰囲気的にもナイトレイブンカレッジの対極にあるようだし、同じ学園ではと思いながら私はリドル先輩大暴れ後のパーティー(怪我により不参加)に参加して帰って来たグリムの言葉を思い出した。
「ナイトレイブンカレッジのライバル校の何ちゃらソードアカデミー…だっけ…?」
「そりゃ、ロイヤルソードアカデミーだにゃあ」
「そうそう!それそれ…て、うわああっ生首っ!!おぅわあぁあっ!?」
「あっ」
誰もいないはずのお隣から声がして、振り向くといつか見た紫髪に猫耳の生首が金色の瞳を怪しく輝かせながら宙に浮いていて目が合った。一度見てはいるものの予期してなかった唐突なホラーに驚いた私は仰け反り、そのままバランスを崩して背面の噴水に背中からダイブしてしまった。
***
「まさかここまで驚かれるとは思わず…さすがにすまんかったにゃ」
「あい…」
ボッチャーーン!!と激しい水飛沫をあげて噴水に沈み、ずぶ濡れになった私を前にした怪しい生首ことチェーニャさんもさすがにこんな大惨事になるとは思ってなかったようでさすがにバツが悪そうにしていた。その罪悪感につけ込み少しでも責任を取ってもらうべくたっぷり水を吸ったブレザーを絞ってもらい、自分でも髪の毛やベストの水気を取るために絞った。しかし下着までびっしょり水浸しでもう完全に手遅れだ。
「…そう言えばあなたって、トレイ先輩とリドル先輩の幼なじみなんですね」
いつかオンボロ寮の掃除を手伝ってもらった時に聞いた話を思い出して、この気まずさを打破するべく話題として私はチェーニャさんに話しかけてみた。
「ん〜?それがどうかしたかにゃあ〜」
「いや、あの時私達にアドバイスしてくれたのって…やっぱりリドル先輩のことが心配だったからなのかなーと思って」
「…おみゃーがそう思うんなら、そうなんじゃにゃーの」
「ええ…」
熱い友情があるんやなとちょっと感心してたのに、何とも掴みどころの無い回答で困惑する。この人、ナイトレイブンカレッジ生じゃないのに、同じくらい面倒臭いな…しかし表情からは何となく嬉しそうに見えるから、私は彼がリドル先輩の変化に喜んでいると勝手に良いように解釈することにした。
「そういや、おみゃーだけ『なんでもない日』のパーティーにいなかったにゃあ」
「あー…そのパーティーの前に大怪我したもんですからね、誰かさんのおかげでね!」
「ふ〜ん…おみゃー、リドル相手に随分身体を張ったんだってにゃあ?」
「まぁ…なりゆきで。でも先輩もあれでスッキリしたみたいだし?ハーツラビュルの空気も良くなったみたいですから、マジで骨折り損にならなくて良かったすわ。ははっ!」
「ほ〜〜ん…おみゃーあの学校の生徒にしては変わったやつにゃあの〜」
「ほあっ!?」
自分のことを棚に上げて平然と人に変だと失礼なことを言い放ったチェーニャさんに信じられないという視線を送るが、彼はどこ吹く風。絞り終わったブレザーを「ほい」と手渡してチェーニャさんはにまぁ〜と妖しい笑みを浮かべた。
「まぁ、だからこそリドルもあんな風に変われたんじゃにゃあの?トレイのお菓子も前より美味かったにゃあ」
「はぁ…そうっすかね?」
「そうだにゃあ〜」
恐らく悪いことは言われてないけど、何だかふわふわした会話で要領を得ないなぁとニマニマするチェーニャさんとそんなふにゃふにゃ話していたら、
「あっ!あれは『なんでもない日』のパーティーに侵入してたロイヤルソードアカデミー生じゃねーか!!」
「おいおいおい!うちの生徒が水責めされてんぞ!」
「許せねぇな!であえであえ!!」
突然よく見慣れた好戦的なナイトレイブンカレッジ生が怒号をあげながら不良漫画みたいに現れたかと思えば、チェーニャさんを取り囲むようにこちらに走り込んで来た。
「おおっと〜、なーんかややこしくなってきたからそろそろ帰るかにゃあ〜」
「えっ…ちょっまっ」
「ほいじゃあ、またの〜」
即座に危機を察知したチェーニャさんは慌てることなく、軽く手を振りながらいつかのように足元から先にふわっと煙のように消えて行き、ニマッと笑みを残して消え去った。
その笑みを見て私はハッと思い出した。
猫…紫のしましま…掴みどころのないよくわからん言動にどこにでも現れ、消え去る…あれがチェシャ猫では!?
「おい、大丈夫か…て、お前監督生じゃねーか!」
「えっ…あっ、温玉先輩達、お久しぶりです」
思わぬところでアリス要素を発見してしまって呆けていたが、肩にポンと手を置いて声をかけてきたナイトレイブンカレッジ生が見知った相手であることに気づき、小さく頭を下げて挨拶した。
「おう、久しぶり…て、違うだろ!そう言えばお前だけ『なんでもない日』のパーティーにいなかったな…あの後大丈夫だったのかよ!?」
「あの時は…大丈夫ではなかったんですけど、今はおかげさまで五体満足!へへっ!へっっ…くしゅんっ!!」
「全然大丈夫じゃねーなっ!」
何だかあの騒動の一件があったからか、言葉は荒いが妙に心配してくれてるような優しさを感じて身体は肌寒いが、心は温かくなった。
「お前っ、そんなずぶ濡れになって…ロイヤルソードアカデミーにもイジメられてんのかよ!?」
「え?いや、イジメられた訳では…まぁ、驚かされて結果的に噴水に落とされたようなもんですけど」
「無茶苦茶やられてんじゃねーか!!おのれ、ロイヤルソードアカデミーめ!!」
「だから別にやられてないんですけど、話聞いてくださいよ」
優しさは気のせいだったは…私の心配をしていると見せかけてただロイヤルソードアカデミーに対しての憎しみを燃やす温玉先輩達を横目に一瞬で心と身体が冷めたせいか、また派手なくしゃみが出た。何やかんや季節は秋、秋風に吹かれるとそこそこ寒くて身震いする。
「おいおい、お前…そのままじゃ、風邪引くだろ。とりあえず上だけでも脱げよ。魔法で乾かしてやるからよ」
先輩から飛び出したその発言に一瞬思考が止まった。
「ぅ…あ…いやいやいやいやっ!いいっす!大丈夫ですから!!」
震える私を見て温玉先輩達なりの善意で言ってるんだろうが、非常に困る提案だ。
なんせ私は普通に身も心も女の子!何もしてなくてもバレる雰囲気が微塵もないから油断していたが、流石に剥かれたら女子バレ待ったなしである上に公衆の面前でとんでもない辱めにあってしまう。いや、冗談抜きで今まで地道に築き上げたものが全て崩れ去り学園にいられなくなる可能性しかなくて心臓がドッドッドッと早鐘を打ち始めている。
「何だぁ?お前男のくせに恥ずかしがってんじゃねぇ!ナヨナヨすんな!潔く脱げっ!」
「いやいやいやいやマジ大丈夫っす…お気持ちだけで」
「うるせー!ごちゃごちゃ言ってないでさっさと脱げー!」
「ぎゃぁああっベスト剥かれたっ!シャツ引っ張んないでください!ねぇホントやめてっ!?嫌だつってんだろーがっ!!」
何としても脱がされないように地面に伏して亀のように身体を丸めて喚く私と、四方を囲んで多方面からYシャツを引っ張って脱がせようとする温玉先輩達、と言う大変問題のある絵面でしばらくギャーギャー騒いでいたが、不意に腰の方からシャツの裾を引っ張られた。そんなことされると当然腰回りが晒されるわけで私はもう気が気ではなくなりかけたその時だった。
「こらこら、お前たち…学外で騒ぎすぎだぞ」
「うんうん、悪い意味ですっごい目立っちゃってる。こんなのリドルくんに知れたら大変!だから皆ちょっと落ち着こっか〜」
「せ、先輩〜〜〜っ!!」
もはや脱がせるのに意地になっていた温玉先輩達を制止するトレイ先輩とケイト先輩を見上げて、私は安堵のあまり思わず泣いてしまった。
うわーんと泣き喚く私と学外で町の住人達の訝しげな視線に気付いた温玉先輩達はようやく状況に気づいて落ち着いてくれた。
「とりあえず…どうしてこんなことになってるのか、聞かせてくれるか?」
「それなー!ちょっとトイレ行ってる間に問題起きすぎだよね!?」
颯爽と止めに入ってくれた先輩達であったが、穏やかな雰囲気から一変して寮外どころか学外で自分とこの寮生がビショビショに濡れた後輩を寄ってたかって虐めてるような絵面だったんだろう…ヒソヒソ話す一般人の訝しげな視線に冷や汗ダラダラで結構青い顔をしていた。
町の中央広場では目立ちすぎるので、私達はもう少し人気のない場所へ移動して事の経緯を説明した。
「なるほど、大体把握した。チェーニャの悪ふざけが原因で幸緒は噴水に落ち、ずぶ濡れの状態を心配したお前たちが風邪を引かないように乱暴だが上着を脱がせようとしたわけだな?」
「何故か…そうなりましたね…」
「つい、カッとなっちまって…すいません…」
「まーまー、過激ではあったけど君たちも幸緒ちゃんの心配しすぎちゃったわけだもんね。幸緒ちゃんも怒ってないんでしょ?」
「ええ、行動がありがた迷惑なだけでお気持ちは嬉しい限りですよ。先輩方にはリドル先輩の時にも世話になりましたからね」
すっかりしょんぼりしてしまった温玉先輩達にはあの日以来会うのは初めてで、思い返すと先輩達の助けがなければわりと死んでてもおかしくない状況だったのに全然感謝を伝えられていなかった。
「改めて、あの時は何か…色々と切羽詰まってたから好き勝手言っちゃいましたけど、助けてもらって嬉しかったし、本当にありがとうございました」
少し照れ笑いしつつ素直に感謝を述べて軽く頭を下げる私を見て温玉先輩達、何ならケイト先輩までちょっと面食らった顔をしていて戸惑う。
「えっえっ何でっ…変なこと言いました?私」
「ああ、気にしなくていいぞ。ナイトレイブンカレッジに通ってるとな…お前みたいに危害を加えられたにも関わらず素直に謝れたり、感謝を言ってくる奴はまずいない。つまり、すごく動揺しているんだ」
「ええ…そんなことで…変な人たち」
「あははー…まぁ、幸緒ちゃんも相当変わってるけどね♪」
ナイトレイブンカレッジ生の生態にドン引きしているとポンと肩を叩かれて、ケイト先輩に自分も同類だと言われたことに即座に反論しようと口を開いたが、
「ふぇっ…くしゅんっっ!!」
出てきたのは特大のくしゃみと大量の鼻水だった。何だか日も傾いてきて風が冷たくなって来たせいか、めちゃくちゃ寒くなってガタガタと身体が震えだす。
「さ、さ、寒いっ!火っ…火を焚いてくださいよー!」
もう冗談では済まされなくなってきて、なりふり構わずに騒ぎ立てる私に先輩達は大慌てで火をおこしてくれた。しかし町中で焚き火などできるわけなく、必死に火魔法を出し続けてくれる先輩、または火魔法と風魔法の合わせ技で温風を浴びせてくれる先輩、急いで大量のタオルを購入して被せてくれる先輩達の働きによって髪はすっかり乾き、服も湿り気がある程度に落ち着いたが、もう散策再開するような状態でもないために、今日のところは使用済みの大量のタオルを土産として学園に戻ることになった。
このまま過ごすのは風邪を引くかもしれないのでしっかりお風呂に入りたい…しかしオンボロ寮の風呂は機能してないためにどうしたものかと悩んでいたら、申し訳なさからかケイト先輩らがハーツラビュルの風呂を使ったらと申し出てくれた。しかし…男子校の風呂場とか…絶対に個室じゃねーだろうし、男子寮の風呂に入るとかアクシデント待ちかってくらいに性別バレのフラグでしかないから丁寧にお断りし、私は大量の詫びタオルをオンボロ寮に置いてから、足早に着替えを持って学園長に死ぬほど頼み込んで風呂を貸してもらった。
****
無事に風呂につかり温まった甲斐もあり、翌日日曜日は風邪を引くことなくトレイン先生の課題に取り掛かっていると暇を持て余していたのか、エースとデュースがトレイ先輩に持たされた先日の詫びケーキを持って午前中から我が家へやって来た。
「トレイン先生の課題手伝ってやれってトレイ先輩に頼みこまれちゃったからさ〜。しょうがないから見に来たわけ」
「寮長にもいい機会だから一緒にハートの女王について見識を深めるようにと強く言われてしまった…」
「おう…そうか」
ニヤニヤするエースとは対照的にデュースは何とも複雑そうな顔をしていて、こう言った調べ物とか苦手なことが容易に想像出来る。エースは宣言通りマジで見てるだけなんだろうが、デュースは真面目だからな…しかし最初に頼もうとした時は秒で逃げ出したくせに何だかんだこうして付き合ってくれるのだからちょっと絆を感じさせられて嬉しく思ってしまう。なおグリムは強制参加で、日曜日はいつものメンツで私の課題を中心としたお勉強会(なお直ぐに飽きて遊び始める)をする1日となった。
途中から2人と1匹に妨害される場面もあったが課題は無事に翌日の提出日に間に合い、私は満面の笑みで授業前に教壇で準備をしていたトレイン先生に課題をまとめたノートを手渡した。
「先生、ハイッ!言いつけられていた課題ちゃんとやりましたよ!沢山褒めてください!」
「提出期限を守るのは当然のことだが…まぁ、いいだろう。だが中身を確認しないことには評価はしてやれん」
「どーぞご確認ください!」
「ほう…よほど自信があるようだな。では見させてもらうとしよう…」
ペラっとノートを捲り、トレイン先生は静かにノートの文字列に目を通してゆく。
やがてペラペラとノートを捲っていた先生の手が止まり、いつも通り眉間に皺を寄せた厳しい表情のままノートを閉じて私の方へ向き直った。
「どうですかー?金曜〜日曜日を犠牲に書き上げた自信作です!褒めてくれていいですよ!」
「ふむ…確かに言いつけ通りに調べ、フィールドワークも行った成果が垣間見える内容だ」
「へへへっ、頑張りましたとも」
「…しかしこの『アイスクリームが美味しかった。』『噴水の水が冷たかった。』『海がとっても綺麗だった。』など一々入る子どもの感想のような文はなんだね?」
「えっ?レポートってそう言うもんじゃないですか?私の感じものを心の内まで全て文章にまとめてきたまでですけど!体調崩しそうにもなってもう大変だったんですからもっと褒めてください!」
レポートと言えばポケモンのレポートセーブを基準にしている私は町の歴史だけでなく、調べていたその日のことを大体1時間ごとに事細かにまとめて提出した訳であるが、トレイン先生は眉間に皺を寄せる渋い反応で思わず大きい声が出た。
「むっ…確かにしっかり調べてまとめるようにと言った覚えがあるが、ここまで記録しろとは言っていない!これでは最早日記と変わりがない!」
「だって!レポートって忘れてもそこからやり直せるための記録じゃないっすか!細かく書いといた方が続きから始めやすいし…内容も思い出せるようにしないと進む時困るでしょ!?」
「お前は何の話をしている!?ええい、もういい!…今回はこれで受け取るが、次回からはもっと簡潔にまとめて提出するように!」
私のポケモン式レポートを理解してもらえなくて残念ではあるが、私の頑張りがレポートにびっしり記録してあるのも功を奏してやり直しを要求されることはなく、眉間に皺を寄せつつも若干困り顔をするトレイン先生はノートを受け取り、私に早々に授業の準備に取り掛かるようにとさっさと追い払われてしまった。
ちょっと腑に落ちないものを感じつつも課題は一先ず達成したので良しとして、私は手を振るデュース達の元へ戻ることにした。
「あのトレイン先生の課題を一発合格するとは…やるなっさすが監督生!」
「いや、先生明らかに幸緒のヤバさにドン引きしてたよね?!ゴリ押しに屈しただけじゃん!」
「失礼な!ちょっと蛇足なだけで、私は言われた通りに課題をこなしただけだぞ!」
「まーゴリ押しでも何でも上手く行ったなら良かったんだゾ!」
この3人と1匹での騒がしい会話も何度目か、異世界にやって来たのはこの間のことなのに大分馴染んだものだ。
全く嫌ではないし、居心地も悪くないどころか普通に楽しくも感じてしまうので、最近私ってばこの不可思議な世界に慣れて来てるのではと感慨に耽ってしまう。
思えば色々あった…化け物と闘ったり、タルト作ったり、決闘したり、また化け物と闘ったり…異世界でもさらに非日常な出来事が序盤に起きすぎて、穏やかなこの日常が存外平和で心地良い。
この平穏を保ったまま、学園長には私が元の世界に帰る方法をさっさと見つけ出してもらいたいものだと切に願うのだった。