閑話(単話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ザァーと雨の降りしきるとある夜のこと、リドル寮長改めてリドル先輩によるハーツラビュルでの騒乱から数日が経ち、修復されたパーティー会場と晴れやかな寮生達、失態を隠蔽したい学園長により、すっかり無かったことになっていたが…私はその闘いで受けた傷が治りきらないまま、いまだに寝苦しい夜を過ごしていた。
肋骨の骨折は大分よくなり、ちょっと深く呼吸をすると痛む程度で身体中に出来ていたアザや傷はほぼ跡もなく完治した。やはり乙女であるからには顔の傷は気になるところだったから傷跡が残らなそうで安心した。
しかしギプスの取れない左腕だけはまだまだ治りが遅く、たまに痛むし蒸れるし痒いしでなかなか厄介である。
魔法が主流な世界とあり、これでも私のいた世界よりも大分治りが早いので後数日経てばギプスが取れそうな雰囲気はする。
もう少しの辛抱だと寝返りを打っていると突然鼻先にぴちゃりと冷たい液体が落ちて来た。
「うわっ!冷たっ!何っ!?」
思わず飛び起きて鼻先を触って確認すると、それが水であることがわかった…が何が起こってるかはわからなかった。
しかし外の雨の音が強まり、暗い部屋の至る所からぴちょんぴちょんと天井の隙間から、床やそこら中の家具を濡らす水の音が響き渡り、またも頭に冷たい水が落ちた時に気づいた。
これはーーー
「めちゃくそ雨漏りしてるじゃんかーーっ!!」
そこからは大変だった。
グリムを叩き起こし、ゴースト達には半ば強引に協力してもらって家中にあるバケツや桶、コップなどなどありとあらゆる入れ物をかき集めては雨漏りしている箇所に配置し、濡れた箇所をタオルで拭いて、濡れてしまった衣類を乾かしてなどなど忙しく動き回っていたら、ろくに眠れないままいつの間にか朝日が昇っていた。
深夜ずっと降り続いていた大雨のせいで溢れそうになるコップやバケツを入れ替える作業がちまちま入って全く眠れなかった。いっそ諦めようかとも考えたが、これから長く過ごす可能性があるただでさえ壊れかけの家…この雨漏りのせいで劣化が早まり、床板が腐ったりなんかして突然踏み抜いて事故に遭う可能性だってあるし、雨漏りで臭え家になるのも嫌だった。
窓から差し込む朝日を浴びながら、私は疲れ切ったグリムやゴースト達と顔を見合わせ、私達の心は一つ決意したことがあっただろう。
こんな夜は二度と体験したくないと。
そんな決意をした朝方から数時間後…私とグリムはオンボロ寮の屋根の穴を板切れで覆い、トンカチで釘を打ちつけて固定していた。
「…なー、腹減ったんだゾー」
「…今日土曜日だから学校休みだよ。つまり飯はない」
2人して腹を空かせながらこんな作業に明け暮れているのには理由がある。
朝一に私の怪我の様子を見に来た学園長に雨漏りを何とかしてくれと直談判した結果、学園長はオンボロ寮の倉庫からおもむろに工具セットと大量の板切れを私とグリムに持たせて、長いハシゴを持って外に出たかと思うと屋根を登らせ『はい!これで修繕できますね!』とニッコニッコで手を合わせて怪我人である私とグリムを屋根の上に置いたまま立ち去ったのだった。
学園長がパパッと魔法で修繕してくれるものかと思っていたために、こんな漫画みたいに板で穴を塞ぐなんて古典的な修繕をさせられるなんて思いもしなかった。
何が信じられないってまだ首から三角巾で腕を吊ってるような怪我人に高所作業をさせているところが意味わかんない。学園の評価は気にするが、私が関係ないところで怪我するのはいいってのか?口癖のわりには優しさが足りないのではないか…ハーツラビュルでは結構頑張ったんだから、もう少し気にかけてほしいもんだ。
「せめて生活費くらい寄越してほしいよな…あれ、グリム?」
あれこれと物思いに耽っていると、目の前で板を押さえていたはずのグリムの姿が忽然と消えていた。
ふとガタガタと屋根に横付けされたハシゴが揺れていることに気づき覗くと、すごい勢いでハシゴを降りてオンボロ寮を離れて行く見慣れた毛玉を発見した。
「修繕作業なんてやってられねーんだゾ!」
「グリムーーーっ!!お前っ!マジか!!」
脱走癖があるのは重々承知していたつもりだったが、さすがに怪我人を高所に置き去りにはしないだろうと油断していた。所詮獣は獣…心を通わせるのは不可能だったわけね。
この腕でハシゴを駆け降りてすばしっこいグリムを追うなんて出来るはずもなく、遠くなるグリムの背を見送ることしかできなかった。
「はぁ〜〜…またこのパターンね」
一応骨折してるのは手首周りなので指先と肘の関節には問題はないが、屋根の上は思ったより高くて1人でハシゴを降りるのは普通に怖い。
ゴースト達に助けてもらうことも考えたが、彼らは昼間に外に出るとちょっと存在感が消えそうになって不安になるので頼めない。
悶々と考えていると、だんだん逃げ出したグリムに怒りがわいてきて、
「あの毛玉が〜!毎度毎度面倒を押し付けやがって!」
私はその怒りをトンカチに乗せて釘に叩きつけた。
「大体よぉ〜この作業が暮らしを豊かにするためのものってわっかんないな〜??享楽に素直すぎて先を見通す頭がないのか〜どいつもこいつもよぉ〜!!」
止まらなくなった不満を怒声に乗せて発散しながらひたすらに怒りを釘に打ち込み続けていたら、ようやく落ち着いた頃には屋根の一角の修繕が完了した。
とは言えオンボロ寮は意外と大きいためにまだまだ先は長い。
ため息を吐きながら立ち上がって移動をしようとした時、足元に修繕用の板があることに気づかず踏みつけてしまった。
「っ!?うおっ!!」
体重をかけた板はずるんと屋根の斜面を滑って、同時に乗せていた右足も滑ってバランスを崩した私はずべっとギプスをはめた左腕を下敷きにする形ですっ転んだ。
幸い硬いギプスのおかげで左腕は何ともないが、それが空腹の腹に食い込んでグエッと信じられないくらい低い声が漏れた。
さらにそのまま身体全体が屋根の斜面を滑っていき、とうとう屋根の縁から足が飛び出してそのまま下半身が宙に浮いた。
「わぁあっ!今度こそ死ぬぅ!事故で死ぬぅっ!!」
上半身が投げ出された時に、カラカラと落ちて行く板切れと同じようにはなるまいと何とか気合いで屋根の淵を右手でガシィッと掴んで落下を防いだものの、全体重を片腕だけで耐えられるはずもなく…死を予言して喚いてる間に早くも限界を迎えた右手があっさりと力尽きてしまい、私は真っ逆さまに地面に落ちて行った。
ここ最近ずっとこう、何かと浮いたり落ちたりでもう刺激しかない。しかし3、4階くらいの高さから落ちたら大怪我だけで済むだろうか、そもそも助けが来るのか…オンボロ寮に、と落ちた後の心配をしていた私であったが、意外にも助けは早く来たようだった。
「?…ぉあーっ!?」
背中から落下していた身体がフワッとまるで風に押し上げられるように浮いたかと思えば、パッとまた身体が落ちるが直ぐに温かく力強い誰かの腕に収まり、この世界に来て三度目のお姫様抱っこで受け止められた。
「幸緒ちゃん、何してんの!?遊びに来たら、屋根から落ちてくるんだから…けーくん、ちょービビったんだけど!」
「えっ、ケイト先輩…!?」
予想外の先輩に抱えられながら、呆然と驚いていると間近で少し怒り気味に焦っていたケイト先輩ははぁ〜と気の抜けたような安堵のため息をついていた。
何が起こっているのか理解できずに??を浮かべているとケイト先輩以外にも足音が沢山近づいてきて、オンボロ寮を訪れていた客人が他にいたことに気がついた。
「幸緒、危なかったな!リドル寮長が魔法で浮かせてなかったら大変だったぞ」
「デュース…?」
「お前、まーた1人で無茶してんの?その腕で屋根に上がるとか、意味わかんないんだけど」
「エース…!」
「まぁ…何はともあれ間に合ってよかったよ。監督生」
「トレイ先輩…!!」
「……やぁ、その…そんな怪我をしている時に危険な作業をするのは感心しないな」
「リドル…先輩!?」
まさか、寮長であるリドル先輩がオンボロ寮を尋ねてくるとは思わず、ハーツラビュル寮の面々が何故ここに!?と驚いてると、ポンっと私を抱えていたケイト先輩が煙のように消えて、トレイ先輩の背後から顔を覗かせたケイト先輩を見てあれが分身であったかとようやく気がついた。
どうも私が屋根から滑り落ちた際、丁度オンボロ寮を尋ねてきたハーツラビュル一行がその様子を目撃し、リドル先輩が即座に私を風魔法で浮かべて、そしてケイト先輩の分身が私を受け止めて下敷きになってくれた訳であった。
「マジで助かりましたわ…ありがとうございました!」
あと少し訪問が遅かったら、危うく事故現場を見せつけることになっていたかと思うと本当にいいタイミングに来てくれたもんだ。
「…ん?よくよく考えたら何故わざわざオンボロ寮に?何か用事だったりします?」
エースとデュースに関してはハーツラビュルの騒動後にもよく訪問してくるから不思議ではないが、先輩達…特にリドル先輩とは騒動後以来は全く接点がない。
「今朝な…突然、学園長がハーツラビュルに来たかと思えばオンボロ寮が雨漏りで倒壊寸前だの何だので大変だなんだと一頻り愚痴を零して行ったんだ」
勢揃いで何事かと思えば、トレイ先輩が経緯を説明してくれた。
なんと学園長、一応気にしてくれてたのか…それとも仕事のついでなのかも知れないが、ハーツラビュル寮に訪問した際に散々愚痴って先輩達に私の怪我のことや騒動のことを頻りに話題に出しては手伝いに来るように仕向けたようだ。
「まー…あの騒動で幸緒ちゃんには迷惑をかけっぱなしで、何もしていなかったからねー…今日は責任を取りに来たって訳♪」
「はぁ…寮長自ら」
「当然だろう…実際、君に怪我をさせたのはボクであるからね。本当なら責任のあるボクだけ手伝いに来るつもりだったのだけど…トレイとケイトが譲らないから、こうして皆で手伝いに来たんだよ」
「なるほど…で、お前らは?」
「幸緒には助けられているからな、僕も手伝いに来たぞ!」
「俺は遊びに来ただけ♪」
エースを除いた3人は真面目に手伝いをするために訪ねてくれたことに感激し、この異世界に来てから初めて純粋な人の温かみに胸が熱くなって思わず涙ぐんでしまう。
「うぅ…ありがとうございます〜!さっきグリムのクソヤローに逃げられて、1人でやってたからめちゃ助かります!」
「まーた逃げられたのかよ。ダッセェの〜」
「うるせー!こっちは怪我人だぞ!私をほっぽり出すグリムがあり得ないんだ!」
「アイツ…逃げ出したところで行く所ないだろ…今頃どこで何をしてるんだか」
「道草食ってるんでしょ。昨日の昼からご飯食べてないからねー…休みの間は食堂もやってないし、マジで食べてると思うよ」
「マジかよ…お前らひもじすぎるだろ」
最初はケラケラと笑っていたエースもさすがに真顔になってドン引きするレベルの過酷な生活が待っていると思うと、私の腹の虫もさっきから騒音レベルに喚き出してせっかくの土日休みが憂鬱になって来た。
「はははっ、その様子なら色々と用意した判断は正解だったみたいだ。よかったな、リドル」
「当然だろう。このボクが判断を誤るはずがないのだからね!」
「えっ…突然何。こわっ」
「大丈夫大丈夫!リドル君はお腹ぺこぺこな幸緒ちゃんのために食べ物持って来ただけだからさ。そう警戒しないで〜」
「食べ物を…私に?何故??」
突然開催される優しさのバーゲンセールに戸惑う。人の優しさは素直に受け取りたいものだが、悲しいことにこの学園では信用する度に裏切られて来たから優しくされると不安になるようになってしまったのだ。
トレイ先輩はお菓子作りに協力してくれたが、ひよって裏切ったし…宥めるケイト先輩にも散々手伝わされた挙句に裏切られたし、リドル先輩に関しては初めから何か冷たかったし、暴走状態とは言え明確な殺意を感じた上に実際痛い思いをしているために正直和解した後でも恐怖感は拭えない。
「えっ…わかんないわかんない。なんで??」
グリムは後のパーティーですっかり餌付けされたのか、遺恨のない雰囲気で帰って来てたが、私はそれ知らんし…今の所の先輩達への好感度は上がったり下がったりして最低から普通に戻った程度であるから、唐突に優しくされるとまた裏切られる予兆ではないかと疑ってしまう。
トレイ先輩が見せてくれるほのかに良い香りのする大きなバスケットもお腹の虫は素直に反応するが、疑心暗鬼に陥る私は代償が伴うのではないかと気が気ではなかった。
「そんな構えんなって!俺達もいる訳だし?」
疑いのオーラを醸していた私の肩に手を置いたエースがバシバシと背中を叩いて言った。
「そうだぞ!今日の先輩達は本当に幸緒がお腹を空かせていると思って、わざわざ朝から厨房にこもって作ってたんだ」
逆側からはデュースが同じく肩をポンポンと優しく叩き、私を落ち着かせながらそう一生懸命語る。
「んー……そっか…疑ってすんません。めちゃくちゃお腹空いてたんで、すっごい嬉しいです」
お腹の虫のせいで微塵も隠しきれていなかったが、恥じらいながらそう控えめに笑うと妙な緊張感を漂わせていた先輩達はホッと安心したように優しく笑ってくれた…もしかして本当に純粋に優しい世界なの?
急に疑っていたのが馬鹿らしくなって視線を泳がせながらモジモジしていると、トレイ先輩はバスケットをリドル先輩に渡すとこちらへやって来て、
「そう言う訳だ。屋根の修繕は俺達に任せて、お前はゆっくり休んでていいぞ」
ポンポンと私の頭を無遠慮に撫でてデュースとハシゴの方へ向かい、
「じゃあ、幸緒ちゃんはリドル君とゆっくり食事でもしてくつろいでてね♪」
「あ、俺も「はいはーい、エースちゃんは俺と作業しようねー」あああ〜、俺は遊びに来ただけなのに〜」
後に続くケイト先輩にもなでなでされて、彼は嫌がるエースを引きずってトレイ先輩と屋根に上がって行った…なんか、先輩ズに圧倒的に子供扱いされている気がする!
「………」
「……リビング、行きましょうか」
とりあえずその場に残された私はリドル先輩と一緒にリビングへ向かうことにした。
オンボロ寮のボロっぷりに目を丸くしていたリドル先輩であったが、特に文句を言う訳でもなく静かに私の後ろを歩いてついて来てくれた。
「いやー、家の中もこんな荒れっぷりですので人を呼ぶような環境が出来てなくて…すみませんね」
「構わないよ…しかし、君達はその…ボクが思っていた以上に酷い環境に置かれているようだね」
「まぁ…そうっすね!」
廊下の散乱具合だけで眉を顰めてそう零すリドル先輩に改めてオンボロ寮はやはり人が住める住居ではないと思い知らされる。
基本的にまだ自室として使ってる部屋が一番片付いており、次にリビングの主に使うソファー周りにトイレ、キッチンから廊下に連なる他の個室は覗いてもいない有様だ。早いとこ整理しないとなぁ…とは思うものの、片腕が使えない状況では満足に掃除も出来ずにいる今日この頃である。
リドル先輩を比較的に綺麗なソファーに座らせて、私もテーブルを囲うように向かい側に並ぶもう一つのソファーに腰を落ち着けた。
「えーっと…お茶でも出したいところなんですが…ろくな食器もない有様でして…」
「構わないよ。今日はもてなされに来た訳じゃないのだからね」
そう言いながらリドル先輩は最初におしぼり代わりにウェットティッシュを渡して、バスケットから皿を出すと私の前に置き、その上に香ばしい焼き目の付いた美味しそうなホットサンドを並べてくれた。
それだけでお腹の虫がぐうぐうしつこく鳴るのだが、何とリドル先輩は持参して来たティーセットを取り出してお茶の準備までしてくれた。
「さあ、遠慮なくお食べ」
終始優雅な仕草で私の前に紅茶とホットサンドの乗った皿を置かれて、もう腹の音に加えて涎まで流れ出そうになるのを堪えて、いただきますと手を合わせてまだ温かさの残るホットサンドにかぶりついた。
「モグモグ…モグモグ…っ!!美味っ!」
空腹のせいもあるだろうが、めちゃくちゃ美味しい!まるでパン屋さんに売っているサンドイッチのような本格的な味がする!合間にミルクと角砂糖がたっぷり入った甘い紅茶が身体中に糖を届けてくれて、謎にだる重かった身体に染み渡ってほっとする。
頻りに美味しいです!と報告する私に、その度にリドル先輩は「そうかい。どんどんお食べ」と皿にホットサンドを乗せておかわりを盛ってくれた。
だいぶお腹も膨れて幸福感を味わいながら紅茶を啜っていると、コトリとまた目の前にフォークを乗せたお皿が置かれた。
皿の上には切り分けられたいつか皆で作った縮小版のような可愛らしいマロンタルトが一切れ。
「これは…?」
「マロンタルトだよ。ほら、君はあの後…その怪我で結局『なんでもない日』のパーティーに参加できなかっただろう?だから改めて作って来たんだ」
「…リドル先輩が…私に?」
「…その、君には特に酷いことをしてしまったからね…」
「あー…あの時は三度くらいマジで死ぬかと思ったし、この通り生活に支障が出てますからね…」
つい正直に返すとぐっとバツの悪そうな複雑な面持ちで目線を逸らしていたリドル先輩は仕切り直すようにごほんと一度咳払いをした。
「とにかく!…何かとキツく当たってしまい、本当にすまなかったね。償いと言ってはなんだけれど、せめてものお詫びとして受け取ってくれないかい…?」
謝罪し慣れていないのだろう、ぎこちなく頭を少し下げた後になんだかソワソワと少し不安げにチラッとこちらを見上げるリドル先輩はまるで親に許しを乞う小さな幼児みたいで、あまりに意外な一面に私はしばらく呆けてしまった。
私の知りうるリドル先輩と言えば出会い頭に学園にふさわしくねーだの、程度が低いと見下しては自分しか理解してない謎ルールを押し付けてくる高圧的な人だったから、こんな素直に謝罪までされるとは…と言うか、ナイトレイブンカレッジ生は基本謝れないのがデフォだと偏見を持っていたから面食らった。
思えば最初に会ったエースも最悪だった出会いのせいでクソムカついていたけど、今では何だかんだ動いてくれたり庇ってくれたりと意外と情に熱いやつだった。
ケイト先輩やトレイ先輩のどっちにもいい顔をする態度は腹立たしく思っていたけど…中間管理職と言った難しい立場にいるのかと考えれば、彼らも苦しんでいたのかなと少しは理解出来るかもしれない。
「……」
どうやら私は歪んだ先入観だけで決めつけていたリドル先輩達への認識を改めなければいけないようだ。
長い沈黙の中、私を見るリドル先輩の不安げな視線を受けながら用意されたフォークを手に取り、一口分すくったマロンタルトを口に入れた。
まろやかな食感の後に優しい甘さが口の中に広がった。以前食べたトレイ先輩のお店で出るようなお菓子レベルとは行かないけど、何だか懐かしい味がして自然と頬がほころんだ。
「…先輩、このマロンタルトすごく美味しいです」
「そうかい?…トレイに習ったものの、ボクはあまりお菓子作りをしたことがないから…」
「でも…わざわざリドル先輩が作ってくれたんですよね?そのお気持ちも嬉しいんですよ」
「気持ち…?気持ちで味が変わるものかい?君はおかしなことを言うんだね。普通にトレイのお菓子の方が美味しいと思うのだけど…」
「トレイ先輩のお菓子はもちろん美味しかったですよ。でもこのマロンタルトは…お母さんの顔が浮かぶんですよね。幸せな気持ちになるんです」
冷静になれば顔から火が出そうな何ともクッサい台詞が出てきたが、一口食べるごとに遠く会えない存在となってしまったお母さん達との思い出が鮮明に蘇るようだった。
手作りのマロンタルトなんて、この世界に来る前に食べる機会もなかったのだから懐かしいはずなんてないけど…どこか作り手の顔が浮かぶような温かみのある優しい味がいつだったかお母さんがおやつにと頑張って作ってくれたお菓子の味を思い出して、無性に嬉しくなった。
「ふぅん…そう言うもの?」
「はい!!」
母親には思うところがあったのか、笑顔の私とは対照的にリドル先輩の表情が少し曇ってしまう。私にとっては大体いい印象しかない自分の母親だけども、今回の騒ぎの一因でもあるだろうリドル先輩の母親については複雑な感情になる。
母親の言うことがリドル先輩の世界を形作る全てだったのだろう。依存してたのかな…わからないけど疑心、疑念を感じることがあったとしても、あの荒れっぷりだ。お母さんのことを心の底から信じていたんだろうな。
「…リドル先輩はお母さん好きですか?」
「…何だい、突然?お母様のことは…もちろん敬愛しているし、今でもお母様の教えは間違っていないと…思う」
「…うん!いいんじゃないですか?私もお母さん大好き!一緒一緒」
「…はっ?何で肯定するんだ!?君はエースと同じ考えなんじゃないのかい…?」
私のあまりに軽い態度に何だか不安そうだったリドル先輩はぎょっと目を丸くしていた。
うーむ…子供は親のトロフィーじゃないってのはエースの言う通りで全面的に賛成だ…が、それとは別にどんな環境に置かれていたとは言え、子が親を思う気持ちを否定するなんて出来ないし、その子の感じ方次第だと思うのだ。それがいいか、悪いかなんてわかんないけど、色々と経験して自分で答えを出すのが多分重要なんだと…従兄弟の幸晴君のことを思い出しながら、驚いているリドル先輩に私はこんこんと自分語りを交えつつ持論を述べた。今回とんだ騒ぎになってしまったのは母親の育て方が起因しているのは間違いないが、エースが言ってたように割とリドル先輩が勝手にクソ化していたのも事実だと思うので親子の力が合わさった結果だ。
「まっ…私的にはぶっちゃけエグい教育ママだなってのが正直な感想ですけど、先輩がお母さん好きな気持ちと周りの感想って別に関係なくないっすか?」
「…そうなのかい?」
「はいっ、そうですよ!まぁ、私はリドル先輩のお母さんやべー人だと思ってますけどねぇ!」
「無茶苦茶言うじゃないか!」
「まぁまぁ…聞き齧っただけでも私はそう思った、てことです。でも一番お母さんと接してるのはリドル先輩ですし、今回のことで先輩は以前より周りが見れるようになったと思いますし、お母さんのことも今までとは違った視点で見られるようになったんじゃないですか?」
「…それは、そうだけど…正直どうしていいかわからない…君はやはりお母様が間違っていると思うかい?」
あれだけ自信満々と母親が正しいと豪語していた先輩が今は母親の話で偉く不安そうにしている。
あんなに偉そうにお母さん全肯定マンだった先輩の心境の変化を如実に感じて私は真剣に返答を考えることにした。
「そうですね…私としてもやっぱりどうかと思うけど、しかし母親になったことないし…立場が変われば違うことを思うかもしれない可能性も…?……うん、正しいとか間違ってるなんてぶっちゃけわかんねーっすわ!」
わずか15年しか生きてない私には答えなど見つからなかった…。
「最初の思案してる時間は何だったんだい!」
「いやー、私は今の私の思った答えしか出せないから考えても無駄でした…だから先輩もいっぱい悩んで答え出しらいいと思います!」
「…今現在悩んでいるのだけど?」
「はいっ!でもほらっ、ここには様々な国の生徒が集まってるんでしょ?色んな人と交流出来るって訳ですよ!そこで色んな体験をしてみて、経験値を沢山稼げば自ずと答えが出ると言う寸法です」
テキトーに喋っている内に結構いい感じのことを言ったなとドヤ顔で浸っていたのだが、先輩は何とも言えない顔をしていた。
「しかし、ルールに反することを許容する訳には…それに、お母様の言いつけを破るのは…」
「んーっと…別に悪いことをするように言ってる訳じゃありませんよ?お勉強するにも楽しい方がいいってだけですよ、親元を離れてのせっかくの寮生活!そこでしか出来ないことを楽しまないと損ですよ」
思えば今の私も同じ環境にいるから、この回答はここ最近の私の経験から出て来たポジティブな意見だった。
正直無茶苦茶お家に帰りたい気持ちに変わり無いけど、何やかんや頼れそうな友達も出来たし、こうして家の修繕を手伝ったり、美味しいご飯を恵んでくれる先輩達にも出会えたわけだから少しは異世界召喚も悪くないなと思えたのだ。
それに身寄りのない過酷な環境での生活や今まで接したことのないタイプの人との交流で新たに見識が広がったのはいい経験だ…齢15歳で人間として大きく成長した私を親や友人、従兄弟の幸晴くん達に披露できるかと思えば反応が楽しみでならない。
「あっ、でも自分ができるからって人に無理難題を押し付けるのは良くないっすよ!そこは反省してくださいね!」
人間一人一人向き不向きがあるし自分と同じスペックを持ち合わせている訳ないのだから、同じことが出来て当然とは思ってはいけない…割と自分も人に強いてしまうことあるから本当に気をつけなければと忠告しながら私も改めて気をつけようと心に刻んだ。
「うん、そうだね…ハートの女王の規律を軽んじるつもりは微塵もないが、ハーツラビュルの寮長としてこれ以上失態を重ねるつもりはないよ」
「はい、あとぉエース達やトレイ先輩達もなんですけど…あの時、温玉先輩達も命懸けで協力してくれたので、いっぱい褒めてあげてくださいね!きっと泣いて喜びますよ!」
あの一件以来どうなったのかわからないが、多分私以外に知られていない温玉先輩の活躍をしっかり評価してもらいたいと猛烈に推しておいた。
「温…玉…?…今一要領を得ないが、その口振りだとうちの寮生のことだね?気に留めておくよ」
「そうしてください!あー…何か色々と偉そうに語っちゃいましたけど、今更ながら私もいっぱい暴言吐いてごめんなさい…これからは仲良くしてくれると嬉しいです」
初めはあんなに気まずさを感じていたリドル先輩に対して、気がつけばズケズケと好き勝手話してしまったなとふと悪態をつきまくっていた自分を思い出して恥ずかしくなった私はモジモジしながら頭を下げた。
そんな私に対してリドル先輩は今まで見たことない優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
互いにうふふ…あはは…と優しい世界だぁとほんわかしてるのも束の間、何だか外が随分と賑やかだなと思い始めた瞬間、ガシャンっとリビングの窓を突き破って、微笑み合っていた私とリドル先輩の間をすごい勢いで降って来たハシゴがビターンとテーブルに叩きつけられ、光に照らされた窓のガラス片が降り注ぎ、ハシゴに薙ぎ倒されたバスケットは床に転がり、ティーカップは割れながらビシャっと絨毯を汚して、いつかの10億マドルのシャンデリアのような大惨劇が起こった。
そしてハシゴに掴まったままだったらしいエースと抱き合っていたグリムが私達の間をズザーっとテーブルの皿を薙ぎ払いながら通過して行った。
「やべっ!!だ、大丈夫か!?幸緒!リドル寮長!」
無惨に割れた窓の外から真っ青な顔をしたデュースが慌ててそう尋ねて来る。
そして反対側に転がって行ったエースとグリムはガバッと起きるなり、すぐに揉め始めた。
「イッテーーッ!!お前、マジでふざけんなよグリム!!」
「ふな゛ーーっ!お前らが無理やり手伝わそうとするのが悪いんだゾ!」
何か言い争いを始め出したが、何がどうなればこんな大惨事を起こせるのか…まるでわからない。
「お前の寮だろうが!いい加減にしろっ!!」
「いい加減にするのは君もだよ…エース、それにデュース…」
優しい微笑みから一転、瞬間湯沸かし器の如く般若のように真っ赤になったリドル先輩がすっと立ち上がって、エース達を睨みつけた。
「うおっ!?あっ、寮長!これは違うんすよっ!グリムが暴れるか「やかましいっ!全員そこに直れっ!首をはねろ!」ぎゃーーっ!!」
「ふなーーっ!!」
「うわああああ!僕もかっ!」
「監督不足のトレイとケイトも連帯責任だ!修繕に来たのに壊してどうするっ馬鹿者ーーーっ!!」
怒りの収まらないリドル先輩は2人と1匹をシメるだけでは飽き足らず、ドカドカと外に出ていきユニーク魔法を行使しまくっていた。
うん…まぁ、これは仕方ないよね…修繕するはずがオンボロ寮の損壊率上がっちゃったし、いただいたマロンタルトは美味しく完食しけど…せっかくのおもてなし料理の残りはバスケットの中で酷い有様だろうし、高そうなティーセットは割れるし、リドル先輩が丁寧に入れてくれた紅茶は絨毯に飲み干されてシミになってる。
この有様でキレない方がおかしいのだ…先輩がキレていなければ私がブチ切れていた所だ。
数分後…
裁判長のリドル先輩を前に挟まれたテーブルの反対側に揃いも揃って首輪をはめられ、しょんぼりした顔で床に座り、横一列に並んだ被告人兼容疑者達は各々こうなった経緯を証言し始めた。
まず逃亡していたグリムが帰って来て、ご飯のいい匂いを嗅ぎつけてオンボロ寮に入ろうとした所を作業に飽きて来て景観を楽しんでいたエースとデュースがとっ捕まえ、作業を手伝わそうと暴れるグリムを連れてハシゴを登ろうとしたと言う。
順番はグリムを抱えたエース、後からデュースが登っていたのだが……屋根に上がりきろうとした瞬間グリムがめちゃくちゃに暴れ出し、ハシゴは壁から離れてしまい、グラグラし始めた。後に続いていたデュースは暴れるグリムを抱えたエースに蹴落とされ、エースとグリムを乗せたまましばらくは竹馬のように器用にも独りでにバランスを保っていたハシゴだったが、どんどんオンボロ寮の壁から遠ざかっていき…すぐに復帰したデュースが後ろへ前へと慌ただしくハシゴのバランスをキープしていたが、途中で思いっきり転けた瞬間にハシゴを押してしまった結果ーー
「この窓を突き破って来たと…なるほどなるほど…で、その時先輩方は何を?」
とりあえずハシゴが窓を突き破ることになった経緯は理解した。
その間の先輩達の動向は屋根の上で修繕中にエース達がグリムを抱えて来た所を目撃。その後グラグラするハシゴでエースとグリムがアワアワしていて面白いことになってるのも、デュースがオロオロと駆け回っている様子も目撃していたが、二人ともこんな惨事が起こるとは思わずに面白がって笑って見ていたそうな…ケイト先輩に至ってはスマホで写真を撮っていた。その後にオンボロ寮の窓を突き破ったハシゴを見て凍り付く二人の顔が想像できる。
「うん…とりあえず…全員有罪ってことで。やっぱり、リドル先輩が正しかったです。ナマ言ってすんませんした」
さっきまでリドル先輩に偉そうに語ったのが何かめちゃくちゃ恥ずかしくて両手で顔を覆うことしかできない。
…私の発言の全てを水泡に帰すコイツらには縛りが必要だったんだ…先輩の判断は正しかったんや…とさらに考えを改めることにした騒がしい昼下がりだった。