真紅の暴君
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怪しい外見通りに店内もRPGゲームにでも登場しそうな不思議な品揃え、スーパーに売ってるような新鮮な食品があるとはとても思えないミステリーショップに初来店のデュースとグリムもその異様さに慄いていた。異世界ではこのスタイルがコンビニ感覚なのかと勝手に思っていたけど、そんなことはなかったらしい。
「Hey!迷える小鬼ちゃんたち、ご機嫌いかが?ようこそMr.Sのミステリーショップへ。今日は何をお求めかな?秘境のお守り?古代王のミイラ?それとも呪いのタロットカード?」
「ふな゛っ! びっくりした!」
オドオドしていた2人の前に突然カウンターの奥から顔を出したファンキーな店主ことサムさんの登場にグリムの尻尾がボワっと膨らむ。
そんなお客様の様子を一切気にしないサムさんの口を挟ませない早口なセールストークを受け、ファンタジー感満載のアイテムに密かに興味を惹かれる私だったが、意外としっかりしたデュースがサムさんに買い物メモを渡してテキパキとおつかいをこなしてて、道草をくう暇はなさそうだった。なんならツナ缶を要求するグリムをピシャリと叱りつける様は買い物に来た親子そのもの。
意外な一面に感心してる間にサムさんは店の奥から持ってきた注文通りの品を慣れた手つきであっという間に四つの袋に詰めてくれた。思いの外量が多いことにたじろいているとサムさんは荷物の持ち帰りが楽になる便利なアイテムの売り込んでくる。さすが商売人だ。怪しい店構えに怪しい店主の外見からは変なものを売りつけられてる気もするが、昨日生活必需品を揃えてもらえたほどなので何でもあると言う謳い文句は本当なんだろう。ただ男子校なのに女性用の日用品が出てくるのだからすごく助かる反面、当たり前のように出てくるのにはちょっとドン引きしたけど。
「け、結構です!行くぞグリム!」
「ぶに゛ゃ〜!もっと遊んで帰るぅ〜!」
駄々をこねるグリムを制し、サムさんのセールストークに一切靡かないデュースは手早く会計を済ませるとグリムを連れて店を出た。
「なんだかスゴい店だったな…ちぇ、デュースのけちんぼ」
「誰がけちんぼだ!」
押し売りを鮮やかにかわして問題児を連れていく様は世の母親に重なるものもあって、あまりに慣れ親しんだ彼の庶民的な感覚に勝手に親近感を覚えていたのだけれど、荷物持ちとしての役割を果たすべく適当に持った2つの袋の内の片方がめちゃくちゃ重くて、ただでさえ筋肉痛のデバフがあるのにビニール袋の持ち手が手に食い込んでめちゃくちゃ痛い。
メインストリートを歩いてる途中いよいよ右手が限界を迎え始めたので少し立ち止まって持ち替えようとした時だ。
「幸緒、そっちの缶詰の袋、重たいだろう。僕が持つ」
グリムとわちゃわちゃやっていたデュースが私の様子に気づいて近づいて来るなり、ヒョイと重いビニール袋を持ってくれた。自分はすでに大きな袋2つ持ってるというのに…なんと気遣いの出来る男。
「あーありがと。正直めちゃくちゃ重かったから助かる…」
「重たい袋を持つコツがあるんだ」
「荷物持ちのプロかよ。でもそっちの負担多くなっちゃったでしょ?代わりに別の袋持つよ」
「それならこっちの袋を頼む」
いくらデュースが肉体労働に勤しんだ経験があるからと言っても、荷物持ちとして付いてきたのにまるで役に立たないのはいささか申し訳ない。デュースから差し出された袋を受け取るが比較的軽めの荷物を任せてくれているのに気づいた。
何かしなければと思う私の心中察しながらも負担を掛けないように一番軽い袋を渡したのか?しかも荷物を交換した後も自身の負担が増えたにも関わらず、重い袋の持ち方を得意げに熱く語るのだ…この男、気遣い出来過ぎでは?
「ああ。タイムセールの時に母さんがとにかく買い込むから、毎回袋がメチャクチャ重くて…ウチは男手が僕だけだったから、そういう力仕事は僕が全部……っと、悪い。僕ばかりしゃべってた」
「はぇ〜もう親孝行してるとか、デュースは家族を大事に想ってるんだな」
同じ年齢だからわかるが、遊びたい盛りのこの時期にしっかり親の手伝いをできるのは中々すごいことだ。世話になった両親に親孝行したいと思っても、自分のことついつい優先してしまうお年頃。なんなら簡単なお手伝いを言いつける親を大した理由もないのに疎ましく思い反発する思春期真っ盛りで、素直に親を気遣えるのは純粋に尊敬できる美点だと思う。
こちらとしては心から感心しているのだがしかしデュースの表情は何だか複雑そうで申し訳なさそうにしゅんとしょぼくれた顔をする。えっ何この反応…褒めたつもりがとんでもない地雷を踏んだ?
まさかのバッドコミュニケーションの気まずさで言葉に詰まっているとデュースが何かを言いかけたその時だった。
「っいって!」
曲がり角に差し掛かったところで横から向かってきていた生徒とデュースが結構派手に衝突してしまったのだ。
デュースが少し体制を崩したと同時に手からこぼれた袋が地面に落ち、グシャっと嫌な音が辺りに響いた。
「あ゛〜!卵が!」
「くそ、6個パックがひとつ全滅だ!ビニール袋ん中が卵だらけに……!」
「ッテェな!どこに目ぇつけて……って……」
「あっ…この人」
曲がり角から飛び出して来たのは記憶に新しい2人組の生徒だ。
「お前ら昼に学食で俺のカルボナーラの卵割った奴らじゃねえか」
「おいおい、またお前らかよ。いい加減にしろよな〜!」
わぁ〜まだ根に持ってる…器小さいなぁと思いつつ、さすがに食べ物を粗末にされたのだから責任は取ってもらわねばと思っている私の横で脳面のような顔で黙っていたデュースが突然抑揚のない声で淡々と先輩達を詰め始めた。
「角から飛び出してきたのは先輩たちじゃないですか。昼休みだって、卵が食べれなくなったわけでもねぇのにイチャモンつけてきて……こっちは今、卵1パック全滅したんすけど?」
「そうだそうだ!」
囃し立てるグリムはいつも通りだとして、主張は全くもってデュースの言う通りなのだけど…昼休みはどうにか仲裁しようとあくまでも平和的解決を目指してたっぽかったからこの真正面からぶつかっていく様にはちょっと驚いた。
「んだと?俺のせいだって言いてぇのか?」
「はい。卵、弁償してください。あと鶏に謝ってください」
「はぁ〜?卵ごときで大げさな」
「……あ?」
えっ、今めっちゃ低い声であ?って言った。はっ?じゃない所になんか…薄々感じていたのだけれども、やっぱりデュースってそう言うタイプの…しかしこうなって来るとチンピラすぎる温玉先輩達のこの先の台詞が大体予想できるし、争いが起こる予感しかしない。
「まだ地面についてないから食えんだろ?細かいことごちゃごちゃ言うなよ」
「割る手間が省けてよかったじゃん!」
「「あっはっはっは!」」
あまりのテンプレすぎるチンピラムーブに感動を覚えるほど予想通りの展開に密かにグリムを引きずり後ろへ退がり、荷物を安全地帯に逃した甲斐があった。
そこから危惧していたデュースのキレ具合はすごかった。
「笑ってんじゃねぇっつってんだよ!!アぁ!?"ごとき"かどうかはお前らが決めることじゃねぇ!この卵はなァ、ヒヨコになれないかわりに美味いタルトになる予定だったんだぞ!!わかってんのか、えぇ!?」
「…………ヒヨッ?????」
「ヒッ、き、急になんだコイツ!?」
途中何言ってるか理解できない箇所もあったものの、ドスの効いた声と後輩とは思えない怖い顔、ゴキボキと鳴らされる拳の圧に温玉先輩達は責められると弱いのか、めちゃくちゃひよってる。
「卵6個分。弁償しねぇっつーなら6発てめーらをぶっ飛ばす」
「えっ、ハァッ!?」
「歯ァ食いしばれやゴルァ!!」
ナイトレイブンカレッジは名門校らしいし、先輩達は態度デカいけども不良漫画であるような殴り合いの喧嘩などしたことないのだろう。
呆気に取られつつも抵抗を試みた温玉先輩達はマジカルペンを取り出そうとしてる間にデュースの拳が頬にクリーンヒット。
まるで格ゲーの殴り合い(一方的)を観戦してるようで思わず記念写真だとゴーストカメラを構えると、予告通りに一人に対して6発(計12発)きっちりと殴ったであろう激しい打撃音が響き終わった後にはドサリと地面に崩れ落ちた温玉先輩達。
私はすかさず二人に近寄って地面を叩いてダウンカウントを数えた。情けないことに10カウントでも全く立ち上がることのできない先輩達を見届け、心の中で試合終了を知らせるゴングが鳴り響いた瞬間にデュースの腕をグッと高く掲げた。
「やっぱり魔法が蔓延る世界でも物理が最強だなっ!」
「こ、こいつら、なんてマッドな野郎だ!6発どころじゃねーじゃねーか!嘘つきっ!」
「ヤベエ!逃げろ!鶏さんごめんなさーい!!」
「今度卵食う時は100回謝ってから食え!ダァホが!!」
「ひぇぇ〜〜!」
「どうどうどう…もうどっか行っちゃったから、落ち着けって。さっきは熱くなっちゃったけどあんま喧嘩とかよくないんでしょ?」
ついついテンション高まり取り乱してしまったけども、そう言えば私闘はルール違反だと今更思い出したのだ。
「ハァ、ハァ……ウッ!!」
「どうしたんだゾ!?」
「や、やっちまった……今度こそ、絶対、絶対優等生になろうと思ってたのに……!」
先ほどのキレっぷりが一気に影を潜めた瞬間、悔しげに表情を歪めるデュース。
大体の予想はついていたけども、過去を語り出したデュースは自身が不良であったことを告白した……まぁ、デュースのおかしい様子はエースと絡んだ時など度々出てたから、何かしらヤンチャしていたのかなとは察しがついてた。
しかし話聞くほど不良漫画のテンプレ通りの不良だった。しかも峠まで攻めていた……運転免許…この世界なら中学から…いや、不良なら無免許かな?魔法使えない人にも魔法使えるマウントを取っていたとか、それは治ってよかった…治ってなかったらエースとともにマウント取られていたんだろうな、私が。
「今時なかなか見ないくらいテンプレなワルなんだゾ!」
「エースとのやり取りからも…薄々ねえ」
「でも、ある夜……俺に隠れて泣きながら婆ちゃんに電話してる母さんの姿を見ちまったんだ。自分の育てかたが悪かったんじゃないか片親なのがよくなかったんじゃないかって…そんなわけねぇのに」
「デュース…」
「母さんはなんにも悪くねぇ。悪いのは全部俺だ!だから、名門ナイトレイブンカレッジから迎えの馬車が来た時、すげー喜んでくれた母さんを今度こそ泣かせないって決めた。俺は今度こそ、母さんが自慢できる優等生になろうって決めたんだ…………なのに、ちくしょう!」
ナイトレイブンカレッジの迎えの馬車ね…私からすればはタチの悪い誘拐犯でしかないけれども、デュースにとってこの学園への入学ってすごい意味があるんだな。よくよく考えたら入りたくても受験すら出来ない選ばれたものしか入れない名門校なのだから当たり前か…だから温玉先輩とかやたらプライド高くて偉そうなんだろうか?
デュースは母親に心配かけないためにもあんなやたらと優等生にこだわっていたのかと納得した。
「でもよぉー。全部我慢するのが優等生なのか?」
しんみりした空気の中、あっけらかんと素直に疑問を口にするグリム。
全くその通りなのだけど、これをノータイムで声に出せるとこはさすがである。まぁ今のところ災いする時の方が多いが…。
思いもしなかったグリムの返答に呆気に取られるデュースにグリムはさらにシュッシュっと短い腕で得意げにシャドーボクシングをしながら続けた。
「オレ様だってさっきの不良どもにはあと10発くらいパンチしてやりたかったんだゾ!」
「そうだな。優等生目指してんなら生活態度も大事だと思うけどさ、何もかも我慢する必要ないよねぇ!正直気持ちのいいKOっぷりだったしね!」
「お前たち……」
なんだか綺麗にまとまりそうな良い雰囲気になり、罪を告白するなら今かと思い…後ろ手に隠していた二つの財布を見せて笑ってみた。
「それに実は私もさっきカウントしてる時に二人の財布をスったりなーんてしてたり…」
「それは引く」
「この空気でもさすがに引くんだゾ」
圧倒的にまともな反応なんだが、急に常識的な感性を振り翳されるとあっさりハシゴを外されたようで腑に落ちない…ナイトレイブンカレッジならむしろ正常やろがい!!
「卵代くらいもらってもいいじゃん…ちゃんと返すって」
なんかいい感じの空気が一瞬で凍りつくほどに私のスリ行為はデュースとグリムにはドン引きされてしまったけども、とりあえずデュースが元気を取り戻したからいい話で着地!終わり終わり!さっさと戻ろうな!
「そっか……へへ。ヒヨコも安らかに成仏してくれるよな」
「…あー…あんな…デュース…知らんのかもだけど……一般的に食用卵は基本無精卵だから、ヒヨコが孵ることはないんだよ」
「え、えええ!!!???嘘だろ!?!?!?」
今日一デカいその驚きの声は学内どころか、学園外を超えて宇宙まで届きそうな絶叫だった。
う〜〜〜ん……デュースの優等生への道のりは思ったよりずっと先が長そうだ。
とりあえずスった財布からダメになった食材を買い直そうと放心状態のデュースを引っ張って一旦ミステリーショップへ引き返した。
***
今度こそ何事もなく、厨房へ戻ってきた私達をすっかり元気を取り戻したエースとトレイ先輩が迎えてくれた。
「おっ、帰ってきた帰ってきた。随分遅かったじゃん」
「それじゃ一気に仕上げよう」
調理台に置いた袋からトレイ先輩が手際よく食材を仕分けると中断していたタルト作りが再開される。
パーティー仕様というのもあって、スポンジにタルト生地作りや色んなクリームを大量生産するのには苦労したが、皆であくせく働いた甲斐もあって後はようやくクリームを可愛らしくデコって終わりの段階まで来たところで、魔法を使える人がクリームを回し乗せる飾り付け組、私とエースは飾り付けるためのマロンクリームを量産するかき混ぜ組となった。
ボウルいっぱいに作ったマロンクリームが張り切るグリム達に次々としぼり飾られていくのを見ながら、戻ってきた空のボウルに新たにマロンクリームの追加を繰り返していた。
結構疲れが回ってきながらも作業を続けながらうず高くマロンクリームを巻かれて行く未完成のタルトをあくびを噛み殺して眺めていると、エースがしゃこしゃことクリームを泡立てながら隣からコソっと話しかけてきた。
「なあ、アイツ…デュースのやつ帰って来てからずっと卵だのヒヨコがどうのとか言ってしょぼくれてるけど、なんかあった?」
「ああ…あれね、買い物行ってた時にちょっと昼間に絡んできた先輩達に卵ダメにされたりとか…まぁ色々あったんだよね」
「えっまたかよ!でもお前らだけで喧嘩したわりには無傷じゃん。大丈夫だったんだ?」
「うん、デュースが全部片付けてくれてすごかったぞ」
「え〜〜あいつが〜?うっそだぁ」
「マジマジ。写真撮ったから後で見せたげるよ」
「マジかよ…んで?それで何であんな落ち込むんだよ?ボコボコにしたんなら落ち込む必要なくない?」
「あーそれはね…ヒヨコが…………」
「ヒヨコ?」
言いかけた所で不思議そうに小首を傾げるエースがじっとこちらを見てくる。
全ての卵から等しくヒヨコが生まれると思い込んでいたことを伝えたら、このエースと言う男は間違いなくデュースを煽り散らかす…そんな未来が容易に想像できる。
落ち込む内容が些かアレだけども、今のデュースの傷口に塩を塗り込めば絶対大喧嘩になる。絶対巻き込まれる…面倒だから避けたい。
結局私が言わなくてもグリムが普通に口を滑らすと思うが、私から刺激する行為は避けよう…と思案した末にエースには曖昧に微笑んで見せた。
「…あっそんなことよりさ。あの温玉先輩達ってハーツラビュルだよね?後でこの財布返しといてくんない?」
「は?財布??何で…まさかお前…人の盗み食いにはあんな非難してたくせに!」
「うっ…いや、これはダメにされた卵代を弁償してもらっただけだし!」
「ほーん…お前って如何にも無害そうな顔してるくせにしっかり反撃するよな。やるじゃん」
「おお…これで肯定されるのは正直どうかと思うけど、まぁありがとな…じゃ財布の返還よろしく⭐︎」
まさかの肯定派のナイトレイブンカレッジ生の模範みたいなエースの反応に複雑な心境になりながら、同じ寮のよしみで財布の返還してくれないかと上目遣いで頼み込むとニコッとエースは爽やかな笑みを浮かべた。
「あの先輩たち絶対絡んでくるから絶対にヤダ。面倒。自分で返せば〜」
「ダメか〜〜」
デュースの話題を逸らすのには成功したが、エースの言ってることその通り過ぎてぐうの音もでない。事情を話してトレイ先輩から返してもらおうかなんて考えてるとなんやかんやタルト作りは大詰めを迎えていた。
山のようなタルトの頂上にマロングラッセを置いて完成したBIGサイズのマロンタルトはテレビの豪勢な結婚式で見るようなウエディングケーキさながらの見事な出来栄えで壮観だ。これだけの完成度を見せつけられればここまで頑張ってよかったなと溢れる達成感にデュース以外は結構満足気だ。
そんな空気の中でタイミングを見計らったように現れたケイト先輩にエースが明らかに不満気に顔を曇らせた。
朝の件もあるし、明らかに美味しいところだけ狙って来たようで印象がよくないと思うエースの気持ちもわかる。
調子のいいケイト先輩の弁明を聞き流しながら、せっかくのクソデカマロンタルトがあるのだからと記念撮影して時間を潰しているとそれに気がついたグリムが映り込み、その内エースにデュースと最終的にこの場にいる全員とクソデカマロンタルトを背景に集合写真を撮った。
その後トレイ先輩に促されて労働の対価として先輩が別に小さく作ってくれていた普通サイズの出来たてマロンタルトの試食に皆舌鼓を打った。グリムなんて獣のくせに変な食レポをするほどだ。
「そだ。ねーねー、トレイくん、あれやってよ」
突然ケイト先輩が思いついたようにトレイ先輩へそうお願いをすると最初は戸惑っていた先輩はケイト先輩の言いたいことを理解したのか、少し困ったように苦笑しながらマジカルペンを手に取った。
「お前たち、好きな食べ物はなんだ?」
どうやらトレイ先輩が面白い魔法を披露してくれるそうで皆に好物を聞きてきた。
「オレは、チェリーパイとハンバーガー」
「オレ様はツナ缶なんだゾ。あとは、チーズオムレツと、焼いた肉と、プリンと〜」
「強いて言えばオムライス、ですかね」
「オレはラム肉のグリル・ディアボロソースかけ」
「監督生は?なんでもいいんだぞ」
「そうっすねー…じゃぁ…鰻重…がいいです」
「うな…じゅー?…ふむ、そうか…」
空きっ腹に思い浮かべたのはいつかの丑の日、家族と行った普段は入れない立派な店構えで食べたタレと柔らかい鰻が最高にご飯に合うあのお味…思い出すだけでもよだれが出そうなくらいの私とは打って変わってトレイ先輩は鰻重と聞いてメガネを曇らせ、僅かにバイブにしているスマホのように震えていた…が、やがて他の候補を尋ねてきた。
「そしたら、キス天とか海老天…天ぷらがいいです!」
「てん…ぷら……ふむ、なるほどな…」
「またフリーズしてる…なんでもいいとは」
「うなじゅーとか、天ぷらってなんなんだゾ?聞いことないゾ」
「え゛っ!?ご存知でない!?……あーーそっかぁ。日本がないんだから日本食も存在しないのか」
何でこんなに通じないのかと思ってたけど、グリムや他皆の怪訝そうな顔を見てようやく気がついた。ここ異世界で結構馴染みある食べ物とか普通に出てきて気が付かなかっただけで私の知る世界とは全く別物なんだから、当然私の慣れ親しんだものが存在しなくても不思議じゃないのだ。
「じゃぁ…カレーライスで」
「カレーか、それなら大丈夫だ。それじゃあ、いくぞ。……『
魔法を唱えたんだろうトレイ先輩がマジカルペンを振るとキラリと一瞬視界が光ったかと思えば光の粒子が私達を覆う雨のように降り注いだ。
「…?これは?」
困惑して思わずポツリとデュースが呟いた。
私もグリムもエースも特に何かが変わったわけでもないし、景色に何も変化がない。ニコニコしてるケイト先輩以外は混乱するばかりだ。
「ではマロンタルトをもう一口どうぞ」
何か説明してくれる訳でもなく、トレイ先輩はニコッと笑ってそう促すものだからとりあえずタルトにフォークを差し込んで口へと運んで咀嚼した。
すると驚くことに甘いはずのそれはスパイスのよく効いた本場のカレーと炊き立ての白ご飯の味が口いっぱいに広がるが、食感自体はマロンタルトのままで脳が混乱する。
他、ケイト先輩以外の皆も口にしたら好物の味がしたらしく大層驚いていた。
「面白いでしょ?コレ、女の子とお茶する時に鉄板でウケると思わない?」
「スゴいですね。味を変える魔法がクローバー先輩のユニーク魔法なんですか?」
「正確には、『要素を上書きする魔法』だな。味だけじゃなく、色や匂いなんかも上書きできる。効力は短時間しか持たないからみたいなものだ。だから俺はこの魔法をドゥードゥル、落書きって呼んでる」
説明を聞く分には効力が永続しないのを差し引いても想像していた味変魔法より格段に使い勝手良さそうだし、ネーミングもオシャレすぎる。
「トレイの『ドゥードゥル・スート』の魔法があればツナ缶食べ放題も夢じゃねぇってことかぁ。意地悪なリドルの魔法なんかよりも全然スゴイんだゾ」
「ツナ缶はともかく色んな場面で役に立ちそうな魔法だよねぇ」
「いや……俺の魔法なんか、寮長の魔法に比べれば子どものオモチャみたいなものだ。レベルが違うよ」
便利な魔法だとグリムと盛り上がっていたら当のトレイ先輩が何故か複雑そうな笑みを浮かべながら少し俯いてしまった。なんかコンプレックスを刺激してしまった気がするが、そんな謙遜にされたら魔法が使えない私は間接的により次元の低い所に落とされた気分になる……無闇に自身を卑下したり、謙遜してより下位の人間を無意味に傷つけるのはやめてほしいもんだ。
ぱくりともう一口食べたマロンタルトは先輩の宣言通りに元の甘いマロンタルトの味がした。まるで狐に化かされたような不思議な体験だったが、あのカレーの味は本場のインドカレーみたいなスパイスがよく効いた味で日本の一家庭のカレーライスからはほど遠くて、我が家のカレーの味なんてトレイ先輩が再現できないのは当然なのだけども…ゴロゴロした大きめの具材が入った、お母さんが作ってくれたカレーが無性に食べたくなって、少し寂しくなった。
「…………さ!今日はもう遅い。タルトを寮長に渡すのは明日にして、寮に戻ろう。明日は『なんでもない日』のパーティーだ。遅刻するなよ」
トレイ先輩の声で急なホームシックに陥っている間に皆完食していたらしく、いつの間にか片付けが始まってるのに気がついた。急いで残りのマロンタルトを口に詰め込んでいると隣に座るエースのきらきらと捨てられた仔犬のような視線に嫌な予感がした。
「何…何や」
「な〜幸緒〜、また泊めてくんない?オレ、意地悪な先輩に寮に入れてもらえないみたいだし!」
「あらー。棘のある言い方〜」
「こらエース。あまり幸緒に甘えるのはよせ」
「そうだゾ!今日も泊まるなら宿賃払え!ツナ缶10缶!」
ツナ缶じゃ私がひもじいから嫌だから金を請求したい所だが、そもそもあんな廃墟みたいなオンボロ寮は私達の所有物ではないし、料金とれるほど立派でもないな…などとどうでもいいことを考えていると、私以外に責め立てられていたエースがガッ!と肩を掴んだかと思えばガクガクと激しく揺すってくる。
「えー!じゃあ野宿しろってのかよ〜」
「いや、私は別にいいけどっ、別に反対してないってっあばばばっ」
駄々っ子と化したエースに肩を揺さぶられて残像を作っていると、だんだんと気分が悪くなってきたところでトレイ先輩がガッと背後から肩を掴んでエースを止めてくれて助かった。
「じゃあ、デュースもお目付役として監督生の寮へ泊めてもらったらどうだ。副寮長の俺が外泊許可を出してやるぞ」
ニッコリ微笑んで提案するトレイ先輩にデュースも少しびっくりしながらもそれならと頷き、コレで解決!かと見せかけて今まで静かに場を見守っていたケイト先輩が急に駄々っ子発動させて、何故か私の肩を揺さぶってくる。
「トレイくんってば、新人ちゃんに甘くない!?いいなー。ね、幸緒ちゃんオレも行っていい?」
「何すかっこの流れっっあばばばっ」
「お前はダーメ」
「ちぇ。さげぽよ〜」
外泊を許されなかったケイト先輩は顔をしわくちゃにさせて露骨にしょんぼりすると、パッと手を放してすごすごと離れていった。出会った初日なのにホント距離近いな…こわ。
なんやかんやとあったけどもトレイ先輩の監修のもと完成したクソデカマロンタルトは箱へ、明日の何でもない日のパーティーとやらにそなえて冷蔵庫の一角を借りて保存。
使った道具も洗った後にしまい、すっかり外が暗くなった頃にすべての帰り支度が済んだ。
「じゃあ、監督生。うちのが2人も邪魔して悪いが、明日までよろしくな」
「はい…先輩方、色々と力になってくれてありがとうございます。初めは意味わからんルール押し付けてくるタイプの嫌な先輩かと思いましたけど、頼れる先輩方であって嬉しいです」
「うんうん♪褒めてるようで貶してくる感じ、ナイトレイブンカレッジ生の素質あるねー!監督生ちゃん」
「はははっ、中々手厳しいな。俺も癖の強い後輩たちができて嬉しいよ」
帰路の途中、鏡の間での別れ際にそんな他愛のない会話でニコニコと手を振る先輩達とは別にすっかり暗くなった夜道を歩きながら私達はオンボロ寮へ向かった。
「はぁ〜今日一日中大変だったな……コレ初日ってマジ??何かしらありすぎでもうしんどいんだけど」
朝から夕まで濃厚なイベントに揉まれて疲れ切ってフラフラ歩いてると、私を気遣ってくれたデュースが倒れないようそっと肩を支えてくれた。何だこいつ…気遣いのパラメーターEXの男かよ!
「まだ準備が完了した段階だから…パーティーのある明日が本番だな」
「あんなうんまいマロンタルトが出来たんだからあのリドルだって泣いて喜ぶこと間違いなしなんだゾ!」
「明日は『なんでもない日』のパーティー。絶対この首輪を取ってもらうからな!見てろよ、寮長!」
今日一日魔法が使えない制約とゴテゴテの首輪のせいで酷くストレスを溜め込んだであろうエースのそんな叫びが静かな夜空によく響いた。
「あっやべっ!財布返し損ねた…」
ポケットに入ったままの財布に気付き、先輩達に預け忘れたことに気づいたが、まぁどうせ明日すぐに会えるだろうと思うことにした。もう疲れたし…。
拝啓 御父様、御母様ーー
異世界に来て、学園に通った一日目となりますが、娘は早速厄介ごとに巻き込まれて先行き不安です。
授業も高校で慣れ親しんだものと違いすぎて…とてもついていける気がしません。
ですが、そんな慣れない環境も新鮮でちょっと楽しくもあり、友達の意外な一面や風変わりだけど優しそうな先輩も出来て何とか明日もやってけそうです。
娘は異世界でも強く生きてますよ!
心配しないでね!
必ず帰るから娘の帰りを家族皆で迎えてください!
あと帰ったらお母さんのカレーが食べたいです!
敬具