アスモデウス夢
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小さい頃から、彼は私の日常に欠かせない存在だった。
親戚同士という縁もあって、自然と一緒にいる時間が多かったけれど、彼は周りの子供たちとは一線を画す輝きを放っていた。端正な顔立ちと気品ある所作、幼い頃から片鱗を見せる才気。まるで絵本から抜け出した王子様みたいで、同い年の子たちは近寄ることすらためらい、ただ遠巻きに眺めるだけだった。
でも私はそんなこと、まるで気に留めなかった。むしろその背中がいつも眩しくて、追いかけずにはいられなかった。
「アリスくん! こっちこっち!」
木々の間を駆け抜けながら声をかける。彼は少しだけ驚いたように振り返り、すぐに眉をひそめる。
森の木陰で、陽光にきらめく実を見つけると目を輝かせて喜び、きれいな蝶を追っては、ら足を滑らせそうになる。昔から好奇心が強すぎるのは、私の悪い癖だった。
「まったく、🌸はしょうがないやつだな」
呆れたように言いながらも、彼はすっと手を差し伸べてくれる。
差し出された手を握り返すと、彼の頬に淡い朱が差すのが見えた。彼はそれを隠すように視線を逸らし、言葉を飲み込む。
子供の頃の私は、その奥に隠された感情に気づくこともなく、ただその温もりが心地よくて、胸の奥にじんわりと染み込んでいくだけだった。
――あの頃の思い出は、色あせることなく今も胸に残っている。
やがて私たちは成長し、同じ学校に通うようになった。
アスモデウス・アリス。彼の名を知らぬ者などいないほど、バビルスでは圧倒的な存在感を放っていた。すらりとした立ち姿、整った振る舞い、その一つひとつが高貴さを纏い、周囲を自然と魅了する。生徒たちの視線を一身に集める彼は、まさに憧れの的だった。
けれど、親戚だからといって昔のように「アリスくん!」と呼ぶのは、さすがにためらわれた。あまりに馴れ馴れしく映れば品がないと思われるし、彼自身も不快に感じるかもしれない。
だから私は学校では「アスモデウスくん」と、あえて丁寧に呼ぶようになった。適度な距離を保つように心がけながら。
◇◇◇
バビルスの校庭に、夕日が柔らかなオレンジを広げている。石畳を照らす光は、どこか懐かしさを感じる。
入間くんとアスモデウスくんと一緒に下校していると、入間くんが突然「しまった、教科書!」と叫んで、慌てて教室へ引き返してしまった。
取り残されたのは、私とアスモデウスくん、二人きり。
途端に空気が少し重たく感じられて、私はなんとなく視線を逸らした。すると校庭の隅で、小さな植物がきらきらと光を放っているのが目に入る。
「きれい……触ってみてもいいかな。」
それは魔界に自生するキラキラ草だった。まるで夜空の星を地面に散らしたかのように、葉の一枚一枚が淡い光を弾いている。甘い香りが風に乗って漂い、思わず深呼吸したくなる。
「全く。そんな雑草に目を奪われるなんて、相変わらずだな。 入間様のお側にいるなら、もっと品性を意識しろよ」
皮肉まじりの少し厳しい口調でそういう彼。でも、私は別に入間くんの側近なんてつもりはない。ただ、こうやって草の光を見ていると、なんだか心が落ち着くのだ。
「アスモデウスくんの炎も、こんなふうにきらめいて綺麗だよ」
「なっ…!?」
つい漏れた本音に、彼の瞳が大きく揺れた。いつも完璧で自信に満ちている彼が、驚きに声を上ずらせるなんて。こんな風に動揺する姿は珍しい。
その時、草木がカサカサと揺れる音がした。
茂みの中からピカピカ光る小さなネズミのような魔獣が飛び出してきた。
「スパークル・ラット……!」
ふわふわした体毛に電気を宿し、鋭い瞳でこちらを睨む。縄張りを荒らされたと勘違いしたのか、怒りを露わにしていた。
思わず後ずさる私。小さな体とはいえ、縄張りを守るために電撃を放つこともあり危険だ。
それでも、怯えたように毛を逆立てる魔獣を見たら、怖いよりも「なんとかしたい」という気持ちの方が勝ってしまう。
「びっくりしただけだよね、この子」
昔、森で小さな魔獣をなだめたことを思い出し、私はそっと手を伸ばし、魔獣をなだめようとした。
「🌸、下がれ! 私の炎で焼き払う!」
アスモデウスくんが片手を掲げ、紅蓮の炎を呼び起こす。だが魔獣は予想外の素早さで跳ね、閃光のように電撃を放った。
「危ない!」
気づけば私は彼の前に飛び出していた。電撃が袖をかすめ、焦げた匂いが鼻を突く。痛みは鋭く一瞬だけ走ったが、大したことはない。
「アスモデウスくん、大丈夫?」
焦げた袖を気にも留めず、彼に微笑みかける。けれど彼の顔は青ざめ、指先が震えていた。
「お前が私を…… なぜ、私が守られるなんて!」
唇を強く噛みしめる声は、悔恨に満ちていた。
「お前はいつも勝手にっ……! いや、私が油断したんだ……!」
苛立ちを滲ませる声の裏に、私を案じる深い想いが垣間見えて、胸が締め付けられる。
やがてスパークル・ラットは落ち着いたのか、電撃を収めて私の足元へ近寄ってきた。おずおずと毛並みに触れると、意外にも柔らかく、くすぐったい。
「ふふ、くすぐったいなあ」
「離れろ、🌸! まだ危険だ!」
彼が鋭い声をあげるが、魔獣は私から離れようとしなかった。
撫で続けると、やがて彼は観念したようにため息をつき、そっとその小さな体を掬い上げて草むらへと戻した。意外なほど優しい手つきに、胸がじんわりと温かくなる。
でも、振り返った彼の目は鋭い。彼は少し間を置いてから、私の前に歩み寄った。その表情には、いつもの冷静さの裏に隠れていた強い緊張が滲んでいる。
「……お前、怪我はないのか?」
「だ、大丈夫だよ。大したことない。私、こういうの平気だから……」
しかし彼はその言葉をすぐに遮った。
「平気だと? ……私はお前が危険に晒されるのが嫌なんだ。心のどこかで、それを許せない。
お前に何かあったら耐えられない。心配で……堪らない」
「……アスモデウスくん」
視線は真っ直ぐ私を捉えて、少し震えている。
彼の真剣な瞳に射抜かれ、心の奥で何かが揺さぶられるのを感じた。いつも高貴で遠い存在だった彼が、こんなにも私のことを心配してくれているなんて、初めて知った気がした。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね。
でも、私怖くなかったよ。アスモデウスくんがいたから」
そう笑って袖を隠そうとすると、彼はハンカチを差し出し、焦げた部分を丁寧に拭き取ってくれる。
「昔も、こうやってお前の世話をしたな」
彼の声は小さく、どこか懐かしそうだった。私も幼い頃の記憶が、ふっと蘇る。
日が暮れるまで一緒に遊んだ日々、泥だらけの頬を拭ってくれた温かな手。
「アスモデウスくんは優しいね」
自然とこぼれた言葉に、彼の表情が曇った。
「昔は、そんなよそよそしい呼び方じゃなかった」
「え、そう……?」
首を傾げると、彼がモヤモヤを吐露するように呟く。夕陽に照らされた彼の顔が、ほんのり赤い。
「もっと気安く……私を『アリスくん』と呼んでいた。」
彼は小さく息をついて、言葉を続ける。
「……他の子供が私を遠巻きに見る中で、お前だけは普通に接してくれた。だから、🌸は私にとって特別なんだ」
懐かしい響きに、胸が跳ねた。そうだ、昔はいつもそう呼んでいた。無邪気に笑い合い、どんなときも隣にいた。だけど入学してからは距離を意識してしまい、呼び方を変えてしまった。
彼がそんな思いを持っていることも知らずに。
私は笑って彼を見つめる。
「アリスくん、昔みたいに呼んだ方が……いい?」
照れくささを隠せず、小さな声で尋ねる。彼は一瞬息を飲み、まっすぐに私を見つめてきた。
「ああ。その呼び方は……私だけのものだ。」
夕陽に照らされた瞳が、揺れている。
「じゃあ、二人だけのときはアリスくん、ね。」
口元を緩めて微笑むと、アリスくんの顔が真っ赤になって慌てて視線を逸らす。
「これからもお前の無茶には付き合ってやる……仕方なく、な!」
「うん、ありがとう、アリスくん」
尖った言葉の裏には、柔らかな響きが混じっていた。
キラキラ草の茂みで、スパークル・ラットが小さく鳴いた。夕陽に包まれた校庭で、幼い頃の距離がほんの少しだけ縮まったように感じる。そして、その温かさが、甘い予感をそっと運んでくれる気がした。
親戚同士という縁もあって、自然と一緒にいる時間が多かったけれど、彼は周りの子供たちとは一線を画す輝きを放っていた。端正な顔立ちと気品ある所作、幼い頃から片鱗を見せる才気。まるで絵本から抜け出した王子様みたいで、同い年の子たちは近寄ることすらためらい、ただ遠巻きに眺めるだけだった。
でも私はそんなこと、まるで気に留めなかった。むしろその背中がいつも眩しくて、追いかけずにはいられなかった。
「アリスくん! こっちこっち!」
木々の間を駆け抜けながら声をかける。彼は少しだけ驚いたように振り返り、すぐに眉をひそめる。
森の木陰で、陽光にきらめく実を見つけると目を輝かせて喜び、きれいな蝶を追っては、ら足を滑らせそうになる。昔から好奇心が強すぎるのは、私の悪い癖だった。
「まったく、🌸はしょうがないやつだな」
呆れたように言いながらも、彼はすっと手を差し伸べてくれる。
差し出された手を握り返すと、彼の頬に淡い朱が差すのが見えた。彼はそれを隠すように視線を逸らし、言葉を飲み込む。
子供の頃の私は、その奥に隠された感情に気づくこともなく、ただその温もりが心地よくて、胸の奥にじんわりと染み込んでいくだけだった。
――あの頃の思い出は、色あせることなく今も胸に残っている。
やがて私たちは成長し、同じ学校に通うようになった。
アスモデウス・アリス。彼の名を知らぬ者などいないほど、バビルスでは圧倒的な存在感を放っていた。すらりとした立ち姿、整った振る舞い、その一つひとつが高貴さを纏い、周囲を自然と魅了する。生徒たちの視線を一身に集める彼は、まさに憧れの的だった。
けれど、親戚だからといって昔のように「アリスくん!」と呼ぶのは、さすがにためらわれた。あまりに馴れ馴れしく映れば品がないと思われるし、彼自身も不快に感じるかもしれない。
だから私は学校では「アスモデウスくん」と、あえて丁寧に呼ぶようになった。適度な距離を保つように心がけながら。
◇◇◇
バビルスの校庭に、夕日が柔らかなオレンジを広げている。石畳を照らす光は、どこか懐かしさを感じる。
入間くんとアスモデウスくんと一緒に下校していると、入間くんが突然「しまった、教科書!」と叫んで、慌てて教室へ引き返してしまった。
取り残されたのは、私とアスモデウスくん、二人きり。
途端に空気が少し重たく感じられて、私はなんとなく視線を逸らした。すると校庭の隅で、小さな植物がきらきらと光を放っているのが目に入る。
「きれい……触ってみてもいいかな。」
それは魔界に自生するキラキラ草だった。まるで夜空の星を地面に散らしたかのように、葉の一枚一枚が淡い光を弾いている。甘い香りが風に乗って漂い、思わず深呼吸したくなる。
「全く。そんな雑草に目を奪われるなんて、相変わらずだな。 入間様のお側にいるなら、もっと品性を意識しろよ」
皮肉まじりの少し厳しい口調でそういう彼。でも、私は別に入間くんの側近なんてつもりはない。ただ、こうやって草の光を見ていると、なんだか心が落ち着くのだ。
「アスモデウスくんの炎も、こんなふうにきらめいて綺麗だよ」
「なっ…!?」
つい漏れた本音に、彼の瞳が大きく揺れた。いつも完璧で自信に満ちている彼が、驚きに声を上ずらせるなんて。こんな風に動揺する姿は珍しい。
その時、草木がカサカサと揺れる音がした。
茂みの中からピカピカ光る小さなネズミのような魔獣が飛び出してきた。
「スパークル・ラット……!」
ふわふわした体毛に電気を宿し、鋭い瞳でこちらを睨む。縄張りを荒らされたと勘違いしたのか、怒りを露わにしていた。
思わず後ずさる私。小さな体とはいえ、縄張りを守るために電撃を放つこともあり危険だ。
それでも、怯えたように毛を逆立てる魔獣を見たら、怖いよりも「なんとかしたい」という気持ちの方が勝ってしまう。
「びっくりしただけだよね、この子」
昔、森で小さな魔獣をなだめたことを思い出し、私はそっと手を伸ばし、魔獣をなだめようとした。
「🌸、下がれ! 私の炎で焼き払う!」
アスモデウスくんが片手を掲げ、紅蓮の炎を呼び起こす。だが魔獣は予想外の素早さで跳ね、閃光のように電撃を放った。
「危ない!」
気づけば私は彼の前に飛び出していた。電撃が袖をかすめ、焦げた匂いが鼻を突く。痛みは鋭く一瞬だけ走ったが、大したことはない。
「アスモデウスくん、大丈夫?」
焦げた袖を気にも留めず、彼に微笑みかける。けれど彼の顔は青ざめ、指先が震えていた。
「お前が私を…… なぜ、私が守られるなんて!」
唇を強く噛みしめる声は、悔恨に満ちていた。
「お前はいつも勝手にっ……! いや、私が油断したんだ……!」
苛立ちを滲ませる声の裏に、私を案じる深い想いが垣間見えて、胸が締め付けられる。
やがてスパークル・ラットは落ち着いたのか、電撃を収めて私の足元へ近寄ってきた。おずおずと毛並みに触れると、意外にも柔らかく、くすぐったい。
「ふふ、くすぐったいなあ」
「離れろ、🌸! まだ危険だ!」
彼が鋭い声をあげるが、魔獣は私から離れようとしなかった。
撫で続けると、やがて彼は観念したようにため息をつき、そっとその小さな体を掬い上げて草むらへと戻した。意外なほど優しい手つきに、胸がじんわりと温かくなる。
でも、振り返った彼の目は鋭い。彼は少し間を置いてから、私の前に歩み寄った。その表情には、いつもの冷静さの裏に隠れていた強い緊張が滲んでいる。
「……お前、怪我はないのか?」
「だ、大丈夫だよ。大したことない。私、こういうの平気だから……」
しかし彼はその言葉をすぐに遮った。
「平気だと? ……私はお前が危険に晒されるのが嫌なんだ。心のどこかで、それを許せない。
お前に何かあったら耐えられない。心配で……堪らない」
「……アスモデウスくん」
視線は真っ直ぐ私を捉えて、少し震えている。
彼の真剣な瞳に射抜かれ、心の奥で何かが揺さぶられるのを感じた。いつも高貴で遠い存在だった彼が、こんなにも私のことを心配してくれているなんて、初めて知った気がした。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね。
でも、私怖くなかったよ。アスモデウスくんがいたから」
そう笑って袖を隠そうとすると、彼はハンカチを差し出し、焦げた部分を丁寧に拭き取ってくれる。
「昔も、こうやってお前の世話をしたな」
彼の声は小さく、どこか懐かしそうだった。私も幼い頃の記憶が、ふっと蘇る。
日が暮れるまで一緒に遊んだ日々、泥だらけの頬を拭ってくれた温かな手。
「アスモデウスくんは優しいね」
自然とこぼれた言葉に、彼の表情が曇った。
「昔は、そんなよそよそしい呼び方じゃなかった」
「え、そう……?」
首を傾げると、彼がモヤモヤを吐露するように呟く。夕陽に照らされた彼の顔が、ほんのり赤い。
「もっと気安く……私を『アリスくん』と呼んでいた。」
彼は小さく息をついて、言葉を続ける。
「……他の子供が私を遠巻きに見る中で、お前だけは普通に接してくれた。だから、🌸は私にとって特別なんだ」
懐かしい響きに、胸が跳ねた。そうだ、昔はいつもそう呼んでいた。無邪気に笑い合い、どんなときも隣にいた。だけど入学してからは距離を意識してしまい、呼び方を変えてしまった。
彼がそんな思いを持っていることも知らずに。
私は笑って彼を見つめる。
「アリスくん、昔みたいに呼んだ方が……いい?」
照れくささを隠せず、小さな声で尋ねる。彼は一瞬息を飲み、まっすぐに私を見つめてきた。
「ああ。その呼び方は……私だけのものだ。」
夕陽に照らされた瞳が、揺れている。
「じゃあ、二人だけのときはアリスくん、ね。」
口元を緩めて微笑むと、アリスくんの顔が真っ赤になって慌てて視線を逸らす。
「これからもお前の無茶には付き合ってやる……仕方なく、な!」
「うん、ありがとう、アリスくん」
尖った言葉の裏には、柔らかな響きが混じっていた。
キラキラ草の茂みで、スパークル・ラットが小さく鳴いた。夕陽に包まれた校庭で、幼い頃の距離がほんの少しだけ縮まったように感じる。そして、その温かさが、甘い予感をそっと運んでくれる気がした。
1/1ページ
