頑張れドクタケちゃん
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夜の用具倉庫は、鉄錆とカビの匂いが混じり、軋む床から舞い上がる埃で喉がひりついた。窓の外の月は細く、申し訳程度の光しか差し込んでこない。
棚の奥深くに、各委員会の備品リストがある。リストには、壊れた用具の数、修理した内容、果ては授業で貸し出された武器の数まで、事細かに記されている。
命令はたったひとつ。「盗み出せ」。理由? 知ったことか。
恐らくだが、壊れた備品を放置すれば訓練は滞り、忍術の精度は落ちる。だからこそ、リストは「敵の隙」を暴く決定的な鍵になるに違いない!……と、無理やり自分を納得させながら、私は任務に集中した。
棚に手を這わせ、指先が紙に触れる寸前――
「おおーっ! 🌸、また来たのか!」
まさかこんな夜中に。今、一番会いたくなかった奴の声が、倉庫の天井を跳ね回る。月明かりに照らされた顔は、いつものようにヘラヘラと笑っている。
「……もうやだ」
七松小平太。忍術学園六年ろ組の体育委員長。
豪放磊落で、能天気で、なぜか私を“お気に入りのスパイちゃん”呼ばわりしてくる。
以前、忍術学園の昼食メニューの秘密を探る任務で潜入して以来、なぜか毎回こいつに鉢合わせる。見つかるたびに逃げようとしても、全力で追いかけ回されるのだ。
「よし捕まえたー!! 私の勝ち、確定だな!」
歯を見せて笑う七松の腕に、私の体ががっちりホールドされる。
「ちょっ、離して! いま任務中なの!」
「任務って、またスパイか? お前、好きだなぁ、ほんと!」
「好きなんじゃない! 仕事よ!
七松小平太! 各委員会の備品リストを見せてもらうわよ!」
「おう!いいぞ!私の委員会の備品リストはこれだ。 留三郎がきっちり記録しているぞ! でもそんなの見てどうするんだ?」
七松は首をかしげながら、意外にもあっさりリストを渡してきた。奪うために激しい追いかけっこを覚悟していた私は面食らう。拍子抜けしながらも、私はリストを確認した。
「なになに……」
——
一.体育委員会備品損耗状況
バレーボール:七個中、五個 爆散
苦無:二十二本中、十本 破損、三本 紛失
木刀:二十本中六本 破損
二.施設修繕状況
体育委員会活動に伴い、以下の修繕を実施。
壁面の補修(複数箇所)
塹壕の埋め直し(多数回)
三.備考
今回の損耗・修繕件数は通常時を大幅に上回る
次はないぞ小平太
——
「……備品壊してるの、ほとんどアンタでしょ」
「ははっ! バレたか!」
私は力が抜けて、ガクッと肩を落とした。なにが敵の隙を見つける鍵だ。七松の壊した備品の数々を知ったって、学園の生徒の練度なんて分かりっこない。
あー”また”任務失敗だ……。なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、なにか話かけてくる七松を生返事もなく無視してその場を後にした。
倉庫を出ても七松はまだ追いかけてきた。
「送ってくよ!」
「アンタ、敵なのに?」
「敵でも夜道は危ないだろ」
月明かりが、七松の横顔を照らす。
「お前、ちょっと元気ないな?」
真っ直ぐな瞳。いつもは自由奔放で明るいのに、その目だけは鋭く人を見ている。
「……べつに。最近任務が忙しいだけ」
「ふーん」
七松は、私の顔を覗き込むようにした。
「いや違うな。最近上司に怒られた顔だ」
「は?」
突然図星をつかれて、間の抜けた声が出た。
「弟妹が七人いるからわかるんだよ。落ち込んでるときの顔」
「弟妹……七人も?」
「おう! 毎日ドタバタだ! でもそのおかげで、誰かが泣く前に気づけるんだ」
胸を張って笑う彼に、思わず口元が緩む。
「ま、落ち込むときは落ち込んでいいけどな」
七松はそう言って、優しく笑った。
「でも、お前がそんな顔してると、なんか放っとけないな」
そう言った次の瞬間、彼の大きな手が私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「よーしよし! 元気出せ、🌸!」
「ちょ、ちょっと! 撫でないでよ!」
慌てて抗議すると、七松は不思議そうに首をかしげて、困ったように笑った。
「あれ? 弟や妹はこれですぐ機嫌治るんだけどなあ」
「私は子供じゃないから!」
笑いながら、彼はいつもの調子で拳を軽く突き出した。
「ほら、元気出してこーぜ! いけいけどんどーん!」
夜の静けさに似合わない、あまりに明るい声で言うから、私もつられて笑ってしまう。
「……七松、どうしてそんなに人に優しくできるの?」
「うーん、楽しいからかな?」
「楽しい?」
「うん!好きな奴が元気になると、私まで楽しくなるんだ。単純だろ?」
そういう彼があまりに眩しくて、私は目をそらした。
「……そういうところ、ずるい」
「え? いまのって褒められた? 照れるなぁ!」
「ほんとに単純」
「おう、単純上等!」
七松の明るさは、夜の闇に沈みかけていた私の気分を、強引に引き上げていくようだった。
任務は失敗。だが、心臓の奥が少しだけ温かい。
ずるい男だ。彼の背中を見つめたまま、何も言わずに歩き続ける。
どうせ今度もまた、私はこの男に捕まってしまうのだろう。
棚の奥深くに、各委員会の備品リストがある。リストには、壊れた用具の数、修理した内容、果ては授業で貸し出された武器の数まで、事細かに記されている。
命令はたったひとつ。「盗み出せ」。理由? 知ったことか。
恐らくだが、壊れた備品を放置すれば訓練は滞り、忍術の精度は落ちる。だからこそ、リストは「敵の隙」を暴く決定的な鍵になるに違いない!……と、無理やり自分を納得させながら、私は任務に集中した。
棚に手を這わせ、指先が紙に触れる寸前――
「おおーっ! 🌸、また来たのか!」
まさかこんな夜中に。今、一番会いたくなかった奴の声が、倉庫の天井を跳ね回る。月明かりに照らされた顔は、いつものようにヘラヘラと笑っている。
「……もうやだ」
七松小平太。忍術学園六年ろ組の体育委員長。
豪放磊落で、能天気で、なぜか私を“お気に入りのスパイちゃん”呼ばわりしてくる。
以前、忍術学園の昼食メニューの秘密を探る任務で潜入して以来、なぜか毎回こいつに鉢合わせる。見つかるたびに逃げようとしても、全力で追いかけ回されるのだ。
「よし捕まえたー!! 私の勝ち、確定だな!」
歯を見せて笑う七松の腕に、私の体ががっちりホールドされる。
「ちょっ、離して! いま任務中なの!」
「任務って、またスパイか? お前、好きだなぁ、ほんと!」
「好きなんじゃない! 仕事よ!
七松小平太! 各委員会の備品リストを見せてもらうわよ!」
「おう!いいぞ!私の委員会の備品リストはこれだ。 留三郎がきっちり記録しているぞ! でもそんなの見てどうするんだ?」
七松は首をかしげながら、意外にもあっさりリストを渡してきた。奪うために激しい追いかけっこを覚悟していた私は面食らう。拍子抜けしながらも、私はリストを確認した。
「なになに……」
——
一.体育委員会備品損耗状況
バレーボール:七個中、五個 爆散
苦無:二十二本中、十本 破損、三本 紛失
木刀:二十本中六本 破損
二.施設修繕状況
体育委員会活動に伴い、以下の修繕を実施。
壁面の補修(複数箇所)
塹壕の埋め直し(多数回)
三.備考
今回の損耗・修繕件数は通常時を大幅に上回る
次はないぞ小平太
——
「……備品壊してるの、ほとんどアンタでしょ」
「ははっ! バレたか!」
私は力が抜けて、ガクッと肩を落とした。なにが敵の隙を見つける鍵だ。七松の壊した備品の数々を知ったって、学園の生徒の練度なんて分かりっこない。
あー”また”任務失敗だ……。なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、なにか話かけてくる七松を生返事もなく無視してその場を後にした。
倉庫を出ても七松はまだ追いかけてきた。
「送ってくよ!」
「アンタ、敵なのに?」
「敵でも夜道は危ないだろ」
月明かりが、七松の横顔を照らす。
「お前、ちょっと元気ないな?」
真っ直ぐな瞳。いつもは自由奔放で明るいのに、その目だけは鋭く人を見ている。
「……べつに。最近任務が忙しいだけ」
「ふーん」
七松は、私の顔を覗き込むようにした。
「いや違うな。最近上司に怒られた顔だ」
「は?」
突然図星をつかれて、間の抜けた声が出た。
「弟妹が七人いるからわかるんだよ。落ち込んでるときの顔」
「弟妹……七人も?」
「おう! 毎日ドタバタだ! でもそのおかげで、誰かが泣く前に気づけるんだ」
胸を張って笑う彼に、思わず口元が緩む。
「ま、落ち込むときは落ち込んでいいけどな」
七松はそう言って、優しく笑った。
「でも、お前がそんな顔してると、なんか放っとけないな」
そう言った次の瞬間、彼の大きな手が私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「よーしよし! 元気出せ、🌸!」
「ちょ、ちょっと! 撫でないでよ!」
慌てて抗議すると、七松は不思議そうに首をかしげて、困ったように笑った。
「あれ? 弟や妹はこれですぐ機嫌治るんだけどなあ」
「私は子供じゃないから!」
笑いながら、彼はいつもの調子で拳を軽く突き出した。
「ほら、元気出してこーぜ! いけいけどんどーん!」
夜の静けさに似合わない、あまりに明るい声で言うから、私もつられて笑ってしまう。
「……七松、どうしてそんなに人に優しくできるの?」
「うーん、楽しいからかな?」
「楽しい?」
「うん!好きな奴が元気になると、私まで楽しくなるんだ。単純だろ?」
そういう彼があまりに眩しくて、私は目をそらした。
「……そういうところ、ずるい」
「え? いまのって褒められた? 照れるなぁ!」
「ほんとに単純」
「おう、単純上等!」
七松の明るさは、夜の闇に沈みかけていた私の気分を、強引に引き上げていくようだった。
任務は失敗。だが、心臓の奥が少しだけ温かい。
ずるい男だ。彼の背中を見つめたまま、何も言わずに歩き続ける。
どうせ今度もまた、私はこの男に捕まってしまうのだろう。
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