中在家夢
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
放課後の図書室は、いつだって穏やかな空気に包まれていた。ページを繰るかすかな音や、窓辺を撫でる風のささやきが、まるでこの部屋だけに許された内緒話みたいで、私はそんな静けさが好きだった。
私は編み物が趣味だから、編み物の本を借りるために通うのが日課。でも、最近はそれだけじゃなかった。
図書室には、六年ろ組の図書委員長、中在家長次くんがいる。初めて彼を見たときは、正直ちょっと怖かった。
15歳とは思えないほどがっしりとした体格、そして仏頂面と頬に走る傷。あの傷は昔の縄鏢の鍛錬でできたものだって聞いたことがある。ただ静かに佇む姿が、なんだか重厚な存在感を放っていた。
長次くんは忍術学園一の無口な奴だって噂だったけど、図書室で過ごす時間が長くなるにつれ、彼の意外な面が見えてきた。
ある日、いつものように私が本を探していると、少し離れた本棚の影から、じっとこちらを観察するような視線を感じた。
「……探しているのは、編み物の本か?」
彼の声はとても小さく、風に紛れそうなほどだった。
突然声をかけられたことにちょっとびっくりして、思わず「えっ、なんでわかったの?」っと聞き返してしまった。
「……最近ずっと編み物の本を借りてるだろ。帳簿を見てればすぐわかる」
彼は持っていた貸出帳に目をやり、ページを指でなぞった。
「うん、最近趣味で編み物を始めてね。良い編み図が載ってる本がないか探してたの」
そう答えると、長次くんは少し考えて、彼の背面にある本棚に手を伸ばす。そして、影のようにすっとこちらに近づいてきた。
「……これ。 最近入ったものだ」
ほとんど聞き取れない低く掠れた声で呟きながら、一冊の本を差し出してくれた。
それは、豊富な編み図だけでなく、丁寧な解説も綴られている初心者にもやさしい本だった。
「これ、すごく分かりやすい! ありがとう、長次くん」
笑顔で受け取ると、彼は黙ってうなずいて、また本の整理に戻っていった。
本を渡してくれた一瞬、あの仏頂面がさらに強張ったように見えた。後で知ったけど、それが彼の機嫌がいいときの表情らしい。
それをきっかけに、私たちは少しずつ言葉を交わすようになった。本の内容とか、編み物のコツとか、どんなものを作ったかとか。私の話に、長次くんが真剣に耳を傾けてくれるのが嬉しかった。
いつも無口な彼が小声で応じてくれるのも、彼の控えめな優しさを際立たせている気がした。
「できたら……今度見せてくれないか」
ある日の会話で、そんな言葉がぽつりと落ちた。
聞き取るのに耳を澄ませたけど、心臓が跳ね上がった。
「うん、約束ね!」
そう笑って答えたけど、頭の中ではもうアイデアが渦巻いていた。
せっかくだから、長次くんに何か編んであげたい。
冬の寒さの中でも、外で鍛錬を続ける彼のために防寒具を贈るのはどうだろう。
頭巾は大袈裟すぎるし、マフラーは結び目が邪魔になるかも。
……それなら、首にすっぽり被せて使う筒状の首巻きはどうか?
動きを妨げずに、首元にぴったり添う感じで。着脱もしやすい形だし、これなら鍛錬の邪魔にならないだろう。そんな風に思い浮かべて、私はさっそく図書室に通い詰め、編み物の本を次から次へと読みあさった。
私が本に没頭していると、長次くんは不思議そうにこちらを覗き込んでくる。無表情のまま、じっと。これも彼の「機嫌がいい」ときの顔らしい。
本を手に棚の間を歩いていると、彼がぽつりと呟いた。
「🌸……最近、読書に熱心だな」
その言葉に、思わず顔を上げる。長次くんの目はいつもより少し柔らかく見えた。
「うん、編み物の本、面白くて」
笑って答えると、彼は少しだけ目を逸らして、掠れた声で続けた。
「……お前が来てくれると、静かすぎなくて、いい」
その言葉に、どきっとした。長次くんがそんなこと言うなんて。あまり話さない彼が、こんな風に自分の気持ちをこぼしてくれるようになるなんて。
もしかして、私が図書室に来るのを、内心喜んでくれてるってことなのかな。
私は熱くなった頬を誤魔化すように、足早に図書室を後にした。
勉強や実践の授業で忙しい毎日だったけど、夜更けに毛糸と編み棒を握り、首巻きを編み進めていった。
長次くんのことを思い浮かべながらの時間は、なんだか特別で、甘い。毛糸が絡まって慌てたり、模様がずれてやり直したり、試行錯誤の繰り返しだったけど、完成品を見た瞬間は達成感でいっぱいになった。
少し歪んでるかもしれないけど、借りた本やこれまでの経験を頼りにして、心を込めて編んで、なんとか渡せるくらいにできた。
◇◇◇
何日も編み続け、ついにその日が来た。
首巻を風呂敷に包んで、深呼吸をしてから図書室へ向かう。
戸を開けて、ドキドキしながら本の整理をしている長次くんに声をかけた。
「あの……渡したいものが……あるの」
持っていた包みからそっと首巻きを取り出した。
すると、長次くんの目が一瞬、見開かれる。
眉間の皺がさらに深くなったけど、ただ驚いてるんだってわかった。
「これ……私に?」
「首巻きだよ。 ちょっと不格好かもだけど……」
不安で胸がきゅっと締まったけど、長次くんは首巻きをそっと手に取り、じっと見つめた。そして、ゆっくり、でもはっきりと言った。
「よくできてる……気持ちが……嬉しい」
その言葉が胸の中に温かく溶けていく。長次くんのいつもの仏頂面から、なんだか優しい笑みに変わったように見えた。きっと、これが彼の本当の「嬉しい」顔だ。
「冬の鍛錬、少しでも快適になるようにって思って作ったんだ。長次くんのこと……応援してるよ」
『好きです』とはまだ言えなかった。
でも、気持ちはちゃんと伝えたくて。長次くんは少し目を逸らして、口元が緩むのを抑えるように小さくうなずいた。
「……ありがとう」
私をまっすぐ見て言ってくれた。その視線に、また心臓が跳ねた。
静かな図書室で始まった私たちのささやかなやり取りは、毛糸を編むように、少しずつ、でも確実に新しい形を紡いでいく。長次くんの無口さも、仏頂面も、縄鏢を手に後輩を叱る姿も、全部が彼の優しさの欠片だって、気づくことができた。これからもこの図書室で、私たちの物語がゆっくり紡がれていきますように。
私は編み物が趣味だから、編み物の本を借りるために通うのが日課。でも、最近はそれだけじゃなかった。
図書室には、六年ろ組の図書委員長、中在家長次くんがいる。初めて彼を見たときは、正直ちょっと怖かった。
15歳とは思えないほどがっしりとした体格、そして仏頂面と頬に走る傷。あの傷は昔の縄鏢の鍛錬でできたものだって聞いたことがある。ただ静かに佇む姿が、なんだか重厚な存在感を放っていた。
長次くんは忍術学園一の無口な奴だって噂だったけど、図書室で過ごす時間が長くなるにつれ、彼の意外な面が見えてきた。
ある日、いつものように私が本を探していると、少し離れた本棚の影から、じっとこちらを観察するような視線を感じた。
「……探しているのは、編み物の本か?」
彼の声はとても小さく、風に紛れそうなほどだった。
突然声をかけられたことにちょっとびっくりして、思わず「えっ、なんでわかったの?」っと聞き返してしまった。
「……最近ずっと編み物の本を借りてるだろ。帳簿を見てればすぐわかる」
彼は持っていた貸出帳に目をやり、ページを指でなぞった。
「うん、最近趣味で編み物を始めてね。良い編み図が載ってる本がないか探してたの」
そう答えると、長次くんは少し考えて、彼の背面にある本棚に手を伸ばす。そして、影のようにすっとこちらに近づいてきた。
「……これ。 最近入ったものだ」
ほとんど聞き取れない低く掠れた声で呟きながら、一冊の本を差し出してくれた。
それは、豊富な編み図だけでなく、丁寧な解説も綴られている初心者にもやさしい本だった。
「これ、すごく分かりやすい! ありがとう、長次くん」
笑顔で受け取ると、彼は黙ってうなずいて、また本の整理に戻っていった。
本を渡してくれた一瞬、あの仏頂面がさらに強張ったように見えた。後で知ったけど、それが彼の機嫌がいいときの表情らしい。
それをきっかけに、私たちは少しずつ言葉を交わすようになった。本の内容とか、編み物のコツとか、どんなものを作ったかとか。私の話に、長次くんが真剣に耳を傾けてくれるのが嬉しかった。
いつも無口な彼が小声で応じてくれるのも、彼の控えめな優しさを際立たせている気がした。
「できたら……今度見せてくれないか」
ある日の会話で、そんな言葉がぽつりと落ちた。
聞き取るのに耳を澄ませたけど、心臓が跳ね上がった。
「うん、約束ね!」
そう笑って答えたけど、頭の中ではもうアイデアが渦巻いていた。
せっかくだから、長次くんに何か編んであげたい。
冬の寒さの中でも、外で鍛錬を続ける彼のために防寒具を贈るのはどうだろう。
頭巾は大袈裟すぎるし、マフラーは結び目が邪魔になるかも。
……それなら、首にすっぽり被せて使う筒状の首巻きはどうか?
動きを妨げずに、首元にぴったり添う感じで。着脱もしやすい形だし、これなら鍛錬の邪魔にならないだろう。そんな風に思い浮かべて、私はさっそく図書室に通い詰め、編み物の本を次から次へと読みあさった。
私が本に没頭していると、長次くんは不思議そうにこちらを覗き込んでくる。無表情のまま、じっと。これも彼の「機嫌がいい」ときの顔らしい。
本を手に棚の間を歩いていると、彼がぽつりと呟いた。
「🌸……最近、読書に熱心だな」
その言葉に、思わず顔を上げる。長次くんの目はいつもより少し柔らかく見えた。
「うん、編み物の本、面白くて」
笑って答えると、彼は少しだけ目を逸らして、掠れた声で続けた。
「……お前が来てくれると、静かすぎなくて、いい」
その言葉に、どきっとした。長次くんがそんなこと言うなんて。あまり話さない彼が、こんな風に自分の気持ちをこぼしてくれるようになるなんて。
もしかして、私が図書室に来るのを、内心喜んでくれてるってことなのかな。
私は熱くなった頬を誤魔化すように、足早に図書室を後にした。
勉強や実践の授業で忙しい毎日だったけど、夜更けに毛糸と編み棒を握り、首巻きを編み進めていった。
長次くんのことを思い浮かべながらの時間は、なんだか特別で、甘い。毛糸が絡まって慌てたり、模様がずれてやり直したり、試行錯誤の繰り返しだったけど、完成品を見た瞬間は達成感でいっぱいになった。
少し歪んでるかもしれないけど、借りた本やこれまでの経験を頼りにして、心を込めて編んで、なんとか渡せるくらいにできた。
◇◇◇
何日も編み続け、ついにその日が来た。
首巻を風呂敷に包んで、深呼吸をしてから図書室へ向かう。
戸を開けて、ドキドキしながら本の整理をしている長次くんに声をかけた。
「あの……渡したいものが……あるの」
持っていた包みからそっと首巻きを取り出した。
すると、長次くんの目が一瞬、見開かれる。
眉間の皺がさらに深くなったけど、ただ驚いてるんだってわかった。
「これ……私に?」
「首巻きだよ。 ちょっと不格好かもだけど……」
不安で胸がきゅっと締まったけど、長次くんは首巻きをそっと手に取り、じっと見つめた。そして、ゆっくり、でもはっきりと言った。
「よくできてる……気持ちが……嬉しい」
その言葉が胸の中に温かく溶けていく。長次くんのいつもの仏頂面から、なんだか優しい笑みに変わったように見えた。きっと、これが彼の本当の「嬉しい」顔だ。
「冬の鍛錬、少しでも快適になるようにって思って作ったんだ。長次くんのこと……応援してるよ」
『好きです』とはまだ言えなかった。
でも、気持ちはちゃんと伝えたくて。長次くんは少し目を逸らして、口元が緩むのを抑えるように小さくうなずいた。
「……ありがとう」
私をまっすぐ見て言ってくれた。その視線に、また心臓が跳ねた。
静かな図書室で始まった私たちのささやかなやり取りは、毛糸を編むように、少しずつ、でも確実に新しい形を紡いでいく。長次くんの無口さも、仏頂面も、縄鏢を手に後輩を叱る姿も、全部が彼の優しさの欠片だって、気づくことができた。これからもこの図書室で、私たちの物語がゆっくり紡がれていきますように。
