闃然に熄え、澱渦に還る

家々の屋根を越え、大きく翼を広げると、黒い大鷲は中央広場の上空を旋回し始めた。

燐音は人影のない小路へ折れ、そのまま駆け抜けると、前方から再び何かが激しく砕ける音が響いた。

小路を抜けると視界が開け、中央広場には崩れた見晴台の木材が散乱していた。

その向こうでは数人が広場を離れるように走り、一人が足を縺れさせて倒れ込むと、その背後で人の形をした大きな影が振り向いた。

大きな影は倒れた人へ身体を向け、左腕を振り上げる。

地を蹴って一気に間合いを詰めると、腰の懐刀を鞘ごと抜き取り、振り下ろされた腕へ横から差し込み勢いに沿って軌道を逸らした拳が、燐音の脇へ叩きつけられた衝撃で土と小石が跳ね上がった。

鬼は地面についた左拳を握り直すと、そのまま地面を削りながら腕を横へ薙いだ。

懐刀に両手を添えて迫る拳を受け、身体を斜めにしながら横へ流され、後ろへ重心を引くと拳から離れた。

鬼は振り抜いた腕の勢いに上体を引かれ、大きく体勢を崩した。
その向こうで、倒れていた人が身を起こし、広場の外へ駆けていく。

鬼は地面へついた左腕を引き戻しながら上体を起こし、燐音へ向き直ると右腕を振り上げ、そのまま拳を振り下ろした。

燐音は振り下ろされる拳を紙一重で躱し、一気に懐へ潜り込み短刀を抜き放ち、脇へ一閃刻みそのまま抜けると薄雪を巻き上げ、身体を翻した。

身体を翻した燐音の視線の先で、鬼の脇に刻んだ傷を黒いモヤが覆い始めた。

鬼は顔だけを燐音へ向け、身体を捻る勢いのまま右腕を横へ薙ぎ、地面を削った。

身体を仰け反らせて腕を躱すと、削られた土と小石が勢いよく飛び散り、破片から顔を逸らすも頬を掠め一筋の線がついた。

視線を戻すと、鬼は右腕を軸に巨体を前へ投げ出しながら左腕を振り下ろし、燐音は僅かに目を見開いて迫る腕から後方へ跳び退いた。

後方へ跳び退く燐音を追うように、鬼は地面についた左腕を軸に再び巨体を前へ投げ出し、次の腕を振り抜いた。

さらに後ろへ退こうとした踵が壁に当たり、燐音は鬼を見据えたまま身体を横へずらすと、すぐ脇で壁が大きく砕け、目を見開いた。

遅れて遠くから悲鳴が上がり、高い所からも困惑した声が重なった。

燐音は短刀を手にしたまま、鬼から距離を取った。

鬼は崩れた壁から身体を起こして燐音へ向き直ると、そのまま踏み込み腕を振るった。

振るわれた拳を内へ受け流し、外から懐へ入り込んで胴を薙ぐも刃は鈍く押し返され、片眉を上げた。

鬼はすぐさま拳を振り下ろし、燐音が脇へ躱すと、拳が叩きつけられた地面が大きく抉れた。

近くから怯えた声が上がり、その先では身体を震わせ助けを求めながら地面を這う人の背後へ鬼が迫り、拳を振り上げた。

燐音は「逃げろ!」と声を上げながらその間へ滑り込み、短刀と鞘を交差させて振り下ろされた拳を受けると、重みに片足が僅かに後ろへ下がった。

さらに拳へ体重が乗ったところで力を抜き、その勢いを外へ流すと、鬼の上体が大きく前へ傾いた。
背後から聞こえていた声は、いつの間にか遠ざかっていた。

鬼が崩れた体勢を立て直すと拳を薙ぎ払い、そこへ短刀と鞘を滑り込ませ受け流すも足元が横へずれるのも構わず、その奥へ目をやれば、反対の腕が迫っていた。

燐音は半身を引いて後ろへ飛び退くと、鬼の拳が地面へ叩きつけられ、大きな衝撃とともに土と薄雪が巻き上がり、二つの姿を覆い隠した。

その奥で時折瞬く淡い光が、見開かれた瞳に映っていた。
一彩の周囲ではざわめき声が上がり、また遠くで何かが壊れる音が響いた。

土埃が僅かに薄れていく中、迫る鬼の拳を躱し、遅れた袖が裂けた。

それでも鬼の攻撃は止まらず、燐音が避ける度に、地面が抉れ、土埃に紛れて木材も跳ね上がった。

「何が起きてる……」

「家が……」

「……祟りだ。」

一彩は周りの声を聞きながらも、遠くで鬼と対峙する燐音から目を離さず、腿にかかる着物を強く握り込んだ。

淡い光が瞬き、燐音の身体が後ろへ押し戻され、足元から土煙を上げながら踏み止まった。

鬼が再び燐音へ距離を詰め、黒いモヤを纏った拳を振るうと、燐音は短刀と鞘で受け流すも足が土を削りながら横へずれ、同時に短刀と鞘を水平に滑らせ、拳から抜け出た。

鬼はそのまま前へ体勢を崩すと、身体を覆う黒いモヤが薄布のように揺らぎ、肩口が覗いたと思ったら、振り向きざまに拳を突き出した。

燐音は目を細め、迫る拳を腰を落としながら躱し、地を蹴って懐へ跳び込むと、肩口へ短刀を差し込んだ。

刃が深く沈んだ瞬間、鬼は刺された肩を内側へ入れ、地面へ身体を倒し込む。

燐音はその傾きに合わせて柄から手を離し、距離を取った。
巨体が地面へ叩きつけられ、土と薄雪が高く跳ねた。
風圧が遅れて広がり、燐音は煽られたまま勢いを殺しきれず転がった。

顔を上げると、鬼の拳が目前に迫っていた。
振り下ろされる寸前、燐音は前へ飛び込み、肩から地面へ転がって潜り抜けた。
低い姿勢のまま鬼へ視線を戻し、大きく息を吐き出しながら袖で顎下を拭った。

直ぐさま鬼が反対の拳を横へ薙いだ。
「……ッ!?」
燐音は咄嗟に襟元から扇を引き抜き、閉じたまま鞘とともに迫る拳を受け流し、その勢いを利用して弧を描くように立ち上がった。

燐音は鬼へ視線を走らせ、濃くなった黒いモヤの隙間から深く刺さった懐刀の柄を捉えると、鋭く目を細めた。

燐音は地を蹴り、迎え撃つように振り下ろされた拳を躱すと、衝撃が広がるより早くその腕を足場に肩口へ跳び上がった。
閉じた扇の輪郭を縁取るように淡い光が滲み、一点へ引き絞られた神力を懐刀へ向けて一気に放った。

懐刀を伝う神力は鋭さを増し、鬼の内側へ迸った。
その跡をなぞるように鬼の肩口が裂け、そこから黒いモヤが薄布のようにほどけながら、次第に霧散していった。

支えを失った懐刀が落ち、地面へ軽く突き刺さった。
冷たい風が吹き抜け、舞い上がっていた土埃がゆっくりと薄れていく。その向こうでは、傾いた陽が山際へ沈みかけていた。

あれほど響いていた轟音は途絶え、遠巻きに見ていた人々も息を呑むように声を失っていた。

燐音は片膝を立てたまま俯き、荒い呼吸を繰り返していた。
やがて両手から力が抜け、閉じた扇と鞘が地面へ落ちた。

少し後方から濃紫の長い衣が静かに現れ、燐音の傍らを通り過ぎると、秘色の淡い光がふわりと舞った。
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