盗・蜜・愛
PM20:10【覚醒】
「ここが、先生の家…」
帰宅途中。
突然車に連れ込まれ、閑静な住宅街にあるリヴァイの住む高級マンションに半ば強引に招き入れられる。
最低限の家具を揃えただけのシンプルな作りではあるが、モダンコーディネートで統一されており、潔癖症で有名な教師らしい男性の1人暮らしとは思えないほど掃除が行き届いた完璧な部屋だった。
「広いし、…綺麗だし、なんかドラマに出てきそう…」
(そもそも、30代の公務員が住めるマンションなのか?)
「稼ぎ方なんてどうとでもなる」
「!?」
心の声を読まれ、エレンは思わずドキッとする。
呆気に取られる生徒を横目に、リヴァイはさっさとスーツのジャケットをハンガーに吊るすと対面キッチンに入りお湯を沸かし始める。
「ソファで座って待ってろ」
「はい…」
エレンはおずおずとリビングのソファに座りながらも、目線はリヴァイを追い続ける。
リヴァイは手際よく準備を済ませると、エレンの前に温かな紅茶と小皿に乗せられたチョコ菓子が出された。
「あ、ありがとうございます」
「……………」
リヴァイは無言のままエレンの横に座ると、ネクタイを緩める。
その動作に反応し、エレンの身体に緊張が走る瞬間をリヴァイは見逃さなかった。
「そう構えるな」
薄く笑って、リヴァイは紅茶を啜る。
「だ、だって、また何されるか分かんないし、…怖いですよ…」
未だ緊張の解けないエレンは紅茶に目線を落とし、両手をギュッと握り締めた。
「今日は優しくしてやるよ」
「………え?」
ポツリと呟いたリヴァイの意外な一言に、エレンは目を見張る。
ごく自然とエレンの襟元のボタンを外し、リヴァイの指先が首筋から鎖骨までをゆっくりとなぞっていく。
「…っ……」
触れられただけで火照る身体は、リヴァイに下された屈辱そのものだった。
その気持ちを知ってか知らずか、リヴァイはエレンの首元に付けられている細い首輪に指を引っ掛け金色の瞳を覗き込む。
「うんと甘やかしてやろうと思ってな」
「はぁ、…」
いつもと違う優しい眼差しと穏やかな口調に、エレンは戸惑いの表情を浮かべる。
「何だ?痛かったり恥ずかしい方がいいのか?」
意地悪く細められた瞳に、エレンは慌てふためいた。
「いいえ!優しくして下さい!お願いします!!……………あ、」
否定したつもりが積極的な発言になってしまい、エレンは空いた口が塞がらない。
「や、…あの、…うわぁっ!!」
リヴァイはエレンを抱き寄せると、顔を鼻先まで近づける。
「自分からねだるようになってきたか、……悪くない」
互いの呼吸が混じり合い、リヴァイから漂うムスクの香りにエレンの頭の中が甘く痺れていく。
「ち、違います!!」
その危うい感覚を振り切る為、エレンは必死にリヴァイの身体を押し退けようとしていた。
相変わらずムードも従順さも感じられないエレンに、リヴァイは小さくため息をつく。
「エレン」
「は、はい!」
拘束力を持つ穏やかな口調で名前を呼ばれ、エレンはハッと我に返る。
また酷い事をされると思い込み身構えようとすると、目の前に1粒の小さく丸いチョコレートを差し出された。
「え、チョコ…」
「エレン、このアーモンドチョコを俺の口から奪ってみろ」
突然の提案にエレンはきょとんとリヴァイを見上げる。
「え、え?」
「手は使うなよ、口だけでやれ」
「なっ…」
「奪えたら、写真のデータを全部お前に返してやる」
「!!」
喉から手が出る程欲しかったものを条件に出され、エレンは拒否する言葉を一瞬で飲み込んだ。
「どうする?」
チョコレートを舌でペロリと舐めて、リヴァイは楽しそうにエレンを挑発する。
「………やります」
裏がある可能性は否定出来ないが、今はこの勝負に賭けるしかなかった。
「チョコが完全に溶ける前に奪えたら、お前の勝ちだ」
リヴァイは丸い粒を口に含むと、ソファに深く腰を掛けた。
(変に照れたり緊張すると絶対に隙を突かれる、……一気に攻めて先生から奪ってやる……!!)
エレンは小さく深呼吸をすると、両手でリヴァイの頬をガチッと抑え強引に自分の方へ顔を向けさせた。
「!?」
「失礼します」
目を丸くするリヴァイの表情が見えたが、エレンは構わず目を閉じ口唇を押しつけると一気に舌を挿し込んだ。
「っ……!!」
口内に入ると同時に、珍しくリヴァイの身体が跳ねる感覚が両手から伝わってくる。
しかし、相手の状態を気にかける余裕はエレンにはなかった。
「…っ……ふ、…んん、…」
(あれ、……どこだ…?)
舌に神経を集中させ、狭い口内を這いながらチョコレートを探し始める。
「はぁ、……ぁん、んん……っ…はっ…」
(甘い、…チョコが溶けてきてる、マズイな…)
チョコレートの甘さと微かに香るタバコの味が、溢れる唾液と共に喉を潤していく。
制限時間に焦り、エレンはリヴァイの顔をさらに自分に引き寄せ深く口づけていった。
「んぅ!……っふ、ぅんんん……」
(……ん?これって、…)
突然、小さなチョコレートの塊がリヴァイの舌の上で見つかる。
この好機を逃すまいと舌ですくい取り自分の口内へ収めると、リヴァイの顔から離れた。
「やった!先生、見て下さい!」
殆ど溶けたアーモンドチョコを舌の上に乗せ、エレンはリヴァイに見せつける。
「はぁ、…っ…」
「まだチョコ残ってますよね?俺の勝ちだ!」
「あぁ、お前の勝ちだ……」
リヴァイに勝てた喜びと、写真のデータを返してもらえる解放感に、エレンは終始満面の笑みを浮かべていた。
奪い取ったチョコを噛み砕いて紅茶を啜っていると、リヴァイが再び近づいてきた。
「?何ですか?」
「何ですかじゃないだろ」
「はい?」
「激しすぎるんだよ、お前」
「ふ~ん、激しいですか…………て、ええっ!?」
浮かれて話半分に聞いていたが、リヴァイからとんでもない発言をされてエレンは顔を真っ赤にする。
「な、何言ってるんですか、変な事言うのはやめて下さい!」
「やめなかったのはお前の方だろうが」
「だって、あれは、…」
口をぱくぱくさせ、エレンの頭の中が真っ白になる。
目の前にいるリヴァイは、エレン自らが完全にスイッチを入れた結果だった。
「や、やだ、…ごめんなさ……」
怯えるエレンの頬に触れ、涙で揺れ動くその目元にそっと口づけをする。
「今日は優しくしてやるって言っただろ?」
エレンの口唇が微かに震えているのを感じて、リヴァイは薄く笑った。
「その代わり、自分がした事に対しての責任はきっちり取れよ」
「先生、や、!……んっ、」
有無を言わさず口唇を塞がれ、今度はエレンの呼吸が奪われる。
「….は、はぁ、……ん、んんぅ…っっ!!!」
チョコを奪う事に必死で先程まで何ともなかった身体が、リヴァイに攻め立てられ急速に熱を帯びていく。
ソファで抱き合ったまま、リヴァイのキスに翻弄され続ける。
激しくも優しい愛撫に身体の力が抜け、徐々に抵抗を緩めていく様は普段のエレンからは想像もつかない姿だった。
「はぁ、ふぅ、……んぅ!…ぁ、…らめ………っっ!!」
互いの口唇が細長い糸を引いて離れると、リヴァイはそのまま顎から首筋へゆっくりと舌を滑らせ、時折エレンの口唇に戻っては口づけを繰り返す。
空いている手がシャツのボタンを外していき、露わになった肌に触れると、エレンの手がすかさずリヴァイの腕を掴んできた。
「ん、……せんせ、…やだ、…」
荒い息遣いで頬を紅潮させ、エレンは小さく拒絶をする。
「いつもの事だろ?今更嫌がってるフリをするな」
「ひんっ!……っあ、あ、らめぇ………っっ!!」
両手で乳首を摘ままれ、エレンの身体がビクビクと小刻みに震える。
「お前は胸を弄られるのが1番好きだな」
「いや、いや、……ぁ、あ!違っ……!!」
少し強めに擦られ、強烈で痺れるような快感がエレンの全身を駆け巡る。
崩れ落ちそうになる身体を支える為、リヴァイの肩に頬を寄せエレンは必死にしがみついた。
「リヴァ、……せんせ、…っ、はぁ、はぁ、……あぅ、ぅんんん……っっ!!!」
リヴァイによって少しずつ飼い馴らされてきた身体が、与えられる快楽に従順になっていく。
「あぁ、あぅ、……っ、ん!はぁ、…やら、……」
無意識に腰を揺らし、リヴァイの脚に下半身を擦りつける様な仕草を見せ始めた。
「ん、いやっ、…はぁ、はぁ、……」
「エレン、どうしてほしい?」
エレンの耳に舌を挿れて、わざとらしく水音を立てて羞恥を煽る。
「やぁ、…ん、はぁ、触って、ほしい……っ俺、…」
身体の疼きを止める術をエレンは素直に求め始めた。
「せんせ、……もっと、…」
リヴァイの首に腕をまわし、角度を変えながら甘えたようにキスをする。
リヴァイは下に履いていたもの全てを脱がすと、エレンのペニスは既に立ち上がりカウパーの粒が零れていた。
「ん、はぁ、……ちゅ……」
脱がしている間も涙を浮かべながらキスを求めるエレンの首元には、シャツから覗く赤いバックルの首輪が鮮やかに映えた。
リヴァイは立ち上がり、エレンをソファに深く腰掛けさせ脚を開かせる。
ねっとりと舌を絡ませながら口唇を塞ぎ、リヴァイはエレンのペニスを愛撫し始めた。
「ふっ、…ちゅ、ん、…んふ、…」
エレンはリヴァイの首に腕を絡めたまま気持ち良さそうに腰を揺らし、小刻みに脚を震わせていた。
リヴァイはベルトとパンツをずらすと、自らのペニスを取り出す。
「ん?、ふっ……ぁ、や!せんせ…」
エレンの秘部にあてがい、リヴァイは硬くそそり立つペニスを擦りつけた。
「ま、待って、……あ、んんん……っっ!!!」
エレンは拒絶をしようとするが同時に自身のペニスも弄られ続けており、自らの喘ぎ声に掻き消される。
「エレン、欲しいか?」
「や、だって、まだ……やぁ、ん……!!」
外側から軽く押しつけられるだけでも、秘部がひくつき反応する。
「リヴァ、…せんせぇ…」
「先生じゃない、欲しけりゃちゃんとおねだりするんだな」
リヴァイに躾られた身体が次に起こる事を予見して、期待混じりに高ぶる感情を抑えられなくなっていた。
エレンはポロポロと涙を零して、リヴァイを見つめる。
「はぁ、…っ…挿れて下さい、…ご主人様ぁ…」
「いい子だ」
「あぅ………っん、く!ぁあああ……っっ!!!」
耳元で囁くリヴァイの言葉と同時に、身体を貫かれる感覚がエレンに襲いかかる。
慣らされていないにも関わらずエレンの内側はとろける程熱く、リヴァイをすんなりと受け入れていた。
「あぁ、はぁっ、……くっ、ふあっ、あ、……ん、んぅうう……!!!」
細く筋肉質な腕に抱かれながら、リヴァイの口唇が顔や首筋に触れてくる度に、胸の奥がきゅんと締めつけられる。
下腹の奥が燃えるように熱く、徐々にエレンの身体に力がこもっていった。
「い、ーーーーはぁ、…らめ、あぁ、はぁ、ぅ………ぁああああああ!!!」
弾け続ける快感に震え、エレンは矯正をあげながら早くも絶頂を迎えた。
「はぁ、はぁ、…あぁ、…」
いつもならぐったりと横たわるエレンだが、今日は違っていた。
リヴァイの腰に脚を絡めて離そうとはせず、濡れた瞳はさらなる快楽を求めていた。
「はぁ、あぅ、…っ…ご主人、…さまぁ……」
小さな舌を首筋に這わせぎこちなく舐めてくるエレンに、リヴァイは目を細める。
「今はまだ、無意識と言ったところか」
汗でしっとりと濡れた髪を優しく撫でると、エレンはリヴァイを見つめ嬉しそうに微笑んだ。
その柔らかい口唇に何度もキスをしながら、エレンをソファへと押し倒していく。
「いずれ、自分から欲しくなる…」
リヴァイは薄く笑って、内側を堪能するようにゆっくりとエレンを突き動かし始めた。
「あん、っ……く、や、あぁ、…」
細くしなやかな身体が弓なり仰け反り、赤い首輪を両手で掴んで快楽に身を委ねるエレン。
いつしかリヴァイから与えられる甘い誘惑に従順になり、徐々に身体に絡みついてくる見えない鎖にエレンがまだ気づく事はなかった。
15:47【接触】
(ダメだ、……全然思い出せない)
帰りの準備を済ませ、エレンは1人教室でジャンを待っていた。
今日は珍しく部活が休みになり、2人でゲームセンターに寄る約束をしている。
久々のデートで嬉しい気分になる筈が、エレンはここ最近『ある事』で頭を抱えていた。
それは、
(あの日リヴァイ先生の部屋で、俺、何してたんだ……?)
1週間程前、ジャンを含めた部活帰りの仲間と別れた後、待っていたかのようにリヴァイが車に乗って現れた。
無理矢理リヴァイの高級マンションに連れていかれ、チョコレートを口で奪うところまでは覚えている。
しかし、次の瞬間目が覚めた時にはベッドで裸のままリヴァイの腕の中で眠っていたようだった。
何か薬を盛られた感覚もなく、酷い事をされた形跡もなかった。
しかし、そのあまりの普通さが逆にエレンに疑念を抱かせる。
自分の目の前でリヴァイが静かな寝息を立てている事が信じられなかった。
頭の中がパニックになり、リヴァイを起こす事も腕の中から離れる事も出来ないまま朝を迎える。
リヴァイはごく普通にベッドから起き上がり、身支度を済ませ、2人分の朝食を作りエレンとごく普通に食事を共にする。
リヴァイの部屋を早めに後にし、家まで送ってもらった後1人で登校した。
両親は医者を生業にしており数日間家を空ける事も珍しくはなく、エレンの朝帰りに気づく事はなかった。
ただ、朝ケータイをチェックしたら、恋人から届いた大量のメールと着信履歴に焦り、謝り倒したあげくハンバーガーセットを1週間分奢る事で何とか決着をつけた。
決着がついてないのは、やはり教師の方。
さらに不気味なのは、あれから1週間呼び出しが一切ない平穏そのものな日常。
(あーもー!!!本当、何があったんだ!?思い出せ、俺!!!)
勝負に勝ち、約束通り写真のデータは返してもらえた。
しかし、あの夜の事が頭から離れず、質問するタイミングも完全に逃してしまい、もやもやした気持ちだけが残ってしまった。
「エレン!」
自分の名前を呼ぶ声にエレンはハッと我に返ると、教室の扉にジャンが立っていた。
「悪ィ、後輩につかまって遅くなっちまった」
「あぁ、……うん、大丈夫」
「そっか、じゃあ帰ろうぜ」
ジャンの眩しい程の笑顔に、エレンの胸の奥がズキンと痛んだ。
****
「すげぇ腹減ったー!!先にMバーガー食べに行こうぜ」
「いつも早弁して昼は購買でパン食ってるのに、何でそんなに腹減るんだよ」
「んなの決まってるだろ?サッカーで鍛えたこの身体に全て吸収されるからだよ」
「単に食い意地が張ってるだけだろ」
「ひでぇー…今日でラストだからバーガーセット2つ奢りな」
「はぁ?!」
廊下を歩きながらたわいもない雑談をするエレンとジャン。
この1週間、本当に穏やかな日々を過ごしていた。
ずっとエレンが望んでいた、本来のあるべき日常。
「あ、…おま、学校で手繋ぐとバレるだろ……!!」
突然手を絡めてきたジャンに、エレンは慌てて手を離そうとする。
しかし、ジャンは強く握ったまま離そうとはせず、わざわざその手をエレンに見せつける。
「俺たち恋人同士なんだから良いだろ?それによ、最近耳にしたんだか一部の女子連中が俺とエレンがホモだって噂してるらしいぜ」
「えっ!まさかバレた?!」
「いーや、どうやら漫研の連中が最近流行りのキャラに俺らが似てるとかで勝手に盛り上がってるんだとよ」
「あー…そういう事か」
胸を撫で下ろすエレンとは対象的に、ジャンは得意げな表情を浮かべる。
「まぁ確かに、俺らイケメンだしなー(笑)そうだ!何ならそいつらに俺とエレンがイチャイチャしてるところ見せつけてやろーぜ!!」
嬉々として抱きつこうとしてくるジャンに、エレンはすかさず空いてる手でデコピンをかます。
「いてぇ!」
「調子に乗るなっ」
「んだよー俺だって、エレンと恋人だって堂々と言いてぇよ」
涙目で訴えてくる恋人に対し、エレンは顔を真っ赤にしながらキッと睨みつける。
「お前な、男女のカップルだって節度くらいあるぞ?自重しろ」
はぁと溜め息をつかれ、ジャンは不満そうにエレンを見つめる。
「これ以上我慢出来るかよ」
「うわっ……!!」
突如早足で歩き始めたかと思ったら、階段下の狭いスペースに連れ込まれ、壁を背にジャンに迫られる。
自分より少しだけ背のあるジャンの艶めいた表情を見上げ、エレンは戸惑いの色を隠しきれない。
「ジャン…おい、ちょっと…待てって…」
「んだよ、俺が嫌なのか?」
「違ぇーよ、場所考えろって言ってんだよ!」
「死角で誰もこんなとこ来ねぇし…いいだろ…?」
(何だこのデジャヴは…!!)
ブン殴ってやろうかと拳を固めた瞬間、ジャンに抱きすくめられエレンは目を丸くする。
「えっ…?」
「ずっとさ…エレンが俺から離れてくんじゃないかって不安だったから、……最近また一緒の時間が増えてすげぇ幸せなんだ」
掠れる様な声とは対象的に、まわされた腕はさらに力強くエレンを抱き締めてくる。
「ジャン…」
「エレン、好きだ…これからも側にいてくれよな」
「あぁ、」
少し苦しい位の愛情に、胸の奥が熱くなりエレンはゆっくりと目を閉じた。
その時、
「お前ら教師の前でヤろうとするとはいい度胸だな」
「!!」
聞き慣れた低く静かな声に、エレンとジャンは慌てて身体を離す。
声の主は2人から少し距離を置いたところで、書類を片手に佇んでいた。
「あちゃ~…よもやリヴァイ先生に見つかるとは」
呆然とするエレンをよそに、何も知らないジャンは苦笑いをしながらリヴァイの元に近づく。
「これから2人とも指導室へ来い、躾直してやる」
「ちょ、マジ勘弁して下さいよ!冗談じゃないっすかぁ」
「お前はサッカー部のエースだろ、もっと自覚を持った行動を取れ」
「はぁ…エースって辛い立場ですね」
2人のやり取りはごく普通の先生と生徒の会話だった。
しかし、リヴァイの行動の不明さと、初めて3人だけでいるこの状況にエレンは胸騒ぎを覚える。
「そう言えば、お前らさっき面白い話してたな…2人は付き合ってるのか」
「!!」
教師から恋愛の話を切り出され、エレンとジャンは目を見合わせきまり悪そうな顔をする。
「あ、いや、まぁ漫研の奴らが勝手に…」
「それなら、ライバルが必要だな…障害が多い程、2人の恋仲が深まるぞ」
「リヴァイ先生、漫画読むんですか?意外ですね!確かにライバルいた方が俺とエレンが…」
「おい、ジャン……帰ろうぜ」
「いいじゃねぇか、ノリ悪いなお前」
「いや、そーじゃなくて、…」
自分とエレンの話をされ嬉しくなるジャンと事実を話せずヤキモキするエレンとの会話に、リヴァイは間髪入れず割り込んだ。
「俺なんかどうだ?話が盛り上がるぞ」
「……!?」
リヴァイの唐突なライバル宣言に、エレンの頭の中が真っ白になる。
(どういうつもりなんだ、一体……)
「ははっリヴァイ先生ですか?教師がライバルとかベタで手強いけど、面白そうっすね」
「ジャン、もういいだろ!」
「どーしたんだよ、お前さっきから」
ジャンのシャツを引っ張り急かすエレンを見ながら、リヴァイは薄く笑った。
「イェーガーは、お前と早くデートがしたいらしい」
「…っ……」
リヴァイの一言一言がエレンの感情を逆撫でする。
「マジ?!じゃあ先生、遠慮なく失礼しまーす」
2人の関係に気づかず無邪気に恋人の元へ戻ろうとするジャンを、リヴァイは再度呼び止めた。
「キルシュタイン」
「はい?」
「最近、エレンのキスが変わったと思わないか?」
「え、」
一瞬何の事が分からずきょとんとリヴァイを見つめるジャン。
「先生、何言っ……あれ?『エレン』て…」
しかし、冗談にしてはあまりにもリアルな空気にジャンは徐々に疑念を抱き始める。
「それは、後で本人に直接聞くといい」
「は?意味分かんね……なぁ、エ…」
「エレン」
理解に苦しみエレンに質問しようとするが、リヴァイに遮られジャンはカチンとくる。
エレンもその場を動く事はなく、リヴァイを睨み続ける。
「……最低だ」
3人の間を漂う重苦しい空気を、リヴァイは諸共せず軽やかに受け流す。
「それは褒め言葉として受け止めておく」
リヴァイはゆっくりとエレンに近づき、小動物を愛でるような目を向けた。
「甘いだけじゃ足りないだろ?いずれまた、自分から欲しくなる…」
エレンの襟元に手を這わせ、シャツ越しにある部分を指でなぞる。
「それが、何よりの【証】だ」
「っ……!!」
ずっと隠し続けてきた事実をリヴァイに悟られ、エレンの心が大きく揺れ動く。
自分を放ってエレンに無遠慮に触れてくるリヴァイに対し、ジャンは苛立ちを募らせた。
「先生、空想話なんだからエレンに手を出すのは止めてくださいよ」
思わず掴んだリヴァイの肩はその華奢な容姿とは裏腹に逞しく、微動だにしない教師にジャンは身が竦む思いをする。
「本当の話だったら、……何をしてもいいんだな」
「えっ…」
リヴァイはジャンを見上げながら不敵に微笑んだ。
「ジャン、俺にこれ以上盗られないように気をつけろよ」
突然の宣戦布告に唖然となり、その場から立ち去るリヴァイの背中をジャンはただただ見つめるしかなかった。
「…………」
2人のやり取りにゾクリと震えるエレンの身体は、本人の意思とは反対に期待と不安が入り混じる。
1度覚えた蜜の味と飽きのこない刺激は、甘美な罪悪感と共にエレンの心を侵していく。
『いずれまた、自分から欲しくなる』
シャツの襟元に手を這わせ、エレンは布越しにその【証】をそっと指でなぞった。
end.
「ここが、先生の家…」
帰宅途中。
突然車に連れ込まれ、閑静な住宅街にあるリヴァイの住む高級マンションに半ば強引に招き入れられる。
最低限の家具を揃えただけのシンプルな作りではあるが、モダンコーディネートで統一されており、潔癖症で有名な教師らしい男性の1人暮らしとは思えないほど掃除が行き届いた完璧な部屋だった。
「広いし、…綺麗だし、なんかドラマに出てきそう…」
(そもそも、30代の公務員が住めるマンションなのか?)
「稼ぎ方なんてどうとでもなる」
「!?」
心の声を読まれ、エレンは思わずドキッとする。
呆気に取られる生徒を横目に、リヴァイはさっさとスーツのジャケットをハンガーに吊るすと対面キッチンに入りお湯を沸かし始める。
「ソファで座って待ってろ」
「はい…」
エレンはおずおずとリビングのソファに座りながらも、目線はリヴァイを追い続ける。
リヴァイは手際よく準備を済ませると、エレンの前に温かな紅茶と小皿に乗せられたチョコ菓子が出された。
「あ、ありがとうございます」
「……………」
リヴァイは無言のままエレンの横に座ると、ネクタイを緩める。
その動作に反応し、エレンの身体に緊張が走る瞬間をリヴァイは見逃さなかった。
「そう構えるな」
薄く笑って、リヴァイは紅茶を啜る。
「だ、だって、また何されるか分かんないし、…怖いですよ…」
未だ緊張の解けないエレンは紅茶に目線を落とし、両手をギュッと握り締めた。
「今日は優しくしてやるよ」
「………え?」
ポツリと呟いたリヴァイの意外な一言に、エレンは目を見張る。
ごく自然とエレンの襟元のボタンを外し、リヴァイの指先が首筋から鎖骨までをゆっくりとなぞっていく。
「…っ……」
触れられただけで火照る身体は、リヴァイに下された屈辱そのものだった。
その気持ちを知ってか知らずか、リヴァイはエレンの首元に付けられている細い首輪に指を引っ掛け金色の瞳を覗き込む。
「うんと甘やかしてやろうと思ってな」
「はぁ、…」
いつもと違う優しい眼差しと穏やかな口調に、エレンは戸惑いの表情を浮かべる。
「何だ?痛かったり恥ずかしい方がいいのか?」
意地悪く細められた瞳に、エレンは慌てふためいた。
「いいえ!優しくして下さい!お願いします!!……………あ、」
否定したつもりが積極的な発言になってしまい、エレンは空いた口が塞がらない。
「や、…あの、…うわぁっ!!」
リヴァイはエレンを抱き寄せると、顔を鼻先まで近づける。
「自分からねだるようになってきたか、……悪くない」
互いの呼吸が混じり合い、リヴァイから漂うムスクの香りにエレンの頭の中が甘く痺れていく。
「ち、違います!!」
その危うい感覚を振り切る為、エレンは必死にリヴァイの身体を押し退けようとしていた。
相変わらずムードも従順さも感じられないエレンに、リヴァイは小さくため息をつく。
「エレン」
「は、はい!」
拘束力を持つ穏やかな口調で名前を呼ばれ、エレンはハッと我に返る。
また酷い事をされると思い込み身構えようとすると、目の前に1粒の小さく丸いチョコレートを差し出された。
「え、チョコ…」
「エレン、このアーモンドチョコを俺の口から奪ってみろ」
突然の提案にエレンはきょとんとリヴァイを見上げる。
「え、え?」
「手は使うなよ、口だけでやれ」
「なっ…」
「奪えたら、写真のデータを全部お前に返してやる」
「!!」
喉から手が出る程欲しかったものを条件に出され、エレンは拒否する言葉を一瞬で飲み込んだ。
「どうする?」
チョコレートを舌でペロリと舐めて、リヴァイは楽しそうにエレンを挑発する。
「………やります」
裏がある可能性は否定出来ないが、今はこの勝負に賭けるしかなかった。
「チョコが完全に溶ける前に奪えたら、お前の勝ちだ」
リヴァイは丸い粒を口に含むと、ソファに深く腰を掛けた。
(変に照れたり緊張すると絶対に隙を突かれる、……一気に攻めて先生から奪ってやる……!!)
エレンは小さく深呼吸をすると、両手でリヴァイの頬をガチッと抑え強引に自分の方へ顔を向けさせた。
「!?」
「失礼します」
目を丸くするリヴァイの表情が見えたが、エレンは構わず目を閉じ口唇を押しつけると一気に舌を挿し込んだ。
「っ……!!」
口内に入ると同時に、珍しくリヴァイの身体が跳ねる感覚が両手から伝わってくる。
しかし、相手の状態を気にかける余裕はエレンにはなかった。
「…っ……ふ、…んん、…」
(あれ、……どこだ…?)
舌に神経を集中させ、狭い口内を這いながらチョコレートを探し始める。
「はぁ、……ぁん、んん……っ…はっ…」
(甘い、…チョコが溶けてきてる、マズイな…)
チョコレートの甘さと微かに香るタバコの味が、溢れる唾液と共に喉を潤していく。
制限時間に焦り、エレンはリヴァイの顔をさらに自分に引き寄せ深く口づけていった。
「んぅ!……っふ、ぅんんん……」
(……ん?これって、…)
突然、小さなチョコレートの塊がリヴァイの舌の上で見つかる。
この好機を逃すまいと舌ですくい取り自分の口内へ収めると、リヴァイの顔から離れた。
「やった!先生、見て下さい!」
殆ど溶けたアーモンドチョコを舌の上に乗せ、エレンはリヴァイに見せつける。
「はぁ、…っ…」
「まだチョコ残ってますよね?俺の勝ちだ!」
「あぁ、お前の勝ちだ……」
リヴァイに勝てた喜びと、写真のデータを返してもらえる解放感に、エレンは終始満面の笑みを浮かべていた。
奪い取ったチョコを噛み砕いて紅茶を啜っていると、リヴァイが再び近づいてきた。
「?何ですか?」
「何ですかじゃないだろ」
「はい?」
「激しすぎるんだよ、お前」
「ふ~ん、激しいですか…………て、ええっ!?」
浮かれて話半分に聞いていたが、リヴァイからとんでもない発言をされてエレンは顔を真っ赤にする。
「な、何言ってるんですか、変な事言うのはやめて下さい!」
「やめなかったのはお前の方だろうが」
「だって、あれは、…」
口をぱくぱくさせ、エレンの頭の中が真っ白になる。
目の前にいるリヴァイは、エレン自らが完全にスイッチを入れた結果だった。
「や、やだ、…ごめんなさ……」
怯えるエレンの頬に触れ、涙で揺れ動くその目元にそっと口づけをする。
「今日は優しくしてやるって言っただろ?」
エレンの口唇が微かに震えているのを感じて、リヴァイは薄く笑った。
「その代わり、自分がした事に対しての責任はきっちり取れよ」
「先生、や、!……んっ、」
有無を言わさず口唇を塞がれ、今度はエレンの呼吸が奪われる。
「….は、はぁ、……ん、んんぅ…っっ!!!」
チョコを奪う事に必死で先程まで何ともなかった身体が、リヴァイに攻め立てられ急速に熱を帯びていく。
ソファで抱き合ったまま、リヴァイのキスに翻弄され続ける。
激しくも優しい愛撫に身体の力が抜け、徐々に抵抗を緩めていく様は普段のエレンからは想像もつかない姿だった。
「はぁ、ふぅ、……んぅ!…ぁ、…らめ………っっ!!」
互いの口唇が細長い糸を引いて離れると、リヴァイはそのまま顎から首筋へゆっくりと舌を滑らせ、時折エレンの口唇に戻っては口づけを繰り返す。
空いている手がシャツのボタンを外していき、露わになった肌に触れると、エレンの手がすかさずリヴァイの腕を掴んできた。
「ん、……せんせ、…やだ、…」
荒い息遣いで頬を紅潮させ、エレンは小さく拒絶をする。
「いつもの事だろ?今更嫌がってるフリをするな」
「ひんっ!……っあ、あ、らめぇ………っっ!!」
両手で乳首を摘ままれ、エレンの身体がビクビクと小刻みに震える。
「お前は胸を弄られるのが1番好きだな」
「いや、いや、……ぁ、あ!違っ……!!」
少し強めに擦られ、強烈で痺れるような快感がエレンの全身を駆け巡る。
崩れ落ちそうになる身体を支える為、リヴァイの肩に頬を寄せエレンは必死にしがみついた。
「リヴァ、……せんせ、…っ、はぁ、はぁ、……あぅ、ぅんんん……っっ!!!」
リヴァイによって少しずつ飼い馴らされてきた身体が、与えられる快楽に従順になっていく。
「あぁ、あぅ、……っ、ん!はぁ、…やら、……」
無意識に腰を揺らし、リヴァイの脚に下半身を擦りつける様な仕草を見せ始めた。
「ん、いやっ、…はぁ、はぁ、……」
「エレン、どうしてほしい?」
エレンの耳に舌を挿れて、わざとらしく水音を立てて羞恥を煽る。
「やぁ、…ん、はぁ、触って、ほしい……っ俺、…」
身体の疼きを止める術をエレンは素直に求め始めた。
「せんせ、……もっと、…」
リヴァイの首に腕をまわし、角度を変えながら甘えたようにキスをする。
リヴァイは下に履いていたもの全てを脱がすと、エレンのペニスは既に立ち上がりカウパーの粒が零れていた。
「ん、はぁ、……ちゅ……」
脱がしている間も涙を浮かべながらキスを求めるエレンの首元には、シャツから覗く赤いバックルの首輪が鮮やかに映えた。
リヴァイは立ち上がり、エレンをソファに深く腰掛けさせ脚を開かせる。
ねっとりと舌を絡ませながら口唇を塞ぎ、リヴァイはエレンのペニスを愛撫し始めた。
「ふっ、…ちゅ、ん、…んふ、…」
エレンはリヴァイの首に腕を絡めたまま気持ち良さそうに腰を揺らし、小刻みに脚を震わせていた。
リヴァイはベルトとパンツをずらすと、自らのペニスを取り出す。
「ん?、ふっ……ぁ、や!せんせ…」
エレンの秘部にあてがい、リヴァイは硬くそそり立つペニスを擦りつけた。
「ま、待って、……あ、んんん……っっ!!!」
エレンは拒絶をしようとするが同時に自身のペニスも弄られ続けており、自らの喘ぎ声に掻き消される。
「エレン、欲しいか?」
「や、だって、まだ……やぁ、ん……!!」
外側から軽く押しつけられるだけでも、秘部がひくつき反応する。
「リヴァ、…せんせぇ…」
「先生じゃない、欲しけりゃちゃんとおねだりするんだな」
リヴァイに躾られた身体が次に起こる事を予見して、期待混じりに高ぶる感情を抑えられなくなっていた。
エレンはポロポロと涙を零して、リヴァイを見つめる。
「はぁ、…っ…挿れて下さい、…ご主人様ぁ…」
「いい子だ」
「あぅ………っん、く!ぁあああ……っっ!!!」
耳元で囁くリヴァイの言葉と同時に、身体を貫かれる感覚がエレンに襲いかかる。
慣らされていないにも関わらずエレンの内側はとろける程熱く、リヴァイをすんなりと受け入れていた。
「あぁ、はぁっ、……くっ、ふあっ、あ、……ん、んぅうう……!!!」
細く筋肉質な腕に抱かれながら、リヴァイの口唇が顔や首筋に触れてくる度に、胸の奥がきゅんと締めつけられる。
下腹の奥が燃えるように熱く、徐々にエレンの身体に力がこもっていった。
「い、ーーーーはぁ、…らめ、あぁ、はぁ、ぅ………ぁああああああ!!!」
弾け続ける快感に震え、エレンは矯正をあげながら早くも絶頂を迎えた。
「はぁ、はぁ、…あぁ、…」
いつもならぐったりと横たわるエレンだが、今日は違っていた。
リヴァイの腰に脚を絡めて離そうとはせず、濡れた瞳はさらなる快楽を求めていた。
「はぁ、あぅ、…っ…ご主人、…さまぁ……」
小さな舌を首筋に這わせぎこちなく舐めてくるエレンに、リヴァイは目を細める。
「今はまだ、無意識と言ったところか」
汗でしっとりと濡れた髪を優しく撫でると、エレンはリヴァイを見つめ嬉しそうに微笑んだ。
その柔らかい口唇に何度もキスをしながら、エレンをソファへと押し倒していく。
「いずれ、自分から欲しくなる…」
リヴァイは薄く笑って、内側を堪能するようにゆっくりとエレンを突き動かし始めた。
「あん、っ……く、や、あぁ、…」
細くしなやかな身体が弓なり仰け反り、赤い首輪を両手で掴んで快楽に身を委ねるエレン。
いつしかリヴァイから与えられる甘い誘惑に従順になり、徐々に身体に絡みついてくる見えない鎖にエレンがまだ気づく事はなかった。
15:47【接触】
(ダメだ、……全然思い出せない)
帰りの準備を済ませ、エレンは1人教室でジャンを待っていた。
今日は珍しく部活が休みになり、2人でゲームセンターに寄る約束をしている。
久々のデートで嬉しい気分になる筈が、エレンはここ最近『ある事』で頭を抱えていた。
それは、
(あの日リヴァイ先生の部屋で、俺、何してたんだ……?)
1週間程前、ジャンを含めた部活帰りの仲間と別れた後、待っていたかのようにリヴァイが車に乗って現れた。
無理矢理リヴァイの高級マンションに連れていかれ、チョコレートを口で奪うところまでは覚えている。
しかし、次の瞬間目が覚めた時にはベッドで裸のままリヴァイの腕の中で眠っていたようだった。
何か薬を盛られた感覚もなく、酷い事をされた形跡もなかった。
しかし、そのあまりの普通さが逆にエレンに疑念を抱かせる。
自分の目の前でリヴァイが静かな寝息を立てている事が信じられなかった。
頭の中がパニックになり、リヴァイを起こす事も腕の中から離れる事も出来ないまま朝を迎える。
リヴァイはごく普通にベッドから起き上がり、身支度を済ませ、2人分の朝食を作りエレンとごく普通に食事を共にする。
リヴァイの部屋を早めに後にし、家まで送ってもらった後1人で登校した。
両親は医者を生業にしており数日間家を空ける事も珍しくはなく、エレンの朝帰りに気づく事はなかった。
ただ、朝ケータイをチェックしたら、恋人から届いた大量のメールと着信履歴に焦り、謝り倒したあげくハンバーガーセットを1週間分奢る事で何とか決着をつけた。
決着がついてないのは、やはり教師の方。
さらに不気味なのは、あれから1週間呼び出しが一切ない平穏そのものな日常。
(あーもー!!!本当、何があったんだ!?思い出せ、俺!!!)
勝負に勝ち、約束通り写真のデータは返してもらえた。
しかし、あの夜の事が頭から離れず、質問するタイミングも完全に逃してしまい、もやもやした気持ちだけが残ってしまった。
「エレン!」
自分の名前を呼ぶ声にエレンはハッと我に返ると、教室の扉にジャンが立っていた。
「悪ィ、後輩につかまって遅くなっちまった」
「あぁ、……うん、大丈夫」
「そっか、じゃあ帰ろうぜ」
ジャンの眩しい程の笑顔に、エレンの胸の奥がズキンと痛んだ。
****
「すげぇ腹減ったー!!先にMバーガー食べに行こうぜ」
「いつも早弁して昼は購買でパン食ってるのに、何でそんなに腹減るんだよ」
「んなの決まってるだろ?サッカーで鍛えたこの身体に全て吸収されるからだよ」
「単に食い意地が張ってるだけだろ」
「ひでぇー…今日でラストだからバーガーセット2つ奢りな」
「はぁ?!」
廊下を歩きながらたわいもない雑談をするエレンとジャン。
この1週間、本当に穏やかな日々を過ごしていた。
ずっとエレンが望んでいた、本来のあるべき日常。
「あ、…おま、学校で手繋ぐとバレるだろ……!!」
突然手を絡めてきたジャンに、エレンは慌てて手を離そうとする。
しかし、ジャンは強く握ったまま離そうとはせず、わざわざその手をエレンに見せつける。
「俺たち恋人同士なんだから良いだろ?それによ、最近耳にしたんだか一部の女子連中が俺とエレンがホモだって噂してるらしいぜ」
「えっ!まさかバレた?!」
「いーや、どうやら漫研の連中が最近流行りのキャラに俺らが似てるとかで勝手に盛り上がってるんだとよ」
「あー…そういう事か」
胸を撫で下ろすエレンとは対象的に、ジャンは得意げな表情を浮かべる。
「まぁ確かに、俺らイケメンだしなー(笑)そうだ!何ならそいつらに俺とエレンがイチャイチャしてるところ見せつけてやろーぜ!!」
嬉々として抱きつこうとしてくるジャンに、エレンはすかさず空いてる手でデコピンをかます。
「いてぇ!」
「調子に乗るなっ」
「んだよー俺だって、エレンと恋人だって堂々と言いてぇよ」
涙目で訴えてくる恋人に対し、エレンは顔を真っ赤にしながらキッと睨みつける。
「お前な、男女のカップルだって節度くらいあるぞ?自重しろ」
はぁと溜め息をつかれ、ジャンは不満そうにエレンを見つめる。
「これ以上我慢出来るかよ」
「うわっ……!!」
突如早足で歩き始めたかと思ったら、階段下の狭いスペースに連れ込まれ、壁を背にジャンに迫られる。
自分より少しだけ背のあるジャンの艶めいた表情を見上げ、エレンは戸惑いの色を隠しきれない。
「ジャン…おい、ちょっと…待てって…」
「んだよ、俺が嫌なのか?」
「違ぇーよ、場所考えろって言ってんだよ!」
「死角で誰もこんなとこ来ねぇし…いいだろ…?」
(何だこのデジャヴは…!!)
ブン殴ってやろうかと拳を固めた瞬間、ジャンに抱きすくめられエレンは目を丸くする。
「えっ…?」
「ずっとさ…エレンが俺から離れてくんじゃないかって不安だったから、……最近また一緒の時間が増えてすげぇ幸せなんだ」
掠れる様な声とは対象的に、まわされた腕はさらに力強くエレンを抱き締めてくる。
「ジャン…」
「エレン、好きだ…これからも側にいてくれよな」
「あぁ、」
少し苦しい位の愛情に、胸の奥が熱くなりエレンはゆっくりと目を閉じた。
その時、
「お前ら教師の前でヤろうとするとはいい度胸だな」
「!!」
聞き慣れた低く静かな声に、エレンとジャンは慌てて身体を離す。
声の主は2人から少し距離を置いたところで、書類を片手に佇んでいた。
「あちゃ~…よもやリヴァイ先生に見つかるとは」
呆然とするエレンをよそに、何も知らないジャンは苦笑いをしながらリヴァイの元に近づく。
「これから2人とも指導室へ来い、躾直してやる」
「ちょ、マジ勘弁して下さいよ!冗談じゃないっすかぁ」
「お前はサッカー部のエースだろ、もっと自覚を持った行動を取れ」
「はぁ…エースって辛い立場ですね」
2人のやり取りはごく普通の先生と生徒の会話だった。
しかし、リヴァイの行動の不明さと、初めて3人だけでいるこの状況にエレンは胸騒ぎを覚える。
「そう言えば、お前らさっき面白い話してたな…2人は付き合ってるのか」
「!!」
教師から恋愛の話を切り出され、エレンとジャンは目を見合わせきまり悪そうな顔をする。
「あ、いや、まぁ漫研の奴らが勝手に…」
「それなら、ライバルが必要だな…障害が多い程、2人の恋仲が深まるぞ」
「リヴァイ先生、漫画読むんですか?意外ですね!確かにライバルいた方が俺とエレンが…」
「おい、ジャン……帰ろうぜ」
「いいじゃねぇか、ノリ悪いなお前」
「いや、そーじゃなくて、…」
自分とエレンの話をされ嬉しくなるジャンと事実を話せずヤキモキするエレンとの会話に、リヴァイは間髪入れず割り込んだ。
「俺なんかどうだ?話が盛り上がるぞ」
「……!?」
リヴァイの唐突なライバル宣言に、エレンの頭の中が真っ白になる。
(どういうつもりなんだ、一体……)
「ははっリヴァイ先生ですか?教師がライバルとかベタで手強いけど、面白そうっすね」
「ジャン、もういいだろ!」
「どーしたんだよ、お前さっきから」
ジャンのシャツを引っ張り急かすエレンを見ながら、リヴァイは薄く笑った。
「イェーガーは、お前と早くデートがしたいらしい」
「…っ……」
リヴァイの一言一言がエレンの感情を逆撫でする。
「マジ?!じゃあ先生、遠慮なく失礼しまーす」
2人の関係に気づかず無邪気に恋人の元へ戻ろうとするジャンを、リヴァイは再度呼び止めた。
「キルシュタイン」
「はい?」
「最近、エレンのキスが変わったと思わないか?」
「え、」
一瞬何の事が分からずきょとんとリヴァイを見つめるジャン。
「先生、何言っ……あれ?『エレン』て…」
しかし、冗談にしてはあまりにもリアルな空気にジャンは徐々に疑念を抱き始める。
「それは、後で本人に直接聞くといい」
「は?意味分かんね……なぁ、エ…」
「エレン」
理解に苦しみエレンに質問しようとするが、リヴァイに遮られジャンはカチンとくる。
エレンもその場を動く事はなく、リヴァイを睨み続ける。
「……最低だ」
3人の間を漂う重苦しい空気を、リヴァイは諸共せず軽やかに受け流す。
「それは褒め言葉として受け止めておく」
リヴァイはゆっくりとエレンに近づき、小動物を愛でるような目を向けた。
「甘いだけじゃ足りないだろ?いずれまた、自分から欲しくなる…」
エレンの襟元に手を這わせ、シャツ越しにある部分を指でなぞる。
「それが、何よりの【証】だ」
「っ……!!」
ずっと隠し続けてきた事実をリヴァイに悟られ、エレンの心が大きく揺れ動く。
自分を放ってエレンに無遠慮に触れてくるリヴァイに対し、ジャンは苛立ちを募らせた。
「先生、空想話なんだからエレンに手を出すのは止めてくださいよ」
思わず掴んだリヴァイの肩はその華奢な容姿とは裏腹に逞しく、微動だにしない教師にジャンは身が竦む思いをする。
「本当の話だったら、……何をしてもいいんだな」
「えっ…」
リヴァイはジャンを見上げながら不敵に微笑んだ。
「ジャン、俺にこれ以上盗られないように気をつけろよ」
突然の宣戦布告に唖然となり、その場から立ち去るリヴァイの背中をジャンはただただ見つめるしかなかった。
「…………」
2人のやり取りにゾクリと震えるエレンの身体は、本人の意思とは反対に期待と不安が入り混じる。
1度覚えた蜜の味と飽きのこない刺激は、甘美な罪悪感と共にエレンの心を侵していく。
『いずれまた、自分から欲しくなる』
シャツの襟元に手を這わせ、エレンは布越しにその【証】をそっと指でなぞった。
end.
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