CindelleraHoney

「ここにいたのか。」
「兵長…。」
ダンスフロアに隣接して設置されたバルコニーに1人ぽつんと佇むエレンを見つけ、リヴァイは眉間に皺を寄せる。
「何をやっている。」
「あ、あの、場違い過ぎて、どうしたら良いのか分からなくて…。」
着なれないタキシードに身を包み、未だ緊張感の取れないエレンの表情は引きつったままだった。
「これも業務の一環だ。貴族サマ相手にきちんとやれ。」
「……すみません。」
どこに行っても何をやってもリヴァイに怒られ、エレンは肩をすくめる。
国の税金とは別に、個人で調査兵団へ莫大な資金援助をしてくれているとある貴族主催のダンスパーティーに、調査兵団上部と『巨人化能力の持ち主』エレン・イェーガーが招待された。
巨人との闘いと訓練に明け暮れる少年は、貴族の優美で煌びやかな世界に完全に萎縮していた。
そんなエレンを察したのか。
リヴァイはエレンの横に立つと、バルコニーの柵に背をもたれた。
室内で繰り広げられている踊りや社交の華やかさとは違い、一歩外へ出れば夜の静寂に包まれた穏やかな時間が流れていく。
心地良い風が髪や頬を撫でてきた。
「ここの城はユッセ城をモデルに建築されたそうだ。」
「ゆっせ?」
聞きなれない言葉に、エレンはきょとんとした表情をリヴァイに向ける。
「ユッセ城はシンデレラ城のモデルになったところだ。」
「え!兵長、童話とか読んだ事あるんですっ……」
言い終わらな内に、リヴァイの右手がエレンの頬を思いっきりつねってきた。
「ひっ、ひたいれす、ひたいれすぅ…っ!!」
「テメェ俺のこと何だと思ってやがる。」
リヴァイの眉間の皺がさらに深くなり、頬を最大まで引っ張った後に指を離した。「うぅ……すみません。」
余韻で痛む頬に手を添え、自分の天然発言が原因と理解出来ないままエレンは涙を浮かべる。
しかし、このやり取りに肩の力が抜けたのか、エレンは何かを思い出して楽しそうにリヴァイに話しかけてきた。
「そう言えば、子どもの頃ミカサやアルミンと一緒に色んな童話や昔話を母さんに読み聞かせてもらったんですよ!何だか懐かしいなぁ……。」
澄んだ空に瞬く星々を見上げ、エレンはにっこりと微笑む。
「確か魔法をかけられたシンデレラがお城の舞踏会で王子様とダンスを踊る話でしたよね。」
「お前、ダンスは出来るのか?」
「……いえ、全く出来ないからここにいるんです。」
リヴァイの一言で、夢の世界から一気に現実に突き落とされエレンはがっくりと肩を落とした。
「社交場のマナーくらい覚えとけ。」
リヴァイは小さく溜息をつくと、おもむろにエレンの腰に手を伸ばしてきた。
「わわ!へいちょ…」
「もっとそばにこい。」
「あぅ…。」
苛立ちを含んだ舌打ちをされ、訳が分からずリヴァイと向き合った状態で身体を密着させる。
反対の手がエレンの指に絡まると、それがワルツの構えなのだとようやく気づいた。
「何も考えるな。身体の力を抜いてろ。」
「は、はい。」
「俺に身を任せて、今日はダンスの楽しさだけ覚えればいい。」
相変わらず口調は荒いが、話の内容がダンスなだけにいつもの何倍も優しく感じられた。
室内から漏れてくる音楽に合わせ、2人きりのバルコニーでリヴァイにリードされながらワルツが始まる。
「…お前腰が細すぎだ。死にたくないならもっと食って筋肉つけろ。」
「は、はい。」
「まぁ、ベッドの上では丁度良い具合なんだが。」
「ぅわわわ、へいちょ…!」
「うるせぇ集中しろ。」
「すみません……あれ?」
何で怒られたのか分からず、謝った事を後悔してエレンはリヴァイを睨みつけた。
(…………。)
さらさらとした漆黒の髪が揺れ、真っ直ぐ自分だけを見つめてくるリヴァイにエレンは思わずドキッとする。
(兵長、…やっぱりカッコイイな…。)
七五三のようなエレンと違いビシッとタキシードを着こなし、ぎこちない相手のダンスをカバーしながら完璧な踊りを魅せるリヴァイ。
愛しい人を目の前にし、何とも言えない緊張と恥ずかしさが入り混じってエレンの頭の中はふわふわしていた。
その時、
ーゴーン…ゴーン…ゴーン………ー
城と周辺の森にまで響き渡る鐘の音に、2人のダンスが止まる。
「0時だ…。」
言い聞かせるようにポツリと呟いたその言葉は、夜の闇に吸い込まれていく。
「魔法は0時に解けるからシンデレラは慌てて帰りだす頃ですね。」
「………。」
エレンはリヴァイから離れ一礼をする。
「ありがとうございました。そろそろ行きましょうか。」
「エレン。」
「はい。」
「どこへ行く?」
「え?」
「俺から1秒たりとも離れるな。」
再びリヴァイに腰を引き寄せられ、互いの身体が密着する。
空いている手が頬に触れ、甘く優しい眼差しを向けるリヴァイの瞳にエレンの緊張感は一層高まっていく。
「兵長…?」
その気持ちを知ってか知らずか、リヴァイは人さし指でエレンの目元をなぞり柔らかく微笑む。
「お前の瞳は夜に映えるな。」
エレンの金色の瞳とその後ろで輝き続ける金色の星が重なる。
「月のように綺麗だ。」
「…っ…。」
普段のリヴァイからは想像もつかないようなセリフに、エレンの頬が桜色に染まっていく。
「エレン。」
「はい。」
「愛してる。」
強く抱き締めてくる両腕に、胸の奥が熱くなるのを感じる。
「俺はお前に出会うために生まれたんだ。」
「はい。」
「10年20年じゃねぇ、1000年2000年先も愛してぬいてやる。」
込み上げてくる例えようのない幸せの感情を隠すように、エレンは微笑み返す。
「大袈裟ですね。」
「オイ、もっと他に言い方があるだろ。」
軽く舌打ちをしてエレンの顔を覗き込む。
ふと堪えきれなかった一筋の涙に気づき、リヴァイはそれを指先で優しく拭いとった。
「お前がこれ以上泣かなくてすむように、」
ゆっくりと近づく口唇に、エレンの金色の瞳が静かに閉じられていく。
「俺がセカイを変えてやる。」
重ね合う2つの想いは、夜空で小さく瞬いた。


end.
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