Case4【刹那/祈り】
白夜Case4【刹那】
あの日も、こんな月明かりが降り注ぐ夜だった気がする──。
『くっ…テメェ…』
『地下街に名を轟かせる強者がいると聞いてスカウトに来たが、この程度とは…』
突如現れた、エルヴィン・スミスと名乗る制服の長身の男は、数人の仲間を一瞬で倒し、リヴァイ自身を何度も地に叩きつけた。
『もう一度抜け!俺と勝負しろ!!』
『これ以上君に刃を向けるのは、最早虐めでしかない。己の実力を知り、身の程を弁えることもまた、戦士の資質だ』
汗ひとつかかぬ澄ました顔で見下ろされる。その視線に、例えようのない屈辱が全身を貫く。
『るせぇ!クソ野郎がああああっ!!』
血液の混じった唾液を吐き捨て、リヴァイは再びエルヴィンに躍りかかる。
地下街では負け知らず。金や装置を強奪するため、正規兵を闇討ちしたことだってあった。
しかし、この男が与える恐怖と屈辱は、初めて味わうものだ。それはじわりと、肉体と精神を蝕んでいく。
『死ねっ!クソ野郎!!!』
圧倒的な実力差を見せつけながら、エルヴィンは上層部の命令通り、リヴァイを冷静に品定めしていた。
(闇ルートか強奪かはともあれ…立体起動装置と半刃刀身を独学でここまで極めた才能。今は子供じみた喧嘩だが、闘いの嗅覚は確かにある)
エルヴィンの口元に笑みが浮かぶ。そろそろ決着をつけよう。
『ぐぁあ…っ!!』
(それに、…なかなかの根性だ)
再び地面に跪くリヴァイの前に立ち、エルヴィンはゆっくりと刃を収めた。
『これで4勝0敗…上層部の命令だ。私と一緒に兵団へ来なさい』
身体を動かす力は残っていなかったが、悪足掻きとばかりに、リヴァイは吐き捨てるように言い放った。
『ふざけるな…っ…国家の犬に成り下がるなんざ、俺のプライドが許さねぇ…』
『それなら地下街のドブネズミとして、一生醜く這い回っていればいい』
『!?』
『駄々を捏ねてばかりいないで、よく考えてみることだ。君にとって、これから生きる上で何を選択すべきなのかを』
その一言は、地下街で生きてきた者の胸に深く突き刺さる。
今までに感じたことのない敗北感に打ちのめされ、リヴァイは堪らず叫んだ。
『ちくしょう…!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう……っっ!!』
時間の経過と共に、受け入れるしかない現実。
拳をグッと握り締め、リヴァイはゆっくりと立ち上がる。
『…行ってやるよ、調査兵団に…』
取り澄ました顔で静観し続けるエルヴィンに対し、リヴァイは殺意すら覚えた。
『ただし、国家の犬にもならねぇ…誰の命令も聞かねぇ…』
『………』
『調査兵団に入って、お前をブチ殺す!!!』
睨みつけてくる漆黒の瞳と剥き出しの感情に、エルヴィンは目を細めた。
『ほぅ…悪くない…』
距離を置いて様子を伺っていたミケを呼び寄せる。
『終わったか』
『私はね』
兵団の制服を着た二人の男の存在は、地下街にいた人間や街を巡回する兵士とは比べものにならない存在感を放っていた。
『名前は「リヴァイ」だったね…君を、調査兵団に迎えよう』
月明かりに照らされ見えた碧眼の瞳に、自由の息吹を感じた。
******
「ん…。」
カーテンの隙間から零れる陽射しに、リヴァイは瞼をゆっくりと開く。
(懐かしい夢、…だったような…。)
内容は思い出せず、ぼんやりとしながら上半身を起こす。
ベッドの横を見ると、既にエレンの姿はなかった。
基本一兵士であるエレンは上官であるリヴァイよりも起床が早く、他の兵士と共に朝の作業に取り掛かっていた。
「リヴァイおっはよーん。」
代わりに、何故か馴れ馴れしいハスキーボイスが耳に入ってくる。
「エレンはもう行っちゃったよ?あんたは重役出勤だね。」
机に頬杖をつくハンジが視界に入り、リヴァイの眉間の皺が一本増える。
「なぜ俺の部屋にいる。」
「いや~はっはっはっ……それを私に言わせたい?!」
空笑いをしたハンジの顔が一瞬で険しくなる。
検討つかないとばかりに首を傾げるリヴァイに対し、ハンジは大きく溜息をついた。
「あんたさ、もう少しエレンの体気ィ遣いなよ。」
「………。」
瞬時に変わったリヴァイの目つきに慌てふためきつつも、ハンジは必死に主張する。
「だ、だって!今朝見かけた時、眠そうだしだるそうだし、でも、病気じゃなさそうだから、えっと、その~~。」
「分かった。」
ボソッと呟いてベッドから降りると、リヴァイはクローゼットの扉を開いた。
「へ?い、いや、」
怒られるかと思いきや素直に応じられ、ハンジは拍子抜けとなる。
(エレンの事となると、最近素直だなぁ……。)
シャツに袖を通し身支度を始めたリヴァイを、ハンジはつまらなさそうに横目で見た。
シェルムの一件以降、リヴァイとエレンの距離は急速に縮まっていた。
それと同時に、胸の辺りがモヤモヤしたり妙に気持ちが焦っている自分自身がいる事に、ハンジは気づく。
「いいよねぇ。あんたには可愛い【契約者】がいて。」
「だったらミケと【契約】を【解除】して若い新兵でも捕まえればいい。その為のシステムだ。」
「え~今更面倒くさぁい。」
「そもそもミケとは【契約】と【ノーマル】どっちなんだ。」
「それこそ今更?」
雑談の中に入り混じる皮肉に、ハンジは苦笑いをする。
目線はクローゼットの鏡に向けられたまま、リヴァイはベルトを装着し始めた。
「ま、今となればどっちでもいいよ。」
頬杖をついた手の小指を噛み、じっとその後ろ姿を見つめる。
制服を着用した時に際立つ鍛えられた肉体に反比例する、服の下の細い身体つき。
ラインを強調する制服は、リヴァイが内に秘める妖艶さを醸し出していた。
(手に入らなければ、意味がないんだから……。)
何となく声が聞きたくて、今朝エレンが出て行った後、忍び込んだリヴァイの部屋。
息を潜めて待っていたが、寝起きのリヴァイが横にあった枕を愛おしむ様に撫でた瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。
(私は、…知らない…。)
近すぎて、見えない、分からない。
「リヴァイ、背中のベルトが捻れてるよ。」
気づくと身体が勝手に動いていた。
リヴァイの背後に立ち、ベルトに指を引っ掛ける。
「!オイ、ハンジ…。」
「私がやってあげるから、そのまま動かないで。」
腰の位置から肩へと、布越しに指が肌を滑る感覚に、リヴァイは思わずハンジを睨みつけた。
ベルトにかけた指が肩に到達し、反対の手で身体を引き寄せられる。
「…ごめんね?」
耳元で囁く、独特の掠れた声。
「あんたが背後をとられる事に心底嫌悪を抱く事も、それでも私を突き放せない事も承知の上なんだ。」
ハンジは目を伏せ、漆黒の髪に口唇を寄せる。
「もう少しだけ、このままでいさせて…。」
「っ…。」
怖気づく身体は過去を投影させ、身動きが取れなかった。
「そこまでにしておけ、ハンジ。」
突然の第三者の声に、ハンジの肩がビクリと跳ねる。
「ミケか…。」
「あ、あら~浮気現場見られちゃった感じ??」
扉前で二人のやり取りをじっと見ていたと思われるミケの冷めた表情に、背筋が凍りつく。
ハンジは慌ててリヴァイから離れると、その背中をバシバシと叩き始めた。
「リヴァイ、今の冗談だから!ちょっとあんたが羨ましくなっただけ!」
「テメェ…。」
背中の痛みに苛立つリヴァイを尻目に、ハンジはそそくさとミケに駆け寄った。
「ミケ~エレンにはこの事言わないで~!私のイメージが崩れちゃうからぁ。」
両手を合わせ笑いながら必死に弁明をするハンジを、ミケは蔑みの目で見下ろす。
「今更お前の感情を押しつけてどうする。」
その言葉に、茶褐色の瞳が揺れ動く。
少し気まずそうにガシガシと頭をかいた後、上目遣いでミケを見やる。
「それはお互い様だよ……ね?」
クスッと微笑んで、ハンジは部屋を後にした。
「朝から面倒くせぇ奴。」
嵐の去った部屋で、リヴァイが小さく溜息をつく。
「お前は身内に甘すぎる。」
鼻で笑うミケに舌打ちをし、リヴァイはジャケットを羽織った。
「それで、用件は何だ?さっきのメガネならともかく、ミケが用もないのに朝っぱらから俺の部屋に来ねぇだろ。」
「お前に頼まれていた件だが、やはりジャンにはエルヴィンが関わっていた。」
「……そうか。」
「ジャンがエレンを暴行した日、ジャンはエルヴィンに頼まれて書類を届けるためにお前を探していたそうだ。アルミンの方はエルヴィンと接触はしていたが、これと言った話は出てこなかった。」
リヴァイはクローゼットに背をもたれ両腕を組むと、小さく息を吐いた。
静かに語られる内容は既に予測の範疇であり驚きはなかったが、エルヴィンが関わっているという事実が胸の内で燻り続ける。
「金髪のチビは頭がいい。エルヴィンを上手く躱したんだろ。」
「ジャンとアルミンはどうやって見当をつけた?」
「ガキの恋愛感情なんざ手に取るように分かる。エレンの【契約者】として初めて会った時から、あの二人だけは俺を見る目が違っていたからな。お前こそ、シェルムの件にどう気づいた。」
「シェルムはエレンと接触する前日にエルヴィンの部屋に呼ばれていた。お陰でその場に居合わせた俺はお払い箱だ。」
「ただ乳繰り合ってただけかもしれねぇだろ。」
「言葉に気をつけろ、リヴァイ。これはお前の撒いた種だ。」
「…………。」
扉前で立っていたミケが、ゆっくりとリヴァイに近づいてくる。
互いに一定の距離を保ってきた相手と、こうして二人きりで顔を突き合わせるのは、いつぶりか分からない。
調査兵団ナンバー2に相応しい威厳と風格があり、見下ろしてくる秘色の瞳は鋭利な敵意を向けていた。
ミケはリヴァイに鼻先を近づけ、何かを確かめるように顔や体の匂いを嗅いだ後、リヴァイの耳元で囁く。
「今回協力したのは全てエルヴィンの為だ。俺はお前の敵でも味方でもないが、エルヴィンに何かあればお前を殺す……覚えておけ。」
******
『おめでとう、また優勝したね』
『てめぇが毎回勝手にエントリーしてんだろ』
『気づいてたのかい?』
『殺すぞ』
優勝者のリヴァイを血眼になって探す大会スタッフの姿が眼下に見える。
汚れた手をハンカチで拭いながら、夕暮れの太陽の眩しさに顔を顰めた。
調査兵団に入団して以来、リヴァイの才能は一気に開花していった。
天性の素質と、周囲が驚かされた几帳面で真面目な性格が、名実共に【人類最強】の地位を確立していく。
『今のイベントは憲兵団、調査兵団、駐屯兵団の精鋭たちが集い、王族も観戦に来る大規模かつ由緒ある大会…調査兵団の優勝は三連覇のミケ以来だから、とても誇らしいよ』
『………』
『先日初となる壁外調査でも目覚ましい活躍を見せてくれた。今日だけは、試合後体調を崩して部屋で寝ていた事にしてあげよう』
にっこりと微笑むエルヴィンに対し、リヴァイは小さく舌打ちをする。
『割に合わねぇよ』
表情や言葉では拒絶をしつつも、リヴァイはエルヴィンに対して素直な態度を見せるようになっていた。
常に行動を共にし、壁外調査を経験した事で、無意識に兵士としての自覚が備わってきたのかもしれない。
『そう言えば、次期団長候補にお前の名前が挙がっているらしいな』
リヴァイの言葉に、エルヴィンは目を見開く。
『まだ非公式の筈だが?』
『噂なんてすぐ広まる』
目線のみを静かに向けるリヴァイに対し、エルヴィンは建物の屋上から見える雄大な景色に視線を移した。
周囲に遮る物はなく、地平線は果てしなく広い。
『…団長の病は精神的で治る見込みがない。次期団長の選出は急務だ』
『既に派閥争いが始まってんだろ?そんなクソ面倒臭ぇ事、老いぼれジジイ共に任せりゃいいのによ』
『私には調査兵団でやらなければならない事がある。自分の信念を具現化する第一歩なんだ』
眩しい日の光は徐々に弱まり、太陽はゆっくりと沈む。
目の前に現実として立ちはだかる、巨大な鳥籠(壁)の外へと消えていく。
『オイ』
少しだけ張り上げたリヴァイの声に、エルヴィンはハッと我に返った。
『あ……』
『何笑ってんだ、気持ち悪ィ』
『ハハッ、そう見えたかい?』
困ったような笑顔を浮かべるその表情は、既にいつもの穏やかさを取り戻していた。
しかし、一瞬ではあったが凍てつくような瞳で嗤ったエルヴィンの、底知れぬ恐怖を、リヴァイは忘れることができなかった。
『リヴァイ』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
自分の目の前で片足を跪き、左手を取る分厚い手は、それに不釣り合いな程冷たかった。
『私が団長になったその時も、お前は勿論側にいてくれるね』
薬指に落とされた口づけに、心臓が大きく跳ねるのが分かる。
『…考えておく』
従順になったつもりはない。
誰かの下にいるのは屈辱でしかない。
それなのに、見えない『何か』にゆっくりと拘束されていく感覚で、息が詰まりそうだった。
******
「…ぅ…っ…」
視界がぼんやりと開けてくる。
見慣れない広い天井と綺麗な間接照明。
背中に感じるふわふわとした柔らかい感触に、ベッドに横たわっている事を理解する。
(…ここ、…どこだ…?)
だるさと眠気で思考が働かず、身体が鈍く重たい。
(…俺、さっきまで……)
エレンは懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
昼食前にリヴァイに呼び出され、本日の講義終了後部屋に来るよう指示があった。
要件は聞かされていなかったが、いつもより早く会いに行ける嬉しさに気持ちが浮かれていたと思う。
講義が終了し皆と別れた後、リヴァイの待つ部屋へと足を向かわせる。
毎夜通う廊下。
ふいに、後ろから誰かに呼ばれた気がした。
(ダメだ…思い出せねぇ……)
瞼をぎゅっと閉じ、小さく溜息をついた。
「目が覚めたかい?」
優しい声音と同時に、ベッドが軋む音がする。
エレンの真横に腰を下ろし、大きな手が前髪に触れてきた。
(兵長…じゃ、ない…)
正常ではない身体の感覚に、上手く相手の顔を捉える事が出来ない。
「まだ動けないようだね…薬の効きが強く申し訳ない事をした」
謝罪の言葉に反して感情は無機質に思えた。
エレンの顔をゆっくりと撫で回し、口唇に二本の指を押し当てる。
「舐めてごらん」
「…はぁ、…っんむ…」
霧がかった意識の中で、促されるままにエレンはその指先を咥えた。
唾液でしっとりと濡らした後、指に舌を絡ませて舐めたり吸いついたりを繰り返す。
とろんとした瞳で赤い舌をチロチロと動かす少年の表情は想像以上にいやらしく、思わず笑いが込み上げてくる。
「……成る程。よく仕込まれてる。」
口から指を離し、ベッドへ乗り上げた体格の良い身体がエレンの胸の上に跨ってきた。
息苦しさに顔を歪ませ、真横にある太腿をエレンは力任せに叩いた。
「…っく、おもぃ…。」
「エレン、私が分かるかい?」
「んだよ!どけっ…て…」
苛立ちを募らせ睨みつけた相手に、エレンは唖然とする。
意識を取り戻し始めた今、それまでの経緯と現在の置かれてる状況に頭の中がパニックになりそうだった。
「エルヴィン…団長……?」
「ん、大丈夫そうだね。」
見下ろすエルヴィンの表情は穏やかなままで、それがさらにこの現状を異様に感じさせた。
「あ、あの…」
「君からの質問は却下する、私の質問にのみ答えなさい。」
エルヴィンはベルトを外してチャックを下ろすと、おもむろにペニスを取り出した。
「は…?」
理解出来ないエルヴィンの行動に対し、開いた口が塞がらない。
「さて、エレン。」
「は、はい…」
「どうしたら君が壊れるのか、教えてくれないか?」
「!?んんぅ…っ!!!」
その言葉と同時に、エルヴィンのペニスがエレンの喉奥へと無理矢理押し込まれる。
「んゔっ!、ぐ…ぅッ、ぶふっ!、んんっっ!!」
嘔吐く間もない程激しく腰を打ちつけられ、開けっ放しの口からだらだらと涎を垂れ流しながら苦痛に顔を歪ませる。
抵抗しようにも馬乗りになった状態では身動きが取れず、エレンは為す術もなく口内を犯され続け呆然とエルヴィンを見上げていた。
「君はそういう表情がよく似合う…。」
金色の瞳から零れる涙を拭い取り、エルヴィンは薄く笑った。
「射精すから全部呑みなさい、いいね?」
「はぁッ…!むぐ、ッ、んゔーーっっ!!!」
エレンの鼻を摘まんでさらに口を開かせると、ペニスを喉の最奥に押しつけて精を放った。
熱く迸る体液は、エレンに恐怖と屈辱をもたらしていく。
「喉を動かして…そう、いい子だ。」
全て呑み干した事を確認すると、エルヴィンはペニスを抜いて馬乗りになっていたエレンから離れた。
息苦しさから解放され、エレンは時折咳き込みながら必死に深呼吸を繰り返す。
しかし、安息もないまま気怠い身体を起こされ、エルヴィンの胸ポケットから取り出された細長い黒布が両目を覆いきつく後頭部で結びつけられる。
「や、やだ、…取って…コレ、取っていいですか、団長…団長……っ!!」
動揺するエレンの耳元で、声の主は静かに囁く。
「エレン、服を脱ぎなさい。」
「!?」
有無を言わせないその支配力に、エレンは一瞬で自分の立場を理解する。
身体を強張らせ、もう声を上げる事は出来なかった。
「聞こえなかったか?服を全て脱ぎなさい。」
「あ……は、はい。」
目隠しをされたままおぼつかない手で固定ベルトを外し、エレンは衣服を脱ぎ始めた。
エルヴィンの心の内が分からないまま、不安と緊張が募っていく。
「…脱ぎました…。」
エレンは身体を隠すように震える手で脱いだ衣服をかき集め、ギュッと抱き締めた。
会話のないほんの数秒の間が、異常に長く感じられる。
「っ…!」
ゆっくりとエルヴィンの手がエレンの鎖骨をなぞり、皮膚感覚の増した身体がビクリと跳ねた。
「そのまま動かないように。」
肉厚のある指が身体のパーツ1つ1つを確かめるように触れてくる。
間近で見られている視線を感じ、目隠しをされているにも関わらず何とも言えない羞恥心に駆られた。
「…団ちょ…」
「以前質問した内容を覚えているかい?」
その言葉に、エレンの心拍数が高まる。
『リヴァイは君の腕の中で眠るのか?』
「ぁ、えっと、…」
エレンは頬を紅く染め、しどろもどろとなった。
「答えられないとでも?」
「いえ、…その、時々…いつも兵長が、腕枕してくれるので…。」
「ほぅ…リヴァイが…。」
幼い肌に残るいくつかの紅く小さな跡を見つめ、エルヴィンは眉を顰める。
「質問を変えよう。」
「ひゃっ!」
ベッドの上に座り込むエレンの背後に回り、エルヴィンはその華奢な身体をグッと引き寄せる。
覆い尽くし飲み込まれそうな抱擁は、リヴァイから与えられる安心感とは真逆のものだった。
「あ、あの、」
「君はどんな風に抱かれるんだ?」
耳を疑うような質問に当惑し、エレンは身を縮こませ黙り込んでしまった。
反応を示さなくなったエレンをさらに追い詰めるように、エルヴィンは火照る耳に口唇を押し当て舌を差し込む。
「ンッ…」
クチュクチュと耳の中で響く水音とぬめる舌に翻弄され、身体を隠す為に衣服を掴んでいた手元が緩み始める。
その隙を狙いエレンの胸に両手を這わせると、親指と人差し指で乳首を強く摘んだ。
「ふぁあ…っ!」
「直接確かめた方が早そうだ。」
エルヴィンの指先に神経が集中し、乳首を愛撫する生々しい動きにエレンは身を捩らせる。
「や、あぁ、…っく、ふぅう…ん」
「いい声でなくね、堪らないよ。」
内側が熱を帯び、増幅する快感に声を抑える事が出来ない。
「手が邪魔だな。」
エレンの右手を掴み、その手をエレン自身のペニスに握り込ませた。
最初こそエルヴィンがエレンの手とペニスを一緒に上下に動かしていたが、その内快感に歯止めが効かなくなり自ら扱き続ける。
「…はぁ、はぁ、…うぁ、ぁ…」
「感度がいい。乳首だけでイけるように躾られたか?」
「違っ…」
「リヴァイにはいい玩具を与えてしまったな。」
「らめ、ぁ、やだ!…や、…」
エルヴィンに乳首を責められたまま自慰行為をし続け、相手の見えない闇の世界はエレンの理性を麻痺させていく。
「ぁ、…も、ゆるして…下さ、い…。」
疼く身体に奥歯をカタカタと震わせ、エレンは必死に懇願をする。
目隠しの隙間から幾重の涙が頬を伝い、エルヴィンはその涙を舌で舐めとり優しく微笑んだ。
「安心しなさい。直にリヴァイがここへ来る。」
「っ…!?」
信じがたいその言葉に、頭の中が真っ白になりエレンは動揺を隠せなかった。
「なん、で…っ…嫌だ、やッ……ぁああっっ!!!」
エルヴィンの手を払い逃げ出そうとした瞬間、俯せにベッドへ押しつけられたエレンは下腹部を貫く熱の塊に悲鳴を上げた。
慣らされていないそこはエルヴィンのペニスで狭い内部を圧迫し、エレンは息苦しさと痛みに喘ぎ続ける。
「君のこんな姿を見てリヴァイは失望するか…いや、意外と興奮するかもしれないね。」
「…っく、ぁ、…離して…エルヴィ…」
「あぁ、そうこうしている間に来てしまったようだ。」
リヴァイがいるであろうドアの方向に身体を向けられ、鍛え抜かれた大きな身体が容赦なく腰を打ちつけてきた。
「んあッ、はぁ、…あんんっ…!!」
「リヴァイ、遅かったな。」
細い身体が折れそうな程揺さぶられ、ペニスが再奥を突く度に吐息混じりの甘ったるい声が部屋に響き渡る。
拒絶する心とは裏腹に、痺れるような快楽に全身がビクビクと震え上がった。
「お前の【契約者】は誰にでも身体を許す淫乱だね。」
「ひッ、あぅ…っ違…ます、…へいちょ…」
「違う?締まりも急に良くなって…あぁ。見られて興奮しているのは君自身か。」
エルヴィンは首を垂れるエレンの顎を掴み、正面へと向ける。
「ほら、顔を隠さずにリヴァイにイくところを見てもらいなさい。」
「…みな、見ないで、…うぁ…兵長…ごめんなさい…ごめん、なさ…」
いやらしく汚れてしまった身体は【契約者】にどう映っているのだろうか。
規律を犯し裏切る行為と愛する人の目の前で他の人間に抱かれている自分の無力さが、絶望となって押し寄せる。
憔悴し嗚咽混じりの掠れた声で泣き続けるエレンの耳元で、エルヴィンの熱く濡れた息遣いを感じた。
「君は素直で可愛いな。」
同時に目隠しは解かれ、目の前に見える景色の先にリヴァイの存在はどこにもなかった。
「えっ…?」
現状が理解出来ず後ろを振り返ろうとするも、張り詰めていた糸が途切れエレンはそのまま意識を失った。
崩れたエレンの身体を抱き寄せ、涙で濡れた頬に口唇を寄せる。
程なくして部屋をノックする音が聞こえ、エルヴィンは視線をドアへと向けた。
******
『【契約】?俺とエルヴィンがか?』
『そうだ。私と君のこれからのことを真剣に考えて欲しい。』
エルヴィンが団長に就任した夜、囁かしい祝杯を、エルヴィンの部屋で上げていた二人。
リヴァイは口につけたグラスを机に置いて腕を組むと、その胡散臭そうな微笑みをじっと見つめた。
『ミケと組んでなかったのか。』
『ミケ?あぁ、ハンジと【契約】をしているはずだよ。』
『ハンジと?』
『おや?よく考えてみると、ハンジとミケは【契約】と【ノーマル】、どちらになるんだろう。』
『オイオイ、部下の属性くらい把握しとけ。』
呆れ顔のリヴァイに対し、エルヴィンは肩肘を机について手の甲に顎を乗せ、改めてリヴァイをじっと見つめる。
『何だ。』
『お前は綺麗な顔立ちをしている。そして、存在そのものが美しい。』
『頭湧いてんのか。』
恋愛小説に出てきそうな甘いセリフに全身が粟立つリヴァイに対し、エルヴィンは余裕の表情で微笑み返す。
『自分の魅力に気づいていないだけで、みんな知っているよ。お前が今までシステムに縛られずに済んだのは、一重にその圧倒的な強さがあってのものだが、私の【契約者】でもあるということを忘れないでくれ。』
その言葉にリヴァイの表情が一変する。
眉間に皺が寄り、曇った表情に青筋が立った。
『……なんだそれは?初耳だが。』
入団してもなお、組織やシステムに縛られないことが調査兵団に属する己のアイデンティティーとなっていただけに、エルヴィンとの【契約】はまさに青天の霹靂だった。
知らぬ間にエルヴィンに守られていたという事実はリヴァイのプライドを深く傷つけ、部屋には不穏な空気が漂い始める。
しかし、当の本人は向けられた敵意を物ともせず、飄々と爽やかな空気を纏っていた。
『今言ったよ。』
『誰がてめぇのお守りなんか頼んだんだ?馬鹿げたシステムに付き合うほど俺は暇じゃねぇ。』
『その馬鹿げたシステムが兵士の数の維持や犯罪抑止に貢献している。私が団長になった以上、このままでは下の者に示しがつかない。』
『知るか。そもそも俺はお前で勃たねぇし、ヤる気が全く起きねぇ。諦めろ。』
『……………。』
予想だにしなかった発言に思わずエルヴィンの頬と口元がひくつく。
『あ?今笑ったか?』
『いや、その、(身長や体格差からしてどう考えても私の方が、、だなんて口が裂けても言えない。)…………相談なく勝手な事をしてすまなかった。』
『もういい。この話は終わりだ。』
久々にゴロツキモード全開でガンを飛ばしていたリヴァイは怒りに任せて机の脚を蹴ると、落ち着きを取り戻したのか再びグラスに手を出した。
(……あのゴロツキが随分と大人しくなったものだ。)
ちびちびと酒で喉を潤すリヴァイのサラサラとした前髪から、伏し目がちな瞳が垣間見える。
机上に置いたランプの柔らかく揺れる炎の陰影が、リヴァイの中性的で危うい雰囲気と相俟って、エルヴィンはリヴァイから目が離せなくなっていた。
それはまるで、強さと儚さを宿した黒い宝石。
ランプの炎と共にゆらゆらと湧き上がる感情は、エルヴィンの身体と心を少しずつ浸食していく。
『リヴァイ、私もお前とセックスをするつもりはないよ。ただ、私の身勝手な【仮契約】ではなく正式な【契約】を交わしたい。』
『チッ………酒が不味くなった。帰る。』
一向に話題を変えようとしないエルヴィンに対し、リヴァイは嫌悪感を露わにする。
グラスを乱暴に置いて立ち上がると、エルヴィンに背を向けドアに向かって歩き出した。
すぐに後を追う足音が近づき、大きな手に手首を掴まれ振り払おうとするが、想像以上の強い力に振り払うことができず、さらにリヴァイを苛立たせた。
『エルヴィン、離せ!』
『愛しているんだ。』
『……は?』
エルヴィンからの突然の告白に、リヴァイは口をぽかんと開けて呆然となる。
気の緩んだ隙にエルヴィンに背後から抱き締められ、リヴァイはハッと我に返った。
『オイ、なに訳分かんねぇこと言ってんだてめぇは。俺の面倒を上から押しつけられてるうちに情でも移っちまったか?』
『リヴァイ、私は本気だ。』
『っ……!』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
耳を掠める口唇の感触も、屈強な腕の太さも、やけに熱い体温も、妙にリアルで生々しい。
(クソが……またこの感覚……。)
時折リヴァイにだけ見せる優しい眼差しや日常の会話の中に見え隠れする感情に触れる度、胸が締めつけられるような息が詰まりそうな感覚に陥っていた。
エルヴィンの感情が何なのかは薄々理解していても、直接言われることもリヴァイが敢えて聞くこともなく、あくまでも仕事上の付き合いとして過ごしてきたはずだった。
『誰にも渡さない。お前は私のものだ。』
この状況を許してしまった自分自身にリヴァイは激しく動揺し、一秒でも早く解放されたくて気が狂いそうになっていたのかもしれない。
『……エルヴィン、俺は……』
******
「目が覚めたか。」
「………へいちょう…」
不安を滲ませた表情で見下ろすリヴァイを、エレンはぼんやりと見上げている。
「大丈夫か?」
「え?……はい…。」
ベッドの肌触りですぐにリヴァイの部屋にいる事が理解できたが、なぜかここにいることに対して違和感を覚える。
しかし、ほっとした表情に切り替わったリヴァイに優しく頭を撫でられると、その違和感はあっという間に彼方へ飛んでいき、エレンはすりすりと自ら頭をすり寄せた。
「あ、そうだ!すいません、兵長。俺いつの間にか寝てしまったみたいで、……」
「寝たってお前、何言っ………て、オイ。ミケ!」
「!?わああああっ!!」
ミケは二人の会話を遮るように、寝ているエレンの足元から徐にベッドに乗り込んでくる。
「ひいい~!!」
偶然にも死角に入っていた為、突然現れたと思い込んでいるエレンにとって、寝ている布団を剥がされ無理矢理抱き起こしてきたミケはただの恐怖でしかなかった。
「へ、へいちょう?俺、どうしたらいいですか……?」
「………好きにさせてやれ。」
困惑し助けを求めるエレンに対し、リヴァイは二人から視線を逸らし頭を抱える。
「うぅ~…。」
髪の毛を掻き上げ頭皮の匂いを嗅がれドン引きしたり、顔や首にさわさわと当たるミケの髭の感触が気になったり、時折肌にかかる息のくすぐったさに身体が思わず反応したりと、エレンの気持ちが全くついていけない。
リヴァイの前で耳の穴や脇の下まで匂いを嗅いがれる羞恥に、エレンは涙目で必死に耐えていた。
「…………。」
エレンの着用している衣服が煩わしいのか、腹部から服の中に手を入れようとすると、さすがのリヴァイもミケを咎める。
「俺の契約者だ。規律は守れ。」
「はあああ~。」
エレンから離れたミケがベッドから降りると、羞恥と緊張から解放されたエレンはどっと疲れが溢れ出し、がっくりと項垂れた。
「匂いは消えているが、ショックで記憶が一時的に飛んでいるようだな。」
「そうか……。」
「分かっただろう、リヴァイ。初めからお前に選択肢などなかった。」
冷ややかな目線をリヴァイに向け吐き捨てるようにそう呟くと、ミケはそのまま部屋を去って行った。
「な、なんだったんですか、今の。」
「さあな。」
ミケの出て行った扉を呆然と見つめるエレンに対し、リヴァイはエレンから視線を外したまま俯いていた。
「そう言えば、ミケさんと兵長のツーショットって珍しいですよね。」
「別に珍しくもなんともねぇよ。」
「兵長でも選択できないものがあるんですか?」
「お前には関係ねぇ。寝ろ。」
「散々寝たから眠くないですよーっ」
一生懸命話しかけても心ここにあらず冷たくあしらわれ、エレンは頬を膨らませる。
「兵長、さっきから冷たい。初めて【契約】した時みたい……。」
「チッ。少し黙ってろ。」
「うわっ!」
古傷を抉られ子どもっぽい苛立ちを見せるリヴァイは、エレンの背中に腕を回し強引に抱き寄せる。
リヴァイの胸に顔を埋めるエレンは最初こそ怒らせてしまった恐怖で固まっていたが、リヴァイの腕の中に収まる安心感に徐々に体の力が抜けていく。
(……あ。……この音、好きだ……。)
抱き締められる度、身体を重ねる度、共に眠りにつく度に聞こえてくる。
リヴァイの胸の奥で静かに脈打つ鼓動。
愛しい人が生きているという実感。
傍にいられるという幸せ。
(…………?)
エレンの想いとは裏腹に、リヴァイは視線を窓の向こう、遠くに見える壁に向けていた。
心ここにあらず、一文字に結ばれた無機質な唇。
いつもとは違う虚無感が、エレンの胸をよぎる。
「どうした。」
言葉が出なかった。
いや、口にすること自体が、何かを壊してしまいそうな気がした。
(兵長、いなくなったりしないですよね…?)
あの日も、こんな月明かりが降り注ぐ夜だった気がする──。
『くっ…テメェ…』
『地下街に名を轟かせる強者がいると聞いてスカウトに来たが、この程度とは…』
突如現れた、エルヴィン・スミスと名乗る制服の長身の男は、数人の仲間を一瞬で倒し、リヴァイ自身を何度も地に叩きつけた。
『もう一度抜け!俺と勝負しろ!!』
『これ以上君に刃を向けるのは、最早虐めでしかない。己の実力を知り、身の程を弁えることもまた、戦士の資質だ』
汗ひとつかかぬ澄ました顔で見下ろされる。その視線に、例えようのない屈辱が全身を貫く。
『るせぇ!クソ野郎がああああっ!!』
血液の混じった唾液を吐き捨て、リヴァイは再びエルヴィンに躍りかかる。
地下街では負け知らず。金や装置を強奪するため、正規兵を闇討ちしたことだってあった。
しかし、この男が与える恐怖と屈辱は、初めて味わうものだ。それはじわりと、肉体と精神を蝕んでいく。
『死ねっ!クソ野郎!!!』
圧倒的な実力差を見せつけながら、エルヴィンは上層部の命令通り、リヴァイを冷静に品定めしていた。
(闇ルートか強奪かはともあれ…立体起動装置と半刃刀身を独学でここまで極めた才能。今は子供じみた喧嘩だが、闘いの嗅覚は確かにある)
エルヴィンの口元に笑みが浮かぶ。そろそろ決着をつけよう。
『ぐぁあ…っ!!』
(それに、…なかなかの根性だ)
再び地面に跪くリヴァイの前に立ち、エルヴィンはゆっくりと刃を収めた。
『これで4勝0敗…上層部の命令だ。私と一緒に兵団へ来なさい』
身体を動かす力は残っていなかったが、悪足掻きとばかりに、リヴァイは吐き捨てるように言い放った。
『ふざけるな…っ…国家の犬に成り下がるなんざ、俺のプライドが許さねぇ…』
『それなら地下街のドブネズミとして、一生醜く這い回っていればいい』
『!?』
『駄々を捏ねてばかりいないで、よく考えてみることだ。君にとって、これから生きる上で何を選択すべきなのかを』
その一言は、地下街で生きてきた者の胸に深く突き刺さる。
今までに感じたことのない敗北感に打ちのめされ、リヴァイは堪らず叫んだ。
『ちくしょう…!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう……っっ!!』
時間の経過と共に、受け入れるしかない現実。
拳をグッと握り締め、リヴァイはゆっくりと立ち上がる。
『…行ってやるよ、調査兵団に…』
取り澄ました顔で静観し続けるエルヴィンに対し、リヴァイは殺意すら覚えた。
『ただし、国家の犬にもならねぇ…誰の命令も聞かねぇ…』
『………』
『調査兵団に入って、お前をブチ殺す!!!』
睨みつけてくる漆黒の瞳と剥き出しの感情に、エルヴィンは目を細めた。
『ほぅ…悪くない…』
距離を置いて様子を伺っていたミケを呼び寄せる。
『終わったか』
『私はね』
兵団の制服を着た二人の男の存在は、地下街にいた人間や街を巡回する兵士とは比べものにならない存在感を放っていた。
『名前は「リヴァイ」だったね…君を、調査兵団に迎えよう』
月明かりに照らされ見えた碧眼の瞳に、自由の息吹を感じた。
******
「ん…。」
カーテンの隙間から零れる陽射しに、リヴァイは瞼をゆっくりと開く。
(懐かしい夢、…だったような…。)
内容は思い出せず、ぼんやりとしながら上半身を起こす。
ベッドの横を見ると、既にエレンの姿はなかった。
基本一兵士であるエレンは上官であるリヴァイよりも起床が早く、他の兵士と共に朝の作業に取り掛かっていた。
「リヴァイおっはよーん。」
代わりに、何故か馴れ馴れしいハスキーボイスが耳に入ってくる。
「エレンはもう行っちゃったよ?あんたは重役出勤だね。」
机に頬杖をつくハンジが視界に入り、リヴァイの眉間の皺が一本増える。
「なぜ俺の部屋にいる。」
「いや~はっはっはっ……それを私に言わせたい?!」
空笑いをしたハンジの顔が一瞬で険しくなる。
検討つかないとばかりに首を傾げるリヴァイに対し、ハンジは大きく溜息をついた。
「あんたさ、もう少しエレンの体気ィ遣いなよ。」
「………。」
瞬時に変わったリヴァイの目つきに慌てふためきつつも、ハンジは必死に主張する。
「だ、だって!今朝見かけた時、眠そうだしだるそうだし、でも、病気じゃなさそうだから、えっと、その~~。」
「分かった。」
ボソッと呟いてベッドから降りると、リヴァイはクローゼットの扉を開いた。
「へ?い、いや、」
怒られるかと思いきや素直に応じられ、ハンジは拍子抜けとなる。
(エレンの事となると、最近素直だなぁ……。)
シャツに袖を通し身支度を始めたリヴァイを、ハンジはつまらなさそうに横目で見た。
シェルムの一件以降、リヴァイとエレンの距離は急速に縮まっていた。
それと同時に、胸の辺りがモヤモヤしたり妙に気持ちが焦っている自分自身がいる事に、ハンジは気づく。
「いいよねぇ。あんたには可愛い【契約者】がいて。」
「だったらミケと【契約】を【解除】して若い新兵でも捕まえればいい。その為のシステムだ。」
「え~今更面倒くさぁい。」
「そもそもミケとは【契約】と【ノーマル】どっちなんだ。」
「それこそ今更?」
雑談の中に入り混じる皮肉に、ハンジは苦笑いをする。
目線はクローゼットの鏡に向けられたまま、リヴァイはベルトを装着し始めた。
「ま、今となればどっちでもいいよ。」
頬杖をついた手の小指を噛み、じっとその後ろ姿を見つめる。
制服を着用した時に際立つ鍛えられた肉体に反比例する、服の下の細い身体つき。
ラインを強調する制服は、リヴァイが内に秘める妖艶さを醸し出していた。
(手に入らなければ、意味がないんだから……。)
何となく声が聞きたくて、今朝エレンが出て行った後、忍び込んだリヴァイの部屋。
息を潜めて待っていたが、寝起きのリヴァイが横にあった枕を愛おしむ様に撫でた瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。
(私は、…知らない…。)
近すぎて、見えない、分からない。
「リヴァイ、背中のベルトが捻れてるよ。」
気づくと身体が勝手に動いていた。
リヴァイの背後に立ち、ベルトに指を引っ掛ける。
「!オイ、ハンジ…。」
「私がやってあげるから、そのまま動かないで。」
腰の位置から肩へと、布越しに指が肌を滑る感覚に、リヴァイは思わずハンジを睨みつけた。
ベルトにかけた指が肩に到達し、反対の手で身体を引き寄せられる。
「…ごめんね?」
耳元で囁く、独特の掠れた声。
「あんたが背後をとられる事に心底嫌悪を抱く事も、それでも私を突き放せない事も承知の上なんだ。」
ハンジは目を伏せ、漆黒の髪に口唇を寄せる。
「もう少しだけ、このままでいさせて…。」
「っ…。」
怖気づく身体は過去を投影させ、身動きが取れなかった。
「そこまでにしておけ、ハンジ。」
突然の第三者の声に、ハンジの肩がビクリと跳ねる。
「ミケか…。」
「あ、あら~浮気現場見られちゃった感じ??」
扉前で二人のやり取りをじっと見ていたと思われるミケの冷めた表情に、背筋が凍りつく。
ハンジは慌ててリヴァイから離れると、その背中をバシバシと叩き始めた。
「リヴァイ、今の冗談だから!ちょっとあんたが羨ましくなっただけ!」
「テメェ…。」
背中の痛みに苛立つリヴァイを尻目に、ハンジはそそくさとミケに駆け寄った。
「ミケ~エレンにはこの事言わないで~!私のイメージが崩れちゃうからぁ。」
両手を合わせ笑いながら必死に弁明をするハンジを、ミケは蔑みの目で見下ろす。
「今更お前の感情を押しつけてどうする。」
その言葉に、茶褐色の瞳が揺れ動く。
少し気まずそうにガシガシと頭をかいた後、上目遣いでミケを見やる。
「それはお互い様だよ……ね?」
クスッと微笑んで、ハンジは部屋を後にした。
「朝から面倒くせぇ奴。」
嵐の去った部屋で、リヴァイが小さく溜息をつく。
「お前は身内に甘すぎる。」
鼻で笑うミケに舌打ちをし、リヴァイはジャケットを羽織った。
「それで、用件は何だ?さっきのメガネならともかく、ミケが用もないのに朝っぱらから俺の部屋に来ねぇだろ。」
「お前に頼まれていた件だが、やはりジャンにはエルヴィンが関わっていた。」
「……そうか。」
「ジャンがエレンを暴行した日、ジャンはエルヴィンに頼まれて書類を届けるためにお前を探していたそうだ。アルミンの方はエルヴィンと接触はしていたが、これと言った話は出てこなかった。」
リヴァイはクローゼットに背をもたれ両腕を組むと、小さく息を吐いた。
静かに語られる内容は既に予測の範疇であり驚きはなかったが、エルヴィンが関わっているという事実が胸の内で燻り続ける。
「金髪のチビは頭がいい。エルヴィンを上手く躱したんだろ。」
「ジャンとアルミンはどうやって見当をつけた?」
「ガキの恋愛感情なんざ手に取るように分かる。エレンの【契約者】として初めて会った時から、あの二人だけは俺を見る目が違っていたからな。お前こそ、シェルムの件にどう気づいた。」
「シェルムはエレンと接触する前日にエルヴィンの部屋に呼ばれていた。お陰でその場に居合わせた俺はお払い箱だ。」
「ただ乳繰り合ってただけかもしれねぇだろ。」
「言葉に気をつけろ、リヴァイ。これはお前の撒いた種だ。」
「…………。」
扉前で立っていたミケが、ゆっくりとリヴァイに近づいてくる。
互いに一定の距離を保ってきた相手と、こうして二人きりで顔を突き合わせるのは、いつぶりか分からない。
調査兵団ナンバー2に相応しい威厳と風格があり、見下ろしてくる秘色の瞳は鋭利な敵意を向けていた。
ミケはリヴァイに鼻先を近づけ、何かを確かめるように顔や体の匂いを嗅いだ後、リヴァイの耳元で囁く。
「今回協力したのは全てエルヴィンの為だ。俺はお前の敵でも味方でもないが、エルヴィンに何かあればお前を殺す……覚えておけ。」
******
『おめでとう、また優勝したね』
『てめぇが毎回勝手にエントリーしてんだろ』
『気づいてたのかい?』
『殺すぞ』
優勝者のリヴァイを血眼になって探す大会スタッフの姿が眼下に見える。
汚れた手をハンカチで拭いながら、夕暮れの太陽の眩しさに顔を顰めた。
調査兵団に入団して以来、リヴァイの才能は一気に開花していった。
天性の素質と、周囲が驚かされた几帳面で真面目な性格が、名実共に【人類最強】の地位を確立していく。
『今のイベントは憲兵団、調査兵団、駐屯兵団の精鋭たちが集い、王族も観戦に来る大規模かつ由緒ある大会…調査兵団の優勝は三連覇のミケ以来だから、とても誇らしいよ』
『………』
『先日初となる壁外調査でも目覚ましい活躍を見せてくれた。今日だけは、試合後体調を崩して部屋で寝ていた事にしてあげよう』
にっこりと微笑むエルヴィンに対し、リヴァイは小さく舌打ちをする。
『割に合わねぇよ』
表情や言葉では拒絶をしつつも、リヴァイはエルヴィンに対して素直な態度を見せるようになっていた。
常に行動を共にし、壁外調査を経験した事で、無意識に兵士としての自覚が備わってきたのかもしれない。
『そう言えば、次期団長候補にお前の名前が挙がっているらしいな』
リヴァイの言葉に、エルヴィンは目を見開く。
『まだ非公式の筈だが?』
『噂なんてすぐ広まる』
目線のみを静かに向けるリヴァイに対し、エルヴィンは建物の屋上から見える雄大な景色に視線を移した。
周囲に遮る物はなく、地平線は果てしなく広い。
『…団長の病は精神的で治る見込みがない。次期団長の選出は急務だ』
『既に派閥争いが始まってんだろ?そんなクソ面倒臭ぇ事、老いぼれジジイ共に任せりゃいいのによ』
『私には調査兵団でやらなければならない事がある。自分の信念を具現化する第一歩なんだ』
眩しい日の光は徐々に弱まり、太陽はゆっくりと沈む。
目の前に現実として立ちはだかる、巨大な鳥籠(壁)の外へと消えていく。
『オイ』
少しだけ張り上げたリヴァイの声に、エルヴィンはハッと我に返った。
『あ……』
『何笑ってんだ、気持ち悪ィ』
『ハハッ、そう見えたかい?』
困ったような笑顔を浮かべるその表情は、既にいつもの穏やかさを取り戻していた。
しかし、一瞬ではあったが凍てつくような瞳で嗤ったエルヴィンの、底知れぬ恐怖を、リヴァイは忘れることができなかった。
『リヴァイ』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
自分の目の前で片足を跪き、左手を取る分厚い手は、それに不釣り合いな程冷たかった。
『私が団長になったその時も、お前は勿論側にいてくれるね』
薬指に落とされた口づけに、心臓が大きく跳ねるのが分かる。
『…考えておく』
従順になったつもりはない。
誰かの下にいるのは屈辱でしかない。
それなのに、見えない『何か』にゆっくりと拘束されていく感覚で、息が詰まりそうだった。
******
「…ぅ…っ…」
視界がぼんやりと開けてくる。
見慣れない広い天井と綺麗な間接照明。
背中に感じるふわふわとした柔らかい感触に、ベッドに横たわっている事を理解する。
(…ここ、…どこだ…?)
だるさと眠気で思考が働かず、身体が鈍く重たい。
(…俺、さっきまで……)
エレンは懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
昼食前にリヴァイに呼び出され、本日の講義終了後部屋に来るよう指示があった。
要件は聞かされていなかったが、いつもより早く会いに行ける嬉しさに気持ちが浮かれていたと思う。
講義が終了し皆と別れた後、リヴァイの待つ部屋へと足を向かわせる。
毎夜通う廊下。
ふいに、後ろから誰かに呼ばれた気がした。
(ダメだ…思い出せねぇ……)
瞼をぎゅっと閉じ、小さく溜息をついた。
「目が覚めたかい?」
優しい声音と同時に、ベッドが軋む音がする。
エレンの真横に腰を下ろし、大きな手が前髪に触れてきた。
(兵長…じゃ、ない…)
正常ではない身体の感覚に、上手く相手の顔を捉える事が出来ない。
「まだ動けないようだね…薬の効きが強く申し訳ない事をした」
謝罪の言葉に反して感情は無機質に思えた。
エレンの顔をゆっくりと撫で回し、口唇に二本の指を押し当てる。
「舐めてごらん」
「…はぁ、…っんむ…」
霧がかった意識の中で、促されるままにエレンはその指先を咥えた。
唾液でしっとりと濡らした後、指に舌を絡ませて舐めたり吸いついたりを繰り返す。
とろんとした瞳で赤い舌をチロチロと動かす少年の表情は想像以上にいやらしく、思わず笑いが込み上げてくる。
「……成る程。よく仕込まれてる。」
口から指を離し、ベッドへ乗り上げた体格の良い身体がエレンの胸の上に跨ってきた。
息苦しさに顔を歪ませ、真横にある太腿をエレンは力任せに叩いた。
「…っく、おもぃ…。」
「エレン、私が分かるかい?」
「んだよ!どけっ…て…」
苛立ちを募らせ睨みつけた相手に、エレンは唖然とする。
意識を取り戻し始めた今、それまでの経緯と現在の置かれてる状況に頭の中がパニックになりそうだった。
「エルヴィン…団長……?」
「ん、大丈夫そうだね。」
見下ろすエルヴィンの表情は穏やかなままで、それがさらにこの現状を異様に感じさせた。
「あ、あの…」
「君からの質問は却下する、私の質問にのみ答えなさい。」
エルヴィンはベルトを外してチャックを下ろすと、おもむろにペニスを取り出した。
「は…?」
理解出来ないエルヴィンの行動に対し、開いた口が塞がらない。
「さて、エレン。」
「は、はい…」
「どうしたら君が壊れるのか、教えてくれないか?」
「!?んんぅ…っ!!!」
その言葉と同時に、エルヴィンのペニスがエレンの喉奥へと無理矢理押し込まれる。
「んゔっ!、ぐ…ぅッ、ぶふっ!、んんっっ!!」
嘔吐く間もない程激しく腰を打ちつけられ、開けっ放しの口からだらだらと涎を垂れ流しながら苦痛に顔を歪ませる。
抵抗しようにも馬乗りになった状態では身動きが取れず、エレンは為す術もなく口内を犯され続け呆然とエルヴィンを見上げていた。
「君はそういう表情がよく似合う…。」
金色の瞳から零れる涙を拭い取り、エルヴィンは薄く笑った。
「射精すから全部呑みなさい、いいね?」
「はぁッ…!むぐ、ッ、んゔーーっっ!!!」
エレンの鼻を摘まんでさらに口を開かせると、ペニスを喉の最奥に押しつけて精を放った。
熱く迸る体液は、エレンに恐怖と屈辱をもたらしていく。
「喉を動かして…そう、いい子だ。」
全て呑み干した事を確認すると、エルヴィンはペニスを抜いて馬乗りになっていたエレンから離れた。
息苦しさから解放され、エレンは時折咳き込みながら必死に深呼吸を繰り返す。
しかし、安息もないまま気怠い身体を起こされ、エルヴィンの胸ポケットから取り出された細長い黒布が両目を覆いきつく後頭部で結びつけられる。
「や、やだ、…取って…コレ、取っていいですか、団長…団長……っ!!」
動揺するエレンの耳元で、声の主は静かに囁く。
「エレン、服を脱ぎなさい。」
「!?」
有無を言わせないその支配力に、エレンは一瞬で自分の立場を理解する。
身体を強張らせ、もう声を上げる事は出来なかった。
「聞こえなかったか?服を全て脱ぎなさい。」
「あ……は、はい。」
目隠しをされたままおぼつかない手で固定ベルトを外し、エレンは衣服を脱ぎ始めた。
エルヴィンの心の内が分からないまま、不安と緊張が募っていく。
「…脱ぎました…。」
エレンは身体を隠すように震える手で脱いだ衣服をかき集め、ギュッと抱き締めた。
会話のないほんの数秒の間が、異常に長く感じられる。
「っ…!」
ゆっくりとエルヴィンの手がエレンの鎖骨をなぞり、皮膚感覚の増した身体がビクリと跳ねた。
「そのまま動かないように。」
肉厚のある指が身体のパーツ1つ1つを確かめるように触れてくる。
間近で見られている視線を感じ、目隠しをされているにも関わらず何とも言えない羞恥心に駆られた。
「…団ちょ…」
「以前質問した内容を覚えているかい?」
その言葉に、エレンの心拍数が高まる。
『リヴァイは君の腕の中で眠るのか?』
「ぁ、えっと、…」
エレンは頬を紅く染め、しどろもどろとなった。
「答えられないとでも?」
「いえ、…その、時々…いつも兵長が、腕枕してくれるので…。」
「ほぅ…リヴァイが…。」
幼い肌に残るいくつかの紅く小さな跡を見つめ、エルヴィンは眉を顰める。
「質問を変えよう。」
「ひゃっ!」
ベッドの上に座り込むエレンの背後に回り、エルヴィンはその華奢な身体をグッと引き寄せる。
覆い尽くし飲み込まれそうな抱擁は、リヴァイから与えられる安心感とは真逆のものだった。
「あ、あの、」
「君はどんな風に抱かれるんだ?」
耳を疑うような質問に当惑し、エレンは身を縮こませ黙り込んでしまった。
反応を示さなくなったエレンをさらに追い詰めるように、エルヴィンは火照る耳に口唇を押し当て舌を差し込む。
「ンッ…」
クチュクチュと耳の中で響く水音とぬめる舌に翻弄され、身体を隠す為に衣服を掴んでいた手元が緩み始める。
その隙を狙いエレンの胸に両手を這わせると、親指と人差し指で乳首を強く摘んだ。
「ふぁあ…っ!」
「直接確かめた方が早そうだ。」
エルヴィンの指先に神経が集中し、乳首を愛撫する生々しい動きにエレンは身を捩らせる。
「や、あぁ、…っく、ふぅう…ん」
「いい声でなくね、堪らないよ。」
内側が熱を帯び、増幅する快感に声を抑える事が出来ない。
「手が邪魔だな。」
エレンの右手を掴み、その手をエレン自身のペニスに握り込ませた。
最初こそエルヴィンがエレンの手とペニスを一緒に上下に動かしていたが、その内快感に歯止めが効かなくなり自ら扱き続ける。
「…はぁ、はぁ、…うぁ、ぁ…」
「感度がいい。乳首だけでイけるように躾られたか?」
「違っ…」
「リヴァイにはいい玩具を与えてしまったな。」
「らめ、ぁ、やだ!…や、…」
エルヴィンに乳首を責められたまま自慰行為をし続け、相手の見えない闇の世界はエレンの理性を麻痺させていく。
「ぁ、…も、ゆるして…下さ、い…。」
疼く身体に奥歯をカタカタと震わせ、エレンは必死に懇願をする。
目隠しの隙間から幾重の涙が頬を伝い、エルヴィンはその涙を舌で舐めとり優しく微笑んだ。
「安心しなさい。直にリヴァイがここへ来る。」
「っ…!?」
信じがたいその言葉に、頭の中が真っ白になりエレンは動揺を隠せなかった。
「なん、で…っ…嫌だ、やッ……ぁああっっ!!!」
エルヴィンの手を払い逃げ出そうとした瞬間、俯せにベッドへ押しつけられたエレンは下腹部を貫く熱の塊に悲鳴を上げた。
慣らされていないそこはエルヴィンのペニスで狭い内部を圧迫し、エレンは息苦しさと痛みに喘ぎ続ける。
「君のこんな姿を見てリヴァイは失望するか…いや、意外と興奮するかもしれないね。」
「…っく、ぁ、…離して…エルヴィ…」
「あぁ、そうこうしている間に来てしまったようだ。」
リヴァイがいるであろうドアの方向に身体を向けられ、鍛え抜かれた大きな身体が容赦なく腰を打ちつけてきた。
「んあッ、はぁ、…あんんっ…!!」
「リヴァイ、遅かったな。」
細い身体が折れそうな程揺さぶられ、ペニスが再奥を突く度に吐息混じりの甘ったるい声が部屋に響き渡る。
拒絶する心とは裏腹に、痺れるような快楽に全身がビクビクと震え上がった。
「お前の【契約者】は誰にでも身体を許す淫乱だね。」
「ひッ、あぅ…っ違…ます、…へいちょ…」
「違う?締まりも急に良くなって…あぁ。見られて興奮しているのは君自身か。」
エルヴィンは首を垂れるエレンの顎を掴み、正面へと向ける。
「ほら、顔を隠さずにリヴァイにイくところを見てもらいなさい。」
「…みな、見ないで、…うぁ…兵長…ごめんなさい…ごめん、なさ…」
いやらしく汚れてしまった身体は【契約者】にどう映っているのだろうか。
規律を犯し裏切る行為と愛する人の目の前で他の人間に抱かれている自分の無力さが、絶望となって押し寄せる。
憔悴し嗚咽混じりの掠れた声で泣き続けるエレンの耳元で、エルヴィンの熱く濡れた息遣いを感じた。
「君は素直で可愛いな。」
同時に目隠しは解かれ、目の前に見える景色の先にリヴァイの存在はどこにもなかった。
「えっ…?」
現状が理解出来ず後ろを振り返ろうとするも、張り詰めていた糸が途切れエレンはそのまま意識を失った。
崩れたエレンの身体を抱き寄せ、涙で濡れた頬に口唇を寄せる。
程なくして部屋をノックする音が聞こえ、エルヴィンは視線をドアへと向けた。
******
『【契約】?俺とエルヴィンがか?』
『そうだ。私と君のこれからのことを真剣に考えて欲しい。』
エルヴィンが団長に就任した夜、囁かしい祝杯を、エルヴィンの部屋で上げていた二人。
リヴァイは口につけたグラスを机に置いて腕を組むと、その胡散臭そうな微笑みをじっと見つめた。
『ミケと組んでなかったのか。』
『ミケ?あぁ、ハンジと【契約】をしているはずだよ。』
『ハンジと?』
『おや?よく考えてみると、ハンジとミケは【契約】と【ノーマル】、どちらになるんだろう。』
『オイオイ、部下の属性くらい把握しとけ。』
呆れ顔のリヴァイに対し、エルヴィンは肩肘を机について手の甲に顎を乗せ、改めてリヴァイをじっと見つめる。
『何だ。』
『お前は綺麗な顔立ちをしている。そして、存在そのものが美しい。』
『頭湧いてんのか。』
恋愛小説に出てきそうな甘いセリフに全身が粟立つリヴァイに対し、エルヴィンは余裕の表情で微笑み返す。
『自分の魅力に気づいていないだけで、みんな知っているよ。お前が今までシステムに縛られずに済んだのは、一重にその圧倒的な強さがあってのものだが、私の【契約者】でもあるということを忘れないでくれ。』
その言葉にリヴァイの表情が一変する。
眉間に皺が寄り、曇った表情に青筋が立った。
『……なんだそれは?初耳だが。』
入団してもなお、組織やシステムに縛られないことが調査兵団に属する己のアイデンティティーとなっていただけに、エルヴィンとの【契約】はまさに青天の霹靂だった。
知らぬ間にエルヴィンに守られていたという事実はリヴァイのプライドを深く傷つけ、部屋には不穏な空気が漂い始める。
しかし、当の本人は向けられた敵意を物ともせず、飄々と爽やかな空気を纏っていた。
『今言ったよ。』
『誰がてめぇのお守りなんか頼んだんだ?馬鹿げたシステムに付き合うほど俺は暇じゃねぇ。』
『その馬鹿げたシステムが兵士の数の維持や犯罪抑止に貢献している。私が団長になった以上、このままでは下の者に示しがつかない。』
『知るか。そもそも俺はお前で勃たねぇし、ヤる気が全く起きねぇ。諦めろ。』
『……………。』
予想だにしなかった発言に思わずエルヴィンの頬と口元がひくつく。
『あ?今笑ったか?』
『いや、その、(身長や体格差からしてどう考えても私の方が、、だなんて口が裂けても言えない。)…………相談なく勝手な事をしてすまなかった。』
『もういい。この話は終わりだ。』
久々にゴロツキモード全開でガンを飛ばしていたリヴァイは怒りに任せて机の脚を蹴ると、落ち着きを取り戻したのか再びグラスに手を出した。
(……あのゴロツキが随分と大人しくなったものだ。)
ちびちびと酒で喉を潤すリヴァイのサラサラとした前髪から、伏し目がちな瞳が垣間見える。
机上に置いたランプの柔らかく揺れる炎の陰影が、リヴァイの中性的で危うい雰囲気と相俟って、エルヴィンはリヴァイから目が離せなくなっていた。
それはまるで、強さと儚さを宿した黒い宝石。
ランプの炎と共にゆらゆらと湧き上がる感情は、エルヴィンの身体と心を少しずつ浸食していく。
『リヴァイ、私もお前とセックスをするつもりはないよ。ただ、私の身勝手な【仮契約】ではなく正式な【契約】を交わしたい。』
『チッ………酒が不味くなった。帰る。』
一向に話題を変えようとしないエルヴィンに対し、リヴァイは嫌悪感を露わにする。
グラスを乱暴に置いて立ち上がると、エルヴィンに背を向けドアに向かって歩き出した。
すぐに後を追う足音が近づき、大きな手に手首を掴まれ振り払おうとするが、想像以上の強い力に振り払うことができず、さらにリヴァイを苛立たせた。
『エルヴィン、離せ!』
『愛しているんだ。』
『……は?』
エルヴィンからの突然の告白に、リヴァイは口をぽかんと開けて呆然となる。
気の緩んだ隙にエルヴィンに背後から抱き締められ、リヴァイはハッと我に返った。
『オイ、なに訳分かんねぇこと言ってんだてめぇは。俺の面倒を上から押しつけられてるうちに情でも移っちまったか?』
『リヴァイ、私は本気だ。』
『っ……!』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
耳を掠める口唇の感触も、屈強な腕の太さも、やけに熱い体温も、妙にリアルで生々しい。
(クソが……またこの感覚……。)
時折リヴァイにだけ見せる優しい眼差しや日常の会話の中に見え隠れする感情に触れる度、胸が締めつけられるような息が詰まりそうな感覚に陥っていた。
エルヴィンの感情が何なのかは薄々理解していても、直接言われることもリヴァイが敢えて聞くこともなく、あくまでも仕事上の付き合いとして過ごしてきたはずだった。
『誰にも渡さない。お前は私のものだ。』
この状況を許してしまった自分自身にリヴァイは激しく動揺し、一秒でも早く解放されたくて気が狂いそうになっていたのかもしれない。
『……エルヴィン、俺は……』
******
「目が覚めたか。」
「………へいちょう…」
不安を滲ませた表情で見下ろすリヴァイを、エレンはぼんやりと見上げている。
「大丈夫か?」
「え?……はい…。」
ベッドの肌触りですぐにリヴァイの部屋にいる事が理解できたが、なぜかここにいることに対して違和感を覚える。
しかし、ほっとした表情に切り替わったリヴァイに優しく頭を撫でられると、その違和感はあっという間に彼方へ飛んでいき、エレンはすりすりと自ら頭をすり寄せた。
「あ、そうだ!すいません、兵長。俺いつの間にか寝てしまったみたいで、……」
「寝たってお前、何言っ………て、オイ。ミケ!」
「!?わああああっ!!」
ミケは二人の会話を遮るように、寝ているエレンの足元から徐にベッドに乗り込んでくる。
「ひいい~!!」
偶然にも死角に入っていた為、突然現れたと思い込んでいるエレンにとって、寝ている布団を剥がされ無理矢理抱き起こしてきたミケはただの恐怖でしかなかった。
「へ、へいちょう?俺、どうしたらいいですか……?」
「………好きにさせてやれ。」
困惑し助けを求めるエレンに対し、リヴァイは二人から視線を逸らし頭を抱える。
「うぅ~…。」
髪の毛を掻き上げ頭皮の匂いを嗅がれドン引きしたり、顔や首にさわさわと当たるミケの髭の感触が気になったり、時折肌にかかる息のくすぐったさに身体が思わず反応したりと、エレンの気持ちが全くついていけない。
リヴァイの前で耳の穴や脇の下まで匂いを嗅いがれる羞恥に、エレンは涙目で必死に耐えていた。
「…………。」
エレンの着用している衣服が煩わしいのか、腹部から服の中に手を入れようとすると、さすがのリヴァイもミケを咎める。
「俺の契約者だ。規律は守れ。」
「はあああ~。」
エレンから離れたミケがベッドから降りると、羞恥と緊張から解放されたエレンはどっと疲れが溢れ出し、がっくりと項垂れた。
「匂いは消えているが、ショックで記憶が一時的に飛んでいるようだな。」
「そうか……。」
「分かっただろう、リヴァイ。初めからお前に選択肢などなかった。」
冷ややかな目線をリヴァイに向け吐き捨てるようにそう呟くと、ミケはそのまま部屋を去って行った。
「な、なんだったんですか、今の。」
「さあな。」
ミケの出て行った扉を呆然と見つめるエレンに対し、リヴァイはエレンから視線を外したまま俯いていた。
「そう言えば、ミケさんと兵長のツーショットって珍しいですよね。」
「別に珍しくもなんともねぇよ。」
「兵長でも選択できないものがあるんですか?」
「お前には関係ねぇ。寝ろ。」
「散々寝たから眠くないですよーっ」
一生懸命話しかけても心ここにあらず冷たくあしらわれ、エレンは頬を膨らませる。
「兵長、さっきから冷たい。初めて【契約】した時みたい……。」
「チッ。少し黙ってろ。」
「うわっ!」
古傷を抉られ子どもっぽい苛立ちを見せるリヴァイは、エレンの背中に腕を回し強引に抱き寄せる。
リヴァイの胸に顔を埋めるエレンは最初こそ怒らせてしまった恐怖で固まっていたが、リヴァイの腕の中に収まる安心感に徐々に体の力が抜けていく。
(……あ。……この音、好きだ……。)
抱き締められる度、身体を重ねる度、共に眠りにつく度に聞こえてくる。
リヴァイの胸の奥で静かに脈打つ鼓動。
愛しい人が生きているという実感。
傍にいられるという幸せ。
(…………?)
エレンの想いとは裏腹に、リヴァイは視線を窓の向こう、遠くに見える壁に向けていた。
心ここにあらず、一文字に結ばれた無機質な唇。
いつもとは違う虚無感が、エレンの胸をよぎる。
「どうした。」
言葉が出なかった。
いや、口にすること自体が、何かを壊してしまいそうな気がした。
(兵長、いなくなったりしないですよね…?)
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