Case4【祈り】
【loverssystem】
戦争から生まれた性に関する暗黙のルールの総称。
非現実的だが一定の効果があり、非人徳的だが合法として国が現在も黙認し続けている。
兵士達は若くして各兵団へ入団すると同時に厳しい性の管理下に置かれ、本来ならば個人の権利として認められる筈のそれらが戦争下では無意味に等しい。
しかし、抑圧された本能は制度では対処しきれない歪を生み出す。
理性と本能の狭間で、人は今日も生き続ける。
白夜Case4【刹那】
愛しいと思う心は罪?
欲しいと感じる身体は罰?
ただ、貴方の側にいたいだけ…
「これ以上にない位、愛してあげる。」
ー1ー
『リヴァイは君の腕の中で眠るのか?』
すれ違い様に聞こえてきたその言葉が今も耳から離れない。
下げた頭を起こして振り向いた時には、その広く大きな背中は廊下の角を曲がって消えていた。
恥ずかしくて答えられる筈もないが、何故か胸の奥で引っかかっていた。
(兵長…)
腕の中に身を寄せ眠る【契約者】の微かな息遣いをエレンは感じる。
毎晩眠る時はリヴァイの腕の中で瞼を閉じ、朝はその温もりの中でエレンは目覚めた。
しかし、稀にではあるがその立場が逆転する時がある。
どうやら今日はその日らしい。
決して寝相が悪いわけではないが、リヴァイの腕の中で眠りについた筈なのに気づくとエレンの腕の中にリヴァイがいる。
いつも守られている自分が大切な人を守っているみたいで、嬉しくて何だかくすぐったい。
柔らかい月の光が差し込み、エレンとリヴァイの頬を撫でた。
漆黒の髪に口唇を寄せ、自分より少しだけ華奢な身体をきつく抱き締める。
(…何で、あんな事聞いてきたんだろう)
【契約】が順調なのか確認したかったのだろうか。
深刻な内容ではないと分かってはいても気になり出すと止まらない。
以前のエレンならばこの感情は生まれなかったであろう。
それだけリヴァイと過ごす時間がかけがえのないものになっている事に、まだ幼いその心は気づかないでいた。
「…オイ、離せ…。」
突如暗闇の中で聞こえてきた呻くような声に、エレンは思わずドキッとする。
「あわわっ、兵長……!」
「耳元で喚くな。ガキじゃあるまいし、人を締め上げるほど抱きついてんじゃねぇ。」
ガシガシと頭を掻く音と苛立ちを含んだ声のトーンに眉間に寄る皺が容易に想像出来てしまい、エレンは肩を竦める。
「ちょっと後味の悪い夢を見てしまって……すみません……。」
溜息混じりの今にも消えてしまいそうなエレンの声に、リヴァイはベッド横に置いてあるランプをつけた。
「どんな夢だ?」
「あ、あまり覚えてません……。」
「お前は嘘をつくのが下手だな。耳が赤くなってる。」
「……っ。」
「無理に聞いたりしねぇから安心しろ。」
ふんわりとエレンの頬を包み込んだ手がほんのり熱い耳たぶに触れてきた。
耳の輪郭をなぞり全体を掠めるように愛撫して、時折人差し指を軽く押し込むとエレンの口から湿った吐息が零れ始める。
「ふぁ…。」
「まだ感覚が残ってる。」
「……え?ええ?」
起き抜けに始まろうとしている行為に戸惑う隙もなく、エレンはあっという間にリヴァイに組み敷かれてしまう。
無言でエレンを見つめながら優しく髪を撫でてくる愛しい人。
胸の奥が切なく締めつけられ、頭の中に浮かぶ言葉は1つしかなかった。
「…エレン、好きだ…。」
「…俺も…兵長が好きです…。」
「ん…ちゅ……はむ…っむむ……。」
互いの身体を労わるように抱き合いながら、口唇を啄むようにキスを繰り返す。
穏やかな始まりのキスに身を委ねてエレンの身体から力が抜けてくると、リヴァイの手が滑るようにエレンの下腹部に伸ばされる。
柔らかい筋肉質の太腿を撫で回し腿の付け根をいやらしく揉む手つきに、エレンは反射的にリヴァイの口唇から離れ濡れたか細い声が漏れてくる。
「あっ……やんんっ!」
腿の付け根から臀部の割れ目に中指を入れ上下に擦ったり窄みの表面を押す度に、エレンは背中を仰け反らせぶるぶると小刻みに震えていた。
「あっ、だめっ……アッ…んん…へいちょ…」
「嘘つけ。お前のここは物欲しそうに動いてんぞ。」
「ちがっ…待って、まっ…俺も、……」
エレンは頬を紅く染めながら伏し目がちに視線を落とすと、リヴァイのペニスに手を添えてやんわりと握り込む。
まだ小さく勃ちかけだったそれは上下に動かすと一気に膨らみ、その大きさや浮き上がる血管の感触にエレンは思わず息を飲んだ。
「…っ……兵長の、おっきくて熱い…。」
エレンは自らのペニスをリヴァイのペニスに重ね右手で2本のペニスを上下に扱き始めた。
「何だお前、俺をイかせるつもりか?」
「は、はい……いつも、あっ、ふぁ……俺ばっかなんで……」
「へぇ。ちゃんと出来るか見ててやるから丁寧に扱けよ。」
程なくしてニチュニチュと粘着質のある水音が立ち、快感に翻弄されながらも健気にペニスを愛撫するエレンのいじらしい姿にリヴァイは愉悦の表情を浮かべる。
「へいちょ……あっ…くち、開けて下さい…。」
犬のように舌を出してハァハァと息を吐きながら顔を近づけ求めてくるエレンに対し、リヴァイは言われた通り口を開けて舌を差し出した。
「んっ……ちゅ…んん…。」
(………ぬるい。)
たどたどしく絡む舌遣いは刺激どころか癒しにしかならず、リヴァイのテンションが下がり始める。
「んぷっ…はああっ……!」
リヴァイはエレンの両乳首を摘んでクリクリと弄ると、細い身体がビクンと跳ねて一瞬口が開いた。
キスのリードをエレンから奪い返すと荒々しくエレンの舌に絡みつき狭い口内を隅々まで舐め犯していく。
「ん……んむ、むぅ…っはぁ、らめ…ひっ…!んうううっ」
ゾクゾクと背筋を這う快楽にペニスを扱く手つきが早くなり、頭の中が甘く痺れてエレンはなにも考えられなくなっていた。
「……たく、俺をイかせること忘れて1人で気持ちよくなりやがって。」
「あ、ああ、はっ…へいちょ……やら、やら、や、……」
「俺好みのだらしねぇ身体になったな。」
「あああああ……っっ!!」
リヴァイがエレンの両乳首を強く引っ張ると、エレンは嬌声を上げてなき白濁とした体液が手の隙間から溢れ落ちた。
リヴァイはくったりと力の抜けたエレンの身体をうつ伏せにして腰を高く上げると、汗でしっとりと濡れた肩や背中に何度もキスをする。
細く引き締まった腰にキスをしながら臀部の割れ目を両手でそっと広げると、その中心でヒクヒクと動くピンク色の窄みに舌を這わせた。
「ん、くっ…あぁ、…はぁ、ん……んぅ…。」
イったばかりの気怠い身体にねっとりとした生温かい感触が心地良く、エレンは気持ち良さそうによがり声をあげる。
唾液で柔らかく解された窄みを押し拡げ一定のリズムでぬくぬくと抜き挿しを繰り返す舌に、エレンは無意識に臀部をリヴァイの顔に何度も擦りつけた。
「はぁはぁ……あ、ああっ……兵長…へいちょっ…もっと……!」
「犬みてぇにケツ振って俺の顔に押しつけて、そんなに悦いかよエロガキ。」
「いあっ………!」
リヴァイは悪戯にエレンのペニスをきつく握ると、細い腰がビクンと跳ねエレンは堪らず声をあげる。
「犬は犬らしく、どうして欲しいかちゃんとおねだりして言えよ。」
「~~っっ!!」
2人きりの時にだけ放つ甘く切ない声音。
もう少し優しい言葉で欲しいとギャップに苦しみつつも、それはリヴァイがエレンに興奮し限界が近くなってきている証拠でもあった。
「…うあ、…はや、早くっ…挿れて………いっぱい、奥突いてください兵長ぉ……っ!!」
羞恥に耐えながらも懇願する潤んだ金色の瞳に、リヴァイの身体がゾクゾクと震える。
「……お前は本当に躾甲斐があるな。」
リヴァイはエレンのペニスから手を離し、唾液と愛液でドロドロになった窄みに自身のペニスをあてがった。
「よくしてやるから、力抜いとけ。」
「くっ…うあ、……はぁあ…っん…。」
ゆっくりと挿入される熱の塊は、エレンの身体を貫き奥深くまで侵入する。
エレンはシーツを握り締め、リヴァイで満たされていく幸せを味わうように全てを受け入れていく。
リヴァイはペニスを根元まで押し込むと、背後からエレンを抱き起こしてキスをする。
口唇を塞がれ舌を挿し込まれたまま腰を打ちつけられ、弾けるような快感にエレンの瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。
「…っ…エレン……はぁ、っ…あったけぇ…。」
「あ、あぁっ…らめ、……ひもち、ひぃ…っっ!!」
透明な糸を引いて口唇が離れた後も、求めていた快楽の訪れにエレンは箍が外れたように喘ぎ乱れていく。
「はぁ、あぅ、……っぁ、…兵長…っ…やぁ、あ、……兵長ぉ……」
「2人きりの時はちゃんと名前で呼べ。」
「ひぃっ!」
穏やかで優しい声音とは裏腹に両乳首を強く摘まんで激しく最奥を突かれ、エレンは絶頂の手前で身悶えながら愛しい人の名を呼ぶ。
「…っあ、りヴァ……くっ…あ、あん…リヴァイぃ……!」
「クソっ……どこもかしこも甘すぎて頭ン中がおかしくなりそうだ……。」
「っ…ん、はぁはぁ……っごめ、なさ…リヴァイ…あ、…あん…っやああんっ!!」
「チッ……謝んな。お前は気持ちいいって顔して喘いでろ。」
「は、い。……好き、リヴァイ、…すき、です、…好き、……リヴァっ……」
涙と涎でぐちゃぐちゃになりながらも恍惚とした表情を浮かべるエレンに、リヴァイは慈しみの眼差しを向ける。
エレンは自ら腰を振って快感を享受し、全身でリヴァイに愛され支配される瞬間を待っていた。
「やら、や、…だめ……ああ、あっ」
「…っ……いい子だ、エレン…」
「いや、ぁ…リヴァイっ……イク、イクイ……くぅっ……あああああっっ!!」
リヴァイはエレンをきつく抱き寄せ一際大きく腰を穿つと、エレンも身体を仰け反らせながら2人は同時に精を放った。
リヴァイの腕の中で崩れ落ち、力の入らなくなったエレンは荒い息遣いで肩を上下させている。
エレンの乱れた髪を整え額や頬にキスをすると、リヴァイはエレンの左手を取り薬指の第一関節にもそっと口づけを落とした。
ーーーーーーーーーーーー
ベッドを軽く整え、サイドテーブルの明かりを消す。
泥のように眠るエレンの頬に触れ、乾いた涙の跡を撫でた。
(……寝起きに何やってんだ…。)
年甲斐もなく抑えが効かなかった自分自身に頭が痛くなる。
眠れない様子のエレンに不安を覚え、思わず抱いてしまった。
(こんなんで忘れられるなら苦労しねぇ。)
過去も、痛みも、身体も。
エレンを抱き寄せ腕の中に収めると、柔らかい髪に頬を寄せた。
汗の残る身体も濡れたままのシーツも、エレンに関するものには不思議と触れる事に嫌悪は抱かなかった。
リヴァイは瞼を閉じ、薄れゆく意識に身を任せていく。
(後悔はしていない…同情でもない…)
側にいて、守ってやりたいと思った。
それでもお前は許さないのか?
なぁ、
「…エル…ヴィン…。」
ー2ー
あの日も、こんな月明かりが降り注ぐ夜だった気がするーーー
『く…っ…テメェ…』
『地下街に名を轟かせる強い者がいるからスカウトして来いと言われたが、この程度とは…』
突如現れ「エルヴィン・スミス」と名乗る制服を着た長身の男は、数人いた仲間を一瞬で倒しリヴァイ自身を何度も跪かせた。
『もう1度抜け!俺と勝負しろ!!』
『これ以上君に刃を向けるのはただの虐めでしかない、自分の実力を知り身の程をわきまえる事は大切だ』
汗1つかかず澄ました顔で見下ろすその視線に、例えようのない屈辱を味わわされる。
『るせぇ!クソ野郎がぁあああっっ!!』
血液の入り混じった唾液を吐き捨て、リヴァイはエルヴィンに襲いかかる。
地下街では負け知らず、金と装置の強奪目的で兵士を闇討ちした経験もあった。
初めて知る恐怖と屈辱は、じわじわと身体と心を蝕んでいく。
『死ねっ!クソ野郎!!!』
圧倒的な実力を見せつけるエルヴィンは、闘いながらも上層部の言いつけ通りリヴァイを品定めしていく。
(闇ルートなのか強奪なのかはさておき……立体起動と半刃刀身を独学で磨き上げ使いこなす卓越した能力、今は子供染みた喧嘩だが闘い方にもセンスがある)
エルヴィンは笑みを濃くし、リヴァイとの闘いに見切りをつける。
『ぐぅ…っっ!!』
(それに、……)
再び地に跪くリヴァイの前に立ち、エルヴィンは刃を収めた。
『これで4勝0敗…上層部の命令だ、私と一緒に兵団へ来なさい』
身体を動かす力は残っていなかったが、悪足掻きとばかりにリヴァイは吐き捨てる様に言い放った。
『ふざけるな…っ…国家の犬に成り下がるなんざ、俺のプライドが許さねぇ…』
『それなら地下街のドブネズミとして、一生醜く這い回っていればいい』
『!?』
『駄々を捏ねてばかりいないでよく考えてみる事だ、君にとってこれから生きる上で何を選択すべきなのかを』
その一言は、地下街で暮らしてきた者の胸に深く突き刺さる。
今までに感じた事のない敗北感に打ちのめされ、リヴァイアは堪らず叫んだ。
『ちくしょう…!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう……っっ!!』
時間の経過と共に受け入れるしかない現実。
拳をグッと握り締め、リヴァイはゆっくりと立ち上がる。
『…行ってやるよ、調査兵団に…』
取り澄ました顔で静観し続けるエルヴィンに対し、リヴァイは殺意すら覚えた。
『ただし、国家の犬にもならねぇ…誰の命令も聞かねぇ…』
『………』
『調査兵団に入って、お前をブチ殺す!!!』
睨みつけてくる漆黒の瞳と剥き出しの感情に、エルヴィンは目を細めた。
『ほぅ…悪くない…』
距離を置いて様子を伺っていたミケを呼び寄せる。
『終わったか』
『私はね』
兵団の制服を着た2人の男の存在は、地下街にいた人間や街を巡回する兵士とは比べものにならない存在感を放っていた。
『名前は「リヴァイ」だったね…君を、調査兵団に迎えよう』
月明かりに照らされ見えた碧眼の瞳に、自由の息吹を感じた。
「ん…。」
カーテンの隙間から零れる陽射しに、リヴァイは瞼をゆっくりと開く。
(懐かしい夢、…だったような…。)
内容は思い出せず、ぼんやりとしながら上半身を起こす。
ベッドの横を見ると既にエレンの姿はなかった。
基本一兵士であるエレンは上官であるリヴァイよりも起床が早く、他の兵士と共に朝の作業に取り掛かっていた。
「リヴァイおっはよーん☆」
代わりに、何故か慣れ慣れしいハスキーボイスが耳に入ってくる。
「エレンはもう行っちゃったよぉ?あんたは重役出勤だねぇ。」
机に頬杖をつくハンジが視界に入り、リヴァイの眉間の皺が1本増える。
「なぜ俺の部屋にいる。」
「いや~はっはっはっ……それを私に言わせたい?!」
空笑いをしたハンジの顔が一瞬で険しくなる。
検討つかないとばかりに首を傾げるリヴァイに対し、ハンジは大きく溜息をついた。
「あんたさ、もう少しエレンの身体気ィ遣いなよ。」
「………。」
瞬時に変わったリヴァイの目つきに慌てふためきつつも、ハンジは必死に主張する。
「だ、だって!今朝見かけた時、眠そうだしだるそうだし、でも、病気じゃなさそうだから、えっと、その~~。」
「分かった。」
ボソッと呟いてベッドから降りると、リヴァイはクローゼットの扉を開いた。
「へ?い、いや、」
怒られるかと思いきや素直に謝られ、ハンジは拍子抜けとなる。
(エレンの事となると、最近素直だなぁ……。)
シャツに袖を通し身支度を始めたリヴァイを、ハンジはつまらなさそうに横目で見た。
シェルムの一件以降、リヴァイとエレンの距離は急速に縮まっていた。
それと同時に、胸の辺りがモヤモヤしたり妙に気持ちが焦っている自分自身がいる事にハンジは気づく。
「いいよねぇ。あんたには可愛い【契約者】がいて。」
「だったらミケと【契約】を【解除】して若い新兵でも捕まえればいい。その為のシステムだ。」
「え~今更面倒くさぁい。」
「?そもそもミケとは【契約】と【ノーマル】どっちなんだ。」
「それこそ今更?!」
雑談の中に入り混じる皮肉にハンジは苦笑いをする。
目線はクローゼットの鏡に向けられたまま、リヴァイはベルトを装着し始めた。
「ま、今となればどっちでもいいよ。」
頬杖をついた手の小指を噛み、じっとその後ろ姿を見つめる。
制服を着用した時の鍛えられた肉体に反比例する細い身体つき。
ラインを強調する制服は、リヴァイが持つ内側からの妖艶さを醸し出していた。
(手に入らなければ、意味が無いんだから……。)
何となく声が聞きたくて、今朝エレンが出て行った後忍び込んだリヴァイの部屋。
息を潜めて待っていたが、寝起きのリヴァイが横にあった枕を愛おしむ様に撫でた瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。
(私は、…知らない…。)
近すぎて、見えない、分からない。
「リヴァイ、背中のベルトが捻れてるよ。」
気づくと身体が勝手に動いていた。
リヴァイの背後に立ち、ベルトに指を引っ掛ける。
「!オイ、ハンジ…。」
「私がやってあげるから、そのまま動かないで。」
腰の位置から肩へと布越しに指が肌を滑る感覚に、リヴァイは思わずハンジを睨みつけた。
ベルトにかけた指が肩に到達し、反対の手に身体を引き寄せられる。
「…ごめんね?」
耳元で囁く独特の掠れた声。
「あんたが背後をとられる事に心底嫌悪を抱く事も、それでも私を突き放せない事も承知の上なんだ。」
ハンジは目を伏せ、漆黒の髪に口唇を寄せる。
「もう少しだけ、このままでいさせて…。」
「っ…。」
怖気づく身体は過去を投影させ、身動きが取れなかった。
「そこまでにしておけ、ハンジ。」
突然の第3者の声にハンジの肩がビクリと跳ねる。
「ミケか…。」
「あ、あら~浮気現場見られちゃった感じ??」
扉前で2人のやり取りをじっと見ていたと思われるミケの冷めた表情に背筋が凍りつく。
ハンジは慌ててリヴァイから離れるとその背中をバシバシと叩き始めた。
「リヴァイ、今の冗談だから!ちょっとあんたが羨ましくなっただけ!」
「テメェ…。」
背中の痛みに苛立つリヴァイを尻目に、ハンジはそそくさとミケに駆け寄った。
「ミケ~エレンにはこの事言わないで~!私のイメージが崩れちゃうからぁ☆」
両手を合わせ笑いながら必死に弁明をするハンジをミケは蔑みの目で見下ろす。
「今更お前の感情を押しつけてどうする。」
その言葉に茶褐色の瞳が揺れ動く。
少し気まずそうにガシガシと頭をかいた後、上目遣いでミケを見やる。
「それはお互い様だよ……ね?」
クスッと微笑んで、ハンジは部屋を後にした。
「朝から面倒くせぇ奴。」
嵐の去った部屋で、リヴァイが小さく溜息をつく。
「お前は身内に甘すぎる。」
鼻で笑うミケに舌打ちをし、リヴァイはジャケットを羽織った。
「それで、用件は何だ?」
ー3ー
『おめでとう、また優勝したね』
『てめぇが毎回勝手にエントリーしてんだろ』
『気づいてたのかい?』
『殺すぞ』
優勝者のリヴァイを血眼になって探す大会スタッフの姿が眼下に見える。
汚れた手をハンカチで拭いながら、夕暮れの太陽の眩しさに顔を顰めた。
調査兵団に入団して以来、リヴァイの才能は一気に開花していった。
天性の素質と周囲が驚かされた几帳面で真面目な性格が、名実共に【人類最強】の地位を確立していく。
『今イベントは憲兵団、調査兵団、駐屯兵団の精鋭達が集い、王族も観戦に来る大規模かつ由緒ある大会…調査兵団の優勝は3連覇のミケ以来だからとても誇らしいよ』
『………』
『先日初となる壁外調査でも目覚ましい活躍を見せてくれた、今日だけは試合後体調を崩して部屋で寝ていた事にしてあげよう』
にっこりと微笑むエルヴィンに対し、リヴァイは小さく舌打ちをする。
『割に合わねぇよ』
表情や言葉では拒絶をしつつも、リヴァイはエルヴィンに対して素直な態度を見せるようになっていた。
常に行動を共にし、壁外調査を経験した事で無意識に兵士としての自覚が備わってきたのかもしれない。
『そう言えば、次期団長候補にお前の名前が挙がっているらしいな』
リヴァイの言葉にエルヴィンは目を見開く。
『まだ非公式の筈だが?』
『噂なんてすぐ広まる』
目線のみを静かに向けるリヴァイに対し、エルヴィンは建物の屋上から見える雄大な景色に視線を移した。
周囲に遮る物はなく、地平線は果てしなく広い。
『…団長の病は精神的で治る見込みがない、次期団長の選出は急務だ』
『既に派閥争いが始まってんだろ?そんなクソ面倒臭ぇ事、老いぼれジジイ共に任せりゃいいのによ』
『私には調査兵団でやらなければならない事がある、自分の信念を具現化する第一歩なんだ』
眩しい日の光は徐々に弱まり、太陽はゆっくりと沈む。
目の前に現実として立ちはだかる、巨大な鳥籠(壁)の外へと消えていく。
『オイ』
少しだけ張り上げたリヴァイの声に、エルヴィンはハッと我に返った。
『あ……』
『何笑ってんだ、気持ち悪ィ』
『ハハッ、そう見えたかい?』
困ったような笑顔を浮かべるその表情は、既にいつもの穏やかさを取り戻していた。
しかし、一瞬ではあったが凍てつくような瞳で嗤ったエルヴィンの底知れぬ恐怖を、リヴァイは忘れる事が出来なかった。
『リヴァイ』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
自分の目の前で片足を跪き、左手を取る分厚い手はそれに不釣り合いな程冷たかった。
『私が団長になったその時も、お前は勿論側にいてくれるね』
薬指に落とされた口づけに、心臓が大きく跳ねるのが分かる。
『…考えておく』
従順になったつもりはない。
誰かの下にいるのは屈辱でしかない。
それなのに、見えない『何か』にゆっくりと拘束をされていく感覚で息が詰まりそうだった。
ー4ー
「…ぅ…っ…」
視界がぼんやりと開けてくる。
見慣れない広い天井と綺麗な間接照明。
背中に感じるふわふわとした柔らかい感触に、ベッドに横たわっている事を理解する。
(…ここ、…どこだ…?)
だるさと眠気で思考が働かず、身体が鈍く重たい。
(…俺、さっきまで……)
エレンは懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
昼食前にリヴァイに呼び出され、本日の講義終了後部屋に来るよう指示があった。
要件は聞かされていなかったが、いつもより早く会いに行ける嬉しさに気持ちが浮かれていたと思う。
講義が終了し皆と別れた後、リヴァイの待つ部屋へと足を向かわせる。
毎夜通う廊下。
フいに、後ろから誰かに呼ばれた気がした。
(ダメだ…思い出せねぇ……)
瞼をぎゅっと閉じ、小さく溜息をついた。
「目が覚めたかい?」
優しい声音と同時に、ベッドが軋む音がする。
エレンの真横に腰を下ろし、大きな手が前髪に触れてきた。
(兵長…じゃ、ない…)
正常ではない身体の感覚に、上手く相手の顔を捉える事が出来ない。
「まだ動けないようだね…薬の効きが強く申し訳ない事をした」
謝罪の言葉に反して感情は無機質に思えた。
エレンの顔をゆっくりと撫で回し、口唇に二本の指を押し当てる。
「舐めてごらん」
「…はぁ、…っんむ…」
霧がかった意識の中で、促されるままにエレンはその指先を咥えた。
唾液でしっとりと濡らした後、指に舌を絡ませて舐めたり吸いついたりを繰り返す。
とろんとした瞳で赤い舌をチロチロと動かす少年の表情は想像以上にいやらしく、思わず笑いが込み上げてくる。
「成る程。よく仕込まれてる。」
口から指を離し、ベッドへ乗り上げた体格の良い身体がエレンの胸の上に跨ってきた。
息苦しさに顔を歪ませ、真横にある太腿をエレンは力任せに叩いた。
「…っく、おもぃ…。」
「エレン、私が分かるかい?」
「んだよ!どけっ…て…」
苛立ちを募らせ睨みつけた相手に、エレンは唖然とする。
意識を取り戻し始めた今、それまでの経緯と現在の置かれてる状況に頭の中がパニックになりそうだった。
「エルヴィン…団長……?」
「ん、大丈夫そうだね。」
見下ろすエルヴィンの表情は穏やかなままで、それがさらにこの現状を異様に感じさせた。
「あ、あの…」
「君からの質問は却下する、私の質問にのみ答えなさい。」
エルヴィンはベルトを外してチャックを下ろすと、おもむろにペニスを取り出した。
「は…?」
理解出来ないエルヴィンの行動に対し、開いた口が塞がらない。
「さて、エレン。」
「は、はい…」
「どうしたら君が壊れるのか、教えてくれないか?」
「!?んんぅ…っ!!!」
その言葉と同時に、エルヴィンのペニスがエレンの喉奥へと無理矢理押し込まれる。
「んゔっ!、ぐ…ぅッ、ぶふっ!、んんっっ!!」
嘔吐く間もない程激しく腰を打ちつけられ、開けっ放しの口からだらだらと涎を垂れ流しながら苦痛に顔を歪ませる。
抵抗しようにも馬乗りになった状態では身動きが取れず、エレンは為す術もなく口内を犯され続け呆然とエルヴィンを見上げていた。
「君はそういう表情がよく似合う…。」
金色の瞳から零れる涙を拭い取り、エルヴィンは薄く笑った。
「射精すから全部呑みなさい、いいね?」
「はぁッ…!むぐ、ッ、んゔーーっっ!!!」
エレンの鼻を摘まんでさらに口を開かせると、ペニスを喉の最奥に押しつけて精を放った。
熱く迸る体液は、エレンに恐怖と屈辱をもたらしていく。
「喉を動かして…そう、いい子だ。」
全て呑み干した事を確認すると、エルヴィンはペニスを抜いて馬乗りになっていたエレンから離れた。
息苦しさから解放され、エレンは時折咳き込みながら必死に深呼吸を繰り返す。
しかし、安息もないまま気怠い身体を起こされ、エルヴィンの胸ポケットから取り出された細長い黒布が両目を覆いきつく後頭部で結びつけられる。
「や、やだ、…取って…コレ、取っていいですか、団長…団長……っ!!」
動揺するエレンの耳元で、声の主は静かに囁く。
「エレン、服を脱ぎなさい。」
「!?」
有無を言わせないその支配力に、エレンは一瞬で自分の立場を理解する。
身体を強張らせ、もう声を上げる事は出来なかった。
「聞こえなかったか?服を全て脱ぎなさい。」
「あ……は、はい。」
目隠しをされたままおぼつかない手で固定ベルトを外し、エレンは衣服を脱ぎ始めた。
エルヴィンの心の内が分からないまま、不安と緊張が募っていく。
「…脱ぎました…。」
エレンは身体を隠すように震える手で脱いだ衣服をかき集め、ギュッと抱き締めた。
会話のないほんの数秒の間が、異常に長く感じられる。
「っ…!」
ゆっくりとエルヴィンの手がエレンの鎖骨をなぞり、皮膚感覚の増した身体がビクリと跳ねた。
「そのまま動かないように。」
肉厚のある指が身体のパーツ1つ1つを確かめるように触れてくる。
間近で見られている視線を感じ、目隠しをされているにも関わらず何とも言えない羞恥心に駆られた。
「…団ちょ…」
「以前質問した内容を覚えているかい?」
その言葉に、エレンの心拍数が高まる。
『リヴァイは君の腕の中で眠るのか?』
「ぁ、えっと、…」
エレンは頬を紅く染め、しどろもどろとなった。
「答えられないとでも?」
「いえ、…その、時々…いつも兵長が、腕枕してくれるので…。」
「ほぅ…リヴァイが…。」
幼い肌に残るいくつかの紅く小さな跡を見つめ、エルヴィンは眉を顰める。
「質問を変えよう。」
「ひゃっ!」
ベッドの上に座り込むエレンの背後に回り、エルヴィンはその華奢な身体をグッと引き寄せる。
覆い尽くし飲み込まれそうな抱擁は、リヴァイから与えられる安心感とは真逆のものだった。
「あ、あの、」
「君はどんな風に抱かれるんだ?」
耳を疑うような質問に当惑し、エレンは身を縮こませ黙り込んでしまった。
反応を示さなくなったエレンをさらに追い詰めるように、エルヴィンは火照る耳に口唇を押し当て舌を差し込む。
「ンッ…」
クチュクチュと耳の中で響く水音とぬめる舌に翻弄され、身体を隠す為に衣服を掴んでいた手元が緩み始める。
その隙を狙いエレンの胸に両手を這わせると、親指と人差し指で乳首を強く摘んだ。
「ふぁあ…っ!」
「直接確かめた方が早そうだ。」
エルヴィンの指先に神経が集中し、乳首を愛撫する生々しい動きにエレンは身を捩らせる。
「や、あぁ、…っく、ふぅう…ん」
「いい声でなくね、堪らないよ。」
内側が熱を帯び、増幅する快感に声を抑える事が出来ない。
「手が邪魔だな。」
エレンの右手を掴み、その手をエレン自身のペニスに握り込ませた。
最初こそエルヴィンがエレンの手とペニスを一緒に上下に動かしていたが、その内快感に歯止めが効かなくなり自ら扱き続ける。
「…はぁ、はぁ、…うぁ、ぁ…」
「感度がいい。乳首だけでイけるように躾られたか?」
「違っ…」
「リヴァイにはいい玩具を与えてしまったな。」
「らめ、ぁ、やだ!…や、…」
エルヴィンに乳首を責められたまま自慰行為をし続け、相手の見えない闇の世界はエレンの理性を麻痺させていく。
「ぁ、…も、ゆるして…下さ、い…。」
疼く身体に奥歯をカタカタと震わせ、エレンは必死に懇願をする。
目隠しの隙間から幾重の涙が頬を伝い、エルヴィンはその涙を舌で舐めとり優しく微笑んだ。
「安心しなさい。直にリヴァイがここへ来る。」
「っ…!?」
信じがたいその言葉に、頭の中が真っ白になりエレンは動揺を隠せなかった。
「なん、で…っ…嫌だ、やッ……ぁああっっ!!!」
エルヴィンの手を払い逃げ出そうとした瞬間、俯せにベッドへ押しつけられたエレンは下腹部を貫く熱の塊に悲鳴を上げた。
慣らされていないそこはエルヴィンのペニスで狭い内部を圧迫し、エレンは息苦しさと痛みに喘ぎ続ける。
「君のこんな姿を見てリヴァイは失望するか…いや、意外と興奮するかもしれないね。」
「…っく、ぁ、…離して…エルヴィ…」
「あぁ、そうこうしている間に来てしまったようだ。」
リヴァイがいるであろうドアの方向に身体を向けられ、鍛え抜かれた大きな身体が容赦なく腰を打ちつけてきた。
「んあッ、はぁ、…あんんっ…!!」
「リヴァイ、遅かったな。」
細い身体が折れそうな程揺さぶられ、ペニスが再奥を突く度に吐息混じりの甘ったるい声が部屋に響き渡る。
拒絶する心とは裏腹に、痺れるような快楽に全身がビクビクと震え上がった。
「お前の【契約者】は誰にでも身体を許す淫乱だね。」
「ひッ、あぅ…っ違…ます、…へいちょ…」
「違う?締まりも急に良くなって…あぁ。見られて興奮しているのは君自身か。」
エルヴィンは首を垂れるエレンの顎を掴み、正面へと向ける。
「ほら、顔を隠さずにリヴァイにイくところを見てもらいなさい。」
「…みな、見ないで、…うぁ…兵長…ごめんなさい…ごめん、なさ…」
いやらしく汚れてしまった身体は【契約者】にどう映っているのだろうか。
規律を犯し裏切る行為と愛する人の目の前で他の人間に抱かれている自分の無力さが、絶望となって押し寄せる。
憔悴し嗚咽混じりの掠れた声で泣き続けるエレンの耳元で、エルヴィンの熱く濡れた息遣いを感じた。
「君は素直で可愛いな。」
同時に目隠しは解かれ、目の前に見える景色の先にリヴァイの存在はどこにもなかった。
「えっ…?」
現状が理解出来ず後ろを振り返ろうとするも、張り詰めていた糸が途切れエレンはそのまま意識を失った。
崩れたエレンの身体を抱き寄せ、涙で濡れた頬に口唇を寄せる。
程なくして部屋をノックする音が聞こえ、エルヴィンは視線をドアへと向けた。
『【契約】?俺とエルヴィンがか?』
『そうだ。私と君のこれからのことを真剣に考えて欲しい。』
エルヴィンが団長に就任した夜、囁かな祝杯をエルヴィンの部屋で上げていた2人。
リヴァイは口につけたグラスを机に置いて腕を組むと、その胡散臭そうな微笑みを繁繁と見つめた。
『ミケと組んでなかったのか。』
『ミケ?あぁ、ハンジと【契約】をしている筈だよ。』
『ハンジと?』
『おや?よく考えてみると、ハンジとミケは【契約】と【ノーマル】どちらになるんだろう。』
『オイオイ、部下の性別くらい把握しとけ。』
呆れ顔のリヴァイに対し、エルヴィンは肩肘を机について手の甲に顎を乗せると改めてリヴァイをじっと見つめる。
『何だ。』
『お前は綺麗な顔立ちをしている。そして、存在そのものが美しい。』
『頭湧いてんのか。』
恋愛小説に出てきそうな甘いセリフに全身が粟立つリヴァイに対し、エルヴィンは余裕の表情で微笑み返す。
『自分の魅力に気づいていないだけでみんな知っているよ。お前が今までシステムに縛られずに済んだのは、一重にその圧倒的な強さがあってのものだが、私の【契約者】でもあるということを忘れないでくれ。』
その言葉にリヴァイの表情が一変する。
眉間に皺が寄り、曇った表情に青筋が立った。
『……なんだそれは?初耳だが。』
入団しても尚、組織やシステムに縛られないことが調査兵団に属する己のアイデンティティーとなっていただけに、エルヴィンとの【契約】はまさに青天の霹靂だった。
知らぬ間にエルヴィンに守られていたという事実はリヴァイのプライドを深く傷つけ、部屋には不穏な空気が漂い始める。
しかし、当の本人は向けられた敵意を物ともせず飄々と爽やかな空気を纏っていた。
『今言ったよ。』
『誰がテメェのお守りなんか頼んだんだ?馬鹿げたシステムに付き合うほど俺は暇じゃねぇ。』
『その馬鹿げたシステムが兵士の数の維持や犯罪抑止に貢献している。私が団長になった以上このままでは下の者に示しがつかない。』
『知るか。そもそも俺はお前で勃たねぇし、ヤる気が全く起きねぇ。諦めろ。』
『……………。』
予想だにしなかった発言に思わずエルヴィンの頬と口元がひくつく。
『あ?今笑ったか?』
『いや、その、(身長や体格差からしてどう考えても私の方が、、だなんて口が裂けても言えない。)…………相談なく勝手な事をしてすまなかった。』
『もういい。この話は終わりだ。』
久々にゴロツキモード全開でガンを飛ばしていたリヴァイは怒りに任せて机の脚を蹴ると、落ち着きを取り戻したのか再びグラスに手を出した。
(……あのゴロツキが随分と大人しくなったものだ。)
ちびちびと酒で喉を潤すリヴァイのサラサラとした前髪から、伏し目がちな瞳が垣間見える。
机上に置いたランプの柔らかく揺れる炎の陰影がリヴァイの中性的で危うい雰囲気と相俟って、エルヴィンはリヴァイから目が離せなくなっていた。
それはまるで、強さと儚さを宿した黒い宝石。
ランプの炎と共にゆらゆらと湧き上がる感情は、エルヴィンの身体と心を少しずつ浸食していく。
『リヴァイ、私もお前とセックスをするつもりはないよ。ただ、私の身勝手な【仮契約】ではなく正式な【契約】を交わしたい。』
『チッ………酒が不味くなった。帰る。』
一向に話題を変えようとしないエルヴィンに対し、リヴァイは嫌悪感を露わにする。
グラスを乱暴に置いて立ち上がると、エルヴィンに背を向けドアに向かって歩き出した。
すぐに後を追う足音が近づき大きな手に手首を掴まれ振り払おうとするが、想像以上の強い力に振り払うことが出来ずさらにリヴァイを苛立たせた。
『エルヴィン、離せ!』
『愛しているんだ。』
『……は?』
エルヴィンからの突然の告白に、リヴァイは口をぽかんと開けて呆然となる。
気の緩んだ隙にエルヴィンに背後から抱き締められリヴァイはハッと我に返った。
『オイ、なに訳分かんねぇこと言ってんだてめぇは。俺の面倒を上から押しつけられてるうちに情でも移っちまったか?』
『リヴァイ、私は本気だ。』
『っ……!』
低く透明感のある声に名を呼ばれ、全身がぞくりと身震いする。
耳を掠める口唇の感触も、屈強な腕の太さも、やけに熱い体温も、妙にリアルで生々しい。
(クソが……またこの感覚……。)
時折リヴァイにだけ見せる優しい眼差しや日常の会話の中に見え隠れする感情に触れる度、胸が締めつけられるような息が詰まりそうな感覚に陥っていた。
エルヴィンの感情が何なのかは薄々理解っていても直接言われることもリヴァイが敢えて聞くこともなく、あくまでも仕事上の付き合いとして過ごしてきた筈だった。
『誰にも渡さない。お前は私のものだ。』
この状況を許してしまった自分自身にリヴァイは激しく動揺し、1秒でも早く解放されたくて気が触れていたのかもしれない。
『……エルヴィン、俺は……』
「目が覚めたか。」
「………へいちょう…」
不安を滲ませた表情で見下ろすリヴァイをエレンはぼんやりと見上げている。
「大丈夫か?」
「え?……はい…。」
ベッドの肌触りですぐにリヴァイの部屋にいる事が理解ったが、なぜかここにいることに対して違和感を覚える。
しかし、ホッとした表情に切り替わったリヴァイに優しく頭を撫でられるとその違和感はあっという間に彼方へ飛んでいき、エレンはすりすりと自ら頭をすり寄せた。
「あ、そうだ!すいません、兵長。俺いつの間にか寝てしまったみたいで、……」
「寝たってお前、何言っ………て、オイ。ミケ!」
「!?わああああっ!!」
ミケは2人の会話を遮るように、寝ているエレンの足元から徐にベッドに乗り込んでくる。
「ひいい~!!」
偶然にも死角に入っていた為、突然現れたと思い込んでいるエレンにとって寝ている布団を剥がされ無理矢理抱き起こしてきたミケはただの恐怖でしかなかった。
「へ、へいちょう?俺、どうしたらいいですか……?」
「………好きにさせてやれ。」
困惑し助けを求めるエレンに対し、リヴァイは2人から視線を逸らし頭を抱える。
「うぅ~…。」
髪の毛を掻き上げ頭皮の匂いを嗅がれドン引きしたり、顔や首にさわさわと当たるミケの髭の感触が気になったり、時折肌にかかる息のくすぐったさに身体が思わず反応したりとエレンの気持ちが全くついていけない。
リヴァイの前で耳の穴や脇の下まで匂いを嗅いがれる羞恥に、エレンは涙目で必死に耐えていた。
「…………。」
エレンの着用している衣服が煩わしいのか腹部から服の中に手を入れようとすると、さすがのリヴァイもミケを咎める。
「俺の契約者だ。規律は守れ。」
「はあああ~。」
エレンから離れたミケがベッドから降りると、羞恥と緊張から解放されたエレンはどっと疲れが溢れ出しがっくりと項垂れた。
「匂いは消えているが、ショックで記憶が一時的にとんでるようだな。」
「そうか……。」
「分かっただろう、リヴァイ。初めからお前に選択肢などなかった。」
冷ややかな目線をリヴァイに向け吐き捨てるようにそう呟くと、ミケはそのまま部屋を去って行った。
「な、なんだったんですか、今の。」
「さあな。」
ミケの出て行った扉を呆然と見つめるエレンに対し、リヴァイはエレンから視線を外したまま俯いていた。
「そう言えば、ミケさんと兵長のツーショットって珍しいですよね。」
「別に珍しくもなんともねぇよ。」
「兵長でも選択できないものがあるんですか?」
「お前には関係ねぇ。寝ろ。」
「散々寝たから眠くないですよーっ」
一生懸命話しかけても心ここにあらず冷たくあしらわれ、エレンは頬を膨らませる。
「兵長、さっきから冷たい。初めて【契約】した時みたい……。」
「チッ。少し黙ってろ。」
「うわっ!」
古傷を抉られ子どもっぽい苛立ちを見せるリヴァイは、エレンの背中に腕を回し強引に抱き寄せる。
リヴァイの胸に顔を埋めるエレンは最初こそ怒らせてしまった恐怖で固まっていたが、リヴァイの腕の中に収まる安心感に徐々に体の力が抜けていく。
(……あ。……この音、好きだ……。)
抱き締められる度、身体を重ねる度、共に眠りにつく度に聞こえてくる。
リヴァイの胸の奥で静かに脈打つ鼓動。
愛しい人が生きているという実感。
傍にいられるという幸せ。
「やっと大人しくなったか。」
やれやれと溜息をつきリヴァイがエレンの様子を覗き見ると、エレンは頬を赤らめとろんとした表情でリヴァイを見つめ返してきた。
「兵長、キスしてもいいですか?」
猫なで声で甘えてくるエレンに意表を突かれリヴァイは一瞬驚くが、状況を理解すると腕の力を緩める。
エレンが上体を起こすと、リヴァイはエレンを見つめたままゆっくりと目を閉じた。
リヴァイの頬に手を添え少しの緊張を胸の内に抱えながら、エレンは薄い口唇の感触を味わうように口唇を重ねていく。
(…………?)
表情や態度とは裏腹に一文字に結ばれた無機質な感触。
いつもと違う虚無感を抱いたエレンはすぐに口唇を離した。
「?どうした。」
「兵長、いなくなったりしないですよね?」
ストレートに不安を吐露するエレンをじっと見つめ、リヴァイは不思議そうに問いかける。
「なぜそんな事を聞く。」
「!?あ、す、すみません!何言ってんだ、俺……自分でもよく分かりません、あははは。」
「そんなに俺のことが好きか?」
「そ、そりゃ好きですよ。」
「なら他に言うことがあるだろ。」
「え……」
冗談とも本気とも取れる口調にエレンが言葉を詰まらせていると、エレンの額にリヴァイの額がコツンとくっつく。
「たく、なんでこんな面倒くせぇガキを好きになっちまったんだろうな……。」
至近距離で見えるリヴァイの柔らかな表情にエレンは思わずドキッとする。
リヴァイの両手に頬をふんわりと包み込まれ優しく親指で撫でられると、頭の中が甘く痺れ鼓動はさらに高まっていく。
「…へいちょぅ……。」
「エレン、忘れるな。この心臓はお前に捧げたんだ。この気持ちは永遠に変わらない。」
「っ……!」
普段口にする事のないリヴァイの想いに触れ、エレンの目から自然と涙が込み上げてくる。
胸が切なく締めつけられ、愛おしい想いが溢れて心地いい。
「俺も、同じです……この気持ちは永遠に変わりません……。」
リヴァイの胸のシャツをきゅっと握り締め、満たされた表情で微笑むエレンの目から大粒の涙が零れ落ちた。
ー5ー
「エレーーン!」
「おーー!」
「ま、待って!ジャン!」
ハンジとの実験の打ち合わせを終えたエレンは、廊下の向かいからダッシュで駆け寄ってくるジャンとジャンを追いかけるアルミンを見て大きく手を振る。
「ハァッ、ハァッ、(つ、疲れたぁ…)」
「エレン、おま……」
「ジャン、アルミンこれ見ろよ!ハンジさんが少ないけど食べてって内緒でクッキーくれたんだ。みんなで食べようぜ。」
「いやいや、お前なに能天気なこと言ってんだ?兵長に【契約】を……おぶっっ!!」
「もうちょっとデリカシー持ってよジャン!(小声)」
慌てて口を塞ぎ暴れるジャンを必死に抑えようとするアルミンに、エレンはきょとんとした表情で首を傾げる。
「兵長?ん?【契約】?」
「……う、うん、……その、…」
「なんだよ教えろよアルミン。」
リヴァイに関することと理解したエレンに興味津々の笑顔を向けられ、アルミンは思い惑いながらも話し始める。
「……エレンは、ハンジさんと別行動だったから知らないかもしれないけど、……今朝からエレンと兵長のことである噂が持ちきりなんだ。」
「噂?」
「エレンが、その、…兵長に、…【契約】を【解除】された、っていう……。」
「ハァ?!俺がいつ兵長に【契約】を【解除】されたんだよ。冗談に決まってんだろ。」
「そ、そうだよね、ごめん。」
「たく、誰だよそんな噂流したの迷惑だっつーの。」
呆れたように笑うエレンの普段通りの様子にアルミンはホッと安堵の表情を浮かべる。
「ぷはぁっ!テメェそれが事実で間違いねーだろーな。」
「あ、あぁ。」
「なんだその曖昧な返事は!お前がちゃんとしねーとなぁ、こっちが困るんだよ!分かってんのか?!」
(なんでこいつがこんなに怒ってんだ?)
アルミンとは対照的にガツガツと詰め寄ってくるジャンにエレンが戸惑っていると、突然アルミンに袖を引っ張られる。
「エレン、兵長が来たよ!」
アルミンの視線の先を辿ると、リヴァイが真正面からこちらに向かって歩いてくるのが見える。
リヴァイが視界に入った途端、エレンはケモ耳としっぽを出して嬉しそうにかけ寄った。
「お疲れ様です!兵長聞いて下さい。アルミンとジャンが俺が兵長に【契約】を【解除】されたって変なことを……おぶっっ!!」
誤解を招く言い方にジャンとアルミンは慌ててエレンにかけ寄り口を塞ぐ。
「ああああくまでも噂ですっっ誰かが勝手にデマを……」
「事実だ。」
「え?」
「こいつらも噂も間違っちゃいねぇ。それをお前に伝えに来た。」
「っ!!」
内から湧き上がる激情に一瞬にして飲まれ、エレンはジャンとアルミンを振り払うとリヴァイの両肩を掴んで強引に壁に押しつける。
「エレン!!」
青ざめる同期をよそにリヴァイは押しつけられた壁に背をもたれ肩を掴まれたまま腕を組むと、怒りに支配された金色の瞳をじっと見据えた。
「上官を見下ろすなんざいい度胸だな。」
「【解除】ってどういう事ですか?」
「言葉通りだ。」
「俺はなにも聞いてません。」
「理由なんて要らねぇだろ。」
「!?」
「ガキ……少し下の世話をしてやっただけで浮かれやがって。こっちはいい迷惑だ。今度はそこの幼馴染みか同期と【契約】して面倒を見てもらえ。」
「…何ですか、それ…ちょと、待って下さいよ…。」
頭の中が混乱し、必死に冷静さを保とうとするエレンの手は無意識にリヴァイの肩に爪を食い込ませていく。
普段と何一つ変わらない表情が、余計に腹立たしくて悔しかった。
「相変わらず仲が良いな、君たちは。」
カツカツと鳴る靴音と淑やかで品のある声音に張り詰めた空気が一変する。
引きつけられる視線の先には、ミケとハンジを従えたエルヴィンが4人の元へ歩いてくる。
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