Case3【愛情】

ー1ー

「兵長は何で調査兵団に入ったんですか?」
ベッドの上で布団にくるまり、少し眠たそうなエレンが思いつきで質問する。
「ありきたりな質問だな。」
会話が5秒も持たなかった。
無言のまま明らかに不服そうな表情を見せるエレンに対し、目線は読んでいる本に向けたままリヴァイは仕方なく質問に答える。
「巨人を削ぐのがいいストレス発散になるんだ。」
エレンの表情が不服から怪訝の色に変わった。
「お前…俺のどこにストレスがあるんだって顔してるだろ。」
「分かります!神経質な兵ちょ…」
話を遮るように本の角が勢いよくエレンの頭上に刺さった。
「いっっってぇ……!!」
目が覚める痛みにエレンは両手で頭を抱える。
「冗談はさておき、」
リヴァイは満足そうに溜息をつくと、本をベッド横の小さなテーブルに置いた。
「エルヴィンがいるからな。」
その口から出てきた答えは、エレンにとって意外とも案の定とも捉えれるものだった。
「エルヴィン団長、ですか?」
「お前聞いた事ないのか。俺が調査兵団に入れたのはエルヴィンのお陰だ。」
「話は、聞いた事あるんですけど…そっか、…」
「俺が調査兵団から離れる時は、俺が死ぬかあいつが死ぬか、ま…巨人ごときで死ぬ事は有り得ないから、エルヴィンが現役を退くまでは俺もあいつの側から離れるつもりはない。」
淡々と語るリヴァイの目線はとても穏やかで、エレンは複雑な気持ちを抱いている自分に気づく。
(…?どうしたんだろ……俺…。)
胸のあたりが何となくモヤモヤするが、それが何なのかは分からなかった。
「オイ、自分で質問しておいて無視するとはいい度胸だな。」
ハッと我に返ると、リヴァイの顔が鼻先まで近づいていた。
「わっ!すっ、すみません!!」
自分を見据えるリヴァイに対し、エレンは慌てて平謝りをする。
「まぁいい。」
リヴァイは横たわるエレンを見下ろし、まだあどけなさの残る表情を見つめその頬に触れてきた。
「ん…。」
怒られたと思い込み、まだ少し怯えているのかきゅっと目を瞑りエレンは大人しくしていた。
連日の過酷な訓練を乗り越えているとは思えない程エレンの肌はしっとりとしていた。
リヴァイはその感触を楽しむように、ゆるゆるとその細長い指を滑らせエレンの輪郭をなぞっていく。
「…ッ…。」
凛々しい眉、長いまつげ、整った鼻先、そして柔らかい口元。
少し厚みのある口唇を指で押したり引いたりしていると、エレンの呼吸が湿り気を帯びてきた事に気づく。
訳が分からずされるがままだったエレンは、自分の顔に触れてくるリヴァイの指の動きを感じてそれを全て吸収していた。
「あ、あの……。」
子犬のように震える身体と濡れた瞳を向けるエレンは、あまりにも無防備だった。「へいちょ……んッ…。」
リヴァイはエレンの耳元に口唇を押し当て、吐息交じりに囁いた。
「俺に何か言う事があるだろ?」
リヴァイの口唇が動く度に、エレンの身体がぞくぞくと震える。
「は、…ぁ、…。」
「ここ2週間忙しくてしてないからな。我慢出来なくなったか?」
「ん…違、ぅ…。」
リヴァイの一言一言に胸の奥がギュッと締めつけられ、身体が芯から火照り出す。
「言え。」
セックスの前に必ず言わなければならないリヴァイを誘う文句に、エレンは頬を紅潮させ恥ずかしいそうに呟く。
「抱いて下さい…兵長…。」
リヴァイはエレンの従順な表情に満足そうな笑みを浮かべると、静かに口唇を重ねてきた。
「…んん……ッ…。」
リヴァイとこうしてくちづけを交わすのは何度目になるだろうか。
激しさで快楽を無理矢理引き出されてきた以前と違い、触れるだけの儚いキスにさえ切なさを覚える。
「はぁ、…んッ…んンン……。」
リヴァイの舌で満たされていく口内に、エレンは心地良い緊張感と安らぎを感じていた。
「さて、…」
リヴァイはおもむろに口唇を離すと、改めてエレンの顔をじっと見つめる。
「…兵ちょ……?」
いつもなら強引にでも進められる行為をリヴァイが止めた事に対し、エレンは不思議そうな目を向けた。
「この後どうされたい?」
「?言ってる意味が分かりません…」
「簡単な話だ。お前に俺を欲しがらせてやる。」
「!?」
リヴァイの俺様発言にエレンは耳を疑った。
「え?え、なに言ってるんですか?」
「相変わらず面倒くせぇ奴だな。」
リヴァイは舌打ちをし、エレンを睨みつける。
「は……?」
状況を理解出来ずエレンが反論しようとすると、間髪容れずにリヴァイの口唇が言葉を塞いできた。
「んんっ!」
触れるだけの優しいキスの筈なのに、再びエレンの胸の奥がギュッと締めつけられ、緊張と相反する切なさが同時に押し寄せてくる。
「ん、…っ… ふッ……!!」
身体が強張って呼吸すらままならず、エレンはリヴァイの胸元のシャツを強く握り締めた。
チュッと音を立ててリヴァイの口唇が離れると、エレンは肩を上下させながら懸命に酸素を取りこもうと深呼吸を繰り返す。
(なんだ…これ…)
心地良い脱力感が身体を支配していた。
「はぁ、…兵ちょ、あ…!んッ…んぅぅ…」
エレンが語るよりも早くリヴァイのキスに翻弄される。
ゆったりとした時間の中で、少しずつ深くなっていく濃厚で甘いキスの味。
3~4度繰り返された頃には、エレンの身体はセックスをしている時と同じ高揚を感じていた。
「はぁ、はぁ、…な、…なんで……?」
気持ちとは裏腹に高ぶる身体を抑えられず、エレンは動揺を隠しきれない。
「はぁ、…っ…俺、意味、…分かんねぇ…。」
エレンがリヴァイの【契約者】になってから数ヶ月が経とうとしていた。
毎晩抱かれ続け、リヴァイの全てを受け入れ順応する身体になっていた事。
リヴァイに少しずつ身体を開発されていた事。
何も知らない以前なら問題にすらならなかった全てが、いつの間にか自分の身体に負荷をかける存在になっていた事にエレンは気づいていなかった。
互いが激務に追われ性行為が2週間空いた今日、エレンの疼く身体はキスだけで十分な反応を見せ、無意識にリヴァイを求めていた。
「んん…っ……へいちょ…」
全身を優しく撫でられ触れてくるキスは甘く柔らかいのに、それらは全てエレンが満足出来るものではなく、中途半端な快楽の波はかえって身体の疼きを大きくしていった。
「…はぁ、はぁ、……っあ!止めて、下さい……。」
リヴァイの口唇から伝わる小さな快感に全身を刺激されるのだが、あまりにも焦れったくむず痒い感覚にエレンは堪らず拒否反応を示した。
『この後どうされたい?』
エレンはリヴァイの言葉の意味をようやく理解した。
「だから、…やだって………!ッん!はぁ、んむ…んぅ……。」
毎晩リヴァイを誘う文句すら羞恥するのに、自らそれ以上の行為を要求する屈辱はまだ完全に飼い慣らされていないエレンにとって耐え難いものだった。
しかし、
「そんなに嫌か。」
リヴァイのキスが再び止まった。
「それなら無理しなくていい。悪かったな。」
リヴァイは組み敷いていたエレンの拘束を解くと、ベッドに背をもたれそれっきり視線を向ける事も触れる事もしなかった。
「え……?」
突然突き放された事に対して気持ちがついていけず、エレンは呆然となる。
(…そんなの、ずるいだろ….)
リヴァイを見上げながらエレンの目には自然と涙が溜まっていた。
(くそっ……こんな状態でどうしろって言うんだよ…。)
散々弄ばれた怒りが佛々と湧き上がってくる。
エレンは取り澄ましたような表情で佇むリヴァイの横顔を睨みつけた。
(ふざけんなよ、これじゃあまるで…)
艶のある髪質、切れ長の瞳、一文字に結ばれた薄い口唇。
(本当に、俺が、兵長を、)
自分の名前を呼ぶ静かな声。
気まぐれに荒々しさと優しさを見せて触れてくる手が、
(欲しくて、欲しくて、たまらないみたいじゃないか……。)
エレンの腕は、無意識にリヴァイに向けて伸びていた。
「兵長。」
リヴァイの手に触れ、指を絡める。
名前を呼んでも振り向かないその横顔に、胸の奥が締めつけられた。
「…もっと、して下さい。」
リヴァイを求めるその声は、微かに震えていた
「無理をする必要はない。」
リヴァイが向けるいつもと違う優しい眼差しに、エレンは観念したかのように静かに目を閉じた。
「嫌じゃないです…。」
頬を伝うエレンの涙を拭い取り、指についたそれをリヴァイは綺麗に舐めとった。
「なら、もっとほしがってみせろ。」
全身が沸騰するようなセリフに、エレンの肌が紅く染まっていく。
「…キスしたり、とか…ぎゅって…してほしいな、とか…」
「他には?」
「いろいろ、…触ってほしい、です…。」
耳元にかかる熱を帯びたリヴァイの息遣いが、エレンの身体を再び高ぶらせていった。
「まだ足りねぇよ。」
リヴァイは目を細め、エレンの耳に舌を挿れてきた。
「ッひ、!…んッ…ぁ…やだ、…お願い、します……兵長の全てが、ほしいです……」
羞恥と屈辱を露わにしたエレンの表情は、リヴァイの支配欲を満足させた。
「良い子だ。」
リヴァイは薄く笑うとエレンの口唇に舌を這わせ、口内へと滑り込ませた。
「んくっ……んむぅぅ……ッ!!!」
収まらない身体の疼きを緩和してくれるリヴァイの口唇と舌の感触に、エレンの背中がぞくぞくと震える。
小柄で華奢な外見からは想像出来ないほど鍛え抜かれた逞しい身体つきや、細いけれど筋肉質な腕に抱かれる安心感。
エレンの身体が欲する全てをリヴァイは持っていた。
「はぁ、はぁ、っ…むむ……んぅう……!!」
内側で弾ける熱に浮かされ、エレンは無意識に自らの舌をリヴァイの舌に絡めていく。
「はぁ、はぅ……んん…ッ!…ちゅむ、むむ……。」
両腕をリヴァイの背中にまわして身体を密着させ、ぎこちない舌使いでエレンは必死に快感を得ようとしていた。
「はぁ…はむ……むぅう…ちゅ…ん、んむむ…」
前戯もそぞろに、エレンはリヴァイの下半身に顔を埋めるとベルトとチャックを外してペニスを頬張り始めた。
「……ん、んぅう…ッ…ふぁ、あ、あむ……ぅう、ふぅう……!」
喉の再奥まで押し込み、顔を上下に動かしながら舌と口唇を使って丁寧に愛撫を繰り返す。
「お前、だいぶ上手くなったな。」
髪を撫でる優しい手つきや自分の名前を呼ぶ声に、エレンの不安と緊張が解けていく。
「むむむ………ッは!、はぁ、はぁ、…あぁ、あぅ…っふ……」
未だ収まる事のない身体の疼きに気持ちが焦り、ペニスから口唇を離すとエレンは全ての衣服を脱いだ。
「はぁ、はぁ、…っ…兵長ぉ……。」
リヴァイの身体を跨ぎ、先程まで咥えていたいきり立つそれに手を添え自らの秘部に押し当てる。
少しだけ躊躇いの表情を見せたエレンだったが、小さく深呼吸をするとゆっくりと腰を落としていった。
「くっ……!あッ、あぁ、はっ……」
狭い内側を擦ってみっちとり埋まっていくリヴァイのペニスを感じて、エレンの口から熱い吐息が零れる。
下腹部の違和感に慣れる事は出来ないが、今までにない安心感に身体の力が抜けていく。
「せっかちな奴だな。そんなに欲しかったか?」
「あッ……はぁ、はぁ、っくぅ……ん、んあ、!あぁっ……。」
身体の芯から熱を帯びていき、頭の中に白い靄がかかる。
波紋のように広がる快楽に、エレンは恍惚の表情を浮かべた。
リヴァイのペニスを根元まで咥え込み、不安定な体制を保つ為にエレンは両手でシーツをぎゅっと握り締める。
「はっ、はっ、…っんん!…はぁ、…ぁ、ぁあッ……あんん!!」
リヴァイの上に乗り、向き合った状態で腰を振り続ける様を視姦され、エレンは頬を紅潮させる。
「あぁっ、あああっ、……へいちょ…っ…はぁ、はぁ、…み、見ないで……。」
「俺に意見するか。随分余裕があるみてぇだな。」
エレンの前髪をかきあげ、苦痛に顔を歪める表情を堪能する。
「【契約】当時は、女の真似事に対してあれだけ拒絶反応をみせてたのに……」
リヴァイはエレンを見つめながら薄く笑った。
「はぁ、はぁ、…っ違い、ます…っ…ぁあ、ん!…ふっ…そんなんじゃ…」
「ケツに挿れられる快感を覚えるようになってきたか。」
「っっ!!」
今までにない程低く艶めいたリヴァイの声は、エレンにそれを決定的な事実として突きつけてくる。
「ぃや、…ぃや、…っは、はぁ、…あッ、あぁ、」
「そんなちんたらした動きじゃ、いつまで経ってもイけねぇだろ。」
リヴァイは舌打ちし、エレンの乳首を強く摘まんだ。
「ひッ!…ぁあ、あッ……!!」
強烈な刺激を送り込まれ、エレンの細い身体が弓なりに跳ね上がった
「や、やだッ……ッあ!はぁ、やめ…ッ、や、いやあぁぁ……っ!!!」
甘く優しいだけでは得る事の出来ない快感に震え、浮いた腰が再び内側を擦ってリヴァイを咥え込むとエレンはさらにないた。
「らめ、…らめぇぇ、…っあ、はぁ、…ぃ、いや、やら、……!!!」
「触って欲しかったんだろ。」
乳首を弄られ続け、強制的に快楽を引き出されては細い身体が跳ね上がり腰を動かす事を強要される。
エレンは泣きながら身を捩ってその愛撫から少しでも離れようとするが、リヴァイの上で支配される身体が逃げる場所などどこにもなかった。
「や、やだッ……ッあ!はぁ、はぁ…ッ俺、もう、……」
四肢がガクガクと震え、エレンは限界寸前だった。
「何1人で勝手に満足してんだ。」
「ひあっ!?らめ、っ…!!!」
リヴァイはエレンのペニスを根元で強く握り締め、耳元で囁いた。
「一緒にイかなきゃ意味ねぇだろ。」
そう言って薄く笑うと、エレンを下から突き上げながら腰を動かし始めた。
「やだッ!へいちょ、…いや!はぁ、はぁ、いや、ら……っ!!」
グチュグチュと卑猥な音を立ててながら挿入を繰り返され、エレンは髪を振り乱して喘ぎ続ける。
ペニスを圧迫される苦しさはあるが、ようやく訪れた突かれるという感覚、与えられるという心地良い感覚に、エレンの身体はリヴァイをさらに求めていく。
「エレン、気持ちいいか?」
「ぁ、ぁあッ!…はぁ、はぁ、…っ…らめ、らめ、いや、……!!」
その言葉が届く事はなく、うわ言のように快感への拒絶の言葉をエレンは口にし続ける。
全てはリヴァイの手中にあり、喜怒哀楽、肉体も精神も自分の思い通りに出来ない歯痒さに、苛立ちと同時に敗北感を味わわされる。
しかし、それ以上に許せないのはリヴァイの言葉や行動に一喜一憂し、どうしようもない程の切なさを感じてしまう自分自身だった。
「 はぁ、あぁ、……ふぅ、ッんん!、んぅ……ちゅ……んむむ……!!」
角度を変えて何度もキスをしてくるリヴァイの口唇が、当たり前にあるものだと感じるようになったのはいつからだろうか。
エレンはリヴァイの背中に腕をまわし、その華奢な身体を強く抱き締めた。
「エレン?」
「はぁ、はぁ、…へいちょ…っ…俺、……」
【loverssystemにおける契約関係は肉体のみであり、そこに恋愛感情は存在しない】
突然脳裏に浮かんだ規律の文字に、エレンは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
(兵長にとって、俺はただの性欲処理なんだっけ……。)
リヴァイの肩に頬を寄せ、エレンは少し辛そうに息を吐く。
(……俺は、ミカサを守るんだ…。)
リヴァイの亀頭が最奥を突く度に、女性のようなよがり声を出して喘ぐ自分が後ろめたかった。
(……あれ……そもそも、……何でこんな事、考えてんだ……?)
絶え間ない快楽の波に思考が働かなくなり、エレンは徐々に落ちていく。
互いの肌がしっとりと濡れ、密着する身体が隙間なく2人の心の距離も埋めていく。
内側と外側からリヴァイの熱い体温を感じて、エレンは堪らず目の前にある薄い口唇に噛みついた。
(…兵長、…俺……)
どれだけ口が悪くても、どれだけ意地悪な事をされても、差し伸べてくる温かな手はいつもエレンに優しかった。
(…気づかなきゃ良かった……。)
エレンの胸の奥は、見えない鎖で繋がれたままだった。

ー2ー

「あ。」
「んん?」
廊下の曲がり角、偶然リヴァイとエレン、そしてアルミンがすれ違いざまに出会った。
「アルミン!」
「エレン、どうして…。」
親友に会えた喜びに満面の笑顔を見せるエレンに対し、その横で静かに佇む上官の視線を感じてアルミンはすぐさま敬礼をする。
「何やってんだよアルミン。」
「敬礼はいい、なおれ。」
「ハッ!」
「へ?」
目をまんまるくしてリヴァイとアルミンを交互に見やるエレンに、アルミンは困ったような笑顔を向けた。
「エレン、本来プライベートな時間も上官に対してはこうあるべきなんだよ。」
「え…」
何の事か分からずポカンとしていたエレンだったが、アルミンに諭されその意味を理解すると顔を真っ赤にして口元を手で押さえた。
「あ、あの、俺、…すみません!!」
あまりの恥ずかしさにリヴァイの顔をまともに見る事が出来ず、エレンは俯き黙り込む。
「何の話だ?」
エレンの態度が理解出来ないリヴァイは怪訝な表情を浮かべていた。
エレンの無自覚もさることながら、リヴァイの返答の意外性にアルミンは驚く。
(意外と似た者同士……なのかな?)
そんな2人を見ながら、アルミンは思わずクスクスと小さく笑った。
「笑うな!」
「あははっごめんね。」
同じく、気がおけない親友との何気ない会話のやり取りを眺めていたリヴァイはおもむろに口を開いた。
「エレン。」
「は、はい。」
「今夜はエルヴィンに用がある。俺の部屋へは来なくていい。」
「……はい。」
リヴァイはそう告げると、エレンとアルミンに背を向け元来た方向へと戻って行った。
「…………。」
華奢な背中を見つめ続けるエレンに、アルミンは意地悪く質問を投げかける。
「寂しい?」
「ば、バーカそんな訳ねぇだろ。冗談キツイぞ。」
「はいはい。」
慌てふためくエレンを見ながら、アルミンは胸の奥が揺れ動くのを感じていた。
(そっか……エレン、兵長に大切にされてるんだね。)
アルミンはエレンが初めてリヴァイに抱かれた日の事を思い出す。
ミカサを盾に取られ重い足どりでリヴァイの部屋へ向かう後ろ姿を何も出来ない自分が見送った事。
翌日の朝、心身ともにボロボロになって帰ってきたエレンが自分の腕の中で崩れるように眠りに落ちていった事。
(あれからどれだけ経ったんだろう……。)
「……ミン、おい、アルミン。」
「え?」
自分の名前を呼ぶ声にハッと我に返るとおでこをくっつけてきたエレンの顔が鼻先まで近づいていた。
口唇が触れそうな程の距離にアルミンは頬を紅潮させ、緊張感が一気に高まっていく。
「お前すげぇ熱いぞ。もしかして体調でも悪いのか?」
「え、体調……?」
本気で心配するその変わらない優しさに、嬉しさと同時に勝手に勘違いをした気恥ずかしさからアルミンは照れ笑いを浮かべた。
「僕は大丈夫だよ、エレン。」
アルミンはエレンの後頭部に手を添え優しく抱き寄せた。
「おかえり。」
そのたった一言が、エレンの心に温かな安らぎを与えてくれる。
「ただいま。」
エレンもその安らぎに応えるように、アルミンを包み込んだ。
その時、
「そんなところ、……リヴァイ兵長に見られたらどうするの……?」
聞き慣れないおっとりとした口調に、エレンとアルミンは声の主を探すようにゆっくりと身体を離した。
リヴァイが帰った方向とは反対の廊下に佇むその人物に、エレンは目を見開く。
「なっ……!」
後頭部に円い毛束を作りハーフアップにしたセミロングの髪、透き通るような白い肌、妖艶な雰囲気を纏う少し大人びた印象を持つ少年。
しなやかに歩き近づいてくるその人物に、エレンは動揺の色を隠しきれない。
「お、俺がいる……。」
「エレンさん…。」
「はぁ?!」
アルミンの口から出てきたその名に、エレンはさらに驚愕する。
同じ顔、同じ名前、容姿も声も殆ど一緒。
「やだな…君が後から調査兵団に入ってきたんだよ……?」
隠微に笑うその少年は、信じられない程にエレンと瓜二つだった。
「あ、アルミン?こんな事ってあるのか……?」
「エレン・シェルム……噂では聞いた事あるけど、僕も会うのは初めてだ。」
「君が巨人化能力の持ち主エレン・イェーガーだよね……本当に僕とそっくり.…」
ゆっくりとエレン目の前に立ち、同じ顔を持つ相手の胸に人差し指を押しつける。
「ねぇ、……どうやってリヴァイ兵長に取り入ったの?偽物さん…」
「なっ……」
「僕のリヴァイ兵長なのに……返してよ……。」
唯でさえ頭が混乱しているのに、リヴァイを自分のものだと言い切るその少年に対し、エレンは空いた口が塞がらない。
返す言葉の見つからないエレンを察して、アルミンは慌てて反論する。
「エレ……シェルムさん!エレン・イェーガーに【契約】を申し込んだのはリヴァイ兵士長自身です。異議申し立てがあるならば、直接リヴァイ兵士長に話すべきではありませんか。」
「….…知ってるよ。」
おっとりした口調の中に強い憎しみが入り混じる。
「なんで……僕じゃなくて、君なんだ……。」
シェルムの言葉が言い終わらない内に、にわかに廊下が騒ぎ始める。
「よう、エレン!」
自分の名前を呼ぶ声に、2人のエレンは声のする方へと顔を向けた。
「やあ、…」
「エレン、今晩空いてるか?」
「あ~…ごめんね……今日は予約でいっぱいなんだ。」
「マジか~!また次頼むぜ。」
数人の兵士達は、どうやらシェルムの知り合いらしくあっと言う間に3人の周りに人だかりができた。
「ん?何だこのガキ、よく見るとエレンにそっくりだな。」
「彼、…リヴァイ兵長の【契約者】エレン・イェーガーだよ…。」
「本当か?」
好き放題に喋っていた兵士達の視線が一斉にエレンに注がれる。
「へ~巨人化だけじゃなくて、兵長の【契約者】とはねぇ。」
「相当具合がいいんだろうな。」
(さっきから何言ってんだコイツら…気持ち悪ィ…。)
自分を見つめる男達の視線が徐々に卑猥なものへと移り変わっていくのを感じて、エレンはぞくりと身震いする。
「試しててみてぇけど、下手に手を出して兵長にバレたら俺たち瞬殺モノだぞ。」
「そっちのお友達は【フリー】だけどね……。」
「っ!」
シェルムの一言にアルミンの顔から一気に血の気が引く。
「こいつ【フリー】か!」
「お前、いくらなら俺たちに買われる?」
感嘆の声をあげて男達はアルミンに群がっていく。
「な、なんなんだよ!いくら先輩でもいい加減にしねぇと…」
声を荒げるエレンに対し、シェルムは眉をひそめる。
「…本当に何も知らないの?」
「え?」
「その子【フリー】なんでしょ?僕くらい属性を上回る力を持っていれば問題ないけど……【フリー】は本来、夜も出歩けないくらい危険なんだよ……?」
シェルムから初めて聞かされる衝撃の事実。
自分の無知を思い知らされると同時に、親友を危険な目に遭わせていた事に対するエレンのショックは計り知れなかった。
「…そ、なのか…アルミン……。」
「……僕は、大丈夫だから。」
心配をかけまいと笑顔を向けるアルミンの声は、微かに震えていた。
そんな2人の様子を見ていたシェルムの瞳が鈍く光る。
「……本当に、君が羨ましい…」
その哀しげな表情に誰も気づく事はなかった。
「その【契約者】の座から……引きずり降ろしてやりたいよ…。」

ー3ー

「ちくしょう!なんなんだ、あいつら!!」
拳を机に叩きつけ、エレンの怒りは部屋に戻った今も収まらないでいた。
「完全に俺たちのこと舐めやがって……お前悔しくないのか!?」
「ん~?」
アルミンに同調される事なく苦笑いでかわされ、一方的な怒りは空回りし続ける。
「でも、偶然通りがかったハンジさんとミケさんのお陰で僕達助かったんだからもういいじゃない。」
「そう、だけどさ…」
「だけど?」
「俺、何も知らなくてお前を守れなかった自分が許せないんだ…。」
親友を想い悔しさを滲ませる純粋な言葉に、アルミンは目を細める。
「ありがとう。でも、本当に僕は大丈夫だから。」
胸の奥で揺らぐ灯火を掻き消すように、アルミンは声を張り上げてエレンの興味を惹きつける。
「ほら、エレンの好きなアップルパイだよ!食料調達のメンバーに買ってきてもらったんだ。」
「うっわスゲェ……!!」
テーブルの上に並べられていく、香り豊かな淹れたての紅茶と、みずみずしいリンゴが見た目にも食欲をそそるアップルパイ。
大好物を目の前にし、エレンはあっという間に心を奪われる。
「こんな高級品どうしたんだよ。」
「支給金を貯めてたからね。奮発しちゃった。」
「さすがアルミン!いただきまぁす!!」
先程の怒りを忘れ、喜々としてフォークを突き立てエレンはアップルパイを頬張り始めた。
「もぐもぐ……れさ、結局あいつ何者なんだよ。」
「シェルムさんの事?」
「そっくり過ぎて気持ち悪ィし、……あむ、…兵長があいつのものって意味分かんねぇし。」
眉間に皺を寄せ、エレンは不満そうな表情を浮かべながら紅茶を啜る。
「僕も噂しか知らないんだけど、シェルムさんは僕らの前に入団していて直接壁外調査には関わらず内部で勤務しているみたいだね。」
「あ~だから、訓練で見かけた事がなかったのか。」
「あと、これは有名な話みたいなんだけど、シェルムさんが入団当初数人の兵士に襲われそうになったところを兵長に助けられてるんだ。」
「!?」
驚くべきシェルムの過去を知ると同時に、あの日のリヴァイとの会話が脳裏を横切る。
『気づいていないだろうが、若い兵士達の中でもお前は綺麗な顔立ちだ…巨人化の能力がなければとっくに輪姦されていたかもしれん。』
(あの時の話、本当だったんだ……。)
リヴァイとの【契約】がなければシェルムと同じ目に遭っていたのかもしれない事実に、エレンは身の毛もよだつ思いがする。
(いずれ俺がそうなるかもしれないって分かってたから【契約】してくれた、のか?)
エレンの頭の中が再び混乱し始める。
「多分その時に兵長の事を好きになったんだと思う。でも、シェルムさんは兵長に【契約】を申し込んで断られてるんだ。」
「えっ…」
【契約】を結ばざるを得なかったエレンと、【契約】を結ぶ事が叶わなかったエレン。
(シェルムさんから申し込んできたのに、何で兵長断ってるんだ……。)
「アルミンいるか?」
突然話を遮る様にアルミンの名を呼ぶ声がし、了承を得る間もなく部屋の扉が開いた。
部屋に入ってきた訪問者を目の前にし、エレンの心臓は大きく跳ね上がる。
「ジャン…。」
「……お前…」
ジャンもエレンがいた事は予想外だったらしく、目を見開きその場から動けなくなった。
『くそっ…!離せよ、ジャン!!』
『なぁ…さっきまで兵長と一緒にいた会議室でよ、同じ机の上に押し倒されて、同じ態勢で俺にヤられる気分てどうなんだ?』
身体に刻み込まれた記憶をエレンは鮮明に思い出す。
2人がまともに顔を合わせるのは、あの会議室の日以来だった。
「…ぁ…悪ィ、またにするわ…。」
重苦しい空気に耐えられず、ジャンは急いで部屋を出ようとした。
その時、
「ジャン」
背中越しに聞こえてきた自分の名前を呼ぶ声に、ジャンは身体を強張らせる。
「エレン、…大丈夫?」
「あぁ。」
自分よりも不安そうな表情を見せるアルミンに対して、エレンはそっとその肩に手を添えた。
(シェルムさんの事も気になるけど、今は……)
エレンは瞼を閉じ小さく深呼吸をするとジャンに語りかける。
「なぁ、何でお前が規律を破ってまであんな事したのか俺には分かんねぇし、今でも許せねぇよ。」
微動だにしないジャンの背中を、エレンはじっと見つめ続ける。
『今は、俺の事だけ考えてろ』
あの時見せたジャンの悲痛な表情が、胸の奥でずっと引っかかったままで、
「でも、俺さ、」
ジャンと次に向き合う時が来たら、エレンには伝えたい事があった。
「お前と以前みたいにケンカしたり、訓練で張り合ったり、またみんなでバカがやりたいんだ。」
「っ……!」
その言葉はジャンだけでなくアルミンをも驚かせる。
「何でそう思うのか、…よく分かんねぇけど…」
そう言ってエレンはくしゃくしゃと頭を掻くと、そのまま俯き黙り込んだ。
エレンのたどたどしくも真っ直ぐな想いに、ジャンは込み上げてくる感情をグッと抑え天井を仰ぐ。
「…はは…。」
「んだよ、テメェ笑うとこじゃねぇだろ…。」
エレンはジャンの背中を睨みつける。
「笑ってねぇし、何でお前がそんな事言うんだよ…。」
「……知るか。」
ぎこちなく言葉の距離を縮めていき、悪態をつき合う不思議な心地良さ。
ジャンは1人溜息混じりに笑うと、エレンとアルミンの方を振り返った。
「アルミン。質問あったけどさ、ライナー達に聞くから忘れてくれ。」
「う、うん。」
「エレン。」
「何だよ。」
久々に見るジャンの笑顔に少しだけ胸が締めつけられる。
「また明日な。」
「…おう。」
ジャンはそのまま振り返る事なく、アルミンの部屋を後にした。
「……っふう…。」
エレンは緊張感から解き放たれたのか、大きく息を吐いて椅子に背をもたれた。
乾いた喉を潤す為、紅茶を一気に飲み干していく。
アルミンはそんなエレンをぼんやりと見つめ続けていた。
(エレンてば、残酷だなぁ…。)
ずっと2人のやり取りを、どこか冷めた目で見ている自分がいた。
(ジャンが本当に欲しかった言葉は、それじゃないのに…。)
エレンからジャンとの会議室の話を打ち明けられた時、アルミンは感情を剥き出しにしてエレンと向き合ったジャンを心底羨ましいと感じる自分がいた事に気づく。
(でも、僕はエレンとの親友関係が壊れるのが怖い……。)
小さい時から毎日一緒に肩を並べて、右隣から見上げるエレンの横顔が好きだった。
いつの間にか自分の知らないところでエレンは大人びた印象を持つようになり、その横顔を見る度にアルミンは強い孤独を感じていた。
(エレン、そんなに兵長と一緒にいたいの?)
エレンがリヴァイと【契約】を交わした時点で、【フリー】を選択する気持ちに揺るぎはなかった。
エレン以外の人との【契約】も【フェイク】もアルミンには考えられなかった。
(これ以上、僕から離れないで……。)
『俺、何も知らなくてお前を守れなかった自分が許せないんだ…。』
ふと、先程の言葉がアルミンの心を捉える。
その大きな瞳が自分だけを見つめ、その温もりを独占したい欲求は衝動的に訪れた。
(もし、僕がジャンと同じ事をしたら、エレンは僕を意識してくれるのかな……。)
「アルミン?」
不思議そうな目を向けるエレンに、アルミンはにっこりと微笑んだ。
(ねぇ……少しだけ、イジワルしてもいい?)

ー4ー


(チッ。油断した……。)
仰向けになったベッドの上で、リヴァイは小さく溜め息をつく。
髪に触れ、覆いかぶさる様に見下ろしてくる澄んだ銀色の瞳に仏頂面の自分が映って見えた。
(同じ顔でも、あいつの華やかな金色の瞳とはまた印象が違うな……。)
「リヴァイ兵長……お久しぶりです……。」
卓上ランプがぼんやりと灯るだけの暗い部屋で、艶を纏ったその口唇はリヴァイの耳元で懐かしむように囁いた。
「エレン・シェルム、だったな。」
「覚えてて下さって嬉しいです……。」
「その喋り方はなんだ。」
「変ですか……?僕、いつもと何も…」
「気色悪ィから止めろ。」
「!」
シェルムは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにリヴァイの言葉の意味を理解すると表情を和らげた。
「やっぱり、兵長には敵いません。」
屈託のない笑顔が自分の【契約者】と重なり、リヴァイは思わずドキッとする。
「今日は、兵長の【契約者】はいないんですね。」
「あいつは友人のところにいる。」
「だから、エルヴィン団長に用があるって嘘ついたんですか?」
「……余計な詮索はやめろ。」
苛立ちを含みつつも自分だけを見つめてくるその漆黒の瞳に、シェルムは心の奥底が熱くなるのを感じていた。
「優しいんですね。」
シェルムはリヴァイの頬に触れ、細くしなやかな指先を滑らせて輪郭をなぞっていく。
「…っ…。」
昨夜自分がエレンにした行為と全く同じ事を、エレンと同じ顔を持つシェルムにされる不可思議さ。
少し前に飲んだ酒の力もあり、頭の中がぼうっとしてリヴァイは幻覚を見ているような気分だった。
「兵長、」
顔から首筋、鎖骨とリヴァイの肌をなぞってきたシェルムの指先が、左胸の上で止まった。
「何で、俺を選んでくれなかったんですか?」
制服の布越しにリヴァイの心臓の鼓動を感じ、シェルムはやるせない想いを募らせる。
「俺が【契約者】だったら、ずっと貴方のそばにいます。」
「…………。」
「くだらない事で気を遣わせたりしない。」
「オイ。」
「貴方の全てを受け入れる事が出来るのに…」
「さっきから何を言ってる。」
シェルムの一方的な発言に対し、リヴァイは眉をひそめる。
「気づいてないんですか?」
「あ?」
「だって、…兵長、寂しそうじゃないですか……。」
「!」
考えもしなかった感情を指摘され、リヴァイは驚きを隠せず目を見開いた。
(寂しい、……俺が……?)
脳裏に浮かぶ【契約者】の顔が、ゆっくりとシェルムと重なっていく。
「兵長、俺を見て下さい…。」
その目が、その口唇が、リヴァイを無意識に奪い尽くしたい激情へと駆り立てていく。
「【契約】を断られた今でも、貴方を愛しています…。」
『俺は、兵長に契約を解除されたくないんです……。』
触れそうな程近づく口唇と、首筋から漂う甘い香りが鼻を掠めた。
「兵長が、……ほしいんです……。」
『…お願い、します……兵長の全てが、ほしいです……。』
「っ……。」
リヴァイは上半身を起こすと、身体を反転させシェルムをベッドへ押し倒した。
「…兵長…。」
互いの呼吸が混じり合い、自分を見下ろす想い人にシェルムは頬を紅潮させる。
「エレン。」
「は、はい…。」
「俺の気が変わらない内に、この部屋から出ていけ。」
「!」
低く静かに拒絶の意志を示したリヴァイの声に、銀色の瞳が大きく揺れ動いた。
リヴァイはシェルムから離れベッドから降りると、乱れた髪や衣服を整え始める。
「何で俺じゃ駄目なんですか!」
「契約中に他の人間と肉体関係を持つ事は規律違反に値する、お前も知ってるだろ。」
「でも、……」
「この俺に規律を破れとでも言いたいのか?」
リヴァイの冷たい眼差しに、シェルムは言葉を詰まらせる。
「それと、お前噂じゃ裏で高級男婦をしているそうだな。」
「…っ……。」
「その汚ねぇ身体で俺に触るな。」
「!?」
小さく溜息をついて背中を向けたリヴァイに対し、シェルムは愕然となる。
「だから、もっと自分を……」
「力のない俺が【loverssystem】の中で生きてく為には、こうするしかないんです!!」
背中越しに聞こえてきた悲痛な叫び声に、リヴァイはシェルムの方を振り返った。
「貴方以外……」
失意に打ちひしがれたその表情と頬を伝っていく一筋の涙が自分の【契約者】と重なり、リヴァイは思わず息を呑む。
「……俺には考えられない……。」
シェルムはベッドから降り、リヴァイに一礼をすると足早に部屋の扉へ向かった。
その時、
「うわっ!」
「…っ…すみません…。」
扉を開けた瞬間、シェルムは誰かとぶつかるがそのまま部屋を去って行った。
「え?ちょ、エレ…シェルム…??」
ぶつかった相手はきょとんとした顔つきで、シェルムの去った後を見つめていた。
リヴァイは扉の前にいるその人物を見るや否や不機嫌さを露わにする。
「またテメェか、ハンジ。」
「はぁ?またって何よ、あんた本当失礼ねー。」
言葉とは裏腹にハンジの声色は明るかった。
「リヴァイもう少し言い方なかったの?あれじゃあ誤解を生むだけだよ。」
「盗み聞きしてやがったな。」
「偶然偶然。」
「用件は何だ。」
「今出てった子とエレンについてだよ。」
「チッ。鼻の利く奴だな。」
リヴァイは舌打ちをし、椅子に腰を掛けた。
ハンジはやれやれと肩をすくめ、自分の後ろにいる人物に目線を送る。
「鼻が利くのは、ミケに言ってくんない?」
「ミケが?」
ハンジの後方で静かに佇むミケと一瞬リヴァイは目が合うが、すぐに窓の外へとミケの視線は外れていった。
「今日の午後、エレンとシェルムが接触したわよ。」
ハンジから告げられた言葉に、リヴァイはより深く眉根に皺を寄せる。
「エレンの巨人化能力に対してシェルムへの第3者からの不必要な風評被害や万が一の危害を回避する為に、2人を接触させないよう内部と取り決めした筈だよな。」
「その通り。」
「どういう事だ…?」
現状を把握出来ず理解に苦しむリヴァイに対し、ずっと黙っていたミケが徐に口を開いた。
「リヴァイ。何故シェルムとの【契約】を断っておいて、エレンと【契約】を交した。」
リヴァイを見据えるミケの視線から、その言葉の意図に気づく。
「また同じ事を繰り返すのか。」
「ミケ、そこまでにして。」
ハンジはミケを咎めるように話を遮るが、3人の間には微妙な空気が漂い言葉を発する機会は完全に失われる。
リヴァイは小さく舌打ちをし、自分の手元に目線を落とすとある人物を思い浮かべる。
あの日も、ベッドで仰向けになっていると心音を確かめるように左胸の上に手が添えられた。
自分を見下ろす優しい瞳がどこか心ここに在らずで、リヴァイは思わず不安を口にする。
『なぁ、お前、……どこを見てるんだ……?』
哀しみを隠したその笑顔と左胸から離れて頬に触れてきた大きな手の感触を、リヴァイが忘れる事は1度もなかった。

ー5ー


(エレン、…今、僕のこと、ミカサに相談しようか迷ってない?)
安定したエレンの態度にアルミンは小さく溜息をつく。
ベッドに座り見つめ合う2人の温度差は天と地。
上目遣いをしながらエレンの首に両腕をまわし、口唇が触れそうな距離にいるのにまるでムードを感じない。
(疲れたフリしてベッドに誘ったのに…キスしたいって言ったのに…「アルミンが大人になっちまった!どうしようミカサ!!」くらいにしか考えてないよね……。)
近くにいるが故の苦労は常に頭痛のタネであり、事実エレンは本気でそう思っていた。
「あ、…えーと、」
エレンの戸惑う表情は可愛くてずっと見ていたい。
しかし、拒絶される事はないが何かが進むわけでもなく、無意味な時間だけが過ぎていく。
(普段は僕の事頼りにしてるくせに、時々出てくるその妙な親心はなんなの?)
自分の欲しいものを目の前にし、手に入れられないじれったさをアルミンは嫌と言う程味わってきた。
(意識されない悔しさはあるけど、僕、もう手加減しないよ…。)
アルミンは、エレンの好きな『可愛いアルミン』を演じ続ける。
「エレン。僕、キスしてみたいんだけどダメかな?」
「いやいや、そーゆーのは俺じゃなくて女の子とした方がいいだろ。」
「だって、兵団にいる限り女の子となんて一生付き合えないし、僕【契約】してないし…。」
目を伏せ恥ずかしそうに話すアルミンに対し、エレンの中で「妙な親心」が芽生えてくる。
「それならさ、俺がアルミンに相応しい【契約者】を見つけてやるよ。」
「ヤダ!知らない人とキスしたくない!エレンがいいよー!」
アルミンに捨てられた子犬のような目を向けらると、エレンはとにかく弱い。
「でも、俺は兵長と【契約】してるから、アルミンは好きだけど違反になっちまう。」
「頬にするのもダメ?」
アルミンは自分の頬を人差し指で軽くタッチする。
「あ、なんだそこぁ。」
「どこだと思ったの?」
「さ、さぁ。」
エレンの困った顔がもっと見たくて、胸の奥で押さえ込んでいた感情がむらむらと湧き上がってくる。
「じゃあ、キスしてもいい?」
「うーん。まぁ、それ位ならユミルとクリスタもよくやってるし大丈夫だろ。」
照れ笑いを浮かべながらエレンがキスを了承したことを確認すると、アルミンはペロリと口唇を舐めた。
(ユミルとクリスタは密かに【契約】してるよ。女性では珍しいけどね。)
アルミンは最大級の笑顔を見せてエレンに抱きつく。
「エレンありがとう♡」
自分の胸に頬をすり寄せ喜ぶアルミンの柔らかい髪を撫でながら、リヴァイへの負い目とこれからする行為への緊張に心音が高まり落ち着かない。
「エレンの心臓の音、早いね。緊張してる?」
「してない!絶対に!本当だか……」
頬を真っ赤にして強がるエレンに、堪らずアルミンはその頬に口づけをする。
了承したとは言え、あまりにも唐突な出来事にエレンは瞬きを忘れて目を見張る。
「アルミン…」
「ふふ……しちゃったね。」
いつもと同じ優しい笑顔をベールに見え隠れする「なにか」に、結びつく筈のない2人とアルミンがクロスしていく。
ーボーン…ボーン…ボーン…ー
兵団中に響き渡る静かな時計の音に、エレンはハッと我に返る。
「アルミン、今何時だ?」
「…21時だけど。」
「ヤバい!今日は会議のない日なんだ。時間守らないとまた怒られる……!!」
「え……?」
焦りを滲ませベッドから降りようとするエレンの腕を、アルミンは慌て掴んだ。
「エレン、何を言ってるの?」
「悪ィ、また明日の訓練でな。」
振り返ったエレンの顔は、親友にも見せた事のない幸せそうな表情だった。
「ま、待って!」
日常で聞くことは殆どないアルミンの叫びにエレンは目を丸くする。
「…っ……どうしたんだよ、大きな声出して。」
破裂しそうなほど脈打つ鼓動に、アルミンは掴んだ腕を強く握り締めた。
「アルミン?」
「ねぇ、エレン……今からどこに行くの?」
親友の切羽詰まった様子に、エレンは不思議そうに首を傾げる。
「どこって、それは…」
『今夜はエルヴィンに用がある、俺の部屋へは来なくていい。』
脳裏をよぎった一言に、エレンは愕然となる。
「あ、……。」
無意識にとった自分の行動が、信じられなかった。
「なにやってんだ、……俺は…。」
とった行動に対する羞恥と、事実を受け入れられず拒絶しようとする気持ちが一気に押し寄せてくる。
「……そうだ。…今日は…」
くしゃりと前髪を掴み、エレンは目を伏せた。
「気を遣わなくていいし、酷いコトもされない…。」
『エレン。』
翼を背負う華奢で大きな後ろ姿が、瞼の裏に焼きついていた。
「俺、今、自由なんだ……。」
『…お前、俺のものになれ。』
「っ!!」
ゾクッと身震いするような、身体の芯から熱くなるような感覚がエレンの身体を満たしていく。
『いいか、お前は俺の【契約者】だ。』
鋭さの中にある優しい眼差しに、胸の奥で繋がれた鎖が音を立て始めた。
「アルミン…」
エレンは腕を掴むその手を、ゆっくりと腕から外していく。
「エレン?」
「俺、行かなきゃ…。」
離れていく手がエレンとの距離を示しているようで、アルミンは絶望に近い孤独に苛まれた。
「実は、俺さ、…」
「~~ダメだ!!あの人のところへは行かせない!!!」
不意を突かれ、勢いよくエレンの視界が反転する。
「……っ…アル…」
「自分勝手な事くらい、分かってるんだ…。」
再びベッドに沈む身体にアルミンが覆い被さり、状況が把握出来ないエレンは当惑する。
「え、なに、…え?」
「エレン、僕を見て。」
エレンの視線がアルミンと重なると同時に、温かく柔らかい何かが口唇に触れてくる。
それがアルミンの口唇だと理解するまでに、時間はかからなかった。
「んっ…?!」
予想外の出来事に頭が真っ白になり、エレンは目を見開いたままアルミンを凝視する。
小さな口唇がチュッと音を立てながら、何度もつまんだり触れたりして優しい口づけを繰り返す。
「ん、……はぁ、…」
口唇を離してエレンの顔を見ると、キスをする前と表情が殆ど変わっておらず、アルミンは思わずクスッと笑った。
「エレン。」
名前を呼ばれ、大きな瞳が揺れ動く。
「なん、で…」
「僕、まだキスしか教えてもらってないよ。」
エレンの左胸に手を添え、アルミンはにっこりと微笑みながら囁いた。
「それ以上のことも、知りたくなっちゃった。」
「ア……っ……ん、んん…!!」
声を挟む隙も与えられず、エレンは口唇を塞がれ呼吸を奪われる。
「ふ…っ…はぁ、んむ、ぅうう…っ!!!」
先ほどの優しい口づけとは打って変わり、舌を絡め取られ激しく深く攻め立てられ、エレンは顔をしかめた。
「っは、はぁ、…っ…あはぁ……!!」
キスの余韻でぞくぞくと身体が震え、エレンの身体は徐々に高ぶっていく。
「ねぇねぇ、エレンの気持ちイイとこってどこ?」
天使の微笑みでおねだりしてきた質問は、小悪魔のような内容だった。
「ばっ……!んなの知らねぇよ!!」
頬を紅く染め、エレンは慌てふためく。
「ふ~ん。じゃあ、僕が見つけてあげる」
「ま、待て…っ……」
ぬるぬると首筋を這ってきた舌に、エレンの身体がビクンと跳ねた。
「ん、…ぁ…ぁあ!…はぁっ……あぅ……」
唾液を絡んでぬめる舌が耳や鎖骨を緩やかになぞり、その合間にもキスを落としていく。
「はぁ、はぁ、……ん、…ああっ!!…」
「ん……エレンは、…胸、弱そうだよね……。」
シャツをめくられ舌がエレンの乳首を絡め取ると、エレンは背中を仰け反らせて喘いだ。
「ひぁっ!………らめ、…ん、……ふぁあああっっ!!」
あられもない声を『親友』の前で発してしまい、エレンはハッと我に返る。
しかし、胸への愛撫は続いたままであり、エレンをすぐさま快楽へと引き戻していった。
(ヤバイ、………変な声、聞かれた……!!)
奥歯を噛み締め、エレンは顔を真っ赤にしながら必死に快感に耐えようとする。
「う…くっ……はぅ…んんぅう、……!!!」
声を殺そうとすればする程、エレンの身体はよりアルミンの舌を感じ取って敏感に反応していった。
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