Case0

「エレン、お前兵長と【契約】したって本当か?」
訓練の合間、昼食時。
アルミン、ジャン、コニー、ライナー、ベルトルト、そしてエレンの6人で食事を始めていたその時、突然コニーから謎の質問をぶつけられた。
「契約?何だそれ。」
「うわっ…ジャン、本当にコイツ分かってねぇー。」
「だから、俺が言った通りだろ。」
「は?意味分かんねーよ。」
本人を差し置いて会話を進める2人に、エレンは訳が分からず困惑する。
しかも、コニーの質問を聞いた他の3人も少なからず動揺の色を見せており、6人の間に微妙な空気が流れた。
「何だよ。」
「お前本当に知らないのか?」
「兵団内は朝からお前とリヴァイ兵長の話題で持ちきりだぞ。」
「はぁ?知らねーって言ってんだろ。」
空回りする会話のキャッチボールに、ライナーが溜め息をついて話を切り出した。
「エレン、最近兵長から何か言われなかったか?例えばお前の力が必要だとか、俺の近くにいろとか。」
「う~ん、そーだな…。」
エレンは少し悩んだが、フと昨日の事を思い出した。
『エレン…お前、俺のものになれ。』
「あっ!」
「何か言われたのか?」
全員の視線がエレンに注がれる
「いや…でも、あれはお前らが言う【契約】なのか分かんねーし、その…。」
俺のものになれと言われた事はさすがに言えず、エレンはお茶を濁した。
「エレンは【loverssystem】って聞いた事ない?」
エレンの様子を伺いながらベルトルトは遠慮がちに質問する
「【loverssystem】?なんだよその如何わしいネーミング。しかもダセェーし。」
「はぁ…如何わしいだけで済むならどれだけ気が楽だろうな~。」
「本当。本当。」
「何だよ、ジャンもコニーも!アルミン、お前も知ってんのか?」
エレンはずっと黙って聞いていたアルミンに質問をぶつけた。
「う、うん…。僕達はまだ調査兵団に入団したばかりだからぼんやりとした内容しか分からないけど…。」
「で?」
「えっと…兵団内で恋愛性交渉禁止なのはエレンも知ってるよね?でも、システムを使えばそれが可能なんだ。」
「えっそうなのか?どうやって?」
「要は同性ならいいよってこと。」
「はい?!」
「「はああ……。」」
エレンは顔面が真っ青になって硬直し、アルミン以外の4人は大きな溜め息を一斉についた。
システムの経緯と属性について説明が終わる頃には、エレンの頭の中は混乱しテーブルに突っ伏して泣いていた。
「…じゃあ、俺は知らない内に兵長と【契約】したことになってるのか?」
「そう言うことになるね。」
昨日兵長が言っていた『お前はただの性欲処理』と言う話もシステム上の事実として改めて突きつけられる。
「…あれ?てことはだ。お前らどーすんだよ。」
エレンは5人それぞれを凝視しながらぐるりと見渡した。
「俺とベルトルトは【フェイク】として組むつもりだ。」
「うん。信頼出来るライナーとなら僕も安心出来るし。」
笑顔で顔を見合わせるライナーとベルトルトを見て他の4人は思った。
近い内に【フェイク】から【契約】になるだろうな、と。
「ジャンとコニーは組むのか?」
「あ?俺は決まってんだろ、ミカ…。」
「はいはい、俺とジャンもとりあえず【フェイク】で組むつもりだよ。【フリー】もヤバイけど先輩と組むと何されるか分かんねぇーし。」
「先輩後輩の【契約】は力関係出るらしいからな。」
「そっか…アルミンお前は?」
「僕は【フリー】で大丈夫。」
「!?」
アルミンから【フリー】の言葉が出た事に5人は驚愕する。
「アルミン。悪いが力のないお前が【フリー】になるのは危険だからやめておけ。」
「ライナーの言う通りだよ。何をされても仕方ないと言われるのが【フリー】なんだ。」
「それ本当か?おい、アルミン!」
皆が一斉にアルミンを説得するが、当の本人は首を左右に振って応じようとはしなかった。
「大丈夫。勝算があって言ってるんだ。」
「え?」
「僕が誰とも組まなくても、巨人化能力を持つエレンは先輩達にとってまだまだ未知数のはず。そのエレンと親しい僕に簡単に近づくことは出来ないし、エレンには申し訳ないけどあのリヴァイ兵長と【契約】をしたっていう事実は少なからず僕にも影響があると思うんだ。」
「……確かに。」
「でも、他に…。」
5人は複雑な表情を浮かべ口々に何か言いたげだったが、解決策の糸口が見えず黙り込んでしまうった。
「ごめんなアルミン…俺が兵長と【契約】しちまったばかりに…。」
苦虫を噛み潰した様な悲痛な表情でエレンはアルミンを見つめる。
「ううん。僕だって自分の身を守る為にエレンを利用してるんだ…ごめん。」
「ちくしょう…兵長からあんな条件さえ出されなかったら…」
エレンの言葉はにわかに騒ぎ始めた他の兵士達の声に掻き消された。
「うわっマジか!」
「来たぞ!リヴァイ兵士長だ!」
普段団長や兵士長クラスなら部屋で食事を取る事が可能な為、食堂になど滅多に姿を現さない。
その兵士長が食堂を訪れ、真っ直ぐエレンに向かって歩いてきたのだ。
食堂にいる人間の全視線がエレンとリヴァイに集中する。
(おい、何か凄い事になってるぞ!エレン!)
(知らねぇーよ!)
6人の間で激しいアイコンタクトのやり取りが繰り広げられる。
「ここにいたのか。」
リヴァイはエレン達が座っているテーブルの前に立ち他のメンバーを軽く流し見た後、いつもの静かな口調でエレンに語りかけた。
「エレン、今夜俺の部屋に来い。」
「!」
「分かったな。」
リヴァイは一方的に用件を伝えると、すぐに食堂を去った。
「……………!!?」
驚愕、羨望、嫉妬、嘲笑、その他、リヴァイがいなくなった食堂に感情の渦が一気に巻き起こる。
「みんながいる前でかよ。」
「スゲぇ。」
「【契約】は本当だったんだ。」
周りの騒々しさとは裏腹に、6人はリヴァイの去った方向を呆然と見つめていた。
と、その時
「エレン・イェーガーよぉ。」
後ろから名前を呼ばれた気がして振り返ると、見慣れない兵士が数人にやにやと笑いながらエレンを見下ろしていた。
「な、何ですか。」
「お前、兵長に【契約】を【解除】されたら俺たちに言えよ。」
「その時は俺たちが【契約】してやるから楽しみにしてな。」
「?!」
エレンは怖気づき、鳥肌が一気に立ち上がる。
「アルミ~ン、お前も【フリー】なんだから夜道には気をつけろよ~。」
ゲラゲラと笑いながら去って行く兵士達に返す言葉も浮かばない。
「…あ、あれでも先輩かよ!気色悪ぃ!お前も何か言え、エレン!」
我に返ったコニーが兵士達の後ろ姿に思いっきり中指を立てる。
「あ、あぁ。」
「おい、しっかりしろ!」
「でも、これがリヴァイ兵長と【契約】するって事なんだよ。」
アルミンはいつになく強い口調だった。
「先輩達の殆どが【契約】している中で、兵長と団長は何故かずっと【フリー】なんだ。」
「え?」
「昔2人が【契約】を交わしてたらしいと言う噂は耳にしたけれど、でも、これで調査兵団トップの1人をエレンが独占したという事実が判明した以上、さっきみたいな扱いを受けるのは覚悟しないとね。厄介なのは嫉妬や妬みかな。」
「俺は独占した覚えなんかねぇよ!」
エレンは頭を掻き毟りながら、机に握り拳を叩きつける。
「人間の本能に日常も戦争も関係ない、か。」
ベルトルトがぽつりと呟いた。
「敵は巨人だけじゃないのかよ…ふざけんな。」
エレンは荒々しく椅子から立ち上がると、食堂の出口へと向かった。
「ま、待ってよ、エレン!」
エレンの後を慌ててアルミンは追いかけた。
「何にせよ、今日が女子と別行動の日で助かった。」
「そうだね。」
「ミカサには絶対言うなよ!」
「う、うん。」
食堂の人混みを掻き分けている間、周りからの視線が痛いほど体中に突き刺さる。
「あ、あのさ、」
「ん?」
アルミンは少し躊躇ったが、思い切ってエレンに質問をぶつけた。
「さっき言ってたミカサを盾にって…あれ、何?」
「ああ、」
雑多な食堂を抜け、廊下の窓から外の景色が見えた。
重たい雲が太陽を覆い、今にも雨が降り出しそうだった。

ー・ー・ー・ー・ー・

「猫を飼い出したそうだな。」
部屋に入ろうと扉に手をかけたその時、背後から聞き慣れた声がリヴァイを呼び止めた。
「…別に。」
リヴァイはドアを直視したまま振り返る事はなかった。
声の主はゆっくりとリヴァイに近づき、右手を扉に軽く添えた。
「用件があるならさっさと言え。」
ドアとエルヴィンに挟まれ、リヴァイの体がエルヴィンの影に覆われる。
「猫は私への当てつけか?」
耳元でエルヴィンの息遣いが聞こえる。
「はっ…お前いつからそんな自惚れた人間になったんだ。」
リヴァイは目線だけをエルヴィンに向けた。
「ただの気まぐれだ。」
「エレンとアルミンの奴、どうなっちまうんだろうな。」
「僕達に出来る事なんてたかが知れてる…今は見守るしかない。」
食堂に残された面々は皆、2人を心配し不安を口にする。
ただ、1人を除いては。
(エレンの奴、本当に兵長の部屋に行くのか……?)
その小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。
拳を握りしめ、ジャンは内側から湧き上がる静かな怒りを顕にする。
(ふざけんな……っ!)

ー・ー・ー・ー・ー・

「兵長、俺との【契約】にミカサを利用しやがった。」
「え?」
「兵長には感謝してる部分も沢山あるけど、あまりにもやり方が卑怯だろ。」
エレンの言葉に、アルミンはその場に立ち尽くした。
「あの時は思わず【契約】を受領する様な事を口走ったかもしれない…けど、俺は絶対許さねぇ…【契約】だろうが何だろうが、兵長には絶対屈しない…!」
エレンは吐き捨てる様に言い放つと、またズカズカと歩き出した。
(兵長がミカサを利用した?)
エレンが遠く離れてしまう様な気がして、アルミンの胸は締め付けられる様な痛みを感じた。
(それだけの為に?)
ポツポツと降り出した雨が、窓を濡らしてゆっくりと流れ落ちた。

ー・ー・ー・ー・ー・

【loverssystem】
人間の欲望を抑圧する為に生まれた制度。
抑圧されればされる程、本能は剥き出しになる。

end.
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