Case4【偽】

地獄絵図のような壁外調査を終えた後。
儚い快楽に身を委ね共にベッドで眠る相手がいるやすらぎは得難いものがあり、それだけが属するに値する。
私はモブリットにせがまれ【契約】を交わし、ミケは自らナナバに申し込み【契約】を交わしていた。
エルヴィンは【F+】を公表している。
それぞれが信念に基づき兵団に服し、システムは本来オマケの存在でしかない。
あの日、君が調査兵団に入団するまでは。
「皆に紹介しよう。リヴァイだ。」
「…………!」
君が登壇したあの瞬間、その場にいた全ての人間が釘づけになった。

街中でも少数派、調査兵団入団は発足以来数人目となる地下街出身のリヴァイ。
綺麗な顔立ちの割には捻くれた表情、年齢よりも子どもっぽく感じる口の悪さ、小柄な容姿からは想像もつかない強さは良くも悪くも人の注目を集め、例外なく私もリヴァイに興味を持った。
モブリットの制止も聞かずに昼夜問わず付き纏い、うざい消えろと罵られても楽しくて計り知れない魅力がリヴァイにはあった。
側にいれるだけでいい。
初めて誰かに対してそう思った。

「え……リヴァイと【契約】したの?」
リヴァイが初めての壁外調査を終えた数日後、ミケと一緒に部屋に呼び出されエルヴィンから聞かされた話に耳を疑った。
「本気か?」
「伴侶を探すつもりでずっと【F+】に属していたが、なかなか巡り会えなくてね。自棄の勢いでリヴァイに【契約】の話を持ち出したらOKを貰えたんだ。2人ともあまり興味本位で問い詰めないように。」
あぁ、その目。
エルヴィン、私知ってるよ。
どこからどこまで本当の事を言っているのか今は分からない。
それでもその言葉が意図するものを理解するには十分だった。
「お前の相手にリヴァイは相応しくない。未だにトラブルを起こし、いくら兵団内で人気が高くても地下街出身者に対する悪評は上層部や王政の間で際立っている。」
「階級が全ての人間にリヴァイを理解させるには時間がかかる。トラブルの内容も今はマナーの悪さや潔癖からくるものだろう?いずれ問題にならなくなる。」
「ダメだ。」
「フム。お前と対立するのは珍しい。それは……」
あれから何を言っても聞く耳を持たないエルヴィンに対し、ミケは不快感を表したまま黙り込んでしまった。
誰よりも鼻が効くミケは壁外調査から戻って以来、何かを警戒しているようなピリピリとした空気を纏っている。
私と言えば話半分でぽやっとしていたからミケに物凄い形相で睨まれた。
大丈夫だって。
この前も言ったけど、私とリヴァイはただの同僚だから。
まぁでも、考えた事なかったな。
リヴァイが誰かのものになるなんて。
「聞け!!この情報が漏れれば兵団を潰したい外部の連中どころかエルヴィンに失望した内部から調査兵団は一気に崩壊する。お前がリヴァイを守るんだ。」
「私が、リヴァイを守る……?」
その言葉は、仄かに甘い蜜の香りのように心を揺り動かしていく。
何かが解放されていくような、この最高に滾る気持ちは何だろう。
「誰にも隙を与えない、誰にも邪魔はさせない。これは4人だけの秘密だ。」
兵団に迫る危機に反して溢れる笑みを抑えられず、私を見たミケが一転して表情を曇らせた。
「……ハンジ。モブリットとの【契約】を【解除】しろ。俺と組め。」
エルヴィンと【契約】をして以来、ずっと遠い存在に感じていた。
もう1度、君の側に行きたい。

エルヴィンとリヴァイがトップに立ち調査兵団が大きな変革を遂げた今、抱えた秘密はある種4人の繋がりをさらに強固なものとした。
互いの契約者との関係を解除し【偽り】の上で成り立つ私とミケの関係は、変わらない日常を守るべく知力を尽くし、互いの想いが暴走しないよう監視し続ける事。
リヴァイが背負い続ける物の重みに対し、どこまでも純粋で冷酷なミケは更なる高みを要求してくる。
俯瞰的で非情になりきれない私は、君を守るために必要な強さが自分の中になかった事をまざまざと思い知らされた。

初めて君が立体起動を装着して飛ぶ姿を見た時の高揚感が忘れられない。
背中に生えたその羽は、自由だからこそ美しく輝きを増すのだから。

「どうしたらいいか分からねぇ…ハンジ…。」
リヴァイは私を見ていない。
それでも、私にしか見せないリヴァイの弱さが愛しい。
秘密と言う名の罪を共有する事で、
1秒でも長く1㎜でも近く、ただ、側にいたかった。
けれど、本当にそれでいいの?
「リヴァイ……エルヴィンとの【契約】を【解除】しよう……。」
世界を天秤にかけた選択を前にして漆黒の瞳に僅かな動揺の色が差し込む。
大丈夫。
君の幸せを思えばきっと、この選択は間違いじゃない。

end.
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