Villain

「お前が俺の担当になってからどれくらい経つ?」
鏡に映る自分と、背後に立つ美容師の目が一瞬で交差する。
冷静な口調とは裏腹に、無意識に指先がカウンターを軽く叩いていた。
「Lがプライベートで俺のサロンに来てから、そろそろ1年になります。」
微笑みながらハケを手に取り、そっとLの髪を整える。
触れる指先は確かに、一年前よりずっと慣れた動きだった。
「楽しいか?」
質問が投げかけられてもエレンの手は止まらず、むしろ丁寧にブラシを動かし続ける。
ほんの一瞬、鏡の中のLの目を盗み見てから答えた。
「やり甲斐があって毎日楽しいです。」
言葉と同時に、口元が自然と緩む。
本当に幸せそうな、しかしどこか熱を帯びた表情だった。
「アイドル辞めて3Bのトップか。ちやほやされるの本当好きだな。」
「否定はしませんけど、その3BのトップオブトップはLですよ。」
からかうようなLの声に、エレンはくすりと小さく笑い声を漏らす。
手元のスプレーボトルを揺らしながら、そっと霧を吹きかける。
Lの後ろに立ち、鏡越しにまっすぐ目を合わせる。軽い口調だが、瞳には揺るぎない敬意が映っていた。
「……。」
Lは黙り、目を軽く伏せる。その長い睫毛が、化粧用のライトの下で微かに影を落とした。
エレンは柔らかいスポンジにファンデーションを含ませ、そっとLの頬に当てていく。
動きは流れるように滑らかだ。
「バンドと言えば、親父の知り合いがNNが利用していたライブハウスを経営してて、昔Lが歌ってるところを偶然見たことあるんです。」
「あのライブハウスか?」
Lは目を閉じたまま、低く唸るように言った。記憶が呼び覚まされるのか、微かに眉が動いた。
「当時バンド組み立てだったんでしょうね。ライブ中にLがハンジさんと口論してそれが観客にまで飛び火して大乱闘。ライブがめちゃめちゃになって今じゃ考えられないような面白さがあった。」
楽しそうに語りながら、手元の作業は一切乱れない。目元を丁寧に整える指先は、まるで過去の熱狂をなぞるように動く。
「ハッ…そんな時代もあったな。」
Lが軽く嗤う。
その口元に、一瞬だけ昔の荒々しい影が掠めた。
「危うさとカリスマ性を秘めた貴方に魅了されて、あの日を境に俺はアイドルを辞める決意をしました。スキャンダルを気にせずLのそばにいられる方法を考えてすぐにこの世界に飛び込んだんです……目を瞑って下さい。」
「ん。」
Lは素直に目を閉じる。
エレンは、そっとLの顎に触れ、顔を上向かせた。
触れる指先の温もりに、わずかにLの肩の力が抜けた。
「Lの切長の瞳にはアイメイクがよく映えますね。緑のアイライナーが似合う人もなかなかいませんよ。」
細い筆を手に取り、緑のラインを引いていく。エレンの眼差しは静かで確かだった。
息を潜めて集中するあまり、自分自身の息遣いが聞こえるほどの静寂が流れた。
「……披露する機会はたまにしかないが身が引き締まる。」
Lが低く呟く。
目を閉じたまま、わずかに口角が上がる。
「そう言って頂けて光栄です。それに、こうして2人だけの秘密が少しずつ増えていくのも嬉しいです。」
「お前はまたそういう…」
微笑みながら、アイシャドーのブラシを替えるエレンに、Lが軽く舌打ちする。
どこか苛立ちではなく、慣れっこな諦めのようなニュアンスが込められていた。
「貴方に少しでも近づきたいという淡い願望が、今では世界が熱狂するLという存在を俺の手で具現化出来るところまで上り詰めた……。」
深みのある色を瞼に乗せながら、まるで祈るように呟く。
その声は熱に濡れ、しかし手つきは冷静そのものだった。
「(包帯は)きっちり雑に巻けよ。」
「はい。仕事でも私生活でもLそばにいられて、好きな時に触れられる。こんなに幸せなことはありません。」
エレンは、いたずらっぽく微笑んで、包帯を取り出し、Lの目元に優しく当てていく。
触れる指先が、ほんの少し震えているかもしれない。
「…待ては教えた筈だが。」
Lの声が低く響く。
目が見えない分、他の感覚が鋭敏になっているようだ。
「両眼巻いてるのにさすがです。」
エレンは軽く笑いながら、包帯をきつく、しかし雑に巻きつける。
隙間からわずかにLの髪がはみ出る。
「躾きれてねぇのは飼い主の責任か。リップはお前の唇から貰う。」
Lがそっと顎を上げ、唇を少し尖らせる。
その無防備な様子に、エレンは一瞬息を呑んだ。
「はい…っ。」
震える声で応え、そっと身を乗り出した。
カウンターの上の鏡は、密やかな距離を縮める二人を、誰にも見られないように静かに映し出していた。

「んっ…ちゅ、…あっ、あっ、L…せっかく綺麗に仕上げたのに…はぁ、…ん…もうすぐライブ始まります…」
「ちゅ、…可愛がってやらねぇとまた欲しがるだろ。」
「あ、あっ…すき…でも、…んっ…」
「トロ顔で腰振ってる奴がなに言っても説得力0だな…」
「いじわる…っ、ん、そこも、好き…ちゅ、…」


「ミケ、Lはどこ!もうすぐライブ始まるってのに何やってんのよアイツ!」
バックステージの廊下が暗く、緊迫した空気が漂う。
ハンジの怒声がコンクリートの壁に跳ね返り、騒がしい前の客席のざわめきと混ざり合う。
観客の視線は、舞台上部にあるモニターに集中している。
「ハンジ、今すぐモニター確認しろ。」
ミケは動じず、ステージ袖に設置された小型モニターに視線を落としたまま、短く命令する。その声は低く、鋭い。
「は?」
ハンジは咄嗟にミケを見る。
混乱した表情が一瞬浮かび、すぐに「何かがおかしい」と察した。
いやな汗が纏わりつく。

:抱っこ?:Lが抱っこしてる…:あああああ!:トキメキがすごい:ハスハス:アングル的にどうなの:えもい:夢なんじゃ…:跪け豚共が:Lこっち見て:抱っこされてるイケメン誰?:恋人のエ君:トップアイドル電撃引退→起業→人気アパレルブランド「マリア」ヘアメイクサロン「エルディア」オーナー→プライベートで通ってたLの寵愛を受けて専属契約:お似合いすぎて草:エ君専属になってからのLは神:ぴえん:それな:

「Lが担当に説明不用で極秘指示を出したらしい。」
スタッフルームのモニターが青白く光る。
ミケがスマートフォンを握りしめ、画面に映る短いメッセージをハンジに向けた。
ハンジがミケの肩越しに画面を覗き込み、唇を震わせる。
「ちょっと待ってよ…アダルト限定イベントだからってさすがにこれはヤバいって…」
ミケは袖から離れ暗い廊下に出る。
その先にあるメイクルームの方を一瞥する。
「アルバム【villan】ライブ配信【the villain of the piece】……楽曲を作った段階で俺たちの負けだ。今のLは崇高でクレイジー。」
口元に苦笑いのような、諦念のような表情が浮かぶ。
低く呟く声には、ある種の畏敬と焦燥が入り混じっていた。
「…うわぁ…SNSトレンド入りがエグい……こんなのに付き合ってたら身がもたないよ…」
スマホのトレンド欄に踊るハッシュタグと、すでに溢れかえるファンの興奮のコメント。
画面の光がハンジの蒼ざめた顔を青白く照らし、ため息とともに背中を丸める。

甘く繊細なオブラートで包まれたキスの正体をエレンはまだ知らない。
求めるまま、欲するまま、例えそれがエレンや周囲から理解されないとしても。

「エレン、綺麗だ…その瞳も、唇も、髪も、肌も、全て俺だけのもの…。」
「L…俺が全てを注いで貴方を作り上げるように、俺の内側にLの全てを注いで満たして…」

end.
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