引き寄せられる果実
「お待たせしました!」
玄関を開けると、大きな袋を両手に抱え頬を桜色に染めながら申し訳なさそうな笑顔を向けるエレンが立っていた。
大きな紙袋を抱えて急いでマンションに駆けつけたからか、まだ少し息が上がっている。
「遅かったな。」
「オープンしたての店だから予想以上の長蛇の列で、、すみません。」
「わざわざ列に並ぶ感覚が俺には分からない。だが気にするな。」
「シキシマさん言い方~!」
たわいもない会話をしながらリビングに入ると2人並んでソファに腰をおろす。
エレンはソファ前にある机の上に両手に抱えた袋を置くと楽しそうに鼻歌を歌いながら中身を確認する。
「ふんふ~ん♪」
「何を買ってきたんだ?」
「ベーグルサンドです♡」
満面の笑顔でベーグルを取り出したエレンとは対照的にシキシマの表情が固まる。
(またベーグル…)
最近ベーグルパンにハマっているエレンは毎日昼食に社内のカフェでベーグルサンドを食べ、
休みの日はベーグルで有名なお店巡りをし、
美味しいベーグルを見つけたと言ってはシキシマにプレゼントをしていた。
エレンからの善意を無碍にもできず一緒にベーグル漬けの日々を送るシキシマは、
昨夜ついに大量のベーグルに襲撃され二刀流のパン切り包丁でそれらを切り倒していくという謎の夢でうなされた。
(そもそも俺は和食派だ。俺がパンばかり食べてたらシキシマp…)
「これはシキシマさんのブルーベリークリームチーズ。俺はベルギーチョコ&ナッツ。」
「あ、あぁ。」
「シキシマさんに頼まれてたお店のミルクティー俺もおソロで買っちゃいました。」
「ミルクティー…?」
「リンゴが好きなシキシマさんのためにアップルカスタードパイのデザートもありますよ♡」
(ベーグルもキツイが昼食なのに全部スイーツ…)
げんなりとする和食派辛党シキシマの横で、子犬のようなうるうるとした瞳を向け褒めて欲しいオーラを全開で出してくる甘党エレン。
「お前は好きなモノにハマると一途だな。」
「はい、このモチモチ感がたまりません♪いただきまーす。」
シキシマに頭を撫でられ満足したエレンは、おおきな口を開けあむあむとベーグルサンドを頬張り始める。
時々指についたチョコクリームを舐めたり一口欲しいとおねだりするエレンの可愛さに負け、
文句の1つも言えないシキシマはどっしりとした面構えのベーグルと終始にらめっこするしかしかなかった。
「あーお腹いっぱーい!食べすぎたー!」
ソファに背をもたれエレンはリビングから見える外の景色に目を移す。
高級マンションの上層階にあるシキシマの部屋のリビングは全面ガラス張りで都内を一望でき、
一体感を感じてしまうほど目の前に広がる空の青さに感嘆のため息が漏れる。
「はぁ~シキシマさん家って広いしオシャレだし窓からの眺めもいいし最高ですね。」
「会社から近いだけだ。」
食べ終わったものを片付け食後の紅茶を新たに淹れたシキシマは、
2人分のカップを机の上に置くと再びエレンの横に座る。
一定の間隔を空けて座っていた先ほどとは違い、互いの太ももが布越しに密着するほど距離を詰められエレンは思わずドキッとする。
紅茶の湯気からほんのりと香るハーブのほろ苦さと覗き込むように向けられた甘い視線。
「か、会社近くて一等地のマンションに住むなんて羨ましいです。俺もいつかこんな部屋で暮らしたいな~なんて。あははは。」
声だけは空元気なものの、エレンは緊張で体を強張らせあからさまに顔を反らしてシキシマの視線を避けようとした。
(うわああ!バカバカ俺なにやってんだ…っ!!)
「それなら一緒に住むか?」
その言葉と同時に断りもなく耳に押しつけられた口唇にエレンの体がビクンと跳ねる。
「んんっ」
「エレン、そろそろこの間の返事を聞かせて欲しい。」
「っ…!!」
無精ひげを生やした口唇が耳元で動く度にエレンの体がゾクゾクと震え、吐息交じりの優しい声音が頭の中を痺れさせる。
「…はぁ、……待ってシキシマさん…っダメ…」
「告白された男の部屋に入る意味は、お前も分かっているだろう?」
一週間前。
『初めて会った時からお前のことが好きだった。』
残業を終えた週末の帰り道、突然上司から告白をされた。
シキシマと初めて出会ったのは就活をしていた学生時代。
何十社と回った会社説明会で学生を相手にマイクを持ち語っていた社員の1人だった。
同性でも思わず惹かれるような立ち居振る舞いが印象的で、
シキシマの勤める会社に合格し配属先の上司として再開した時は素直に嬉しかった。
シキシマは若くしてスピード出世したエリートで、男女問わず虜にするその凛々しい姿は皆の憧れの的。
新人の中でも特に気に入ってくれていつの間にかプライベートでも会う間柄になった時は特別な気分がしたが、
それが恋愛感情だとは夢にも思わなかった。
(いい加減な気持ちで来たわけじゃない、けど…)
「それとも力ずくで奪われる方がお好みか?」
「えっ…」
骨ばった長い指に反らした顔をグイッと戻され、艶を含んだ漆黒の瞳と視線がぶつかる。
その端正な顔立ちは間近で見るとより一層綺麗でエレンはシキシマから目が離せなくなった。
「エレン、お前とずっとこうしたかった…。」
互いの体温と吐息が混ざり合い、心地よく溶けていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「!?」
バチーンと勢いよくシキシマの顔面に張り手をかまし、勢い任せに上半身を起こすとエレンは頭の整理がつかないまま喚き散らす。
「シキシマさんは俺の憧れです!大好きだから側にいたいしシキシマさんの特別でいたいけどやっぱり男同士だしいきなりすぎて好きとかよく分からないからもっと時間をくださーーーいっっ!!!」
「っ…」
「ああ!?ご、ごめんなさいっ!!」
ハッと我に返ったエレンは自分のしでかした事の重大さに気づき顔面蒼白になる。
シキシマは両手で顔を覆ったまま、右手の人差し指と中指の隙間を空けるとエレンをじろりと睨みつけた。
「し、シキシマさん…?」
「つまりは、この俺にお前のステップアップに付き合えと?」
「ひっ、いや、シキシマさんにそんなお手間は…で、でも、俺もどーしていいのか…」
目に涙を浮かべ面白いほどオロオロしているエレンの様子にシキシマの肩の力が抜けていく。
(…確かに。昔と違ってここは平和だ。何を焦る必要がある。)
懐かしく痛む、遠い日の記憶。
「分かった。無理強いしてすまなかった。」
穏やかな表情で微笑むシキシマに優しく頭を撫でられ、エレンは少しづつ落ち着きを取り戻しホッとしたように顔を綻ばせる。
「あの、待っててくれるんですか?」
「性に合わないが気長に待つ。ようやく巡り合えたんだ。」
「え?」
「いや、何でもない。」
時を超えて引き寄せられた果実は禁断の扉に手をかける。
扉の外の世界は、2人にしか分からない。
「この流れでキスをしてみようとは思わないのか?」
「っ……なりませんーだっ。」
end.
玄関を開けると、大きな袋を両手に抱え頬を桜色に染めながら申し訳なさそうな笑顔を向けるエレンが立っていた。
大きな紙袋を抱えて急いでマンションに駆けつけたからか、まだ少し息が上がっている。
「遅かったな。」
「オープンしたての店だから予想以上の長蛇の列で、、すみません。」
「わざわざ列に並ぶ感覚が俺には分からない。だが気にするな。」
「シキシマさん言い方~!」
たわいもない会話をしながらリビングに入ると2人並んでソファに腰をおろす。
エレンはソファ前にある机の上に両手に抱えた袋を置くと楽しそうに鼻歌を歌いながら中身を確認する。
「ふんふ~ん♪」
「何を買ってきたんだ?」
「ベーグルサンドです♡」
満面の笑顔でベーグルを取り出したエレンとは対照的にシキシマの表情が固まる。
(またベーグル…)
最近ベーグルパンにハマっているエレンは毎日昼食に社内のカフェでベーグルサンドを食べ、
休みの日はベーグルで有名なお店巡りをし、
美味しいベーグルを見つけたと言ってはシキシマにプレゼントをしていた。
エレンからの善意を無碍にもできず一緒にベーグル漬けの日々を送るシキシマは、
昨夜ついに大量のベーグルに襲撃され二刀流のパン切り包丁でそれらを切り倒していくという謎の夢でうなされた。
(そもそも俺は和食派だ。俺がパンばかり食べてたらシキシマp…)
「これはシキシマさんのブルーベリークリームチーズ。俺はベルギーチョコ&ナッツ。」
「あ、あぁ。」
「シキシマさんに頼まれてたお店のミルクティー俺もおソロで買っちゃいました。」
「ミルクティー…?」
「リンゴが好きなシキシマさんのためにアップルカスタードパイのデザートもありますよ♡」
(ベーグルもキツイが昼食なのに全部スイーツ…)
げんなりとする和食派辛党シキシマの横で、子犬のようなうるうるとした瞳を向け褒めて欲しいオーラを全開で出してくる甘党エレン。
「お前は好きなモノにハマると一途だな。」
「はい、このモチモチ感がたまりません♪いただきまーす。」
シキシマに頭を撫でられ満足したエレンは、おおきな口を開けあむあむとベーグルサンドを頬張り始める。
時々指についたチョコクリームを舐めたり一口欲しいとおねだりするエレンの可愛さに負け、
文句の1つも言えないシキシマはどっしりとした面構えのベーグルと終始にらめっこするしかしかなかった。
「あーお腹いっぱーい!食べすぎたー!」
ソファに背をもたれエレンはリビングから見える外の景色に目を移す。
高級マンションの上層階にあるシキシマの部屋のリビングは全面ガラス張りで都内を一望でき、
一体感を感じてしまうほど目の前に広がる空の青さに感嘆のため息が漏れる。
「はぁ~シキシマさん家って広いしオシャレだし窓からの眺めもいいし最高ですね。」
「会社から近いだけだ。」
食べ終わったものを片付け食後の紅茶を新たに淹れたシキシマは、
2人分のカップを机の上に置くと再びエレンの横に座る。
一定の間隔を空けて座っていた先ほどとは違い、互いの太ももが布越しに密着するほど距離を詰められエレンは思わずドキッとする。
紅茶の湯気からほんのりと香るハーブのほろ苦さと覗き込むように向けられた甘い視線。
「か、会社近くて一等地のマンションに住むなんて羨ましいです。俺もいつかこんな部屋で暮らしたいな~なんて。あははは。」
声だけは空元気なものの、エレンは緊張で体を強張らせあからさまに顔を反らしてシキシマの視線を避けようとした。
(うわああ!バカバカ俺なにやってんだ…っ!!)
「それなら一緒に住むか?」
その言葉と同時に断りもなく耳に押しつけられた口唇にエレンの体がビクンと跳ねる。
「んんっ」
「エレン、そろそろこの間の返事を聞かせて欲しい。」
「っ…!!」
無精ひげを生やした口唇が耳元で動く度にエレンの体がゾクゾクと震え、吐息交じりの優しい声音が頭の中を痺れさせる。
「…はぁ、……待ってシキシマさん…っダメ…」
「告白された男の部屋に入る意味は、お前も分かっているだろう?」
一週間前。
『初めて会った時からお前のことが好きだった。』
残業を終えた週末の帰り道、突然上司から告白をされた。
シキシマと初めて出会ったのは就活をしていた学生時代。
何十社と回った会社説明会で学生を相手にマイクを持ち語っていた社員の1人だった。
同性でも思わず惹かれるような立ち居振る舞いが印象的で、
シキシマの勤める会社に合格し配属先の上司として再開した時は素直に嬉しかった。
シキシマは若くしてスピード出世したエリートで、男女問わず虜にするその凛々しい姿は皆の憧れの的。
新人の中でも特に気に入ってくれていつの間にかプライベートでも会う間柄になった時は特別な気分がしたが、
それが恋愛感情だとは夢にも思わなかった。
(いい加減な気持ちで来たわけじゃない、けど…)
「それとも力ずくで奪われる方がお好みか?」
「えっ…」
骨ばった長い指に反らした顔をグイッと戻され、艶を含んだ漆黒の瞳と視線がぶつかる。
その端正な顔立ちは間近で見るとより一層綺麗でエレンはシキシマから目が離せなくなった。
「エレン、お前とずっとこうしたかった…。」
互いの体温と吐息が混ざり合い、心地よく溶けていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「!?」
バチーンと勢いよくシキシマの顔面に張り手をかまし、勢い任せに上半身を起こすとエレンは頭の整理がつかないまま喚き散らす。
「シキシマさんは俺の憧れです!大好きだから側にいたいしシキシマさんの特別でいたいけどやっぱり男同士だしいきなりすぎて好きとかよく分からないからもっと時間をくださーーーいっっ!!!」
「っ…」
「ああ!?ご、ごめんなさいっ!!」
ハッと我に返ったエレンは自分のしでかした事の重大さに気づき顔面蒼白になる。
シキシマは両手で顔を覆ったまま、右手の人差し指と中指の隙間を空けるとエレンをじろりと睨みつけた。
「し、シキシマさん…?」
「つまりは、この俺にお前のステップアップに付き合えと?」
「ひっ、いや、シキシマさんにそんなお手間は…で、でも、俺もどーしていいのか…」
目に涙を浮かべ面白いほどオロオロしているエレンの様子にシキシマの肩の力が抜けていく。
(…確かに。昔と違ってここは平和だ。何を焦る必要がある。)
懐かしく痛む、遠い日の記憶。
「分かった。無理強いしてすまなかった。」
穏やかな表情で微笑むシキシマに優しく頭を撫でられ、エレンは少しづつ落ち着きを取り戻しホッとしたように顔を綻ばせる。
「あの、待っててくれるんですか?」
「性に合わないが気長に待つ。ようやく巡り合えたんだ。」
「え?」
「いや、何でもない。」
時を超えて引き寄せられた果実は禁断の扉に手をかける。
扉の外の世界は、2人にしか分からない。
「この流れでキスをしてみようとは思わないのか?」
「っ……なりませんーだっ。」
end.
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