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3年6組。
私の在籍するこのクラスにはとても人気のある男子がいる。不二くんと菊丸くんだ。
どちらも我が青春学園のテニス部のレギュラーとして活躍しているらしい。
らしい、というのは私があまりミーハーな精神を持ち合わせておらず興味がないせいで、時折聞こえてくる話を総合しているだけだからだ。
どこの学校に勝ったとか、誰々が告白したとか、正直どうでも良かった。私はクール系女子なのだ。
そんな私が不二くんと接点を持つことになったのは同じ委員会に入ったからだった。
卒業アルバム製作委員会、という3年生にしか無い委員会で、アルバムに載せる写真を選んだり…選んだり…デザインしたり。私はどちらかというと配置とか切り貼りとかのデザインができると聞いて立候補したけど、不二くんがどうしてこの委員になったのかはわからない。まぁ理由なんて人それぞれだもんね。
委員の仕事として他の委員会や各部活、その他諸々の活動をしている人たちの橋渡し的な業務で各所を回ると6割くらいの女子から言われるのが「不二くんと同じ委員会、良いなぁ」である。確かに連絡や相談で話す機会は確実に増えた。だけどそれだけ。そうかも、と当たり障りのない返答をすることは覚えたものの、特に今までと変わったことなんて無いのに、何が「良い」というのだろうか。
なんとなくモヤモヤした気持ちのまま本日の進捗を報告するべく教室へ戻ると、不二くんが机で作業…してなかった、窓を開け放して外を見ていた。
クラスメイトのいない放課後の教室はしんとしていて、校庭から遠く轟く運動部の掛け声と、それを応援する黄色い声がよく響いている。夕暮れと言うには明るすぎる空から吹く風は案外心地よく白いカーテンを揺らし、それから彼の茶色がかった髪もサラサラと流す。教室の入り口に立ち尽くしたままの私からは窓枠に肘を乗せてゆったりとした時間を纏った彼の顔は見えないはずなのに、その瞬間を「綺麗」だと素直に思った。
「あぁ、お疲れ様」
私の存在に気付いた彼は振り返り穏やかに笑顔を見せてくれる。なるほど。これは確かに人気があるのもわかる。こんな風に微笑まれたら女子は勘違いしてしまうな、と妙に納得をして、それでも何でもないような顔で私は返事をした。
「うん。じゃあ今日の報告なんだけど―」
不二くんの席に集まって一通りお互いの報連相を終えて、私は帰宅の準備を始める。彼はこれから部活へ行くのだろう。なにせ青学テニス部のレギュラーなのだ。
いつものように「また明日」と軽く手を上げて扉を開ける彼に、私もいつものように「またね」と返す。だけど今日はなぜかそれでは足りない気がしてしまって
「部活、頑張って」
そう付け足していた。
彼は昨日までと違うやりとりにほんの少し驚いたみたいだったけど、どっちかといえば私のほうが驚いている。今どんな顔になってるのかもわからない。私のようなクール系女子だって動揺することもあるのだ。
「ありがとう」
柔らかな雰囲気の返事をくれた彼は意外にも歩くのが早かった。廊下に響く軽い足音はあっという間に聞こえなくなって、教室には急に色を持った謎の感情に戸惑う私が一人残された。
ただ挨拶のバリエーションが増えただけじゃないの。私はふぅ、と息を吐く。のそりと鞄を抱えて教室から出ようとしてハッと思い出す。ありがとうと言った彼がこの扉に触れて行ったということを。急に身体が固まって動かなくなった。同じところに触れて良いのだろうか。ダメな理由なんてないけど、でもどうなの?!
…と、私が教室から出るまでに10分かかったという事実は誰にも言わないでおこうと心に決めた。
その日から気付けば私の目は不二くんを追うようになっていた。教室の後方の席であることをいい事に、授業中は見放題だし、教室の外でも無意識に彼を探してしまっている。
だけど話しかけたり凝視するようなことはしない。…していないと思う。多分ただ風に吹かれる綺麗な光景をもう一度見たいだけだから。
そうやってこっそり彼を見ていてわかったことがあった。腕を組んで自信満々な態度のときは大体嘘をつくのだ。全力でからかっている。
例えばファッション雑誌の小さなクイズコーナーが解けないとゴロゴロ言っている菊丸くんが不二くんに助けを求めた時。
「不二〜、この問題、正解わかる〜?」
「これは3だね」
「ありがと……って違うじゃん!」
なんて、こんな感じのやり取りをよく見る。
ドヤっている不二くんはやっぱり腕を組んでいて顔だけ見ればわざとなのか本気なのか判らない。
少し離れた席の私は本を読むふりをしながら彼らを盗み見ては頬を緩ませ、尊さから何かに拝みたい気持ちで一杯になった。
何度もそんな事をしていたら、ときどき不意に不二くんと視線が重なることがあって、そういう時は相変わらず彼は柔らかに笑ってくれる。目が合うなんて自意識過剰の思い過ごしかもしれないけど、なんだかくすぐったいような特別なことに感じられた。
だけどクール系女子の私はキャーキャー騒いだりなんてことはしない。ただ残りも少なくなってくるこの学園での思い出の1つとしていくだけなのだ。
相変わらず卒アル製作委員会の仕事は多彩だった。こんなに放課後に残ることある?他の学校もこうなの?思ってたよりやることが多いんだけど、と脳内が愚痴っぽくなる。だって仕方ない。この書類の量、聞いてないよ。
机の上に散らばった書類とにらめっこをするのにも飽きてきて一度大きく伸びをする。クラスは貸し切り状態だ。今なら気分転換に出来もしないブレイクダンスに挑戦しても誰にも咎められることもない。やっちまうか、と席を立って広いスペースを探して教室内を見渡せば窓から夕暮れの空が見えた。
前に不二くんが外を見てた窓。やっぱり書類作業飽きちゃってたのかな。
その時の彼と同じ場所に立ってカーテンを端へ寄せる。薄汚れてて透明とは言えないガラスの向こうに彼は何を見ていたんだろう。
運動部の声が薄く聞こえてくる。締まったままの窓からではなんの部活の声なのかは分からない。彼はあの時何を考えていたんだろうか。やっぱりテニス部のことかな。全部想像でしかないのに少しでも共有してみたくて、そのままの勢いでスッと窓を開ける。
ゴウッ
一気に風が吹き込んできた。ビュウビュウと頭皮ごと持っていかれそうな、まさに暴風といった無頼が教室内を暴れ回る。
慌てて力任せに窓を閉めればそれはすぐに収まり、無法者たちが残したのはボサボサ髪の私と風に舞った書類たち。
以前に見かけた綺麗な光景と条件は同じだったはずなのにこの差はなんなんだろうか。唖然としながらもあの日のそよ風に対して今の嵐はどういうことだと思えばフツフツとお腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「ふ、…ふふ、あはは」
そろそろ担当業務を終えた不二くんが教室に戻って来る頃だ。一人で笑ってたらおかしな人だと思われてしまう。私はクール系女子なのだ、と堪らえようとすればするほどおかしくなってお腹を抱えてしゃがみこんだ。
両手で口を押さえて声を殺そうにも全く意味をなさず、何もかもが笑いのツボを刺激して最終的にゲフんゲフんとむせ返る始末。
5分ほど経った頃だろうか、急にスンと意識が冷めた。荒い呼吸で上気した顔と涙が出るほど笑ったせいで赤い目元はそのままに、床に座り込んだ自分を取り囲むように散らばった書類たちを私はいそいそと拾いにかかる。よく見れば結構広範囲だ。そりゃそうか、あの暴風だもんなー、とまた思い出し笑いをしそうになりつつ、入り口にも飛んできてたよ、と手渡してくれた書類を受け取る。ありがと、と軽く返事をして妙な違和感に私はガバッと顔を上げた。
「楽しそうだったけど何かあったの?」
………………
嘘…だろ?折角拾い集めた紙がすべて私の手を離れていった。楽しそう、ということは一人狂ったように笑う姿を見られていたの?!
「な…なん…」
「君ってクールなタイプかと見せかけてそうでもないよね」
口をパクパクさせるしかできない私を横目に機嫌の良さそうな不二くんは書類を全部回収し終えたようだった。
「それじゃ今日の報告なんだけど」
急な雰囲気の切り替えに私は全くついていけず終始彼のペースで事が進む。若干上の空になりながらも委員会の今日の引き継ぎが無事に終わってやっと私の肩から力が抜けた。
不二くんは帰りの支度を始めている。
だけど委員の仕事疲れと笑い疲れと見られた羞恥疲れで私は猫のように背中を丸めてそっと机に突っ伏した。もう駄目だ、今は動きたくない。
「不二くん、また明日。私は少し休んで帰ります。部活、頑張って」
別れの挨拶に顔を上げる元気もなくてほぼ棒読みのままモゴモゴと伝えれば、堪えられないようにクスクスと笑う声が頭上から降ってきた。
「カメラがあれば良かった」
不穏なワードに私の肩がビクリと揺れる。なんて言った?この痴態を写真に残したいってこと?!
「何を撮る気なの…」
恐る恐る一応確認してみる。
「猫みたいになってる君?」
「やめてょ……」
語尾の弱くなる私の抗議を気に留めることもなく私の前の席に彼が座る気配がした。立ってるよりも距離が近い。これじゃますます態勢を変えられない。クール系女子は慣れてないんだこういうのは、と変わらず机に突っ伏したまま人知れず目を白黒させる。
「綺麗、って言ってたよね」
前触れもなく発せられたその言葉に少し前の光景が脳裏に蘇る。浅い夕暮れと風の中の彼がとても綺麗だと思ったあの時のことだとすぐに察した。けども。
「私…声に出してた…?」
「うん。あの時の殺風景な教室の何が綺麗に見えたの?」
不二くんがいたじゃない、と思ってもそのまま伝えられるわけもない。勝手に感動してたなんて恥ずかしすぎる。こういうときの最適解が思いつかず「あー」とか「うー」とかただ悶ている私に彼が続けて言った。
「実はね、君とは委員会以外でも話してみたいと思ってたんだ」
だからそろそろ顔を上げてくれないかな、の言葉にまるで操られるかのように腕の中から視線だけ上げて見れば、裏側に謎の余裕が覗く普段と変わらない穏やかな笑顔。私をからかっているのかもしれないと疑いつつその腕が組まれていないことにすこしだけ胸が騒ぐ。彼の言う言葉が嘘ではないかもしれないと淡い期待をしている自分がいる。意識してしまえば急に耳が熱い気がするしなんだか視界が揺らいでいる。今はまだこの鼓動がなにを示しているのか知らないままでいたいのに。
「今日は部活が休みだから。折角だし一緒に帰らない?」
「…………はい」
このタイミングでこんな誘われ方、いくらクール系女子といえど断れるわけない。ゆっくりと身体を起こし荷物を持つ。
そして今日、私と彼は初めて同じタイミングで教室を出た。並んで歩く廊下にいつもよりゆっくりとした2つの足音を残しながら。
私の在籍するこのクラスにはとても人気のある男子がいる。不二くんと菊丸くんだ。
どちらも我が青春学園のテニス部のレギュラーとして活躍しているらしい。
らしい、というのは私があまりミーハーな精神を持ち合わせておらず興味がないせいで、時折聞こえてくる話を総合しているだけだからだ。
どこの学校に勝ったとか、誰々が告白したとか、正直どうでも良かった。私はクール系女子なのだ。
そんな私が不二くんと接点を持つことになったのは同じ委員会に入ったからだった。
卒業アルバム製作委員会、という3年生にしか無い委員会で、アルバムに載せる写真を選んだり…選んだり…デザインしたり。私はどちらかというと配置とか切り貼りとかのデザインができると聞いて立候補したけど、不二くんがどうしてこの委員になったのかはわからない。まぁ理由なんて人それぞれだもんね。
委員の仕事として他の委員会や各部活、その他諸々の活動をしている人たちの橋渡し的な業務で各所を回ると6割くらいの女子から言われるのが「不二くんと同じ委員会、良いなぁ」である。確かに連絡や相談で話す機会は確実に増えた。だけどそれだけ。そうかも、と当たり障りのない返答をすることは覚えたものの、特に今までと変わったことなんて無いのに、何が「良い」というのだろうか。
なんとなくモヤモヤした気持ちのまま本日の進捗を報告するべく教室へ戻ると、不二くんが机で作業…してなかった、窓を開け放して外を見ていた。
クラスメイトのいない放課後の教室はしんとしていて、校庭から遠く轟く運動部の掛け声と、それを応援する黄色い声がよく響いている。夕暮れと言うには明るすぎる空から吹く風は案外心地よく白いカーテンを揺らし、それから彼の茶色がかった髪もサラサラと流す。教室の入り口に立ち尽くしたままの私からは窓枠に肘を乗せてゆったりとした時間を纏った彼の顔は見えないはずなのに、その瞬間を「綺麗」だと素直に思った。
「あぁ、お疲れ様」
私の存在に気付いた彼は振り返り穏やかに笑顔を見せてくれる。なるほど。これは確かに人気があるのもわかる。こんな風に微笑まれたら女子は勘違いしてしまうな、と妙に納得をして、それでも何でもないような顔で私は返事をした。
「うん。じゃあ今日の報告なんだけど―」
不二くんの席に集まって一通りお互いの報連相を終えて、私は帰宅の準備を始める。彼はこれから部活へ行くのだろう。なにせ青学テニス部のレギュラーなのだ。
いつものように「また明日」と軽く手を上げて扉を開ける彼に、私もいつものように「またね」と返す。だけど今日はなぜかそれでは足りない気がしてしまって
「部活、頑張って」
そう付け足していた。
彼は昨日までと違うやりとりにほんの少し驚いたみたいだったけど、どっちかといえば私のほうが驚いている。今どんな顔になってるのかもわからない。私のようなクール系女子だって動揺することもあるのだ。
「ありがとう」
柔らかな雰囲気の返事をくれた彼は意外にも歩くのが早かった。廊下に響く軽い足音はあっという間に聞こえなくなって、教室には急に色を持った謎の感情に戸惑う私が一人残された。
ただ挨拶のバリエーションが増えただけじゃないの。私はふぅ、と息を吐く。のそりと鞄を抱えて教室から出ようとしてハッと思い出す。ありがとうと言った彼がこの扉に触れて行ったということを。急に身体が固まって動かなくなった。同じところに触れて良いのだろうか。ダメな理由なんてないけど、でもどうなの?!
…と、私が教室から出るまでに10分かかったという事実は誰にも言わないでおこうと心に決めた。
その日から気付けば私の目は不二くんを追うようになっていた。教室の後方の席であることをいい事に、授業中は見放題だし、教室の外でも無意識に彼を探してしまっている。
だけど話しかけたり凝視するようなことはしない。…していないと思う。多分ただ風に吹かれる綺麗な光景をもう一度見たいだけだから。
そうやってこっそり彼を見ていてわかったことがあった。腕を組んで自信満々な態度のときは大体嘘をつくのだ。全力でからかっている。
例えばファッション雑誌の小さなクイズコーナーが解けないとゴロゴロ言っている菊丸くんが不二くんに助けを求めた時。
「不二〜、この問題、正解わかる〜?」
「これは3だね」
「ありがと……って違うじゃん!」
なんて、こんな感じのやり取りをよく見る。
ドヤっている不二くんはやっぱり腕を組んでいて顔だけ見ればわざとなのか本気なのか判らない。
少し離れた席の私は本を読むふりをしながら彼らを盗み見ては頬を緩ませ、尊さから何かに拝みたい気持ちで一杯になった。
何度もそんな事をしていたら、ときどき不意に不二くんと視線が重なることがあって、そういう時は相変わらず彼は柔らかに笑ってくれる。目が合うなんて自意識過剰の思い過ごしかもしれないけど、なんだかくすぐったいような特別なことに感じられた。
だけどクール系女子の私はキャーキャー騒いだりなんてことはしない。ただ残りも少なくなってくるこの学園での思い出の1つとしていくだけなのだ。
相変わらず卒アル製作委員会の仕事は多彩だった。こんなに放課後に残ることある?他の学校もこうなの?思ってたよりやることが多いんだけど、と脳内が愚痴っぽくなる。だって仕方ない。この書類の量、聞いてないよ。
机の上に散らばった書類とにらめっこをするのにも飽きてきて一度大きく伸びをする。クラスは貸し切り状態だ。今なら気分転換に出来もしないブレイクダンスに挑戦しても誰にも咎められることもない。やっちまうか、と席を立って広いスペースを探して教室内を見渡せば窓から夕暮れの空が見えた。
前に不二くんが外を見てた窓。やっぱり書類作業飽きちゃってたのかな。
その時の彼と同じ場所に立ってカーテンを端へ寄せる。薄汚れてて透明とは言えないガラスの向こうに彼は何を見ていたんだろう。
運動部の声が薄く聞こえてくる。締まったままの窓からではなんの部活の声なのかは分からない。彼はあの時何を考えていたんだろうか。やっぱりテニス部のことかな。全部想像でしかないのに少しでも共有してみたくて、そのままの勢いでスッと窓を開ける。
ゴウッ
一気に風が吹き込んできた。ビュウビュウと頭皮ごと持っていかれそうな、まさに暴風といった無頼が教室内を暴れ回る。
慌てて力任せに窓を閉めればそれはすぐに収まり、無法者たちが残したのはボサボサ髪の私と風に舞った書類たち。
以前に見かけた綺麗な光景と条件は同じだったはずなのにこの差はなんなんだろうか。唖然としながらもあの日のそよ風に対して今の嵐はどういうことだと思えばフツフツとお腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「ふ、…ふふ、あはは」
そろそろ担当業務を終えた不二くんが教室に戻って来る頃だ。一人で笑ってたらおかしな人だと思われてしまう。私はクール系女子なのだ、と堪らえようとすればするほどおかしくなってお腹を抱えてしゃがみこんだ。
両手で口を押さえて声を殺そうにも全く意味をなさず、何もかもが笑いのツボを刺激して最終的にゲフんゲフんとむせ返る始末。
5分ほど経った頃だろうか、急にスンと意識が冷めた。荒い呼吸で上気した顔と涙が出るほど笑ったせいで赤い目元はそのままに、床に座り込んだ自分を取り囲むように散らばった書類たちを私はいそいそと拾いにかかる。よく見れば結構広範囲だ。そりゃそうか、あの暴風だもんなー、とまた思い出し笑いをしそうになりつつ、入り口にも飛んできてたよ、と手渡してくれた書類を受け取る。ありがと、と軽く返事をして妙な違和感に私はガバッと顔を上げた。
「楽しそうだったけど何かあったの?」
………………
嘘…だろ?折角拾い集めた紙がすべて私の手を離れていった。楽しそう、ということは一人狂ったように笑う姿を見られていたの?!
「な…なん…」
「君ってクールなタイプかと見せかけてそうでもないよね」
口をパクパクさせるしかできない私を横目に機嫌の良さそうな不二くんは書類を全部回収し終えたようだった。
「それじゃ今日の報告なんだけど」
急な雰囲気の切り替えに私は全くついていけず終始彼のペースで事が進む。若干上の空になりながらも委員会の今日の引き継ぎが無事に終わってやっと私の肩から力が抜けた。
不二くんは帰りの支度を始めている。
だけど委員の仕事疲れと笑い疲れと見られた羞恥疲れで私は猫のように背中を丸めてそっと机に突っ伏した。もう駄目だ、今は動きたくない。
「不二くん、また明日。私は少し休んで帰ります。部活、頑張って」
別れの挨拶に顔を上げる元気もなくてほぼ棒読みのままモゴモゴと伝えれば、堪えられないようにクスクスと笑う声が頭上から降ってきた。
「カメラがあれば良かった」
不穏なワードに私の肩がビクリと揺れる。なんて言った?この痴態を写真に残したいってこと?!
「何を撮る気なの…」
恐る恐る一応確認してみる。
「猫みたいになってる君?」
「やめてょ……」
語尾の弱くなる私の抗議を気に留めることもなく私の前の席に彼が座る気配がした。立ってるよりも距離が近い。これじゃますます態勢を変えられない。クール系女子は慣れてないんだこういうのは、と変わらず机に突っ伏したまま人知れず目を白黒させる。
「綺麗、って言ってたよね」
前触れもなく発せられたその言葉に少し前の光景が脳裏に蘇る。浅い夕暮れと風の中の彼がとても綺麗だと思ったあの時のことだとすぐに察した。けども。
「私…声に出してた…?」
「うん。あの時の殺風景な教室の何が綺麗に見えたの?」
不二くんがいたじゃない、と思ってもそのまま伝えられるわけもない。勝手に感動してたなんて恥ずかしすぎる。こういうときの最適解が思いつかず「あー」とか「うー」とかただ悶ている私に彼が続けて言った。
「実はね、君とは委員会以外でも話してみたいと思ってたんだ」
だからそろそろ顔を上げてくれないかな、の言葉にまるで操られるかのように腕の中から視線だけ上げて見れば、裏側に謎の余裕が覗く普段と変わらない穏やかな笑顔。私をからかっているのかもしれないと疑いつつその腕が組まれていないことにすこしだけ胸が騒ぐ。彼の言う言葉が嘘ではないかもしれないと淡い期待をしている自分がいる。意識してしまえば急に耳が熱い気がするしなんだか視界が揺らいでいる。今はまだこの鼓動がなにを示しているのか知らないままでいたいのに。
「今日は部活が休みだから。折角だし一緒に帰らない?」
「…………はい」
このタイミングでこんな誘われ方、いくらクール系女子といえど断れるわけない。ゆっくりと身体を起こし荷物を持つ。
そして今日、私と彼は初めて同じタイミングで教室を出た。並んで歩く廊下にいつもよりゆっくりとした2つの足音を残しながら。
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