えんだんよせあつめ
お名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は早く寝てください、と陽太郎が私を部屋へ促す。確かに眠い。だけどまだ縁側で一緒にいたくて素直に頷けない私を、彼はおもむろに抱えて立ち上がった。米俵みたいに担がれてるけど優しい手つきに安心して身を任せたら自然と瞼が落ちてくる。明日は沢山話しましょう、と囁く声が聞こえた気がした。
***
縁側でうたた寝。少し肌寒くなってきて意識が浮上しかけた時そっと私を包むぬくもりが降ってきた。毛布かけてくれたのかな。温かさにまたウトウトし始めた瞬間、吐息を感じた気がして咄嗟に飛び起きた私と目があったのは毛布に化けた虎。あったかかったよ、と虎にお礼を言いつつそっと畳んであげた。
***
「え?本当に?」村で流行ってる足指を開く健康法。寝る前の縁側で私のピクリともしないつま先を見て陽太郎は驚いていた。彼はきれいにパーの形が作れてる。さすがだな。彼を支えてるんだと思えばそのつま先に無意識に手が伸びる。そっと触れたらくすぐったいからダメと何故か真っ赤な顔で逃げられた。
***
畑から一足先に縁側に戻ってふと気になった事。並んだ座布団、あんなに近かった?いつの間にか虎がピッタリ入る隙間だけになっていた陽太郎との距離を急に実感して私の頬が熱を持つ。「気付いちゃいましたか?」とすぐ後ろに来ていた彼が白状したから、私は振り向けないままそっと彼の熱い手を取った。
***
よいしょ!と気合を入れて荷物を持ち上げる。押入れを片付けたくて悪戦苦闘している私の腕にそっと逞しい腕が重なった。「呼んでくれたらいいのに」って笑いながら軽々と荷物を持ち上げて、他に仕舞うものは?なんて聞いてくれる。あぁそれなら陽太郎の格好良さを一度仕舞ってと私は思わず天を仰いだ。
***
瞼越しにもわかる稲光と、直後に轟く雷鳴に堪らず飛び起きる。私は陽太郎の許可もないまま隣の部屋へ駆け込み、読書中の彼の手を勝手に拝借して自分の両耳を塞いだ。驚かれたけど大きくて温かい手はそのまま私を守ってくれるから安心して目を閉じる。彼の体温と呼吸があればどんな雷鳴だって怖くない。
***
負けた方が1つ言うことを聞く、そう言って持ちかけた両手対片手の腕相撲勝負。勝てば陽太郎に触れてもらえる良案だけど即敗北した私に、勝者は望みを口に出す。あなたが勝ったら何をして欲しかったか教えて、と彼は既に甘い顔。恥ずかしくて言えない私は、言葉の代わりにそのままぎゅっと目を閉じた。
***
一緒に出かけましょうと陽太郎が誘ってくれた。私はすぐに返事をする。行き先は村の万屋だけど、ちょっとだけ自分を飾りたくて彼が贈ってくれた髪飾りを手に取れば、シャランと揺れるそれに胸がいっぱいになって。付けて欲しいってお願いしたらどんな顔するかな、と私は縁側で待つ彼のもとへ向かった。
***
どうしてこうなったんだっけ。陽太郎が真剣な目で私を、正確には私の唇を見ている。ただただ唇に紅を引くという任務に集中している彼に下心は見えない。だけどそっと顎を支えられて至近距離に端正な御顔があっては逆にこちらは気が気じゃない。私は無心になるべく修行僧の気持ちで瞼を下ろす事にした。
*
なかなか上手く出来たとおれは長い息を吐く。薄く開いた唇を彩る紅はお気に入りらしく、改めて見れば艶々の唇が一層目を引いた。真顔で瞳を閉じているけど頬の桃色が隠しきれないかわいい彼女に、塗ってくれる?なんて冗談めかして笑うからこうなるんですよと囁いてからおれはそっと距離をゼロにした。
***
風が止んだほんの一瞬、まるで内緒話のような声がおれの耳を撫でていく。肩が触れる距離にいる彼女が小さくおれを呼んだ気がして返事をすれば、聞こえてると思わなかったと驚いてから「幸せだね」とふにゃりと笑った。そうですね、とそっと指を絡めてみれば、彼女の瞳に映る月が綺麗に揺れていた。
***
虎が暑いというのでちょっとした怪談をしたら怯えながら私に寄り添ってきた。縁側に座る私の脇腹にピッタリとくっつく。怖がらせすぎたかな、と虎の背中にそっと触れれば「ギャッ」と声を発したまま固まる黄色の怪モノ。震えてるから暑さ回避はできたようだけど、今日は一緒に寝てあげる事にした。
***
夕立がくるね、と陽太郎と目配せをして。急いで洗濯物や農具を片付けたその時、最初の雫が地を濡らす。一気に降り出す雨に安堵した瞬間、頭をよぎる虎の行方。家にいなかったね。と、大雨の向こうから聞こえてくる虎の声。私達は笑いを抑えられないまま天気に負けた最強の怪モノを迎える準備を始めた。
***
野菜が育つ夏真っ盛り、毎日忙しくも楽しそうな彼の笑顔に、私の想いもどんどん育つ。ずっと彼を見ていたら眩しくて爆発してしまいそうだからと今日は台所仕事に精を出してみた。だけど頑張る陽太郎を想うとやっぱり一緒にいたくなって、私は出来上がったばかりの差し入れを持って畑へ駆け出した。
***
陽太郎の声と鼓膜を優しく揺らす言葉は、いつも負の感情から私を全部救ってくれる。少し涼しい月夜だからとそっと彼に寄り添えば「どうしました?」って囁かれた。それはまるで甘い香りが体中を巡っていく様な感覚で。目眩を覚えて咄嗟に掴んだ彼の腕の暖かさに思わず「好き」の言葉がぽろりと落ちた。
***
頂きものですが、と陽太郎がくれたのは美味しそうな梅干し。すでにシワシワ顔の虎も「蜂蜜漬けだって」の一言に食指が動いたようで、ならばと1つ勢い良く頬張った。
それから部屋に籠った虎の様子を伺えば「ウラギリモノ…」と恨み節が聞こえてきたので明日は甘いけぇきだなと私達は心に決めた。
***
気付いてほしくて時々じっと彼を見る。だけどふいに気付かれてしまったら?私を呼ぶ柔らかい声も、ゆっくり細められる瞳もきっと違う意味を持ってしまいそう。だから私は今日も陽太郎の逞しい背中ばかり見つめてる。溢れそうな気持ちを持て余しているのに、まだこの想いには触れないで、と祈りながら。
***
陽太郎は出会ったときから優しくて、行動も、私に向ける言葉もいつだって丁寧だった。そんなサカモトの暮らしに随分馴染んだ頃、朝の縁側でこちらに気付いた彼が「おはよう」と微笑んでくれて。虎に向ける雑さとは違う、柔らかな陽射しの様な親しみがこもった挨拶に、私の心は射抜かれてしまった。
***
お風呂あがりに縁側で涼む陽太郎。まだ乾ききってない髪と、いつもより少しだけ猫背になっている姿。虎が膝にいるのかな。なんだかんだ虎に甘い彼に向かって私は小さく小さく「すき」と伝えてみた。直接伝える勇気はまだないや、と苦笑いの私を振り返る彼。その影から見えた虎はなぜか頬を染めていた。
***
秋の音、虫の声。縁側で季節を楽しむ。だけど今日は虫達が賑やかだ。「今日は虫がうるさい」と隣に座った虎が呟いた。同じこと感じたんだ、と虎に視線を落とすとその背中に数匹のコオロギ。驚きで私の悲鳴は声にならないまま、思わず虎を放り投げた。ギャァァと飛んでいく虎。…明日はケーキ作ろう。
***
もしや寒さを理由に陽太郎に密着できるのでは?と縁側へ走り襖を開けると秋を越えた寒風が一気に私の体温を奪った。わ、と身震いする私を見て「今日は寒いですよ」と彼は笑った後、薄着すぎますと私を一度抱き込んでから部屋へ追い返した。なに今の。密着はほんの一瞬。なのに全身が沸騰してしまった。
***
静かに読書をしてもなんだか落ち着かなくて空を見上げる。夏とは違う青さにカラカラとした風。なぜか物悲しい気持ちになったその時「…どうぞ」と陽太郎の優しい声がした。手にはお茶と焼き芋。湯気を纏う黄金とにこにこした彼の顔に、秋の切なさは一気に消えた。二人で過ごす縁側。あるのは幸せだけ。
*
静かに読書をしてもなんだか落ち着かなくて空を見上げる。夏とは違う青さにカラカラとした風。なぜか物悲しい気持ちになったその時「…どうぞ」と優しい声がした。振り返ると陽太郎の手にはお茶と「や、焼き芋だー!」歓喜の声を上げる私に、笑いながら焼き芋を食べさせてくれる彼。あぁ、秋って最高!
***
彼に幸せな気持ちになってほしくて、私達はその瞬間を待ちわびる。毎年増えていく愛しさと同じくらいの緊張感。0時ちょうどに寝ている彼の元に突撃するべく時計と虎を握りしめた。胸元でぐぇ、と何か聞こえたけど気にしてられない。おめでとうをこの日一番に届けたい。相棒の虎に目配せをす……虎?!
***
「桜も霞んでしまいますね」庭の桜がもうすぐ満開で、明日はみんなでお花見をしようって話をしてた筈なのに、いつの間にか陽太郎は桜じゃなくて私の方を見ていて。いつもと同じ優しい顔だけど少しだけ何か企んでるような笑顔で、ゆっくり私の手を取って言った。「あなたが一番、綺麗です」
*
隙間がなくなる位に距離を詰めてその手を取る。彼女の指の間に自分の指を入れていく。そっと、しっとりと撫でるように。彼女の視線が指に向かっていることが許せなくて反対の手で桜色の頬に触れる。おれを見るその目は透徹した月の様できっと見透かされてる。おれが、あなたになにをしたいか、なんて。
***
村長が林檎をくれた。私は虎と目を合わせ同時に頷くと陽太郎のもとへと走る。手には大きい湯呑み。「陽太郎、アレやって!」虎と二人でお願いすれば困った笑顔で「今回だけですよ?」って林檎を握る。とてつもない圧がかかった林檎だったものは瑞々しいじゅうすに早変わり。陽太郎の得意技。美味しい。
*
陽太郎が林檎を直絞りしてくれた。美味しいけどそのたびに虎が林檎汁に被弾してベッタベタになる。ただ、それを甘んじて受けたとしても直絞りは甘美なのだ。林檎の季節は陽太郎の「今回だけ」がたくさん聞ける。それもまた甘美な響きだから林檎が手に入れば何度だってお願いする。「ね、アレやって!」
***
おはよう、と縁側で挨拶をする。いつも通りの朝。陽太郎はちょうど配達に行くところだった。春風のいたずらに、彼の外ハネする髪が少し乱れる。そっと直してから行ってらっしゃいと手を振った時、彼から突然、ほんの一瞬抱きしめられた。すみません、つい、と嬉しそうに笑う彼に、私は幸せだと思った。
*
おやすみ、と挨拶をしてからおれは彼女を包み込む。呼吸一往復くらいの短い時間。挨拶の後いつも残念そうな顔をするから堪らなくなって、いつからかこれが習慣になった。なのに今日は「陽太郎、もう少しだけ」と袖を掴まれて離れられなくなる。少し、で済む自信はないけどおれは喜んで腕に力を込めた。
***
いつもは虎に早く寝なさいというけど今日は特別。そわそわしている私と虎と、その様子を見ながら微妙に肩を揺らす陽太郎。いろんな話をするいつもとは違って今日はだんだん口数が減っていく。だけどニコニコは抑えられなくて私は虎をぎゅっと抱きしめたら、陽太郎がそっと虎を回収していった。
*
日付が変わる。そわそわが最高潮に達した時、私と虎は同時に声をあげた。「陽太郎、お誕生日おめでとう!」私達の祝福に陽太郎は破顔して、ありがとうって少し声を詰まらせていた。本当は花束も準備していたけど、泣きそうに笑う彼の顔から目が離せなくて、私は席を立つことができなかった。
*
起きたらお誕生会しようねっておやすみをしたのに全然眠れない。襖の向こうで陽太郎はちゃんと眠れてるのかな。彼の寝息を確認しようとしたら「眠れない?」って囁く声がした。うん、って正直に答えたら「布団、寄せましょうか」って。襖を挟んですぐ隣で彼がいる。今度はドキドキで眠れなくなった。
***
縁側でうたた寝。少し肌寒くなってきて意識が浮上しかけた時そっと私を包むぬくもりが降ってきた。毛布かけてくれたのかな。温かさにまたウトウトし始めた瞬間、吐息を感じた気がして咄嗟に飛び起きた私と目があったのは毛布に化けた虎。あったかかったよ、と虎にお礼を言いつつそっと畳んであげた。
***
「え?本当に?」村で流行ってる足指を開く健康法。寝る前の縁側で私のピクリともしないつま先を見て陽太郎は驚いていた。彼はきれいにパーの形が作れてる。さすがだな。彼を支えてるんだと思えばそのつま先に無意識に手が伸びる。そっと触れたらくすぐったいからダメと何故か真っ赤な顔で逃げられた。
***
畑から一足先に縁側に戻ってふと気になった事。並んだ座布団、あんなに近かった?いつの間にか虎がピッタリ入る隙間だけになっていた陽太郎との距離を急に実感して私の頬が熱を持つ。「気付いちゃいましたか?」とすぐ後ろに来ていた彼が白状したから、私は振り向けないままそっと彼の熱い手を取った。
***
よいしょ!と気合を入れて荷物を持ち上げる。押入れを片付けたくて悪戦苦闘している私の腕にそっと逞しい腕が重なった。「呼んでくれたらいいのに」って笑いながら軽々と荷物を持ち上げて、他に仕舞うものは?なんて聞いてくれる。あぁそれなら陽太郎の格好良さを一度仕舞ってと私は思わず天を仰いだ。
***
瞼越しにもわかる稲光と、直後に轟く雷鳴に堪らず飛び起きる。私は陽太郎の許可もないまま隣の部屋へ駆け込み、読書中の彼の手を勝手に拝借して自分の両耳を塞いだ。驚かれたけど大きくて温かい手はそのまま私を守ってくれるから安心して目を閉じる。彼の体温と呼吸があればどんな雷鳴だって怖くない。
***
負けた方が1つ言うことを聞く、そう言って持ちかけた両手対片手の腕相撲勝負。勝てば陽太郎に触れてもらえる良案だけど即敗北した私に、勝者は望みを口に出す。あなたが勝ったら何をして欲しかったか教えて、と彼は既に甘い顔。恥ずかしくて言えない私は、言葉の代わりにそのままぎゅっと目を閉じた。
***
一緒に出かけましょうと陽太郎が誘ってくれた。私はすぐに返事をする。行き先は村の万屋だけど、ちょっとだけ自分を飾りたくて彼が贈ってくれた髪飾りを手に取れば、シャランと揺れるそれに胸がいっぱいになって。付けて欲しいってお願いしたらどんな顔するかな、と私は縁側で待つ彼のもとへ向かった。
***
どうしてこうなったんだっけ。陽太郎が真剣な目で私を、正確には私の唇を見ている。ただただ唇に紅を引くという任務に集中している彼に下心は見えない。だけどそっと顎を支えられて至近距離に端正な御顔があっては逆にこちらは気が気じゃない。私は無心になるべく修行僧の気持ちで瞼を下ろす事にした。
*
なかなか上手く出来たとおれは長い息を吐く。薄く開いた唇を彩る紅はお気に入りらしく、改めて見れば艶々の唇が一層目を引いた。真顔で瞳を閉じているけど頬の桃色が隠しきれないかわいい彼女に、塗ってくれる?なんて冗談めかして笑うからこうなるんですよと囁いてからおれはそっと距離をゼロにした。
***
風が止んだほんの一瞬、まるで内緒話のような声がおれの耳を撫でていく。肩が触れる距離にいる彼女が小さくおれを呼んだ気がして返事をすれば、聞こえてると思わなかったと驚いてから「幸せだね」とふにゃりと笑った。そうですね、とそっと指を絡めてみれば、彼女の瞳に映る月が綺麗に揺れていた。
***
虎が暑いというのでちょっとした怪談をしたら怯えながら私に寄り添ってきた。縁側に座る私の脇腹にピッタリとくっつく。怖がらせすぎたかな、と虎の背中にそっと触れれば「ギャッ」と声を発したまま固まる黄色の怪モノ。震えてるから暑さ回避はできたようだけど、今日は一緒に寝てあげる事にした。
***
夕立がくるね、と陽太郎と目配せをして。急いで洗濯物や農具を片付けたその時、最初の雫が地を濡らす。一気に降り出す雨に安堵した瞬間、頭をよぎる虎の行方。家にいなかったね。と、大雨の向こうから聞こえてくる虎の声。私達は笑いを抑えられないまま天気に負けた最強の怪モノを迎える準備を始めた。
***
野菜が育つ夏真っ盛り、毎日忙しくも楽しそうな彼の笑顔に、私の想いもどんどん育つ。ずっと彼を見ていたら眩しくて爆発してしまいそうだからと今日は台所仕事に精を出してみた。だけど頑張る陽太郎を想うとやっぱり一緒にいたくなって、私は出来上がったばかりの差し入れを持って畑へ駆け出した。
***
陽太郎の声と鼓膜を優しく揺らす言葉は、いつも負の感情から私を全部救ってくれる。少し涼しい月夜だからとそっと彼に寄り添えば「どうしました?」って囁かれた。それはまるで甘い香りが体中を巡っていく様な感覚で。目眩を覚えて咄嗟に掴んだ彼の腕の暖かさに思わず「好き」の言葉がぽろりと落ちた。
***
頂きものですが、と陽太郎がくれたのは美味しそうな梅干し。すでにシワシワ顔の虎も「蜂蜜漬けだって」の一言に食指が動いたようで、ならばと1つ勢い良く頬張った。
それから部屋に籠った虎の様子を伺えば「ウラギリモノ…」と恨み節が聞こえてきたので明日は甘いけぇきだなと私達は心に決めた。
***
気付いてほしくて時々じっと彼を見る。だけどふいに気付かれてしまったら?私を呼ぶ柔らかい声も、ゆっくり細められる瞳もきっと違う意味を持ってしまいそう。だから私は今日も陽太郎の逞しい背中ばかり見つめてる。溢れそうな気持ちを持て余しているのに、まだこの想いには触れないで、と祈りながら。
***
陽太郎は出会ったときから優しくて、行動も、私に向ける言葉もいつだって丁寧だった。そんなサカモトの暮らしに随分馴染んだ頃、朝の縁側でこちらに気付いた彼が「おはよう」と微笑んでくれて。虎に向ける雑さとは違う、柔らかな陽射しの様な親しみがこもった挨拶に、私の心は射抜かれてしまった。
***
お風呂あがりに縁側で涼む陽太郎。まだ乾ききってない髪と、いつもより少しだけ猫背になっている姿。虎が膝にいるのかな。なんだかんだ虎に甘い彼に向かって私は小さく小さく「すき」と伝えてみた。直接伝える勇気はまだないや、と苦笑いの私を振り返る彼。その影から見えた虎はなぜか頬を染めていた。
***
秋の音、虫の声。縁側で季節を楽しむ。だけど今日は虫達が賑やかだ。「今日は虫がうるさい」と隣に座った虎が呟いた。同じこと感じたんだ、と虎に視線を落とすとその背中に数匹のコオロギ。驚きで私の悲鳴は声にならないまま、思わず虎を放り投げた。ギャァァと飛んでいく虎。…明日はケーキ作ろう。
***
もしや寒さを理由に陽太郎に密着できるのでは?と縁側へ走り襖を開けると秋を越えた寒風が一気に私の体温を奪った。わ、と身震いする私を見て「今日は寒いですよ」と彼は笑った後、薄着すぎますと私を一度抱き込んでから部屋へ追い返した。なに今の。密着はほんの一瞬。なのに全身が沸騰してしまった。
***
静かに読書をしてもなんだか落ち着かなくて空を見上げる。夏とは違う青さにカラカラとした風。なぜか物悲しい気持ちになったその時「…どうぞ」と陽太郎の優しい声がした。手にはお茶と焼き芋。湯気を纏う黄金とにこにこした彼の顔に、秋の切なさは一気に消えた。二人で過ごす縁側。あるのは幸せだけ。
*
静かに読書をしてもなんだか落ち着かなくて空を見上げる。夏とは違う青さにカラカラとした風。なぜか物悲しい気持ちになったその時「…どうぞ」と優しい声がした。振り返ると陽太郎の手にはお茶と「や、焼き芋だー!」歓喜の声を上げる私に、笑いながら焼き芋を食べさせてくれる彼。あぁ、秋って最高!
***
彼に幸せな気持ちになってほしくて、私達はその瞬間を待ちわびる。毎年増えていく愛しさと同じくらいの緊張感。0時ちょうどに寝ている彼の元に突撃するべく時計と虎を握りしめた。胸元でぐぇ、と何か聞こえたけど気にしてられない。おめでとうをこの日一番に届けたい。相棒の虎に目配せをす……虎?!
***
「桜も霞んでしまいますね」庭の桜がもうすぐ満開で、明日はみんなでお花見をしようって話をしてた筈なのに、いつの間にか陽太郎は桜じゃなくて私の方を見ていて。いつもと同じ優しい顔だけど少しだけ何か企んでるような笑顔で、ゆっくり私の手を取って言った。「あなたが一番、綺麗です」
*
隙間がなくなる位に距離を詰めてその手を取る。彼女の指の間に自分の指を入れていく。そっと、しっとりと撫でるように。彼女の視線が指に向かっていることが許せなくて反対の手で桜色の頬に触れる。おれを見るその目は透徹した月の様できっと見透かされてる。おれが、あなたになにをしたいか、なんて。
***
村長が林檎をくれた。私は虎と目を合わせ同時に頷くと陽太郎のもとへと走る。手には大きい湯呑み。「陽太郎、アレやって!」虎と二人でお願いすれば困った笑顔で「今回だけですよ?」って林檎を握る。とてつもない圧がかかった林檎だったものは瑞々しいじゅうすに早変わり。陽太郎の得意技。美味しい。
*
陽太郎が林檎を直絞りしてくれた。美味しいけどそのたびに虎が林檎汁に被弾してベッタベタになる。ただ、それを甘んじて受けたとしても直絞りは甘美なのだ。林檎の季節は陽太郎の「今回だけ」がたくさん聞ける。それもまた甘美な響きだから林檎が手に入れば何度だってお願いする。「ね、アレやって!」
***
おはよう、と縁側で挨拶をする。いつも通りの朝。陽太郎はちょうど配達に行くところだった。春風のいたずらに、彼の外ハネする髪が少し乱れる。そっと直してから行ってらっしゃいと手を振った時、彼から突然、ほんの一瞬抱きしめられた。すみません、つい、と嬉しそうに笑う彼に、私は幸せだと思った。
*
おやすみ、と挨拶をしてからおれは彼女を包み込む。呼吸一往復くらいの短い時間。挨拶の後いつも残念そうな顔をするから堪らなくなって、いつからかこれが習慣になった。なのに今日は「陽太郎、もう少しだけ」と袖を掴まれて離れられなくなる。少し、で済む自信はないけどおれは喜んで腕に力を込めた。
***
いつもは虎に早く寝なさいというけど今日は特別。そわそわしている私と虎と、その様子を見ながら微妙に肩を揺らす陽太郎。いろんな話をするいつもとは違って今日はだんだん口数が減っていく。だけどニコニコは抑えられなくて私は虎をぎゅっと抱きしめたら、陽太郎がそっと虎を回収していった。
*
日付が変わる。そわそわが最高潮に達した時、私と虎は同時に声をあげた。「陽太郎、お誕生日おめでとう!」私達の祝福に陽太郎は破顔して、ありがとうって少し声を詰まらせていた。本当は花束も準備していたけど、泣きそうに笑う彼の顔から目が離せなくて、私は席を立つことができなかった。
*
起きたらお誕生会しようねっておやすみをしたのに全然眠れない。襖の向こうで陽太郎はちゃんと眠れてるのかな。彼の寝息を確認しようとしたら「眠れない?」って囁く声がした。うん、って正直に答えたら「布団、寄せましょうか」って。襖を挟んですぐ隣で彼がいる。今度はドキドキで眠れなくなった。
2/2ページ