えんだんのおはなし
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詩音はちょこまかと動く。怪モノ憑きが治ってからは本来の活発さを遺憾なく発揮し、あちらを片付けこちらを散らかしと毎日忙しくしていた。
サカモトに雪が降るようになった最近の楽しみは、村の子どもたちとの全力の雪遊びだ。子供は容赦がない。大人とて手を抜けばあっという間に動けなくされてしまう。
詩音はたまに虎も一緒に連れて行く。虎は得意の変化の術で男の子になれるんだったと気付いたからだ。子どもたちは面白いやつが来たと盛り上がり余計な詮索などしてこないし、虎ももともと村に居たかのように子どもたちと触れ合い自然に輪の中に入っている。そう、つまり虎も全力で詩音に向かってくるのだ。
だから詩音は雪でしっかり濡れた状態で帰ってきた。今日は片脇に、自慢の毛皮にしっとりと水分を含んだトラを抱えて。
「詩音さんはまず着替えて。虎はこっち」
多大な呆れをにじませながら陽太郎は詩音を温かい部屋へ招いて、そのまま虎を連れて台所の方へと向かって行く。
雪が降って、朝から詩音と虎が村へ行った時点で陽太郎は午前中の仕事を早く切り上げようと心に決めていた。
詩音は陽太郎が温めておいてくれた部屋で、氷のように冷たくなった衣類を脱ぎ、服を着替える。今日はいつもより派手に濡れている。それもそのはず、子どもたちと「雪に埋めたものをどちらの軍が先に見つけるか勝負」をしたから。全員で匍匐前進みたいに雪に向かって突撃していたのだ、楽しかった。またやろう。
脱いだ衣類をまとめていると、陽太郎から声がかかった。
居間に行くとしっとりほかほかしている虎が「詩音!拭いてくれ!」と手ぬぐいを差し出してきた。
「陽太郎は我を雑に扱うからな!」と少し不満げにいうので詩音は陽太郎を見ると、陽太郎も虎と同じ顔をしていて、この兄弟は本当に仲が良いなと思いながら虎から手ぬぐいを受け取る。
「それじゃ虎、私の膝に乗って。拭いてあげるからじっとしててね」
そう言って火鉢のそばで虎を膝に乗せた詩音は手ぬぐいで優しく虎を拭き始めた。
今日の宝探しは虎も大活躍で、やすやすと目当てのものを見つけては子どもたちから尊敬の眼差しを向けられていた。
虎もお宝を独り占めすることなく、子どもたちがちゃんと見つけられるよう手伝っていて、詩音は後で思い切り虎のことを褒めようと思っていたからこうやって膝の上でぬくぬくとしている虎を拭きながら少し撫でてあげることにした。
「詩音さんも拭いてあげます」
そう言って詩音の後ろに座った陽太郎はまだ半乾きの詩音の髪をゆっくり手ぬぐいで挟む。傷つけないよう、慎重に柔らかく触れてくる指先に詩音はくすぐったさを覚えた。
「虎は、さっき台所でぬるま湯に浸しましたから、もうそんなに冷えてないはずです」
「浸した」
なんとなく言葉に棘があるように聞こえるのは気のせいだろうか。その手つきと裏腹な台詞に詩音は不思議に思う。虎が何か話したのだろうか。虎と雪玉を転がしながら帰ってきたせいで手の感覚がなくなるくらい冷えてしまったことが伝わってしまったのかもしれない。
「陽太郎、もしかして怒ってる?」
「怒ってません。心配してるだけです。詩音さん、この前風邪ひいたばかりじゃないですか、こんなに濡れてしまったらまた体調を崩します」
陽太郎から至極もっともな指摘を受けて詩音は少し反省をした。確かに熱を出したのは先週だったような気がする。子どもたちとかまくらを作っていたら、かまくらが崩壊して雪まみれになったのだ。あれは失敗した。
「…以後気をつけます。けど」
詩音が時々子どもたちと全力で遊ぶにはわけがあった。
サカモトでは怪モノ憑きで命を落とした人がいる。子供を残して逝ってしまった親がいる。つまり残された子供がいるということだ。陽太郎のように。
村長のお宅で愛情を持って育ててもらったと笑う陽太郎でさえ、心に抱えた寂しさをぬぐい去ることはできずにいたのだ。詩音はいろんな環境の中で生きる子どもたちが、少しでも楽しい時間を過ごせるようにしたかった。
「わかっていますよ、詩音さん。だけどあなたが体調崩したらみんなも悲しみます。もちろんおれも」
話しながらも詩音の体が冷えないように火鉢を調整しながらしっかりと髪を乾かしていく。
詩音の膝でぬくぬくしていた虎からは寝息が聞こえてきた。よほど心地がいいのだろう。
「ちゃんと自分のことも大事にしてください。それに…体だけじゃなくて、気持ちが疲れたときにもちゃんと休んでほしいです。時々遠い目をしてるでしょう?」
そう言って陽太郎はあらかた乾いてきた詩音の髪を今度は梳いていく。ゆっくりと労るように。
雪の中で濡れた髪はだいぶ絡まっていてこれを解いていくのは骨が折れそうだ。
詩音は寝ている虎を撫でながら陽太郎の手の動きに身を任せる。
ただでさえ根気のいる作業になっているのに、小言を言いながらも陽太郎の手はずっとずっと優しくて、詩音は陽太郎が心配してくれることも、それ故のお説教すらとても幸せで、だんだん嬉しくなってきてしまった。
「ね、陽太郎、私、ちゃんと休んでるよ。こうやって陽太郎がそばにいてくれるでしょ?それだけでとっても元気になれるの」
陽太郎は後ろ姿しか見えないはずの詩音の、踊りだしそうに揺れる肩や、ほんのりと赤みを増している耳から、今にもあふれ出しそうな喜びを感じていた。
自分は今お説教をしていたのではなかったか?どうしてこんなに嬉しそうなんだ?わかってくれないなら何度でも話し合うけど、と困惑しているところで詩音が振り返った。
膝に虎を乗せているからあまり動けないが、器用に陽太郎に向かって顔を向ける。そこには陽太郎が愛してやまない最高の笑顔があった。
「陽太郎、大好き」
とん、と手に持っていた櫛が落ちる音がして陽太郎は我にかえった。
「え、あの」
我には返ったが平常心は返ってこなかった。陽太郎の頭は真っ白になったままで、ただ目の前の愛しい人を見つめることしかできなかったが、詩音はそんな陽太郎を気にすることもなく相変わらず嬉しそうに笑った。
「心配してくれてありがとう。私には陽太郎がいてくれるから疲れもどこかに行っちゃうよ。あ、ちゃんと反省もしたよ!少し!」
「……詩音さん、ずるいです。いつも言わないのにこんな時だけ」
真っ赤な顔を手で覆って天を仰いでしまった陽太郎に詩音は「確かに」とうんうん頷いている。
「…これからはもっとちゃんと言うね、大好きって」
「心臓がもちません。というかそういう事じゃ」
「そんなところも好き」
にこにこと幸せそうに言う詩音に陽太郎は白旗を上げる以外の行動が思いつかなくなっていた。
「……詩音さん、髪、もう少しで終わるのでちょっとむこう向いててください…」
やっとの思いでそう言って詩音に背中を向けさせると、ようやく陽太郎は呼吸ができるようになってきた。
畳に落ちた櫛を拾って、中断していた詩音の髪を梳く。
陽太郎は、もうなんの話をしていたのかわからなくなった。とにかく熱い。
「ね、今度は陽太郎も一緒に遊んでくれる?」
髪を梳き終えてゆるく横へ流す。ちらりとのぞく首筋がほんのり赤い。普段言わない愛の告白をしたのだ、もしかしたら詩音も平常心ではないのかもしれない。そう思うと陽太郎は少し強気を取り戻し、その細い肩に頭をもたげる。赤みを増したような可愛らしい耳に、このまま噛み付いてしまおうか。
「陽太郎、一緒にいてくれる?」
そんな追い打ちに陽太郎は詩音をそのままぎゅっと後ろから抱きしめた。何をどうしても勝てるはずがないのだ、この愛しき人には。
詩音はどんなに心配しても説教しても、誰かのためにと全力で向かってしまう。それならば確かにそばで見守っていたほうが助けることも、一緒に気持ちを共有することもできるではないか。ついに陽太郎は観念して詩音に返事をした。
「…もちろんです。次は一緒に行きましょう」
詩音を抱きしめたまま何が正解だったのか考えてはみるものの、考えたところで、どうせ陽太郎にはいつだって「はい」か「わかりました」の二択しかないのだった。
サカモトに雪が降るようになった最近の楽しみは、村の子どもたちとの全力の雪遊びだ。子供は容赦がない。大人とて手を抜けばあっという間に動けなくされてしまう。
詩音はたまに虎も一緒に連れて行く。虎は得意の変化の術で男の子になれるんだったと気付いたからだ。子どもたちは面白いやつが来たと盛り上がり余計な詮索などしてこないし、虎ももともと村に居たかのように子どもたちと触れ合い自然に輪の中に入っている。そう、つまり虎も全力で詩音に向かってくるのだ。
だから詩音は雪でしっかり濡れた状態で帰ってきた。今日は片脇に、自慢の毛皮にしっとりと水分を含んだトラを抱えて。
「詩音さんはまず着替えて。虎はこっち」
多大な呆れをにじませながら陽太郎は詩音を温かい部屋へ招いて、そのまま虎を連れて台所の方へと向かって行く。
雪が降って、朝から詩音と虎が村へ行った時点で陽太郎は午前中の仕事を早く切り上げようと心に決めていた。
詩音は陽太郎が温めておいてくれた部屋で、氷のように冷たくなった衣類を脱ぎ、服を着替える。今日はいつもより派手に濡れている。それもそのはず、子どもたちと「雪に埋めたものをどちらの軍が先に見つけるか勝負」をしたから。全員で匍匐前進みたいに雪に向かって突撃していたのだ、楽しかった。またやろう。
脱いだ衣類をまとめていると、陽太郎から声がかかった。
居間に行くとしっとりほかほかしている虎が「詩音!拭いてくれ!」と手ぬぐいを差し出してきた。
「陽太郎は我を雑に扱うからな!」と少し不満げにいうので詩音は陽太郎を見ると、陽太郎も虎と同じ顔をしていて、この兄弟は本当に仲が良いなと思いながら虎から手ぬぐいを受け取る。
「それじゃ虎、私の膝に乗って。拭いてあげるからじっとしててね」
そう言って火鉢のそばで虎を膝に乗せた詩音は手ぬぐいで優しく虎を拭き始めた。
今日の宝探しは虎も大活躍で、やすやすと目当てのものを見つけては子どもたちから尊敬の眼差しを向けられていた。
虎もお宝を独り占めすることなく、子どもたちがちゃんと見つけられるよう手伝っていて、詩音は後で思い切り虎のことを褒めようと思っていたからこうやって膝の上でぬくぬくとしている虎を拭きながら少し撫でてあげることにした。
「詩音さんも拭いてあげます」
そう言って詩音の後ろに座った陽太郎はまだ半乾きの詩音の髪をゆっくり手ぬぐいで挟む。傷つけないよう、慎重に柔らかく触れてくる指先に詩音はくすぐったさを覚えた。
「虎は、さっき台所でぬるま湯に浸しましたから、もうそんなに冷えてないはずです」
「浸した」
なんとなく言葉に棘があるように聞こえるのは気のせいだろうか。その手つきと裏腹な台詞に詩音は不思議に思う。虎が何か話したのだろうか。虎と雪玉を転がしながら帰ってきたせいで手の感覚がなくなるくらい冷えてしまったことが伝わってしまったのかもしれない。
「陽太郎、もしかして怒ってる?」
「怒ってません。心配してるだけです。詩音さん、この前風邪ひいたばかりじゃないですか、こんなに濡れてしまったらまた体調を崩します」
陽太郎から至極もっともな指摘を受けて詩音は少し反省をした。確かに熱を出したのは先週だったような気がする。子どもたちとかまくらを作っていたら、かまくらが崩壊して雪まみれになったのだ。あれは失敗した。
「…以後気をつけます。けど」
詩音が時々子どもたちと全力で遊ぶにはわけがあった。
サカモトでは怪モノ憑きで命を落とした人がいる。子供を残して逝ってしまった親がいる。つまり残された子供がいるということだ。陽太郎のように。
村長のお宅で愛情を持って育ててもらったと笑う陽太郎でさえ、心に抱えた寂しさをぬぐい去ることはできずにいたのだ。詩音はいろんな環境の中で生きる子どもたちが、少しでも楽しい時間を過ごせるようにしたかった。
「わかっていますよ、詩音さん。だけどあなたが体調崩したらみんなも悲しみます。もちろんおれも」
話しながらも詩音の体が冷えないように火鉢を調整しながらしっかりと髪を乾かしていく。
詩音の膝でぬくぬくしていた虎からは寝息が聞こえてきた。よほど心地がいいのだろう。
「ちゃんと自分のことも大事にしてください。それに…体だけじゃなくて、気持ちが疲れたときにもちゃんと休んでほしいです。時々遠い目をしてるでしょう?」
そう言って陽太郎はあらかた乾いてきた詩音の髪を今度は梳いていく。ゆっくりと労るように。
雪の中で濡れた髪はだいぶ絡まっていてこれを解いていくのは骨が折れそうだ。
詩音は寝ている虎を撫でながら陽太郎の手の動きに身を任せる。
ただでさえ根気のいる作業になっているのに、小言を言いながらも陽太郎の手はずっとずっと優しくて、詩音は陽太郎が心配してくれることも、それ故のお説教すらとても幸せで、だんだん嬉しくなってきてしまった。
「ね、陽太郎、私、ちゃんと休んでるよ。こうやって陽太郎がそばにいてくれるでしょ?それだけでとっても元気になれるの」
陽太郎は後ろ姿しか見えないはずの詩音の、踊りだしそうに揺れる肩や、ほんのりと赤みを増している耳から、今にもあふれ出しそうな喜びを感じていた。
自分は今お説教をしていたのではなかったか?どうしてこんなに嬉しそうなんだ?わかってくれないなら何度でも話し合うけど、と困惑しているところで詩音が振り返った。
膝に虎を乗せているからあまり動けないが、器用に陽太郎に向かって顔を向ける。そこには陽太郎が愛してやまない最高の笑顔があった。
「陽太郎、大好き」
とん、と手に持っていた櫛が落ちる音がして陽太郎は我にかえった。
「え、あの」
我には返ったが平常心は返ってこなかった。陽太郎の頭は真っ白になったままで、ただ目の前の愛しい人を見つめることしかできなかったが、詩音はそんな陽太郎を気にすることもなく相変わらず嬉しそうに笑った。
「心配してくれてありがとう。私には陽太郎がいてくれるから疲れもどこかに行っちゃうよ。あ、ちゃんと反省もしたよ!少し!」
「……詩音さん、ずるいです。いつも言わないのにこんな時だけ」
真っ赤な顔を手で覆って天を仰いでしまった陽太郎に詩音は「確かに」とうんうん頷いている。
「…これからはもっとちゃんと言うね、大好きって」
「心臓がもちません。というかそういう事じゃ」
「そんなところも好き」
にこにこと幸せそうに言う詩音に陽太郎は白旗を上げる以外の行動が思いつかなくなっていた。
「……詩音さん、髪、もう少しで終わるのでちょっとむこう向いててください…」
やっとの思いでそう言って詩音に背中を向けさせると、ようやく陽太郎は呼吸ができるようになってきた。
畳に落ちた櫛を拾って、中断していた詩音の髪を梳く。
陽太郎は、もうなんの話をしていたのかわからなくなった。とにかく熱い。
「ね、今度は陽太郎も一緒に遊んでくれる?」
髪を梳き終えてゆるく横へ流す。ちらりとのぞく首筋がほんのり赤い。普段言わない愛の告白をしたのだ、もしかしたら詩音も平常心ではないのかもしれない。そう思うと陽太郎は少し強気を取り戻し、その細い肩に頭をもたげる。赤みを増したような可愛らしい耳に、このまま噛み付いてしまおうか。
「陽太郎、一緒にいてくれる?」
そんな追い打ちに陽太郎は詩音をそのままぎゅっと後ろから抱きしめた。何をどうしても勝てるはずがないのだ、この愛しき人には。
詩音はどんなに心配しても説教しても、誰かのためにと全力で向かってしまう。それならば確かにそばで見守っていたほうが助けることも、一緒に気持ちを共有することもできるではないか。ついに陽太郎は観念して詩音に返事をした。
「…もちろんです。次は一緒に行きましょう」
詩音を抱きしめたまま何が正解だったのか考えてはみるものの、考えたところで、どうせ陽太郎にはいつだって「はい」か「わかりました」の二択しかないのだった。
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