えんだんのおはなし
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「これ、陽太郎に渡してだって」
頬を膨らませて不機嫌を絵に書いたような表情ををする詩音さんを見るのは初めてだった。その手にはやたら派手な封筒が握られていて、それはいかにも仕方なくといった感じでおれに差し出された。
「手紙…?誰からですか?」
彼女はまるで熟れた林檎のように、膨らませていた頬を赤くして心底不服そうに返事をする。
「村の女の子。名前は……手紙の中じゃないかな」
渡したからね、とぷぃっと踵を返して部屋へと戻っていく。
縁側に残されたおれは、詩音さんの機嫌を損ねた原因らしい手紙へ視線を落とす。紅色地に白の花が大胆に描かれていて、派手だな、と先程と同じ感想を漏らした。
封を開けてみると便箋が1枚。大きな紅い花の絵が目を引く。そこにはおれに向けた好意と少し強気な文言が書かれている。文の最後には知った名前。詩音さんも付き合いのあるはずの村の友人だった。
気持ちはありがたいけど、と手紙を封筒へ戻す。何度見ても賑やかな色合いだ。以前に詩音さんがくれた手紙は、控えめな白い花柄に押し花を添えてくれていて、胸が痛くなる程に嬉しかったのを覚えている。だけどこの赤い手紙には、申し訳ないくらいそういったときめきのようなものは感じなかった。
…返事は書かないとな。無意識に漏れ出るため息。どんな内容であれ頂いたものだ、きちんと対応しなくてはと思いながらも少し憂鬱になった。だけど今はそれよりも。
手紙には封がしてあった。詩音さんは中身を読んだわけではないだろう。なのにどうしてあんなに不機嫌なのかと、正直おれの関心は手紙よりも、いつも笑顔でいてほしい相手へと向かっていた。
少し遅めの昼休憩を取っていたおれは、詩音さんが消えた部屋の方へ視線を流す。午後の畑仕事が手につかなくなることは容易に想像できた。だって彼女の様子がいつもと違うのだから。何があったのか、何を感じたのか。早く詩音さんの気持ちに寄り添いたいと思ったおれはまず彼女の居場所を探るために立ち上がった。
居場所を探ると言ってもさして広くない家だ、すぐに見つかると踏んでいたのに彼女は家の中にはいないようだった。
どこへ行った?急に不安が胸を襲う。そういえば虎の気配も見当たらない。すっかり彼女に懐いている虎だ、詩音さんの傍に居てくれるのなら危険なことはないと思うけど、と心配を頭から一旦振り払って、家の外、畑とまわり、それから縁側と逆の家の裏へ向かってみた。
家の影で肌寒さの残る裏手だけど、太陽の角度によっては陽だまりができる。ポツポツと立つ木々の間にできたそんな陽だまりに虎はいた。何故か大きい、本来の虎の姿で。
こちらに背を向けて横座りで四肢を投げ出すような姿勢になっていた虎に声をかけようとした時だった。
「わぁぁぁんどうしよう虎ぁぁぁ!」
今まさに探していた、おれの大切な人の声が響く。虎の影になっているけど、どうやら虎のお腹のあたりにしがみついているようだ。
「いい加減落ち着け詩音、結局どうしたというのだ」
あの虎が諭すように問いかけている。この様子だと何がどうなって詩音さんが半泣きで虎に埋もれてるのか、謎は解明されていないようだった。
「…村の娘から陽太郎宛ての恋文を預かったの。絶対渡せって。」
「ほう…!」
恋文、という単語に虎が色めき立つ。気怠そうな姿勢から少しシャッキリと首を起こして詩音さんに話の続きを促した。
「その時に、私の知らない陽太郎のことたくさん自慢されて悔しくなって……だから陽太郎は悪くないのに、私、陽太郎にひどい態度をとっちゃって…」
「ほぅ…」
虎が期待した甘酸っぱい展開ではなさそうだと思ったのか、興味と一緒に虎の首も下がった。すると今まで虎に遮られて見えなかった詩音さんをちらりと覗くことができた。その顔は悲壮感いっぱいで、その大きな瞳から間もなく涙がこぼれてしまいそうな表情に、おれが思わず駆け出したその時
「やっぱり恋文なんて野焼きにすれば良かったぁ!」
野焼き。どんな内容であれ、誰かの気持ちを焼いて捨てるなんて、そんな事できる人ではないくせに。なんて可愛いことを言うんだと思ったら耐えられなくて限界はすぐに来た。
「…はははっ」
思わず溢れた笑い声に、詩音さんはやっとおれが近くまで来ていたことに気付いたようだった。
よ う た ろ う…?と顔を赤くしたり青くしたり忙しい彼女と、「野焼き」の衝撃が重なってしまえば笑いを抑えることが難しい。それでも詩音さんの機嫌をまた損ねるのは避けたくてなんとか口元を手で塞いで堪える。だから肩が震えているのは許してくれるといいのだけれど。
二人のそばまで歩いて行き虎の頭を軽く撫でてから縋るように抱きついている詩音さんを剥がしにかかる。いくら虎でもずっと彼女と密着させているなんて嫌だった。しかも今は、怪モノ退治の時に彼女が「格好良い」と褒める本来の姿だから尚更だ。詩音さんの後ろから肩を抱くようにしておれの方を向かせれば、彼女は決まりの悪そうな顔で視線を泳がせる。
「詩音、陽太郎は全部聞いていたぞ。」
「え!?」
観念しろと言わんばかりの口調で虎が詩音さんへ告げた。おれがここに着いた事も直ぐにわかったいうことか。さすが、最強の怪モノは伊達じゃないな、とおれが感心していると、虎は得意げな顔をしたあと大きく伸びをしてくつろぎ始めた。
「我、ここで昼寝する。詩音は陽太郎と話をしてくると良い」
夫婦げんかは怪モノも食わんのだ、と名言を残し早々にいつもの豆狸の姿に戻ってうつらうつらと船を漕ぎ始める。
おれは虎の頭をもう一度軽く撫でると、その言葉に甘えて、詩音さんの手を取り縁側へ向かうことにした。
「……陽太郎、さっきはごめんね」
一体なんのことだったかと困惑したおれは、シュンとして謝罪の言葉を口にする詩音さんを見る。そうだった、始まりは詩音さんの様子がおかしいことだった。ただ、今となっては不機嫌な態度も、その後に明白になった理由と可愛さでお釣りが来るくらいだから正直すっかり忘れていた。
引いていた詩音さんの手をぎゅっと握る。小さいそれがすぐに握り返される。やることなすことが愛おしい。特に怒っていないことを伝えながら縁側のいつもの席へ座って彼女を見る。まだ少し申し訳なさそうな顔をしているから、それなら、とおれから提案をしてみた。
「確かに恋文でしたから、今から断りの返事を書きます」
「……うん」
詩音さんは少し複雑な顔をする。機嫌が悪くなるくらい嫌な思いをさせられた相手にさえ、完全に切り捨てることができず思いやってしまう。おれは彼女のそういうところも好きだな、と思う。だから。
「ね、詩音さん。おれに、手紙をくれませんか?」
「手紙?」
「はい。おれに、あなたからの恋文をください」
自分で催促するのはおかしいですけど、とつい笑ってしまった。だけどおれは彼女からの恋文が欲しい。恋文じゃなくてもいい、ただ詩音さんのからの言葉が欲しくなった。書いてくれるだろうか。
「…うん、わかった。私の気持ち、陽太郎に贈るね」
カチリと咲く大輪の花というより、風に揺れる一面の花畑のような柔らかな微笑みに、繋いだままの手を引き寄せて彼女の額に一瞬触れるだけの口付けを落とす。するとみるみるうちにその頬は彩りを増し、本当に花畑のような鮮やかさでおれの目を奪っていった。
しばらくして、書き終えた断りの返事を早々に渡しに行き、さり気なく最愛の人の自慢をして縁側に戻ったおれに、詩音さんは少しもじもじとしながらも、白地に薄い桃色の花が描いてある封筒を差し出した。
「陽太郎、受け取ってくれる?」
手紙と一緒に畑の一角に植えてあるいちごの花を添えて。
例の派手な封筒には全く反応しなかったおれの心は、彼女の心遣い一つにどきどきと暴れだす。中身は一人で見たい。じゃないといつものように虎に気持ち悪がられてしまいそうだ。今だってすでに、勝手に口角が上がるのを止めることができない。この喜びをいそいそと作業服にしまうと、手紙の入っている胸が熱くなってくる。
「ありがとう、詩音さん。嬉しいです」
恋文騒動で長い昼休憩になってしまったけど、残りの時間は100倍頑張れそうだ。
「おお、落ち着いたようだな」
と、したり顔の恋愛師匠が外からちょうど戻ってきて、ためらいなくちょこんと詩音さんの膝の上に乗る。そこを定位置だと思っているんだよな。…あれ?そういえば。
「虎、どうしてさっきは大きい姿だったんだ?」
「あぁ、詩音がすごい力で抱いてきたからな。この姿の我では潰れるところだったんだぞ!」
「ごめんってばー」
非難の声を上げる虎を抱きすくめながら謝る詩音さんを見れば、反省をしているようだけれど。これでは次はおれが不機嫌になってしまいかねないと、おれは詩音さんの腕のなかからそっと虎を回収した。彼女に抱きしめられてるのが羨ましいと思ったのは否定しないけれど、おれと詩音さんに二人になる時間をくれた功労者だということはもちろん忘れていない。何かお礼をしよう。
「虎、甘いもの、作ろうか」
「…!けぇき!」
目を輝かせて一瞬で意識を「甘いもの」へ持って行かれた虎を肩に乗せてから、おれは詩音さんを見つめる。
「詩音さんも、行きましょう」
おれの差し出した手をしっかりと握り返してから彼女は勢いをつけて立ち上がる。そして嬉しそうにおれが大事に仕舞った、詩音さんにもらった恋文が入っている胸あたりをトントンと差しながら
「これ、野焼きにしないでね?」
とイタズラ顔で言ってくるから、絶対しません、と今度こそおれは声を出して笑った。
頬を膨らませて不機嫌を絵に書いたような表情ををする詩音さんを見るのは初めてだった。その手にはやたら派手な封筒が握られていて、それはいかにも仕方なくといった感じでおれに差し出された。
「手紙…?誰からですか?」
彼女はまるで熟れた林檎のように、膨らませていた頬を赤くして心底不服そうに返事をする。
「村の女の子。名前は……手紙の中じゃないかな」
渡したからね、とぷぃっと踵を返して部屋へと戻っていく。
縁側に残されたおれは、詩音さんの機嫌を損ねた原因らしい手紙へ視線を落とす。紅色地に白の花が大胆に描かれていて、派手だな、と先程と同じ感想を漏らした。
封を開けてみると便箋が1枚。大きな紅い花の絵が目を引く。そこにはおれに向けた好意と少し強気な文言が書かれている。文の最後には知った名前。詩音さんも付き合いのあるはずの村の友人だった。
気持ちはありがたいけど、と手紙を封筒へ戻す。何度見ても賑やかな色合いだ。以前に詩音さんがくれた手紙は、控えめな白い花柄に押し花を添えてくれていて、胸が痛くなる程に嬉しかったのを覚えている。だけどこの赤い手紙には、申し訳ないくらいそういったときめきのようなものは感じなかった。
…返事は書かないとな。無意識に漏れ出るため息。どんな内容であれ頂いたものだ、きちんと対応しなくてはと思いながらも少し憂鬱になった。だけど今はそれよりも。
手紙には封がしてあった。詩音さんは中身を読んだわけではないだろう。なのにどうしてあんなに不機嫌なのかと、正直おれの関心は手紙よりも、いつも笑顔でいてほしい相手へと向かっていた。
少し遅めの昼休憩を取っていたおれは、詩音さんが消えた部屋の方へ視線を流す。午後の畑仕事が手につかなくなることは容易に想像できた。だって彼女の様子がいつもと違うのだから。何があったのか、何を感じたのか。早く詩音さんの気持ちに寄り添いたいと思ったおれはまず彼女の居場所を探るために立ち上がった。
居場所を探ると言ってもさして広くない家だ、すぐに見つかると踏んでいたのに彼女は家の中にはいないようだった。
どこへ行った?急に不安が胸を襲う。そういえば虎の気配も見当たらない。すっかり彼女に懐いている虎だ、詩音さんの傍に居てくれるのなら危険なことはないと思うけど、と心配を頭から一旦振り払って、家の外、畑とまわり、それから縁側と逆の家の裏へ向かってみた。
家の影で肌寒さの残る裏手だけど、太陽の角度によっては陽だまりができる。ポツポツと立つ木々の間にできたそんな陽だまりに虎はいた。何故か大きい、本来の虎の姿で。
こちらに背を向けて横座りで四肢を投げ出すような姿勢になっていた虎に声をかけようとした時だった。
「わぁぁぁんどうしよう虎ぁぁぁ!」
今まさに探していた、おれの大切な人の声が響く。虎の影になっているけど、どうやら虎のお腹のあたりにしがみついているようだ。
「いい加減落ち着け詩音、結局どうしたというのだ」
あの虎が諭すように問いかけている。この様子だと何がどうなって詩音さんが半泣きで虎に埋もれてるのか、謎は解明されていないようだった。
「…村の娘から陽太郎宛ての恋文を預かったの。絶対渡せって。」
「ほう…!」
恋文、という単語に虎が色めき立つ。気怠そうな姿勢から少しシャッキリと首を起こして詩音さんに話の続きを促した。
「その時に、私の知らない陽太郎のことたくさん自慢されて悔しくなって……だから陽太郎は悪くないのに、私、陽太郎にひどい態度をとっちゃって…」
「ほぅ…」
虎が期待した甘酸っぱい展開ではなさそうだと思ったのか、興味と一緒に虎の首も下がった。すると今まで虎に遮られて見えなかった詩音さんをちらりと覗くことができた。その顔は悲壮感いっぱいで、その大きな瞳から間もなく涙がこぼれてしまいそうな表情に、おれが思わず駆け出したその時
「やっぱり恋文なんて野焼きにすれば良かったぁ!」
野焼き。どんな内容であれ、誰かの気持ちを焼いて捨てるなんて、そんな事できる人ではないくせに。なんて可愛いことを言うんだと思ったら耐えられなくて限界はすぐに来た。
「…はははっ」
思わず溢れた笑い声に、詩音さんはやっとおれが近くまで来ていたことに気付いたようだった。
よ う た ろ う…?と顔を赤くしたり青くしたり忙しい彼女と、「野焼き」の衝撃が重なってしまえば笑いを抑えることが難しい。それでも詩音さんの機嫌をまた損ねるのは避けたくてなんとか口元を手で塞いで堪える。だから肩が震えているのは許してくれるといいのだけれど。
二人のそばまで歩いて行き虎の頭を軽く撫でてから縋るように抱きついている詩音さんを剥がしにかかる。いくら虎でもずっと彼女と密着させているなんて嫌だった。しかも今は、怪モノ退治の時に彼女が「格好良い」と褒める本来の姿だから尚更だ。詩音さんの後ろから肩を抱くようにしておれの方を向かせれば、彼女は決まりの悪そうな顔で視線を泳がせる。
「詩音、陽太郎は全部聞いていたぞ。」
「え!?」
観念しろと言わんばかりの口調で虎が詩音さんへ告げた。おれがここに着いた事も直ぐにわかったいうことか。さすが、最強の怪モノは伊達じゃないな、とおれが感心していると、虎は得意げな顔をしたあと大きく伸びをしてくつろぎ始めた。
「我、ここで昼寝する。詩音は陽太郎と話をしてくると良い」
夫婦げんかは怪モノも食わんのだ、と名言を残し早々にいつもの豆狸の姿に戻ってうつらうつらと船を漕ぎ始める。
おれは虎の頭をもう一度軽く撫でると、その言葉に甘えて、詩音さんの手を取り縁側へ向かうことにした。
「……陽太郎、さっきはごめんね」
一体なんのことだったかと困惑したおれは、シュンとして謝罪の言葉を口にする詩音さんを見る。そうだった、始まりは詩音さんの様子がおかしいことだった。ただ、今となっては不機嫌な態度も、その後に明白になった理由と可愛さでお釣りが来るくらいだから正直すっかり忘れていた。
引いていた詩音さんの手をぎゅっと握る。小さいそれがすぐに握り返される。やることなすことが愛おしい。特に怒っていないことを伝えながら縁側のいつもの席へ座って彼女を見る。まだ少し申し訳なさそうな顔をしているから、それなら、とおれから提案をしてみた。
「確かに恋文でしたから、今から断りの返事を書きます」
「……うん」
詩音さんは少し複雑な顔をする。機嫌が悪くなるくらい嫌な思いをさせられた相手にさえ、完全に切り捨てることができず思いやってしまう。おれは彼女のそういうところも好きだな、と思う。だから。
「ね、詩音さん。おれに、手紙をくれませんか?」
「手紙?」
「はい。おれに、あなたからの恋文をください」
自分で催促するのはおかしいですけど、とつい笑ってしまった。だけどおれは彼女からの恋文が欲しい。恋文じゃなくてもいい、ただ詩音さんのからの言葉が欲しくなった。書いてくれるだろうか。
「…うん、わかった。私の気持ち、陽太郎に贈るね」
カチリと咲く大輪の花というより、風に揺れる一面の花畑のような柔らかな微笑みに、繋いだままの手を引き寄せて彼女の額に一瞬触れるだけの口付けを落とす。するとみるみるうちにその頬は彩りを増し、本当に花畑のような鮮やかさでおれの目を奪っていった。
しばらくして、書き終えた断りの返事を早々に渡しに行き、さり気なく最愛の人の自慢をして縁側に戻ったおれに、詩音さんは少しもじもじとしながらも、白地に薄い桃色の花が描いてある封筒を差し出した。
「陽太郎、受け取ってくれる?」
手紙と一緒に畑の一角に植えてあるいちごの花を添えて。
例の派手な封筒には全く反応しなかったおれの心は、彼女の心遣い一つにどきどきと暴れだす。中身は一人で見たい。じゃないといつものように虎に気持ち悪がられてしまいそうだ。今だってすでに、勝手に口角が上がるのを止めることができない。この喜びをいそいそと作業服にしまうと、手紙の入っている胸が熱くなってくる。
「ありがとう、詩音さん。嬉しいです」
恋文騒動で長い昼休憩になってしまったけど、残りの時間は100倍頑張れそうだ。
「おお、落ち着いたようだな」
と、したり顔の恋愛師匠が外からちょうど戻ってきて、ためらいなくちょこんと詩音さんの膝の上に乗る。そこを定位置だと思っているんだよな。…あれ?そういえば。
「虎、どうしてさっきは大きい姿だったんだ?」
「あぁ、詩音がすごい力で抱いてきたからな。この姿の我では潰れるところだったんだぞ!」
「ごめんってばー」
非難の声を上げる虎を抱きすくめながら謝る詩音さんを見れば、反省をしているようだけれど。これでは次はおれが不機嫌になってしまいかねないと、おれは詩音さんの腕のなかからそっと虎を回収した。彼女に抱きしめられてるのが羨ましいと思ったのは否定しないけれど、おれと詩音さんに二人になる時間をくれた功労者だということはもちろん忘れていない。何かお礼をしよう。
「虎、甘いもの、作ろうか」
「…!けぇき!」
目を輝かせて一瞬で意識を「甘いもの」へ持って行かれた虎を肩に乗せてから、おれは詩音さんを見つめる。
「詩音さんも、行きましょう」
おれの差し出した手をしっかりと握り返してから彼女は勢いをつけて立ち上がる。そして嬉しそうにおれが大事に仕舞った、詩音さんにもらった恋文が入っている胸あたりをトントンと差しながら
「これ、野焼きにしないでね?」
とイタズラ顔で言ってくるから、絶対しません、と今度こそおれは声を出して笑った。