えんだんのおはなし
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5月にしては少し陽射しが強くて汗ばむ日。青空と、光を反射して深くなった緑がきらきらと眩しい。私と虎はいそいそと縁側にお昼ご飯を運ぶ。それはいつもよりちょっとだけ豪華仕様になっている。
なぜなら今日は待ちに待った陽太郎の誕生日だからだ。
私と虎は毎年この時期が近付くとどんな誕生日会にしようか悩んでしまい、しばらく眠れない日々を過ごす。陽太郎が畑仕事をしている隙に、お風呂に入っている隙に。二人でこそこそ相談をする。だけどそれはすぐにばれてしまって、いつもなら仲間はずれにされたと拗ねたふりをする陽太郎も生温かい目で見守ってくれている。ただしこれは誰の誕生日前でも同じなので年に3回起こるのだけど。
今年の虎の案は「陽太郎の成長の記録を付ける」だった。
成長の記録とは一体どういうことなのかしら。
すると虎は大きめの紙と墨を出してきて得意顔で説明してくれた。
「これに毎年陽太郎の手形を取ってみんなで一言ずつ書くのだ!」
なんて素敵な発想なんだろう。毎年続けていけば、ずっと先の未来にもその時々の気持ちを思い出せる筈。虎の得意顔にも納得してしまい私は思わず両手を叩いて虎を褒めたたえた。
だけど、いつかの縁側で今までの寄せ書きを振り返る自分たちの姿を瞼の裏に思い浮かべて、私はあることに気付いてしまった。
「成長とは言っても陽太郎はすでにだいぶ育ってるから手はこれ以上は大きくならない気がするよ?」
「それなら尻でも」
「尻」
待って尻こそ育たないのでは?いや違う、そういう事ではない。陽太郎が尻に墨をつけて大きな紙の上に跡をつける?さらにそれに一言添えると?魚拓ならぬ尻拓を毎年記念に……?
あまりに突飛な閃きだったけど、想像したらあり得なさすぎて陽太郎に悪いくらい笑ってしまった。
「手でいいね」とお腹を抱えて涙を流しながら答える私に、虎も「手でいいな」と大笑いする。それからしばらくどの角度からの尻拓が一番美しいかを散々議論したのだけど、流石にこの話は彼には黙っておこうと思った。
ちなみに私の案は「毎食おやつ付き」という、どちらかといえば虎が喜びそうなものだったが何故か深いため息を吐かれた。解せない。
お昼ご飯ができたことを知らせに行った虎が、畑から陽太郎を連れて帰ってきた。
墨と用紙を準備して、厳正な検討の結果採用になった虎の案を陽太郎に伝えると、彼はふたつ返事で了承してくれた。
縁側に並んで座って、私はいそいそと陽太郎の両手に墨を塗る。筆の動きがくすぐったいのか微妙に肩を揺らしながら耐えてくれているのがなんだかちょっと悪戯心をくすぐられてしまう。
その隣では虎が、紙を押さえながら墨だらけの手が降ろされるのを今か今かと待っていた。では、と気合を入れて、虎の期待に応えるように陽太郎はゆっくりと指を広げた状態で手を押し付けていく。
ぐっと指の先にも均等に力を込めてから陽太郎がそっと手を離すと、畑仕事を頑張っているその形がしっかりと紙の上に写し出されていて、私達は一斉に声を上げる。うまくできたと嬉しそうに笑う陽太郎と、思ったより大きいその手の跡にびっくりする私達。初めてのこの感動はきっとずっと忘れないだろう。
あとはこの手形が乾いたらみんなで一言ずつ書くだけだ。本当に今年の虎の案は素晴らしい。
墨が乾くのを待つ間にお昼ご飯を食べる予定だったので、陽太郎が手を洗ってくると腰を上げる。しかし先程沸き起こった私の悪戯心は陽太郎を逃さなかった。
「自分の手が使えないのなら他の人の手を使えばいいじゃない!」
そうして陽太郎の左右に陣取った私と虎はそれぞれの手にお皿とフォークを持って一口ずつ食べさせることにしたのだった。
「次は私の番!見てこの新玉ねぎ!とろとろに煮込んであるから甘くて美味しいよ!」
「いや次は我のけぇきだ!甘さならはちみつに勝てるものはいない!」
「けぇき係は食後までお待ちくださァい」
ぐぬぬ、と陽太郎を挟んで火花を散らす私と虎はいつの間にか、どちらが陽太郎に食べさせるか勝負になっていた。
容赦なく繰り出される私達からの「あーん」攻撃に、多分いつもなら諌めるはずの陽太郎も今日ばかりは頬が緩んでいる。一応、二人とも落ち着いて、なんて言ってはいたけど本気で私達を止めようとはしていないのは一目瞭然だった。
手のひらが真っ黒で何にも触れないので物理的に私達を離すわけにもいかなかったのだろう。彼はずっとお手上げの姿勢でもぐもぐと咀嚼していたが、それもついに終わりを迎えお昼ご飯は完食を持って終了と相成った。
「お腹いっぱいです」
と、陽太郎はお手上げの格好のままバタンと後ろに倒れる。
いつもより手の込んだちょっと豪華なお昼ご飯を完食したのだ、そのまま一休みしたくもなる気持ちはわかる。陽太郎にしては少し珍しい行動だったが、それもなんだか特別で嬉しく思えた。
私はぐるりと周りを見回してみる。
晴れた空、そよそよと吹く風、満腹のお腹、仰向けで目を閉じる陽太郎、なんだか企んだ顔をしてこちらを向いている虎………。そうだね、それしかない。
まさに以心伝心、私と虎は同時にに陽太郎の腕を枕にするように寝転んだ。
わ、と少し驚いた声がしたけど聞こえなかったことにして私は陽太郎に聞いてみる。
「ね、記念すべき1枚目には何を書く?」
「……そうですね、今年も幸せです、かな」
「それじゃ私達はみんなで同じことを書いちゃいそうだね」
くすくすとこみ上げる笑いを止められないまま私は少し陽太郎に擦り寄ってみたら、夏の暑さとは違う温かさが心地よくて強力な睡魔が襲ってきた。どうやら反対の腕でも同じことが起きているらしく、虎の寝息が一層まぶたを重くしにくる。やがてぼんやりと夢見心地になった頃、遠くの方で「うん、追加で書くことが決まりました」と聞こえた気がした。
その夜、完成した手形に書いてあったのは『墨はすぐに落とす』だった。
だって手が汚れていると二人に触れられませんからね、と私と虎はそのままぴかぴかになった手によってギュウギュウと抱きしめられるのだった。
なぜなら今日は待ちに待った陽太郎の誕生日だからだ。
私と虎は毎年この時期が近付くとどんな誕生日会にしようか悩んでしまい、しばらく眠れない日々を過ごす。陽太郎が畑仕事をしている隙に、お風呂に入っている隙に。二人でこそこそ相談をする。だけどそれはすぐにばれてしまって、いつもなら仲間はずれにされたと拗ねたふりをする陽太郎も生温かい目で見守ってくれている。ただしこれは誰の誕生日前でも同じなので年に3回起こるのだけど。
今年の虎の案は「陽太郎の成長の記録を付ける」だった。
成長の記録とは一体どういうことなのかしら。
すると虎は大きめの紙と墨を出してきて得意顔で説明してくれた。
「これに毎年陽太郎の手形を取ってみんなで一言ずつ書くのだ!」
なんて素敵な発想なんだろう。毎年続けていけば、ずっと先の未来にもその時々の気持ちを思い出せる筈。虎の得意顔にも納得してしまい私は思わず両手を叩いて虎を褒めたたえた。
だけど、いつかの縁側で今までの寄せ書きを振り返る自分たちの姿を瞼の裏に思い浮かべて、私はあることに気付いてしまった。
「成長とは言っても陽太郎はすでにだいぶ育ってるから手はこれ以上は大きくならない気がするよ?」
「それなら尻でも」
「尻」
待って尻こそ育たないのでは?いや違う、そういう事ではない。陽太郎が尻に墨をつけて大きな紙の上に跡をつける?さらにそれに一言添えると?魚拓ならぬ尻拓を毎年記念に……?
あまりに突飛な閃きだったけど、想像したらあり得なさすぎて陽太郎に悪いくらい笑ってしまった。
「手でいいね」とお腹を抱えて涙を流しながら答える私に、虎も「手でいいな」と大笑いする。それからしばらくどの角度からの尻拓が一番美しいかを散々議論したのだけど、流石にこの話は彼には黙っておこうと思った。
ちなみに私の案は「毎食おやつ付き」という、どちらかといえば虎が喜びそうなものだったが何故か深いため息を吐かれた。解せない。
お昼ご飯ができたことを知らせに行った虎が、畑から陽太郎を連れて帰ってきた。
墨と用紙を準備して、厳正な検討の結果採用になった虎の案を陽太郎に伝えると、彼はふたつ返事で了承してくれた。
縁側に並んで座って、私はいそいそと陽太郎の両手に墨を塗る。筆の動きがくすぐったいのか微妙に肩を揺らしながら耐えてくれているのがなんだかちょっと悪戯心をくすぐられてしまう。
その隣では虎が、紙を押さえながら墨だらけの手が降ろされるのを今か今かと待っていた。では、と気合を入れて、虎の期待に応えるように陽太郎はゆっくりと指を広げた状態で手を押し付けていく。
ぐっと指の先にも均等に力を込めてから陽太郎がそっと手を離すと、畑仕事を頑張っているその形がしっかりと紙の上に写し出されていて、私達は一斉に声を上げる。うまくできたと嬉しそうに笑う陽太郎と、思ったより大きいその手の跡にびっくりする私達。初めてのこの感動はきっとずっと忘れないだろう。
あとはこの手形が乾いたらみんなで一言ずつ書くだけだ。本当に今年の虎の案は素晴らしい。
墨が乾くのを待つ間にお昼ご飯を食べる予定だったので、陽太郎が手を洗ってくると腰を上げる。しかし先程沸き起こった私の悪戯心は陽太郎を逃さなかった。
「自分の手が使えないのなら他の人の手を使えばいいじゃない!」
そうして陽太郎の左右に陣取った私と虎はそれぞれの手にお皿とフォークを持って一口ずつ食べさせることにしたのだった。
「次は私の番!見てこの新玉ねぎ!とろとろに煮込んであるから甘くて美味しいよ!」
「いや次は我のけぇきだ!甘さならはちみつに勝てるものはいない!」
「けぇき係は食後までお待ちくださァい」
ぐぬぬ、と陽太郎を挟んで火花を散らす私と虎はいつの間にか、どちらが陽太郎に食べさせるか勝負になっていた。
容赦なく繰り出される私達からの「あーん」攻撃に、多分いつもなら諌めるはずの陽太郎も今日ばかりは頬が緩んでいる。一応、二人とも落ち着いて、なんて言ってはいたけど本気で私達を止めようとはしていないのは一目瞭然だった。
手のひらが真っ黒で何にも触れないので物理的に私達を離すわけにもいかなかったのだろう。彼はずっとお手上げの姿勢でもぐもぐと咀嚼していたが、それもついに終わりを迎えお昼ご飯は完食を持って終了と相成った。
「お腹いっぱいです」
と、陽太郎はお手上げの格好のままバタンと後ろに倒れる。
いつもより手の込んだちょっと豪華なお昼ご飯を完食したのだ、そのまま一休みしたくもなる気持ちはわかる。陽太郎にしては少し珍しい行動だったが、それもなんだか特別で嬉しく思えた。
私はぐるりと周りを見回してみる。
晴れた空、そよそよと吹く風、満腹のお腹、仰向けで目を閉じる陽太郎、なんだか企んだ顔をしてこちらを向いている虎………。そうだね、それしかない。
まさに以心伝心、私と虎は同時にに陽太郎の腕を枕にするように寝転んだ。
わ、と少し驚いた声がしたけど聞こえなかったことにして私は陽太郎に聞いてみる。
「ね、記念すべき1枚目には何を書く?」
「……そうですね、今年も幸せです、かな」
「それじゃ私達はみんなで同じことを書いちゃいそうだね」
くすくすとこみ上げる笑いを止められないまま私は少し陽太郎に擦り寄ってみたら、夏の暑さとは違う温かさが心地よくて強力な睡魔が襲ってきた。どうやら反対の腕でも同じことが起きているらしく、虎の寝息が一層まぶたを重くしにくる。やがてぼんやりと夢見心地になった頃、遠くの方で「うん、追加で書くことが決まりました」と聞こえた気がした。
その夜、完成した手形に書いてあったのは『墨はすぐに落とす』だった。
だって手が汚れていると二人に触れられませんからね、と私と虎はそのままぴかぴかになった手によってギュウギュウと抱きしめられるのだった。
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