えんだんのおはなし
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陽太郎の誕生日に贈るものには毎回頭を悩ませてきた。私が選んだものなら何でも喜んでくれるのがわかっているからこそ逆に難しい。だけど想うことはいつも同じで、やっぱり彼の日常に寄り添うようなものを贈りたかった。
あれこれ考えては陽太郎の日々を盗み見てそわそわして、時々思いもよらない瞬間に目が合って動揺する私に、敢えて何も聞かずに陽太郎は微笑んでくれていた。とはいえそれは私の誕生日が近付いた時にお互いが今と逆の行動をしているからわかってしまうことで、彼の微笑みは生温いもののそれを含めて恒例行事になっている。
お誕生日会は年に3回、その時々の最大のおめでとうを贈りあってきた。びっくりしたり、涙が出るくらい感動したり、重ねた年数分を振り返ってもそこにあるのはみんなの笑顔ばかりだった。
そうしてやってきた今年の新緑の季節。
どの時季もそれぞれの良さがあるけれど、私はこの爽やかな風と心地よい暑さ、それから日に日に濃くなっていく緑の音が好きだった。
なんだか叫びたくなるような清々しい天気が続き、陽太郎は畑仕事や村長の手伝いで外にいることが多い。その隙に、と私は彼への贈り物の準備を進めていく。
「今年の陽太郎を散々観察して決めた結果」を箱からそっと手に取って眺めた。本当にこれで良かっただろうか、使ってくれるかな、他のものが良いかなと直前になってもまだ妙な不安が心を占める。今更他のものを用意する時間もないのにうんうんと唸ってから、ええい女は度胸だ!と勢い良くそれをしまって蓋を閉めた。ただその瞬間に、気に入ってくれますように、とまた少し祈ってしまったから私の度胸はかなり貧弱だと言える。
実は「今年の陽太郎を散々観察して決めた結果」とは別にもう一つ用意したものがある。
都会で人気の少しお洒落な調味料だ。野菜につけて食べる、確か「ソース」と雑誌に載っていた。きっと虎も喜ぶし、陽太郎が作る美味しい野菜の新しい一面に出会えるかもしれないなんて、言い訳まで考えて。もし例のものが不評だった場合の保険をかけるなんてこれは貧弱どころではない。私の度胸など幻だったようだ。
彼のために選んだのは間違いないし、私達の関係も近くなった。それなのになんだか逆に気恥ずかしくなってしまうこともあるんだな。
そんなことあるかな、と陽太郎との出会いからを思い返してみると、彼は初めから大きな愛で私を見てくれていた。それは家族に向けるような情愛だったかもしれない。じんわりと暖かくて居心地が良かった。
そこまで考えてふと気付いたことがある。
私はもしかして、今になって彼に恋をしているのかもしれない、と。
いやまさかね、と気を取り直してじっくり悩んで決めた箱を2つ、薄緑の包装紙で包みこむ。私にしては珍しくきっちり折り目をつけて丁寧に丁寧に作業を進めた。
深い緑のりぼんをかけて慎重に蝶々結びを施したところでふぅ、と忘れていた呼吸を再開する。
見栄えは上々、これならいけると謎の自信が生まれたところで廊下からトタトタと小さな音が聞こえてきた。
これは、りぼんがうまく結べないと虎がやってきたに違いない。
ふふ、と「家族」と一緒にお祝いができる幸せを噛みしめて私は襖に手を伸ばした。
それから泥だらけで帰宅した陽太郎をお風呂に案内して、その間に私は虎と特別な夕飯を食卓へ運ぶ。
卓いっぱいに陽太郎の好きなものを並べてから、お互いの贈り物に目配せをして私達がニヤリと笑った頃、無自覚に湯上がりの色気を出す主役が居間に戻ってきた。虎と二人で彼をいつもの席へ押し込むとようやく誕生日会は幕を開けたのだった。
まず虎から陽太郎へ。テカテカと嬉しそうな顔で、上手に結べたのだとりぼんを見せつけている。解くのがもったいないなと言われて、え?!いいから中を見ろと慌てている虎が可愛くて私は頬が緩むのを抑えきれなかった。
その後で、私がおめでとうの言葉と共に差し出した包みを受け取るのは働き者の大きな手。私を、虎を守り慈しんでくれる優しい手だ。
それから、ありがとうと照れたように目尻を下げる、出会った頃から変わらない太陽みたいな大好きな笑顔がそこにあった。
陽太郎は私からの贈り物を見て更にキラキラとニコニコを足した顔になっていた。
もし気に入ってもらえなかったらなんて杞憂だったと気付く。一気に力が抜けた。良かった。
私が彼に贈ったのは鉛筆だった。常に畑仕事の研究や勉強がんばってるし、日記を書いているから鉛筆なんてなんぼあってもいいですからね!となぜだか陽太郎と目を合わせることができないまま早口で捲し立てると彼は少しだけこちらに体を寄せてくる。
今夜は縁側で少し話しませんか。虎の視線が贈り物のソースに向いている隙にさらりと私に耳打ちをする仕草は、一緒に暮らす間にだいぶ変わったように思う。このあとは決まって、すぐに赤くなる私の頬と耳を見て優しくからかってくるのだ。あなたはずっとかわいいですね、なんて言って余裕すら見せてくるだろう。ずるい。こんなのずるい。心臓がぎゅうっとなって、やっぱり恋かもしれないと痛感させられてしまうではないか。
誕生会の間はもううまく喋れないかもしれない。だから夜、二人きりの時間になったらもう一度おめでとうを言ってそっと乾杯をしよう。それから今日のことも、これから起こるいろんな出来事も、私が悩んで贈った鉛筆で思ったまま綴って欲しいのだと伝えよう。いつか読み返して思い出話に花を咲かせるのも楽しそうだ。
その日記に私と虎の名前をたくさん書いてくれたらいいな、なんて贅沢な願いを潜ませながら、私はやっぱり真っ赤になってしまった顔で陽太郎を見上げるのだった。
あれこれ考えては陽太郎の日々を盗み見てそわそわして、時々思いもよらない瞬間に目が合って動揺する私に、敢えて何も聞かずに陽太郎は微笑んでくれていた。とはいえそれは私の誕生日が近付いた時にお互いが今と逆の行動をしているからわかってしまうことで、彼の微笑みは生温いもののそれを含めて恒例行事になっている。
お誕生日会は年に3回、その時々の最大のおめでとうを贈りあってきた。びっくりしたり、涙が出るくらい感動したり、重ねた年数分を振り返ってもそこにあるのはみんなの笑顔ばかりだった。
そうしてやってきた今年の新緑の季節。
どの時季もそれぞれの良さがあるけれど、私はこの爽やかな風と心地よい暑さ、それから日に日に濃くなっていく緑の音が好きだった。
なんだか叫びたくなるような清々しい天気が続き、陽太郎は畑仕事や村長の手伝いで外にいることが多い。その隙に、と私は彼への贈り物の準備を進めていく。
「今年の陽太郎を散々観察して決めた結果」を箱からそっと手に取って眺めた。本当にこれで良かっただろうか、使ってくれるかな、他のものが良いかなと直前になってもまだ妙な不安が心を占める。今更他のものを用意する時間もないのにうんうんと唸ってから、ええい女は度胸だ!と勢い良くそれをしまって蓋を閉めた。ただその瞬間に、気に入ってくれますように、とまた少し祈ってしまったから私の度胸はかなり貧弱だと言える。
実は「今年の陽太郎を散々観察して決めた結果」とは別にもう一つ用意したものがある。
都会で人気の少しお洒落な調味料だ。野菜につけて食べる、確か「ソース」と雑誌に載っていた。きっと虎も喜ぶし、陽太郎が作る美味しい野菜の新しい一面に出会えるかもしれないなんて、言い訳まで考えて。もし例のものが不評だった場合の保険をかけるなんてこれは貧弱どころではない。私の度胸など幻だったようだ。
彼のために選んだのは間違いないし、私達の関係も近くなった。それなのになんだか逆に気恥ずかしくなってしまうこともあるんだな。
そんなことあるかな、と陽太郎との出会いからを思い返してみると、彼は初めから大きな愛で私を見てくれていた。それは家族に向けるような情愛だったかもしれない。じんわりと暖かくて居心地が良かった。
そこまで考えてふと気付いたことがある。
私はもしかして、今になって彼に恋をしているのかもしれない、と。
いやまさかね、と気を取り直してじっくり悩んで決めた箱を2つ、薄緑の包装紙で包みこむ。私にしては珍しくきっちり折り目をつけて丁寧に丁寧に作業を進めた。
深い緑のりぼんをかけて慎重に蝶々結びを施したところでふぅ、と忘れていた呼吸を再開する。
見栄えは上々、これならいけると謎の自信が生まれたところで廊下からトタトタと小さな音が聞こえてきた。
これは、りぼんがうまく結べないと虎がやってきたに違いない。
ふふ、と「家族」と一緒にお祝いができる幸せを噛みしめて私は襖に手を伸ばした。
それから泥だらけで帰宅した陽太郎をお風呂に案内して、その間に私は虎と特別な夕飯を食卓へ運ぶ。
卓いっぱいに陽太郎の好きなものを並べてから、お互いの贈り物に目配せをして私達がニヤリと笑った頃、無自覚に湯上がりの色気を出す主役が居間に戻ってきた。虎と二人で彼をいつもの席へ押し込むとようやく誕生日会は幕を開けたのだった。
まず虎から陽太郎へ。テカテカと嬉しそうな顔で、上手に結べたのだとりぼんを見せつけている。解くのがもったいないなと言われて、え?!いいから中を見ろと慌てている虎が可愛くて私は頬が緩むのを抑えきれなかった。
その後で、私がおめでとうの言葉と共に差し出した包みを受け取るのは働き者の大きな手。私を、虎を守り慈しんでくれる優しい手だ。
それから、ありがとうと照れたように目尻を下げる、出会った頃から変わらない太陽みたいな大好きな笑顔がそこにあった。
陽太郎は私からの贈り物を見て更にキラキラとニコニコを足した顔になっていた。
もし気に入ってもらえなかったらなんて杞憂だったと気付く。一気に力が抜けた。良かった。
私が彼に贈ったのは鉛筆だった。常に畑仕事の研究や勉強がんばってるし、日記を書いているから鉛筆なんてなんぼあってもいいですからね!となぜだか陽太郎と目を合わせることができないまま早口で捲し立てると彼は少しだけこちらに体を寄せてくる。
今夜は縁側で少し話しませんか。虎の視線が贈り物のソースに向いている隙にさらりと私に耳打ちをする仕草は、一緒に暮らす間にだいぶ変わったように思う。このあとは決まって、すぐに赤くなる私の頬と耳を見て優しくからかってくるのだ。あなたはずっとかわいいですね、なんて言って余裕すら見せてくるだろう。ずるい。こんなのずるい。心臓がぎゅうっとなって、やっぱり恋かもしれないと痛感させられてしまうではないか。
誕生会の間はもううまく喋れないかもしれない。だから夜、二人きりの時間になったらもう一度おめでとうを言ってそっと乾杯をしよう。それから今日のことも、これから起こるいろんな出来事も、私が悩んで贈った鉛筆で思ったまま綴って欲しいのだと伝えよう。いつか読み返して思い出話に花を咲かせるのも楽しそうだ。
その日記に私と虎の名前をたくさん書いてくれたらいいな、なんて贅沢な願いを潜ませながら、私はやっぱり真っ赤になってしまった顔で陽太郎を見上げるのだった。
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