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●FILE0011
── 20XX-08-29
手が動く。足も動く。目は開く。おそらく立ち上がることもできるんだろう。
しかし己の腰は硬いベッド台の淵にしっかりとかけられていて、今すぐに歩きたいとも思えない。クリアな視界に似つかわしくなく、頭はうすぼんやり曇っていた。
「動けるか」
声が聞こえた。目の前の男のものだ。
「うん。でも全体的になんか重たいかも……」
「痛みは」
「ない、と思う」
ぷらぷら手首を振って答えた。
そうだ、手は動くのだ。この体まるごと自分のものだ……おそらくは。
「あの……まず尋ねたいのだけれど」
「ああ」
「おれの内部ストレージにあるデータ、ほとんど読み込めないみたいなんだ。っていうか、さっきからなんか変なエラーばっかり出てて……自分の情報すら取り出せなくなってる」
「だろうな」
「というわけで、ここはどこ? おれはだれ?」
「ミステリ小説のお手本みたいなリアクションをどうも」
男は憎たらしく目を眇める。なんだって整った美丈夫で、輝くシルバーブルーの装飾があちこちにあって、絢爛な様をしていた。ということは、その小憎い表情でさえ可愛らしかった。
「軽く状況説明といこう」
会話で頭が冴えて、だんだん視界が広がっていく。
男はベッドから少し離して置かれた椅子の上、優雅に足を組んでいる。背筋は自然に伸びていて臆するところがないといった感じだ。見た目と立ち振る舞いのイメージが一致していて大層気持ちが良い。青年モデルだろう、低くも明朗な声色が、その饒舌を後押ししているようだ。
「お前の名前はマグネットマン。Dr.ワイリーとDr.ライト、ロボット工学の天才ふたりが共同開発した工業用機。現在の仕事はワイリー博士の下で世界征服の手伝いといったところか」
「マグネットマン……」
「鏡を貸してやる。自分の姿を見た方が納得できるだろう」
男の手鏡を拝借する。彼の機体の装飾と遜色ないきらきらりんの手鏡。なんの恐怖心もなく覗き込んでみれば、結ばれた己の像とまっすぐ目が合った。
あかい装甲にみどりのカメラアイ。ヘルメットの額あたりに取り付けられたU字磁石。これが『マグネットマン』。ふむ、安直である。
「磁石型の弾丸を飛ばすマグネットミサイルはお前の固有武器だ。対象が金属であれば磁力でもって追跡できる。誤作動に気をつけることだな」
「ミサイルってそんな無意識のうちにポンポン発射できるものなの?」
「それは聞かれても困る」
「……ああそっか、そりゃあそうだ。悪い。変なこと聞いちゃった」
磁力でもって扱うから己の武器なのであって、彼が勝手を知るわけもない。
気を取り直して続きを聞いた。
「それからお前の脳は……正確には脳に当たる機能だが、ともかくそいつは訳あって厳重に鍵がかけられている。以前のお前が身の危険を感じて、自らを錠の裏に封じ込めてしまった。つまるところ記憶障害。脳内に出てるエラーはそいつのせいだろう」
「ええと。おれがなんかピンチになって『一旦ぜんぶ考えるのやめよ〜』ってやったってこと? 合ってる?」
「大体そんな感じ」
「鍵を開けるにはどうしたら?」
「そこを含めて検査するためにお前の再起動を待っていた。内部処理が不安定なまま深入りするのも危険だから」
「そうかあ……」
だったらしばらくはメンテナンス三昧になるのかな。空いている時間に本とか読ませてもらえるだろうか。マグネットは楽観的な男であったから、そんなことばかり考えて、恐怖なぞすっかり忘れてしまっていた。
「というか、なんでおれはそんな危ない状態になっちゃったの?」
途端に男の眼光がするどくなる。あら大変、地雷だったかも。
彼はその美貌をもってしても隠せないほどの引き攣り顔で笑った。
「……半分は自業自得かな」
「ええっ」
「これを機に少しは身の振り方を考えてほしいもんだ。ニードルなんかカンカンだぞ……考えるにしたってまずお前に『マグネットマン』へ戻ってもらわなくちゃあならん」
「ニードルって?」
「兄機だ。お前には弟が6体いるが、兄はひとりしかいない」
「大所帯だねぇ」
「ここじゃ普通のことだ」
「そうなんだ。それで、もう半分は?」
「甘ったれの末っ子が癇癪を起こしたのさ」
末っ子。マグネットが次男で、下に弟が6にん。つまり八男か。
念のため記憶を辿ってみるが、顔も声も、名前すら思い出すことはできない。癇癪って、どういうことなんだ。自分とその子は仲違いでもしたのだろうか。
ああ、そうそう。名前といえば。
「あなたのことも知りたいな。そういやまだ名前も聞いてない」
マグネットの問いに、男は数秒沈黙した。その笑みはやはり晴れなくて、なんだか気の毒そうであった。
「DWN.019、ジェミニマン。あとは自分で思い出せ」
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── 20XX-08-29
── 20XX-08-29
手が動く。足も動く。目は開く。おそらく立ち上がることもできるんだろう。
しかし己の腰は硬いベッド台の淵にしっかりとかけられていて、今すぐに歩きたいとも思えない。クリアな視界に似つかわしくなく、頭はうすぼんやり曇っていた。
「動けるか」
声が聞こえた。目の前の男のものだ。
「うん。でも全体的になんか重たいかも……」
「痛みは」
「ない、と思う」
ぷらぷら手首を振って答えた。
そうだ、手は動くのだ。この体まるごと自分のものだ……おそらくは。
「あの……まず尋ねたいのだけれど」
「ああ」
「おれの内部ストレージにあるデータ、ほとんど読み込めないみたいなんだ。っていうか、さっきからなんか変なエラーばっかり出てて……自分の情報すら取り出せなくなってる」
「だろうな」
「というわけで、ここはどこ? おれはだれ?」
「ミステリ小説のお手本みたいなリアクションをどうも」
男は憎たらしく目を眇める。なんだって整った美丈夫で、輝くシルバーブルーの装飾があちこちにあって、絢爛な様をしていた。ということは、その小憎い表情でさえ可愛らしかった。
「軽く状況説明といこう」
会話で頭が冴えて、だんだん視界が広がっていく。
男はベッドから少し離して置かれた椅子の上、優雅に足を組んでいる。背筋は自然に伸びていて臆するところがないといった感じだ。見た目と立ち振る舞いのイメージが一致していて大層気持ちが良い。青年モデルだろう、低くも明朗な声色が、その饒舌を後押ししているようだ。
「お前の名前はマグネットマン。Dr.ワイリーとDr.ライト、ロボット工学の天才ふたりが共同開発した工業用機。現在の仕事はワイリー博士の下で世界征服の手伝いといったところか」
「マグネットマン……」
「鏡を貸してやる。自分の姿を見た方が納得できるだろう」
男の手鏡を拝借する。彼の機体の装飾と遜色ないきらきらりんの手鏡。なんの恐怖心もなく覗き込んでみれば、結ばれた己の像とまっすぐ目が合った。
あかい装甲にみどりのカメラアイ。ヘルメットの額あたりに取り付けられたU字磁石。これが『マグネットマン』。ふむ、安直である。
「磁石型の弾丸を飛ばすマグネットミサイルはお前の固有武器だ。対象が金属であれば磁力でもって追跡できる。誤作動に気をつけることだな」
「ミサイルってそんな無意識のうちにポンポン発射できるものなの?」
「それは聞かれても困る」
「……ああそっか、そりゃあそうだ。悪い。変なこと聞いちゃった」
磁力でもって扱うから己の武器なのであって、彼が勝手を知るわけもない。
気を取り直して続きを聞いた。
「それからお前の脳は……正確には脳に当たる機能だが、ともかくそいつは訳あって厳重に鍵がかけられている。以前のお前が身の危険を感じて、自らを錠の裏に封じ込めてしまった。つまるところ記憶障害。脳内に出てるエラーはそいつのせいだろう」
「ええと。おれがなんかピンチになって『一旦ぜんぶ考えるのやめよ〜』ってやったってこと? 合ってる?」
「大体そんな感じ」
「鍵を開けるにはどうしたら?」
「そこを含めて検査するためにお前の再起動を待っていた。内部処理が不安定なまま深入りするのも危険だから」
「そうかあ……」
だったらしばらくはメンテナンス三昧になるのかな。空いている時間に本とか読ませてもらえるだろうか。マグネットは楽観的な男であったから、そんなことばかり考えて、恐怖なぞすっかり忘れてしまっていた。
「というか、なんでおれはそんな危ない状態になっちゃったの?」
途端に男の眼光がするどくなる。あら大変、地雷だったかも。
彼はその美貌をもってしても隠せないほどの引き攣り顔で笑った。
「……半分は自業自得かな」
「ええっ」
「これを機に少しは身の振り方を考えてほしいもんだ。ニードルなんかカンカンだぞ……考えるにしたってまずお前に『マグネットマン』へ戻ってもらわなくちゃあならん」
「ニードルって?」
「兄機だ。お前には弟が6体いるが、兄はひとりしかいない」
「大所帯だねぇ」
「ここじゃ普通のことだ」
「そうなんだ。それで、もう半分は?」
「甘ったれの末っ子が癇癪を起こしたのさ」
末っ子。マグネットが次男で、下に弟が6にん。つまり八男か。
念のため記憶を辿ってみるが、顔も声も、名前すら思い出すことはできない。癇癪って、どういうことなんだ。自分とその子は仲違いでもしたのだろうか。
ああ、そうそう。名前といえば。
「あなたのことも知りたいな。そういやまだ名前も聞いてない」
マグネットの問いに、男は数秒沈黙した。その笑みはやはり晴れなくて、なんだか気の毒そうであった。
「DWN.019、ジェミニマン。あとは自分で思い出せ」
●FILE0011
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