岩男腐向け短編まとめ

 きらり瞬く。線は無限個の点というのは理屈上もっともであるが、光速によって成される一線の赤は、予想以上の壮観。

「本当に置いて行きやがった……」

 フラッシュとクイックが同じ任務に組み込まれたのは今回が初となる。
 これまではバブルの指導で動いていた。そのバブルは過去にクイックの指導もしていたそうで、フラッシュはふたつ上の赤い兄の情報をより多く持ち得ていた。


 曰く、任務開始後のクイックに指示は通らないと思え。
(「最終目標のためなら手段を選ばず、最速のための手段は選ぶ。そのためにアレは他の兄弟よりも多くの『判断』をする。そういう意味では、演算好きのお前と同じだね」)

 曰く、褒めるタイミングは調整せよ。
(「褒めれば褒めただけ面白いほど能力が伸びるんだ。限界ってやつを知らないのかな。だけどもそいつは無茶につながる。かといって褒めないと、時折拗ねたり不安がる。ぼくたちはちょっと、甘やかしすぎたかもな」)

 曰く、もしこの任務で危険を感じたならば……。
(「お前は迷わずにその武器を使うべきだよ。フラッシュ」)


 さて、ひとは先を走る相手の背中を見るというが、作戦開始3秒で背中さえろくに見えなくなったクイックは、確かにこちらの指示などまったく受け付けなかった。おれのが速い、先に行く、お前は後ろをついてこい、と本人の宣言の通りである。
 遠くからのポンという破裂は、警備ロボットたちが次々にダウンさせられていく効果音だった。ポップコーンかなにか弾くみたいに、一度のみならず何度も聞こえ、だんだんそれすら遠ざかる。
 呆れてため息を吐きながら、急いで後を追いかける。フラッシュが一歩一歩と駆ける間にも、あちらは幾倍速ですっ飛ばしているのだろう。階段の向こう、まだ僅かに見える赤い閃光が、きっと奴だ。

 手筈としては敵拠点から、フラッシュが情報を、クイックが資材を回収することになっている。
 中央サーバとPLCから諸々ぶっこ抜くのがフラッシュの仕事だが、こうもなると目的の部屋に辿り着く頃には、クイックの手で全てぶち壊されていてもおかしくない気がしてきた。

(試されているな)

 これまで、ふたりがペアになるのを避けらている様子はあった。バブルの判断だったんだろう。
 テストルームでのタイムストッパー試運転で、クイックは想定外の不具合を起こした。突然倒れた実兄を見て、訳が分からず気の動転したフラッシュに、皆々気を遣ってくれていたのだろう。
 ギクシャクとしながら、しかしクイックがこちらを叱責することもなかった。

 だからこそ今日は、今回の任務は、フラッシュの頭脳も恐怖も試されているのだ。頃合いを見られている。なんたる屈辱。
 そうさ! あの日の光景ばかり恐れて自分の武器ひとつマトモに使えちゃいない! それで暗に煽られているんだ、お前は果たして戦えるのかと!

(ちくしょうめ。やるしかない)

 当時の様子を受け、クイックの身体は既に改良されている。タイムストッパー1発で即行動不能ということはなくなったわけである(でなきゃこうして同時に起動しているのはリスクが大きすぎる)。
 だからバブルの言う通りだ。迷いそうだったらその時点で使う。そのために造られている。迷わずに、絶対に。

 モヤのかかる心が、けれども、ふと違和感を訴える。脚が止まらない、止まる要素がない……それは、おかしい。


 顔をあげた。クイックの姿が完全に見えなくなっている。路が入り組んで先が見づらい。けれどもこのあたりで、警備と鉢合わせするはずなのだ。

 こんなにも進路がひろく確保されているのはなぜだ? いや原因はひとつだけ。クイックが先に通っているからだ。問題なのはその行動自体にある。
 いまフラッシュが走っているのは予め計算していた、最短ルートそのものだ。ただし語弊があるのは、それが『フラッシュにとっての』という前提を付け足すことで完全となるものだからだ。

 クイックの速さと跳躍があれば、他にいくつかの抜け道があることは明白で。
 つまり奴ならこの道でない方が速いはずなのだ。

(それに気がつかない奴じゃないのはもう分かってる)

 数刻前のクイックの声を思い出そうとする。何て言っていた? どんな声色で、どんな表情で言っていた? どんな、ふうに。うまく情報を取り出せない。顔を見てなかったから。直視できてなかった、でも、笑ってはいたような。
 背中がピンと伸びていて、堂々と、いるべくしていた。

「ちゃんとついてこいよ、フラッシュ」

 走るべくして走り出した。置き去りにするのではなく、ペアとしての作業分担のため。フラッシュの安全のため。
 着いてこいって言っていた。そうだ言っていた! そのために奴は迷わず、同じ道を選んでいた。

 ギクシャクだなんて、責めてくるだなんて、とんだ見当違いだ。テストルームでの一連の出来事について、クイックは最初から、きっと少しも怒っていなかった。


 曰く、名前を強調して呼ぶのは、承認である。他者の存在を肯定するための一つの技である。心あるものに対して、おおよその効果を上げる。
(「そうそう、さっき実際にやってみせたでしょ? これはクイックにも教えたことだけど……」)


 別にアレは話を聞いていなかったわけじゃない。こちらが奴を相手に気まずくしていても、奴はそういう性分でなかった。邪険にされていたわけでもない。
 任務開始後に指示ができずとも、それまでに尽くした全ての手が消えているわけでもないのだ……。

 最悪だった。こんな些細なことに気付くだけで、どれだけの時間を無駄にしたか。

「クイック! F7 西廊下で合流だ! そこから先は同時に突撃する! それまで大人しく暴れてろよ!」

 無線に怒鳴りつける。言葉にした後でとんでもない矛盾を含んだと気がつく。が、気にしてもいられない。邪魔のない道を全力で進む。
 返事に期待していなかったが、意外にもクイックは応答した。

「もう着いた!」

 かくも恐ろしき光速の怪物!
 声はやはり間違いなく笑っていた。きっと満面の笑みである。未だ見えぬ背中は、あれこそが最強であった。


迷わず進め我らが怪物
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