岩男腐向け短編まとめ

譲歩の冬眠


 氷点下を遥かに飛び越え、冬の突き当たりがやってきた。

 コサックロボット研究所において、冬極の朝は遅い。
 仕事で国外へでている者たちはともかく、国内で活動するロボットはマイナス二桁の空の下で仕事が難しくなる(ツンドラマンは当初、早朝の除雪問題の解決のために開発されていたほどだ。結果的に、コサック博士の技術の高さをもって、北極に住まえる頑丈な機体が与えられた訳だが……)。農作業用のトードは特に、この時期は眠りと内職にほとんどの時間を奪われることになるのだった。
 もちろん人間も、日の落ちている時間に動こうなどとは思わない。帽子を被らないと脳は氷に蝕まれる、酒を呑まねば胴がやられる、そういう世界なのである。

「スネーク……」
「ん〜……」
「そろそろ離してけろ……」
「やだァ〜」

 ここにもう一人寒さに弱い男がいた。
 スネークである。訳あって晩のコサック家へ転がり込んだかと思えば、定期的にそのまま泊まっていく、トードのこいびとである。
 蛇も蛙も冬眠の時期なのだ。寝かせて欲しすぎてほしすぎて駄目なのだった。ふかふかの布団の中、どうにか発狂せずに生きていくためには互いの排熱と羽毛の温もりを頼るしかない。
 トードの背へ腹をピタリとそわすように、スネークは後ろから強くしがみついていた。きゅうと回された長い腕はいとも簡単にトードを拘束してしまう。横向き寝転がって、その上で重たい布団がしっかり被さっているから、ろくに身動きできやしない。

 そろそろ朝食の用意がしたかったのだけれども……。
 だってこの気温では、スネークが台所へ行くことは無理だろう。
 チャイ(多くは紅茶を指す)か、コーフェ(コーヒー)か、飲めば少しは寒さも鬱屈とした気持ちも和らぐと思ったのだが、スネークはトードの存在のほうが余程重要らしかった。

「ね……もうちょっと。もーちょっと、おねがい……」

 スネークの腕に力が籠る。密着に重なる密着、蛇の頭部を模したメットと干渉して、トードの装甲がコツンと鳴る。
 なんだかこのまま食べられてしまいそうであった。なのに以前ほどの恐怖がないのは、彼からもう、敵の匂いがしないから?

(良ぐね癖だべ)

 スネークは時々によって違う匂いがしている。きっと仕事先の匂いなのだろう。何かを探すために、追い詰めるために、じりりじりと潜んでいるときにつく、彼の行動圏の匂いなのだろう。
 そのスネークが、いまは自分の部屋の匂いでいっぱいになって、完全にこの家に染まりきっている……。

 変化しやすい体温、移ろいやすい心。トードはスネークの、染まりやすいところが好きだった。正確に言えば妙に甘やかしたかった。
 もしも彼が断固として異質を拒絶していたのなら、きっとこうして本心を晒してくれることはなかっただろう。生来人見知りの彼が、自分に“件の日”以降関わることもなかっただろう。今の関係はスネークが幾多の譲歩に染まりきった結果そのものなのだ。
 と同時に、そういう性質こそが彼を長年悩ませては苦しめたのだと思うと、なんだか動力炉を握りこまれたように胸がハラハラした。

「すかだねな(仕方ないな)」
「すか……何て?」
「ちべてぇ(冷たい)のはヤだかんなぁ」

 きっと彼の兄弟は今頃、いなくなった弟へまたかと呆れているに違いない。そして迎えに行くとメールが来るに違いない。それまでは寒さを言い訳に、二度寝をしても、それで自身の兄弟に苦い顔をされても良いとさえ思えた。
 結局トードも絆されたわけである。今の関係はふたりが幾多の譲歩に染まりきった結果そのものなのだ。
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