岩男腐向け短編まとめ

翻る鱗



DCN.026 トードマン 机下

     DWN.019 ジェミニマン



 先ずまともな面識もないままこうして突然のメールを差し上げる非礼についてお詫び申し上げる。
 サードナンバーズの総意として、貴殿を全く信頼するとともに申し上げるのは、他でもない愚弟・スネークマンの件である。

 スネークが貴殿のもとへ"避難"を済ませたことは勝手ながら確認している。
 ご令弟に反対されたのではなかろうか。スネークは貴殿のもとで、なにか粗相をしでかしてやいないだろうか。否、すでに多くの限界は越してしまっているはずだが、わたしが一番懸念しているのは、彼の焦燥した態度に貴殿が恐怖をかんじられているのではないかということだ。なにせろくに事情を話せなかった。どうかいま、兄として最低の責務を果たさせてほしい。
 すでに彼自身が伝えていることと重複する内容があるかと思われるがご容赦いただきたい。



 起動したての頃のスネークマンのことは、兄機であるからよく知っていた。極度の人見知りであった。ロボット同士でもそうであったから、ロボ見知りでもあるのだ。
 わたしにも強張った表情で(わたしが蛇嫌いであったのも関係したかもしれない)、ニードルの頭を見ては怖がった。ひとつうえのタップにはしばしば懐いたが、ハードとの相性は最悪だ。最初の衝突のまえに、ふたりを引き離しておくべきだった。ライトナンバーズともギクシャクを繰り返し、一時は完全に心を閉ざしていた。想像してもらえるだろうか。できないといわれても仕方がない変貌ぶりであるのだが。

 なにぶん愚弟は聡明な男であった。それがいけなかった。
 彼は自分の仕事と立ち位置をよく理解して、すぐに成果を上げた。
 マグネットはよく弟をほめた。スネークは本当に聡明だった、から、褒められることの喜びもすぐさま学習した。実際、スネークの探索範囲はマグネットの仕事に大きく影響したから、自己有用感の育ち具合は順調すぎたくらいだ。

 スネークは徐々に、マグネットやタップに仕事の成果を自ら報告しに行くようになった。子供が今日の学校での出来事を親にはなすような、控えめだけれど自慢げでもあるような。我々の間では「弟はかわいいものである」が不文律にあったので、みなよく褒めては真剣に向き合った。
 スネークに弟機ができたとき、彼もまた自然にそうした。牛歩でありながら成長の兆しをみせていた。



 我々サードナンバーズは元より戦闘用として造られたものではない。工業用、試験用、あるいは調査用としてそれぞれが目的に合わせて設計され、みな職務に励んでいた。
 戦闘用のプログラムを付与されたのは、第三次征服計画が本格的に動き出したころ、かの勇敢なロックマンと対峙するわずか二か月前のことであった。当時、主君ワイリーは表向きDr.ライトとの協力関係にあったがため、このような短い期間で進行せざるを得なかったのだろう。博士にも懸念があった。リスクある行動だった。しかしそれでも自身の野望を忘れられるお人ではなかった。

 ロボットには適正というものがある。人間と同じく、しかして人間以上にである。目的をもたずして産まれるロボットは多くない。であるから、生来の適正から大きく外れたプログラムを追加することで拒絶反応を起こし暴走するケースも少なくない。これは貴殿にも心当たりがあるかもしれないが……。
 我々のうち、もっとも重篤な副作用が出たのがスネークだった。

愚弟は聡明な男であった。ライトの血をまぜた身でありながら、愛する兄ふたりが真っ先にワイリー博士のほうへついたことを正しく悟った。だから、そうした。
 しかしあれは戦いに強い体をしていなかった。あるいは決闘より闇討ちに向いていたが、作戦上そのような手段はとれなかった。無理矢理に詰め込んだスキルに完璧な強がり、不得意を埋めようとしてこなしていた諸々の作業、戦迫る恐怖とが彼を蝕むのにそう時間はかからなかった。

 スネークはわたしたちを愛するあまりにすべてを抑圧してしまった。執着の強い蛇だった。典型的な過剰適応だった。



 ロックマンに敗れ、命からがら逃走を果たしたワイリー博士はすぐに我々の修理に当たった。次の計画に向けての資金稼ぎ、基地の再建と、貴殿方へのご挨拶のためだ。万全な機体と新たな期待を手に入れた我々は、自分でいうのも変だが本当によく働いた。
 ともに修羅場を超えた兄弟として以前以上に互いを想い、なにもかもうまくうやれると思い込んでいた。わたしはあのとき世界で一番浅はかだったのだ。

 自室で咽ぶスネークを見つけたのはタップだった。ふたりは隣り合う部屋を使用していた。スネークの自室からひどい物音がし、耳に余って扉越しに声をかけたそうだ。スネークは悲鳴に近い声で開けるなといったが、タップはただ事でないと鍵を壊して押し入った。
 部屋は散々な有様であった。ひとつの秩序も残っていなかった。あるいは気の違った闘牛が心ゆくままに力を振り回したらこうなるだろうというような状態だった。隅のわずかな空間で丸まり震えていたスネークが、あんまりかわいそうで仕方がなかったと。

 必死になだめてやるうち、やがてスネークは一つの症状を訴えた。
 「声が聞こえる」。



 ロボットの身であったこと、これ以上に感謝したことはない! 我々の過去は、映像データとしてストレージへ追加される。発達した医療でさえ人の脳を覗くのは難しくとも、ロボットから思い出を取り出すのは理論上可能なのだ。

 すぐにスネークを休ませてメンテナンスを行った。彼の記憶のノイズを見つけるのはたやすかった。
 彼は一つの幻覚を見ていた……幼いスネークマンのように見えた。当たり前だが、彼は金属の体を有する。幼少モデルの機体なぞ存在しないし、幼児の性格がインプットされたこともない。それでもその幻影はたしかに、おさなくかわいらしい、弟の顔を持っていたのだ。
 幻影は彼にささやいた。任務の最中。基地の廊下、兄弟との談笑中、寝る前の一瞬、自室の扉をこじ開けられる直前、あらゆるシーンに付きまとっていた。

 スネークの尊厳のため詳細な内容は伏せさせていただきたいのだが、わたしは、わたしはもう二度とあの映像をみたいとは思わない。
 過去のどんな痛みを走馬灯に思い出そうが、どんなホラームービーをかき集めて視聴を強要されようが、アレを今後生涯見なくて済むというならば甘んじて受け入れられるだろう。
 彼が、わたしやほかの兄の名前を呼び。褒めて、ここから出して、たすけてと数百回数千回のたまい。彼本人を追い詰めていく様子など、二度と。

 我々のうち、もっとも重篤な副作用が出たのがスネークだった。結局は理想と現実の乖離が彼の心をすりつぶしてしまった。あの崩壊した部屋は、ひび割れから漏れ出たメタンガスの本音を振り払おうと一心不乱になった末の暴動だった。自分はそんなこと思ってないのだとわめいていた。
 こうなるまで誰一人気が付いてやれなかった。彼の聡明さに自爆を決めてしまった。



 ……上記の出来事はすべて第四次征服計画よりも前のことであり、その後しばらく戦線から外されたスネークが、どのように捕虜兼人質であった貴殿らコサックナンバーズを監視したのか、そしてどのようにして貴殿と彼が清く交際をはじめるにいたったのか、わたしたちのあずかり知らぬところである。
 が、なんにせよトードマンという男の登場が我々にとっての特異点だったことは理解していただけるはずである。

 スネークの蛇としての本能なのだろうか。あるいは貴殿にもまた兄として、温厚な年長者としての面が在ったからか?
 なんでも構わない。どうあれスネークは貴殿に好意的で、だいじに想いを抱えたぶんだけ穏やかだった。複雑な関係にあったにも関わらず、貴殿が誠実に対話を続けてくれたことに感謝してもしきれない。
 スネークは最近、本当によく笑う。悪ふざけも自然にできるようになった。なにより無理に大人になろうというところが減った。間違いなく回復に向かっている、精神鑑定でもおおむね良好であるとされている(これはわたしたちの先輩にも協力していただいている。ウッドマンの名前を出せばご令弟にも伝わると思うので、心配ならばそのようにご確認いただきたい)。

 それでも今日のように予兆なく泣き出したり、衝動的に"安全なところ"へ逃げ込もうと発狂することがある。
 突然の訪問でさぞ驚かせてしまったことだろう。重ね重ね申し訳ない。本当ならばもっと早くに知らせなくてはいけなかった。



 サードナンバーズの総意として、貴殿を全く信頼している。スネークも含めてである。彼が我々の迎えを拒絶したとき、もし貴殿だけでも彼の味方であっていただけるのであれば、それ以上に心強いことはない。

 明日、わたしとタップのふたりで一度お伺いしたい。都合の良い時間があればそれに合わせよう。どうかご返信願う。
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