岩男腐向け短編まとめ

 ロボット同士の恋愛ドラマを見た。駆け引きをし、愛を捧げ合い、最終回でキスをしていた。
 人間はキスをする際、おおよそ数百万から数千万の細菌を交換するらしい。目と目が近づき、互いの呼吸を聞き、唇の皮が荒れているだとか潤っているだとか、そういう情報をも共有する。信頼する。興奮する。子孫繁栄のための極めて重大なメカニズム。
 なら、じゃあ、あのドラマは、俳優ロボットは我々に何の『メカ』ニズム見せつけたのだろう……。

 興味があって、キスをしてみたくなった。
 残念なことに、メタルには唇に相当するパーツがない。マスクの下には発声器と、目元を動かすための配線が伸び合わさっているだけだった。
 博士に頼めば用意してくださるかもしれないが、近頃の彼は何やら製図机と睨めっこだ。お忙しいのだろう。ただの私欲のために主人の手を煩わせるのは己が許さなかった。

「作っちゃえばいいんじゃない」

 隣のソファに座るバブルがメタルの呟きを拾ったらしく、言った。

「つくる」
「そう」
「おれが?」
「きみが」
「……唇をか」
「なんたってきみはロボット工学の大先生の手捌きを何年と隣で見てきているのだからね。それにとっても器用だ。生まれた時から両腕ともハンドパーツだもの。できないことはないでしょ?」
「おれたちは博士のロボットだぞ。己が相手とはいえ勝手に改造するのはどうなんだ」
「それサードの五男くんの顔思い出しながら言える?」

 後輩タッピーのことである。
 タップスピンによる各パーツへの負担はかなりのものらしく、タップが脚部のホイールを自身の手で交換している様子はしばしば目撃されていた。そのホイールの素材やカラーを好きにカスタムしては、本人なりに楽しんでいるらしいということも。
 噂が届いても博士は怒りなどしなかった。むしろ試験用ロボットの毛繕いなんて面白いことをするもんだとか、タップの自由さに関心を寄せるほどだ。
 なるほど確かに。

「やるか」
「がんばれ」
「材料頼んでくる」
「いってらっしゃい」
「準備が整ったら呼ぶ」
「あ、もうナチュラルに巻き込まれる感じなんだぼく」

 そりゃあ言い出しっぺだものな。巻き込まれない方がおかしいのだな。そういうことで古今東西、言葉とは口にした時点で全てが負けなのである。


返してくれドラマキッス


 メタルは翌日、正確にいえば最後の会話から22時間が経過しようというときに談話室へと戻った。
 それも右手にそれなりのサイズの袋を抱えながら。ビニール袋の表面の凹凸から、中に複数のものが入っていることは明確だった。
 丁度良いとばかりに呼び止められて、バブルが目を丸くする。

「材料届いた」
「早すぎる」
「後輩たちに調達を頼んで正解だった。サードとアルバイターは人脈が広い」
「そういう問題なの」

 純戦闘用である彼らと、工業用の混ざった人馴れの後輩ロボットたちとで、日常生活の適性とは違うもの。
 前述の後輩タッピーくんは買い物がうますぎることでも有名だ。探索型のスネークと障子に目のあるシャドーまで揃えば怖いもんなしか。予算さえ気にしなければ、という前置きは必要になるが。

「ともかくコイツで肌を作る」
「今は目元の周りにしかないものね」
「これは強化ゴムを表面に貼り付けたカバーだ。瞼も別パーツとして稼働しているので、伸縮性のある接触を想定した擬似皮膚はもとよりない」
「そうなんだ」
「その点、クイックのときは凄かった。戦闘に耐えうるが見た目も良い皮膚を作って、リップシンクのためにプログラムも組んで……あの時の博士の狂乱具合を見せてやりたかったぞ」
「ぼく引きこもってた頃? 惜しいことしたな。水槽からでも見ておけば良かった」

 水中用ロボットであるバブルもまた、かつて手足というパーツに致命的な不足があった。ヒレがあり、視認性の悪い水中に不要な表情彩る口はなく、丸みの多いボディ、すべて泳ぎと耐水のため。
 今でこそ陸用のパーツが製作され、作戦に応じて付け替えることもできるようになった。とはいえそれも最近のお話で、生来陸上生活のメタルとの活動範囲の広さとは未だ埋まらない壁がある。バブルの知らない思い出たちをメタルはよくよく知っていた。

 メタルは兄弟機たち全員の誕生を目に焼き付けてきた。後輩機の作成に関わることだって少なくなかった。
 冷たいその頭脳がハグだのキスだの艶やかなるものに興味を持ち始めるのは、案外そういうところから来る情緒なのかもしれない。生誕の慶である。

 机の上を整理しスペースを確保する。新聞を引いて、汚してもいい状態にもっていく。ここまでするなら作業室でやればいいものを、とはいえこういうのを談話室でやっちゃうから面白いのだ。もちろんバブルは面白いのが好きなので、特に何も言うことはなかった。
 袋の中身を片っ端から取り出して、必要な道具を必要なところへ。大物小物、家電もの。コンセントならどこにだってあった。この基地の有様なもので。

「まずは調色してみる」
「めちゃくちゃ化粧品が出てきた」
「ファンデーションだ」
「そんなものでいいの? もっとこう、専用の着色剤とかないの」
「あるにはある」
「なんだよ」
「バブル。おれの手が他より器用だからといって、それは特別創作センスに溢れていたり、芸術的感性があるということではない。無から自分の肌を作り出すよりも、既にある肌色を混ぜて現状のものと比較検討していくほうがずっと簡単だろう」
「はいはい分かってるってば。それできちんと作れるんなら文句ないよ。ただ異物を入れても生地がまとまるのか心配だっただけ……」

 アホの数のファンデーションが横並びだ。化粧品の知識が備わっているロボットというのは少ない。しかしてメタルも調達班へ「一般的に使われていそうなもので、ウレタンに混ぜるために油分の少ないものをいくつか」だとかふうわりとした指示出しをしたのだし、結果がこれである。
 バブルは目についた容器の蓋をかたっぱしから開けていた。オイルフリーを指定したためか、パウダー状のものが比較的多い。容器中にパフがあるものは退け、まじまじ観察し、時折メタルの顔の横に持っていっては彼の強化ゴムと見比べる。

「これなんか、丁度きみの色っぽいね。赤みが強くてさ」
「ふむ」
「逆にこっちはクラッシュっぽい」
「オレンジ」
「機体の色から浮きすぎないように博士が調節してくださったんだろうな」
「じゃあフラッシュは青みがつよい……?」
「あー……どうだったかなぁ」

 そんなに青々とはしてなかったような気がした。差し色に多くの黄色が入っているから、寒色系じゃなくても違和感を覚えないのかもしれない。

 バブルセレクトの化粧品を元に、別の色もちょこまかと足して調色する。明るくなりすぎないように、暗くなりすぎないように。

「何度か同じ色を作るのも面倒だろうな。少し多めに作っておこう」
「そんな使う?」
「先の工程でふたつ失敗しやすいところがある。ミスをしたときのために余裕を持っておく。足りなくなるよりかはマシだろう」
「ふうん……」
「次にファンデーションと主剤を混ぜる」
「この液体が皮膚になるの?」
「うまく固まれば」
「へー。なんか変な感じ……今の所全然それっぽい質感じゃあないな」

 軟質ウレタン樹脂。発泡するものしないものと種類があるが、今回は発泡しない滑らかなやつである。防振材としても使用される。その原液となる真白い主剤がボトルたっぷりに入っていた。
 0.1mg単位まではかり、適切な量だけ紙コップに移し替える。こういうときにヒューマノイドの手は便利だ。なんせ持っただけで高性能ハンドパーツがそのまま秤になる。しかしここは大雑把がやっても神経質がやっても泣く羽目になる作業だ。器用なメタルが作業者で助かった。
 紙コップの中で溶け合う主剤とパウダーのファンデーション。割り箸でそこから掻き上げ、もったりと着色されていく。いまのところただの肌色した洗濯糊のようだ。

「これに硬化剤を投入する」
「固まるの」
「しばらくすれば」

 主剤の1/4程度に硬化剤を投入し、さらによく混ぜる。
 硬化剤の方にはほんのりと色が付いていた。攪拌不足防止のためだろう。きちんと混ぜ合わせると透明になるらしかった。本当にほんのりとしているから、いずれにせよファンデーションのつよさに負けてしまう。
時折気泡抜きに、トントンと紙コップの底を机に当てて軽くたたく。

「入れる硬化剤の量によって皮膚の硬さが変わる。少なければ柔らかく伸びるが、破損もしやすくなる。塩梅が難しい」
「さっき言ってた失敗しやすい工程ってこれ?」
「ああ」
「うわ少ない。そんなほんのちょっとだけなの」
「そういうものだ」
「ふうん」
「多く入れすぎたら鋼鉄のような唇が出来上がる」
「なにそれ面白そう」
「バブル」
「分かった分かった。分かったってば。今回の趣旨には合わない、そうでしょう」

 バブルは両手をあげて大降参のポーズをとった。兄ってやつは頑固でしようがない。メタルのやりたいようにやれば良いのだ。
 今回の主題はメロボドラマの再現なのだから、なんと言えばよろしいのか、一先ずふにふにとして優しくなければいかんのだ。

「これを薄く伸ばして焼く」
「焼くの!」
「そんな驚くか」
「だって硬化剤入れたんだから自然乾燥だと思うじゃん。レジンとか接着剤とかそうでしょ」
「自然乾燥だと24時間だ」
「焼いたらどうなるの」
「3時間で出来上がる」
「本当に楽しみすぎて待てないんだね」
「好奇心は足が早いので仕方がない」
「生ものなんだ好奇心って」

 メタルが袋から取り出していた最後の大物、卓上用簡易ホットプレートはここで使う。
プレートの上に型をセットして、泡が出ないようにそうっと、クレープのように薄く、しかしちぎれない厚みになるよう流して、伸ばしていく。
型には二箇所、わずかな凹みがある。となると焼けた生地上では凸になる部分のはずだ。唇と、おそらく鼻だろうか。

「3時間どうすんの」
「映画でも見るか」
「そんだけ時間あったらインド映画見れちゃうな」
「マダム・イン・ニューヨーク見たい」
「逆張りして短いインド映画挙げるんじゃないよ。ぼくマスターがいい」
「先生が来るやつ」
「そう。ヒートに薦められてずっと見れてない。長すぎて」
「丁度いいな」

 ホットプレートを120℃にセット。その間に棚にしまわれていた映画のディスクもレコーダーにセット。お楽しみハッピーセットだ。談話室ってのはこうでなくちゃあいけない。というかこれができるからこんなところで作業しているのだ。
 映画鑑賞中に他の兄弟機も顔を覗かせる。フラッシュは通りすがり、乾燥中のほったらかし生地をみて「ドーサ……?」とだけ呟いて去っていった。これも談話室の醍醐味である。

「お酒をやめよう!」
「タイのCMみたいになってしまった」
「いやマジでそういう話だったでしょこれ」
「そういう話だったなあ」
「え、てか生地焼けた?」
「焼けた焼けた」

 エンディングの間にスイッチを切られたホットプレートの上、すっかり乾燥した軟質ウレタンが鎮座している。
 触れるかなとためしに端を指で突いてみる。みよんと指先に吸着するようだが、柔らかく指を押し戻して、それきりだった。崩壊する感じはしない。

「悪くない」
「……なんか……思ってたのと違うな……肌色のゼリーだね……」
「まだペタペタだからな。光沢も異質に見えるのだろ。ここからベビーパウダーを振って表面をさらさらにする」
「裏面とかくっついてたりしない? こいつ」
「型のコーティングが剥がれるほど温度は上げていないはずだ」

 ベビーパウダーの缶を慎重に開き、上紙を取る。ブラシでくるくると取って、やや豪快に、ムラにならないようとにかくはたく。はたく。どんどんはたく。敷き新聞紙に薄雪積もる。
 だんだんと樹脂特有の光沢が薄くなり、膚さながらのやさしい乾燥膜が表れる。
 バブルがそわそわとソファから身を乗り出した。

「えっなんか急に肌っぽくなるじゃん!」
「そうだな」
「はーすごい。こんな急に。びっくりした、テンションあがっちゃうな。これがきみの顔になるのかあ」

 彼はいっそホワイトクリスマスに窓の外を覗き込む童のようだった。珍しい反応だ。海色の目ん玉が舞い上がる白粉の屑光を反射してわあとさんざめいている。
 バブルの持つ浅葱のことが、メタルは一等すきだった。

「で、これをおれのフェイスパーツにセットするわけだが」
「うん」
「ここから先の作業はおれ自身で行うことができない」
「まあ顔の基盤に感圧センサーつけて皮を張り直すわけだからね」
「というわけで任せた」
「言うと思った」

 さきほどの爛々とした喜色はどこへやら、みるみる萎んでいくバブルに少々申し訳なる。とはいえここで止まるという選択肢はない。

「必要な道具と貼り付け用のカバーは揃えてあるから」
「袋から工具出てきた時点で嫌な予感はしてたけれどもさぁもう」

 ベビーパウダーの缶にきっちりと蓋をして、ハンドパーツに付着した諸々をぱっぱと払いとる。
 ソファに深く座り直し、メタルは脳内でメンテナンスモードに設定を移行しはじめる。

「表層部分とマスク下のジョイントを少し動かして接続を入れるだけだ。センサの取り付けそのものはそこまで難解ではない。少なくともお前の頭ならすぐやれる」
「信頼が重すぎんだよな」
「ちなみにアイパーツ用に皮膚の穴あけも必要だ。よろしく頼む」
「もしかして失敗しやすい工程その2って」
「それじゃおれはメンテナンスモードに入るから」
「わーッチクショウ本当に勘弁してくれ」

 視界が薄暗くなる。起動していたプログラムが小から大へ、丁寧に処理をかけて停止する。
 えらいこっちゃとバブルがてんてこまいになっているのを遠くに聞いて、メタルは一度己の電源を落とした。

 そこから再起動までさほど時間を置かなかった、と思う。生地を焼いていた時間の方が長かったくらいだ。
 メンテナンス明けは無夢の寝起きと似ていた。通常スリープ時は内部メモリの整頓もあり、人間でいうところの夢を見る。メンテナンスや長期停止のシャットダウンではもはやそれもなかった。

「調子どう?」

 大変なことさせやがってといいたげにトーンを落としてバブルが問いかける。
 しかしあからさますぎる。やれやれといった雰囲気は半分冗談で、それよりもメタルが目覚めてホッとしているというのが実のところなのだろう。メンテナンスも改造も、手入れされまくる経験はあっても、する方は少なかったろう。

「歯磨き粉つけすぎたときの博士みたいな感じになっている」
「口元がスースーして落ち着かないってことか。ていうか、いや、うん、そうだよね。リップシンク非搭載だもんね。閉じた口のまま声だけスピーカーで出てるのすごい不気味だよきみ」
「正直最初から動かさなくて良かった。この感覚を持った上で口を開閉するところまでやったらバグってしまう」
「怖。そんな増えてんだ情報量」
「不気味さには慣れてくれ」
「まあ不気味なだけで怖くはないからね。腹話術師のネタ見せかって感じではあるけども」

 はいどうぞ、とバブルが手鏡を持ってこちらに向ける。

「口だ」
「そうだよ」
「やわこい……ああ、すごいな、触れた指の感覚が全部伝達してくる。なんだ……むずかしい……柔い……」
「そういうふうにきみが作ったんだからね。見た目はだいぶそれっぽいようだけど」
「たのしい」
「よかったね」
「取り付けありがとう」
「はいはい」

 だってもうパニックである。桁違いの情報量だった。感覚器官が一つ増えるというのは、こうも違うものか?
 過日、初めてハンドパーツを手に入れたときのクラッシュの感動を、メタルは等しいほど味わっていた。希望とも絶望とも取れそうな、この期待感はなんであろうか。

 己の手で作り出した唇。バブルが選んだ肌色。触れるとむにゃと歪んで、はなすと元に戻った。押されている、という単純かつ奥行きある感覚とともに。軽い感触ながらスポンジのような気泡感はなく、だけども素人の作りが見えて微細な凹凸があった。

「バブル」
「なぁに」

 異様に盛った好奇心のままに彼を呼ぶ。返事は呑気で舌足らずで、彼も口なぞないのにな。気だるげに工具の片付けをはじめる彼が、己を注視していないのがいやに寂しく感じられた。
 それで、そうか、……もしも口があるならばこうだろうな、と。
 バブルの腕を引いて止める。身体を寄せる。こんなふうではなかったか、と見真似で顔を傾けて近づいた。

「……メタル、たのしい?」
「たのしい」
「よかったね」

 一度きり、一秒きり、触れて、離れる。シュノーケルマスクの横縞にはいった凹凸の感触以外は全部ツルツルだった。
 案外楽しいものである。新感触というやつだ。普段にない距離感が相手への興味の強さを底上げし、心を、連続した現実を持つロボットの感情知能にも大きな影響を与える。機械的恋愛流儀、なるほど『メカニズム』。

「やっぱリップシンク機能も入れたほうがいいよ。口動いてないのに声だけ聞こえるのめっちゃ不自然」
「となれば専用部品の取り付けとそこの穴あけもお前の仕事になるな」
「マジに勘弁して。博士かフラッシュに頼んで」

 そうはいくまい。なぜってやはり言い出しっぺだものな。
 古今東西、言葉とは口にした時点で全てが負けなのである。それはマウスパーツがなくともそうなのである。

「じゃあ……せめてぼくにも作ってよ」
「合成皮膚?」
「そう。口というか顔っていうか、そいつをさ。別に柔らかかろうが硬かろうがなんでもいいけど」
「構わないが、なぜ」
「キスをするんでしょう。ドラマで見たようなやつ。だったら困るじゃない、いまのはさ」
「こまる」
「唇を返してあげられないのは」

 そうなると次は緑みのファンデーションを用意すべきなのだろうか。それとも青のアイパーツが光るよう、もっと遠い色にすべきか。
 いずれにせよ、血色が悪そうで、どういうわけか大変よろしいなと、そう思った。
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