short story
「オダカシで買ってきたんだ」
榊は焼菓子の詰め合わせを差し出した。円柱の菓子箱の中にはカボチャやコウモリを形どったクッキーにパイ、フィナンシェやマドレーヌなどが入っている。
「ハロウィンでしたもんね
いただきます、と良太はコウモリのアイシングクッキーを取る。
良太と榊が恋人となって初めて迎えたハロウィンの日は、仮装をして街に繰り出し乱痴気騒ぎをするでもなく、ましてや子供のようにお菓子をねだるでもなく、それぞれの自宅で普段通りの平日の夜を過ごしただけであった。
良太はその日に何もしなかったことについて後悔をしていたし、ハロウィンにかこつけた恋人同士の営みにありつけなかったことへの不満を抱えていた。要は、エロいコスプレをした榊と「大人の
一昨日の夜は榊の部屋の扉をたたき、「お菓子はいらないから悪戯させて」なんて月並みな台詞で誘いをかける妄想をしてはいたものの、とても実行に移す勇気がなく諦めてしまったことを後悔しているわけだ。
包装に白いオバケが印刷された菓子を手に取った榊が、
「そういえば定時にいた頃、ハロウィンの日にさ」
仮装をしたことがあると言う。
どんな?と良太が訊けば榊はフィナンシェのパッケージを向けて、これに似てるやつ、と答える。
「幽霊ですか」
「ううん違うなあ。少年漫画のキャラだよ、こういうグラサンかけた」
よく見ればパッケージのオバケには、油性マジックで丸縁のサングラスが描かれていた。これは麗子が書き加えたものであろう。しかしなぜ幽霊にサングラス。
「榊さんが自分でしたコスプレなんじゃ……」
だとしたら何の仮装をしたのか分からないというのは、妙な話である。
「
「麗子さんが準備してくれたんですか」
「いや確か……あのとき勝ったのは
「勝ったのは?」
当時の檸檬姐弩の特攻隊長であった橘柑夏が誰かと争って勝利したということだろう。だがそれと榊の仮装になんの関係があるのか。
「ハロウィンで私にどういうコスプレをさせるか、女子の間でちょっと揉めたみたいでさ。見かねた麗子さんが審判を買って出て、屋上でトーナメントやったんだよ」
「トーナメント⁉︎」
花園高校の定時制校舎の屋上は
「といっても本気の喧嘩じゃないイベントみたいなものだった。私は椅子に縛り付けられて机の上に置かれて、優勝商品みたいになってた」
「トロフィーじゃないっすか」
「そうだよ。俺のために争わないでって、まさかリアルで自分が言うとは思わなかったな」
高校時代の榊の一人称は「俺」だった。それはさておき熾烈なバトルを勝ち進んだ柑夏には、取り決め通り榊龍時のコスプレ権が与えられたわけだ。
丸縁のサングラス、青いカラコン、学生服みたいな黒い衣装。その他にも同じキャラクターの別バージョンらしき、これまた黒い服と、なぜか目隠しなど。賞品の榊は用意されたものを身につけ髪型をセットされ、多少メイクも施されて、
「学校以外にもいろんな場所を引き回されて撮影会みたいになった」
のだという。ちなみに白っぽい生来の髪色はそのままでよかった、というかむしろそれこそが目的だったようだ。最終的に鳥居地区の神社にまで出向いて
「コンタクト苦手だから付けるのに苦労した、外すのも。暗闇で光る蓄光カラコンってのがあるんだよな。あとなんかこう、片手で印を結ぶみたいなポーズとかしたりして」
「あーそれ絶対あれっす、俺知ってる」
良太はスマホの電子書籍アプリを開き、この作品の登場人物だと教えた。
「
なるほどこれだったのか、と榊は良太がスクロールさせる画面に見入る。
「でも私の髪の色、真っ白てわけじゃないし、目もこんなにパッチリ二重じゃないけどな」
「俺は榊さんの髪色好きです切れ長の一重かっこよくて好きだしそれ以外も全部大好きです」
「この人は先生なの?主人公がこの子?」
と榊が興味を示し始めたので、まずは0巻から読んでいく流れとなった。
良太は背もたれ付きの座椅子のようになって榊を抱え込む。自分の方が彼より身長があるとはいえ後頭部越しに画面を覗くのには不自由するが、重要なのはこうして恋人の重みや体温、髪や肌の香りを感じることなので全く問題はない。むしろ歓迎。あとはせいぜい「大人の悪戯」を榊に仕掛けないよう慎むだけだ。
ほんの目の前にある銀髪を眺めながら、コスプレの写真見せて欲しいな、なんて良太は思ったのだった。