short story

◼︎コート

 良太と榊が付き合いはじめてから、何度目かの冬の夜のこと。

「コート買いました」
 良太がマントのような黒いロングコートを翻して、待ち合わせ場所に現れた。
 臙脂色の裏地に目をとめた榊が、
「ドラキュラみたいだな」
 と言うと、良太は得意げに両腕を広げてくるりと回る。初めてドレスを着た、いたいけな女児のように。
 夜とはいえそれなりに人通りのある場所だ。成人男性にそぐわないその仕草は、人々の目に奇異に映ることだろう。
 しかし榊はむしろ、どうだ見ろよこの可愛くて美しい男を、と恥ずかしげもなくそこら中に言いふらしたい気分だった。
 街衢がいくを彩る無数のイルミネーション。黄金の瞬きを背後に従え、黒と赤の表裏した闇を着こなす良太は、本当に何百年も生きる吸血鬼のようだった。
 良太は前裾をつかみ、ばさり、と蝙蝠のように双翼を広げて恋人を抱きしめた。
「やってみたかったんですよね、これ」
「吸血鬼ごっこか」
 二人で頭だけ出してコートの内側に閉じこもる。
 北風を遮った暖かい闇の中で榊は、自らハイネックの襟元を引っ張って首筋を晒す。
「晩餐の血はどうだ?」
 墨色のカシミヤからのぞく白い肌。それは絹織物のようにしっとりとした光沢をもって、良太の目を眩ませた。芳しい肌の香りもまた、心地よい陶酔感をもたらす。
 ご馳走を捧げられた魔物は欲望に逆らえず、その首に口元を寄せる。
 榊は大人しく目を閉じ、固いエナメル質が皮膚に食い込む、甘やかな痛みを待っていたのだが──
「噛んだら同じ種族になってしまうから、噛みません」
 と良太はこれを辞退した。
「私もαになったら、良太の苦労が分かるのに」
「俺は榊さんがαになって、Ωのフェロモンで穢れるのは嫌なんで」

 そのままでいてください。

 良太は囁き、情熱的な唇で肌を吸う。一片の花弁はなびらにも似たその痕は、魔物になりきれない男の愛念の証だ。
 濃紺の冬空から紙吹雪のような雪が舞い降りてくる。お前は正しい、と天が正解の通知をくれたみたいだと良太は思った。
 ・
 ・
 ・
「でも吸血鬼に血を吸われるのは、もの凄い快感だとかいうよな」
「それは……」
「ああ、残念」
「このあと頑張ります!」
「ベッドの上で?」
「そうです!」

 異種間の侵食を超えた、深い交わりを期待して。


5/9ページ
スキ