Find a Way

◼︎ 榊とジン 1

ジョーがΩに襲われました』

 榊龍時が良太からその知らせを受け通話を終えた直後、今度は小田桐麗子から着信が入った。
 聞けば、月輪地区の商店街でΩの高齢者がガチ高の人間に襲われそうになったというのだ。どうやら老人に襲い掛かろうとしたのは──鈴鬼京一。
 麗子は何人かの知り合いを経由して聞いた話なので、まだ確定ではないと念を押した。
 榊もまた桜庭がΩに襲われて抑制剤らしき薬物を使い、病院に運ばれたことを麗子に伝える。本人の了承も得ずにどうかとも思ったが、花園にいればいずれ彼女の耳に入る情報だ。それに〔檸檬姐弩〕の元総長である麗子ならば、彼女を慕う女性たちの情報網で何かわかるかもしれない。
 なにやらきな臭い、と榊は胸騒ぎを覚える。
 いつでもトラブルに対応できるよう手早くシャワーを済ませて身支度を整え、ネクタイを手に取った。

 桜庭くんがしたΩに襲われた?
 京一さんが発情したΩに襲いかかろうとしたって──あの人は、αだった?
 そんなこと知らな──
 
 とここで、またしても鳴り響いた着信音。発信者は花園高校定時四年、柿岡だった。

『月輪高校のジンが、榊さんを探しています』

 何がどうなってガチ高の番長が自分を探すのか?全体像は掴めないが、おそらく桜庭と鈴鬼の件と無関係ではあるまい。榊は、直ぐに行くと柿岡に返答し夜の花園高校へと向かった。


 榊が夜間に花園高校を訪れたのは実に四年ぶりだった。
 ここへくる途中、示し合わせたわけでもないが麗子や良太のバイクと合流した。内一台は見慣れぬバイクであったが、おそらく麗子か良太の知り合いだろう。
 花園高校の中庭。定時制に通う現役の不良たちが待ち構えている。彼らは地元を守る自警団のような役割を担っている若者たちであったが、そのくせ平和や退屈とは縁遠い、血の気の多い連中だ。
 星空の下、夜気の満ちた中庭の三方を囲むコの字型の校舎。壁の落書き、放置されて積まれた自転車、ガムテープで補強された窓ガラス、ドラム缶と一斗缶から燃え上がる炎の色。エンジンの排気ガスにオイルの臭気も溶け込んだような機械的で混沌としたにおい。
 花園高校の夜の顔。これこそがまさに、榊にとっての懐かしき母校だ。

 ただいま、花園。

 榊はここへ来てようやく、本当に故郷に帰ってきたような心地だった。良太と麗子から知らされた事件のことをほんの少しだけ頭の隅に追いやって、母校の空気に浸る。
「榊さん」
 現実に引き戻すのは良太の声。
 良太はバイクから降り立ち、まずは榊の側に駆け寄る。
「麗子さんから連絡あって、一体何がなんだか……」
「桜庭くんと京一さんの件は私も聞いたよ」
「きょうい……あ、鈴鬼さん?鈴鬼さんも何かあったんすか」
「発情したΩが、って件だよ。桜庭くんと同じだ」
 それを聞いた良太は青ざめた。
「私は柿岡くんから月輪の番長が探してるって聞いてな、来たんだよ」
 ガチ校の番長が?と良太はわずかに裏返った声を上げた。まさか榊がそのような理由でこの場に居るとは思っていなかったのだ。
 良太と榊の元へ一人の青年が歩み寄る。
 黒いざんばら髪、古びた藍色の羽織。こいつは刀童が話していた「ジン」の特徴と一致する、と榊は見極めた。
 対峙した神鏡じんきょうはまず、榊の頭の上あたりを見上げるように仰いで、おお珍しいね、と言う。それから瞬きもせずに視軸を下へ移動させて、夜行性の猛獣のような虹彩で榊をとらえた。
「あんたが榊さんね」
「初めまして、榊龍時です。月輪高校の神鏡さんですね」
「そーだよ」
「私に御用とか」
「ウチの鈴鬼のこと、知ってたかなーと思って」
 ここで榊はおおよそどのような理由で彼が自分を探していたかを悟った。自分は鈴鬼京一の第二性を知る人物と仮定され、疑われている。
「京一さんのことは、βだと思っていましたよ」
「それ、どーやって証明すんの?」
「残念ながら証明はできませんが、かといって私が鈴鬼さんの第二性を以前から知っていたという証拠もありませんよ」
 なかなか険悪な雰囲気を纏い始めた榊と神鏡の間に割り込むようにして、良太が身を前に出した。榊の盾になろうとしての行動だ。
 話し合いの前にあわや一騒ぎあろうかと思われたが、
「すんません、準備できましたんで。皆さんこっち来て座ってもらっていいっスかね」
 柿岡が代表者を呼ばったのでとりあえず争いは避けられた。
 花園高校定時制四年の柿岡は目端のきく男だ。神鏡、榊、良太のただならぬ気配を察し、余計な闘争を避けるために声をかけたのは言うまでもない。
 良太の神鏡に対する第一印象はあまり善くないものとなった。いきなり榊に敵対するような態度を取ったこのジンという男に、ひとつガンでもくれてやろうかと彼を睨んだのだが──
 視線がかち合った一瞬、目が眩んだ。太陽の映る鏡面を直視してしまったかのように。
 ぎくり、と身が強張る。
 神鏡は良太が怯んだ、いや、負けたと分かって興味が失せたらしい。さっさと二人の前を通り過ぎた。

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