Find a Way

◼︎ 発情Ω投下事件 1

 五月十日、午後六時。
 桜庭建設の倉庫前で従業員が片付けをしていた。柏葉かしわばという、大柄で右頬に傷跡のある若者だった。
 彼がワゴン車のバックドアを開けて工具箱を漁っていると、会社の敷地内に黒い乗用車が一台入ってくる。
 客人か、と思いたいして気に留めなかった。黒塗りの高級車であったし、客人であれば同敷地内にある事務所の方に用があるはずだ。こちらの資機材倉庫には来ないだろう。
 だがその車は事務所前の来客用駐車スペースを通り過ぎ、柏葉の居る業務車両の前に停車したのだった。
 後部座席の窓が下がり、小柄な若い男が顔を出す。大きい目に瞼が腫れぼったく覆い被さり半目になっていて、鼻は小さく、唇はぼってりと分厚い。髪色はシルバー系、ブリーチのし過ぎかかなり荒れている。この辺では見かけない白色の学ラン、高校生だろうか。しかしそれにしてはどこか、若作りした中年のような年齢不詳の気味悪さがあった。
「ここにαの男いるよね」
 そいつはアニメの幼女みたいな甲高い声で話しかけた。
「は?なに、アルファ?」
「だからぁ、性別がαの人いるでしょ、呼んできて」
 いきなり来てなに訳のわからんことをかすか、と腹立たしくなった。
 だが運転席には根暗そうだが体格のいい男が控えていたので、少し怯んだと共に用心する。なんとなく先輩の桜庭譲二や桧村良太と同じ部類の人間のような感じを受けたからだ。彼らαのフィジカルは強靭で、βではなかなかかなわない。
 柏葉は見た目の厳つさに反して喧嘩の強さはさほどでもないのだ。だがかつては花園高校定時の末席に名を連ねた男であるから、その辺の洞察力は備わっている。
 そいつの言う「αの男」とは、この会社、桜庭建設の跡取りである桜庭譲二しかいないだろう。なにやら訳ありのようだが、自分が出張ったところでどうにもなるまい。とにかく譲さんに来てもらおう、と電話で呼び出した。
 桜庭はすぐに向かいの事務所から出てきて、こちらの資機材倉庫の方へ歩みだす。
「あっちへ行ってよ」
 と奇妙な小男が睨むので、柏葉は舌打ちして苛つきを表現しつつ倉庫の中へ引っ込んだ。
 もしかしてあの運転席にいる男と譲さんが揉めてる?と野次馬根性が騒ぎ、倉庫のシャッターのすぐ裏で聞き耳を立てる。彼らの姿は見えない。

 なんですか、と不審げに尋ねる桜庭の声。
 ドアを開ける音、後部座席か。
 何かが、否、誰かが降りた。
 微かに人の呻き声……泣き声?
 ドアが閉まった途端に急発進で走り去る車。
 衣擦れ。
 それから人が倒れ込むような音、倒れた、誰が?
 何か小さな金属がコンクリートに弾んで転がる音。
 
 柏葉はただならぬ様子に胸騒ぎ、思わず倉庫から出た。そこには仰向けに倒れた桜庭と、桜庭の下半身に覆い被さる中年の女がいた。しかも女が身に付けているものは下着だけで、ほとんど裸のような状態だった。
 その女は桜庭の股間に鼻を擦り付け、作業着ズボンのベルトを外そうとしている。
 異様すぎる光景に一瞬怯んだが、
「おい! なにやってんだ!」
 と怒鳴って女を引き剥がそうとした。こいつが何かしたせいで桜庭が「やられた」のだと思ったからだ。
 女は息を荒げて身をよじり、やけに大きな腰を妖しくくねらせる。腹まで垂れ下がった乳房を揺らし、あぁん、あはぁん、と呻き声ともよがり声ともつかない怪音を発している。
 こいつはまともな状態の人間ではない、と瞬時に勘付いた柏葉は、人のいる事務所に向かって誰か来てくれと叫んだ。
 それに気付いた事務員が慌ててサンダルをつっかけ、駆けつける。
「あらあ! なにこの人、柏葉くん」
「藤川さん! け、警察を、いや救急車……」
「待って、今かけるから」
 狼狽する柏葉とは対照的に、藤川という事務員は冷静に警察に通報し、次いで救急車を呼んだ。それから自分の羽織っていたカーディガンで女の裸体を隠す。その間も女は酔っ払いのように呻いては身をくねらせ、桜庭に這寄ろうとしていた。
 柏葉と藤川はとにかく裸の女に言い聞かせて事務所の中へ連れて行こうとしたが、話の通じる状態ではない。このままでは埒があかないので、二人で両脇を抱えて半ば強制的に事務所へ引きずっていった。

 それから桜庭建設はてんやわんやの騒ぎであった。
 柏葉は隙を見て、花高時代の先輩であり桜庭の親友である桧村良太へこの事態を知らせたのだった。



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