Find a Way

◼︎マーキング

 花園高校の養護教諭である竹之内は、一年生の副担任である榊龍時という新米教師のことを好いていた。
 ひとくちに「好き」といっても恋愛感情とは別物、と自分ではそう思っている。
 その青年を目の当たりにすると、例えるなら空気の澄み渡った高原で透明な雨に恵まれたような清々しい気分になる。その爽快感が好ましいのだ。
 まるであの、脳髄を腐らせる甘い毒素を取り去ってくれるようで気分が良くなる。
 毒素とはすなわち、Ωのフェロモンのことだ。
 竹之内は男性型αだ。そして〔つがい〕がいる。ゆえにΩのフェロモン、特に発情期に放出される性フェロモンの威力を嫌というほど知っている。
 そんなわけで、竹之内にとって榊は少し特別な同僚なのだ。
 この日も朝礼が始まる前に彼と一対一で挨拶を交わそうか、と職員室に来てみたのだが彼の姿がない。 
 見てみて居ないならまだ出勤していないのだろうが、鼻がいいαならではの習性なのか、竹之内は少し上を向いて探るように鼻腔に空気を吸い込む。犬や猫が風のにおいで辺りの環境を確かめるような仕草だ。

 教頭、加齢臭混じりの整髪料。
 数学の先生、奥さんが目一杯使う柔軟剤。
 国語の先生、ヘビースモーカーのヤニ臭さ。
 社会の先生、タンスの防虫剤。
 榊先生の微かなシャンプーと洗濯用洗剤の匂いは──
 無いな。

 腰高窓の向こうに視線を投じれば教員用の駐車場が見える。いつもなら自分のブラウンの軽自動車の隣に、彼の白い乗用車があるのだが。すると今しも、そこに榊の運転する白い車が停車した。遅刻ではないが、なかなかギリギリだった。
 急ぎ足で職員室に入ってきた榊は、デスクの傍らに佇んでいた竹之内に挨拶する。時間以外はいつも通りだったが、今朝の榊は少し違っていた。竹之内の鋭敏な嗅覚は自分以外のαの存在を捉えたのだ。

 なんでβの榊先生からαのフェロモ──
 あああああああ分かったそういうこと!?
 マーキング!

 榊にはαの「彼」がいる、それも遅刻しそうになるくらい時間を割いてまで濃密な接触をするほどの。
 この衝撃は竹之内の脳内に混乱をもたらした。密かに愛でていた「推し」がいきなり引退すると公式発表したような、そんな類のショックだった。
 あなたαにマーキングされてますよ、などと指摘する気力もない。

 その後、朝礼で教頭がどんな話をしたか覚えていない。


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