Find a Way

◼︎俺だけの神様

 清掃を終えるとちょうど昼時だった。
 昼食は榊が作ってくれた。この時インスタントではないコーンポタージュを初めて口にした良太はえらく感激して、榊から聞いたレシピをスマホに保存したほどだった。無論、今度は自分が榊に作ってあげたいからである。
 昼食後は揃ってソファでくつろぐ。
 榊はローテーブルの上から本を手に取った。黒いブックカバーのかかったレンガみたいな分厚い本で、赤い栞が挟んである。そういえば昨日からその本はそこにあったのだ。
 榊は本を開く前にこう言い、
「テレビ、見たかったらつけていいし……」
 次いでバツが悪そうに視線を漂わせる。
「つまんなかったら、帰ってもいいし」
「つまらなくないです」
 良太は抗議するように榊を見据えた。一緒に居られて嬉しいことはあっても、つまらないなんて思ったことは一度もない。それとも自分は、彼と共にいる時は退屈そうな態度をとっているのだろうか。だとすれば全くの誤解だ。弁明しなければ。
「榊さんといると嬉しいですよ。幸せって感じ。落ち着くし。ずっと一緒に居たい」
「なら、いいけどさ」
「むしろ榊さんは俺と一緒にいて、面白くねえ奴だなとか思ったりしてませんか」
「思わない」
「よかった。俺、仏頂面かもしれないっすけど、これ生まれつきです」
「べつにそんな仏頂面でもないけどな。面構えが男らしくて、良い顔立ちだよ」
 無意識にニヤけてしまう良太に追い打ちをかけるように榊は褒める。
「格好いいし、笑うと可愛い」
 良太はなんだかくすぐったい気持ちになる。照れ隠しと愛おしさで榊に戯れついて、体のあちこちにたくさんキスをしたい気分だ。
 ダメかな、けど恋人同士ならそれくらいのスキンシップは普通なのでは?第一、今考えている以上の「前戯」をした仲なのだからいけるかも。でも本を読みたそうだし、邪魔になったらいけない、タイミングが悪いかも。と良太は葛藤している。
「構って欲しかったらちょっかいかけてくれ」
 と言って少し微笑み、榊は本を読む体勢に入る。
 ちょっかいなら今すぐにでも掛けたい、けど焦ってばかりの余裕のない男と思われてしまうかも。ここは我慢だ。
 テレビをつけてもいいと言われたけれど、特別見たい番組があるでもないし、テレビの音で読書の邪魔をしたくない。良太は先ほど気になった「パートナーシップ制度」について検索し始めた。
 どうやらその制度は日本ならどこでも通用するというわけではなく、導入している県や市は限られているらしい。証明書の手続き方法や発行の仕方も、各自治体で微妙に違うということが分かった。
 良太と榊の住む御磨花市では、割と早い段階でその制度を導入している。法的な効力は流石に婚姻制度には劣るが、それでも自治体が認める証明書がある、という点が良太には魅力だった。
 もうしばらく彼と同じ時間を過ごし、親密な仲になり、信頼関係を築いたら一緒に手続きをしてくださいとお願いしよう。男女なら婚姻制度があり、自分達にはパートナーシップ制度がある、ならばその懇願は事実上のプロポーズだ。
 プロポーズをするならば、やはりお揃いの結婚指輪は必須。
 新婚旅行は国内でも海外でも彼の行きたい所へ行こう、数日間地元を離れて、仕事や実生活のことを忘れていちゃいちゃしながら過ごす。その後一緒に暮らすとしたらこの部屋でも実家でもいいけれど、やっぱり二人だけで一緒に暮らせる一戸建てが欲しい。広い庭付きの家がいいな。
 もし彼がどこか違う土地へ引っ越したいというならそこへ行く。その土地で彼の好みの住宅を注文して、のびのびと穏やかに暮らす。ガレージには白いSUVと俺の単車が並んでいて──
 とまあ、まるで当たってもいない宝くじの使い道を考えるようなもので、果てしなく広がる妄想に任せて指輪や旅行先、住居などをあてもなくスマホで検索しては明るい未来ばかりを夢見る。
 だがそこはやはり庶民、望みを全部叶えるだけの経済的余裕は無いという現実が浅はかな夢を掻き消す。

 あーあ、もし俺が、映画とか漫画に出てくる王子様みたいなαだったら、金の心配なんてしないんだろうな。
 だいたい余るほど金と権力があったら榊さんがどこの大学に在学してたか、探偵でも何でも雇ってさっさと調べてたっつうの。
 居場所を突き止めて俺以外の誰にも──またこれだ。
 なんで俺は最終的に囲うとか、独占とかいう考えになるんだよ。
 αだからか?
 たぶんそうなんだ。
 だとしたら俺は一般庶民でよかったよ。
 セレブのαなんて、金に飽かしてどんなロクでもないことするか分かねえからな。

 良太は以前榊とナイトショーで見た映画を思い出す。
 舞台は現代日本、東京。富と権力に恵まれた王子様みたいな男性型αが、だらしなく淫奔で貪婪な「姫」とあだ名される男性型Ωとフェロモンで惹かれあい、〔運命の番〕になる話だ。
 αはΩのわがままを叶えるために周囲の人々を殺しまくった。元から金持ちなのにさらに多額の遺産やら保険金やらを手に入れ、小さな南の島を買って豪邸を建てる。そこでやることといえば食って寝て性行為だけ。罪が暴かれていざ逮捕されるという段階でも、最後に一回だけ愛し合いたいと二人で無駄に暴れたのには思わず鼻で笑ってしまった程だ。
 いい歳こいた大人が、要はセックスをさせろと警察に抵抗して駄々を捏ねたのだから。
 だがその「最後にもう一度だけ愛し合いたい」という台詞と必死な姿が、特定の層の心に刺さってそれなりにヒットしたのだそうだ。役者の人気と演技の賜物だろう。〔運命の番〕が生木を割くように離れ離れにされるなんて切ない、Ωが可哀想で泣ける、αが純粋すぎる、とかなんとか。
 
 俺はαだけど裕福な「王子様」じゃないから、あんなΩの標的にされることはないはずだ。
 それでもゲーム感覚で、貧しい庶民のαを「お姫様」が弄ぶことはあるんだろう。
 なんたってΩはフェロモンという妖術を使って、αなら庶民でも王子でも皇帝だって従属させることができるんだからな。
 冗談じゃねえ。
 だったらいっそ、モブαの庶民から「悪役」になってやろうじゃないか。
 Ωの「お姫様」を容赦なく駆除する、非情な「悪役」になってやる。
 ──俺が「悪役」なら、榊さんはなんだろう。

 隣で本を読んでいる彼を盗み見る。
 窓の外から差し込む揺れる陽光と影のマーブル模様。榊の銀色の髪に、白磁の顔に、衣服で覆い隠された均整のとれた体に、すらりと伸びた脚に投射されている。美しくて格調高い佇まい。Ωが怯えて震えるほどの清浄な気配。

 この人はαの俺の心をいっぱいに埋めつくして夢中にさせる。
 けどフェロモンを撒き散らす「お姫様」のような怪物じゃない、このひとは──
 神様だよ、俺の。
 俺だけが崇める。
 俺だけが奉拝する。
 俺だけが触れられる。
 
 榊は本に栞を挟み、ソファの肘掛けに背を預けるように体勢を変えた。
 良太と榊の視線が指先を絡め合うように繋がる。榊は、ふふ、と柔らかさの中に悪戯と照れを隠した笑みを浮かべた。
 なにかして欲しいのかあるいは──
「そっちからちょっかい、掛けてくれるんですか」
「膝貸して」
「膝枕?」
「嫌ならいい」
「全然嫌じゃないです」
 
 彼は緩やかに倒れ込み、膝の上に頭を乗せた。
 神様が悪い人間のもとにその身を預ける。
 こんな場面は誰にも見せられない。
 悪役と神様が、人知れず仲睦まじくしているなんて。
 ファンタジーなら断罪ものだ。

 良太が榊の銀髪を撫でると、榊は良太の大きな手を取り掌に接吻した。
 榊の手首のあたりから微かにフレグランスの香りが舞う。
 いつもとは違う。
 秘密にしたくなるような匂いだった。
 


62/64ページ
スキ