Find a Way
◼︎贅沢なこと
桧村良太が目覚めた場所は実家の二階の自室ではなく、恋人の部屋のベッドの上だった。
榊さん、まだ寝てる?
顔を少し左側に傾ける。薄暗い中にぼんやりと発光するような銀色の頭髪、そして白い肌。榊龍時は仰向けで眠っている。次いで寝惚け眼がとらえたのは、こちら側とあちら側のベッドパッドの色の違い。
昨晩、というか時間でいえば今日の出来事なのだが、隣で眠る彼と「前戯」と称してかなり性的な接触をしたその後、いま隣で眠っている彼は──
比較的汚れていない左手でベッドサイドテーブルからリモコンを取り、蛍光灯の明かりをつけた。
互いの精にまみれた腹と性器、股の間が明るみに晒される。特に下になっていた榊のそこは二人分の体液によってひどく濡れていた。大雑把にティッシュで拭い、ベッドを出る。さっきまで「致して」いたその場を見下ろすと、どのような行為をしていたのかがよく分かる。人体の腰部が体液の染みによって縁取られ、切り絵のように浮かび上がっていた。尻の割れ目までくっきりと。
「とりあえずシャワー浴びてくる」
「一緒に洗いっこし……」
「しない」
あわよくばバスルームでもう一回したい良太だったが、にべなく断られてしゅんとなる。下心はあえなく看破されたのだ。
榊は疲労感の残る表情で、なんでそんなに元気なんだお前、とげんなりして眼鏡を掛けた。
眉をひそめた彼の、事後の気怠さを纏った様子にまたもや雄の証が反応してしまいそうだ。さっき四度も吐精したばかりなのだが、良太は数回達したくらいどうってことない。でもここらでいい加減にしておかないと、性欲発散のためだけに付き合っていると疑われる危険性がある。控えなければ。
「これ、交換しましょうか」
と良太は汚れたベッドパッドを剥がす。幸い厚みがあるタイプだったのでマットレスの方は濡れていない。水気を含んでいささか重みを増したこの寝具は責任?を持って洗うつもりだった。
「あの、榊さんシャワー終わったら、俺これ風呂場で洗っときますので」
「いいよ私がやるから。ついでに下着も洗いたいし」
榊は、それをよこせと手を差し出す。躊躇っていると、
「いずれにしろそれ、ウチのやつだから」
お前にどうこうできる権利はないとでも言うように持ち去られた。こうなってはもう打つ手なしだ。なら次にやれることをする。
「新しいやつ、敷いておきます」
「じゃ、そこに入ってるから敷いておいてくれ」
クローゼットを指し示された。そうして榊は静かに寝室を後にする。良太は明るい寝室の向こうの闇に浮かぶ榊の裸体、その均整のとれた後ろ姿に見惚れた。
そういえば自分も裸だった。この後シャワーを貸してもらうとしても、ひとまず部屋着を着ることにした。
黒いスウェットの上着、胸の辺りが若干湿っている。榊の涙が染み込んで、まだ乾いていないからだ。彼がなぜ泣いていたのか良太には理由が分からない。知りたい。知りたいけど、彼の心を穿 って暴くようなことはしたくない。
クローゼットをそうっと開ける。
中には薄手のコート、カーディガン、スーツ、Yシャツ、彼の誕生日にプレゼントしたネクタイなどが掛けてある。寝具の類はどこにあるのだろうか。
隣の引き出しを開けると、肌着や下着のスペースだった。宝の山とはこのことか。一瞬、それらを手に取りあまつさえその匂いを嗅いで、などと妄想してしまったが実行はしなかった。悪魔の囁きに負けなかった自分を褒めてやりたい。
ふと下の方に目をやると、半透明のボックスからネイビーの生地が透けていた。見覚えがある。鳥居地区のショッピングモールで買ったものだ。
早速それを取り出してベッドに敷く。それからタオルケットと掛け布団を整え、枕を定位置に。
換気もした方がいいだろう。彼には澱みない空気の中で眠ってもらいたい。テラス窓の左右を十センチほど開けると、ひゅうっ、と風切音がした。分厚いベージュのカーテンが翻り、新鮮で冷たい夜気が侵入してくる。
やがて紺色のパジャマをちゃんと身に付けた榊が寝室に帰ってきた。行為をする数刻前に時間が巻き戻ったみたいだ。
「洗濯物、一緒に洗うのに抵抗がなければ洗濯機に突っ込んどいて。起きたら洗うから」
そう言って榊はきちんと整えられたベッドに入り、
「バスルームでもなんでも使っていいけど、静かにな」
と注意を促した。別段、良太が喧しくしているというわけでもないのだが、気心の知れた家族と住んでいる一戸建てと違ってアパートの各部屋に住んでいるのは他人だ。夜中の物音は特に響きやすい。
良太が浴室から戻ると、読書灯の光源だけが寝室をほんのりと照らしていた。蛍光灯の白々しい明るさでもなく、真っ暗でもない空間が妙に幻想的だ。榊はベッドに横たわり、掛け布団を引き被っている。心ここに在らずといったような風情でゆっくりと瞬 きしていた。眠そうだ。その無防備な様子が愛おしく、鳩尾から心臓の辺りにかけて切なさが込み上げてくる。
ここは自分で借りている部屋でもない。けれどこうして二人きりで籠っていると、どうにも自分の作った巣箱の中で安らいでくれている、という錯覚に陥りそうになる。彼を囲って手元に置くなんていう空虚な錯覚にさえ、陶酔と幸福を感じてしまうのだ。これもαの特性なのかと思うと本当に嫌になる。沸々と自己への嫌悪が沸き起こりそうになったところで、
「良太くんは、寝るとき……」
と独り言のような、眠そうな声で榊が話しかける。
「電気、どうしてる」
「全部暗くしてます」
「そう、おなじ」
「榊さん」
「んー」
「キスしてもいいですか」
どうぞ、と受け入れるように榊は目を閉じた。
彼の唇に、性的な意味を含まない軽やかなお休みのキスをする。
榊の代わりに、読書灯に手を伸ばして消灯した。程なくして安らかな寝息が聞こえ始める。
良太はこのまま眠らずに、榊の無防備な身体にこっそり触れたり寝息を聞いたりして夜を明かそうかとも考えたが、同じ時間をただ一緒に眠って過ごすのもまた贅沢なことに思えたので、榊に倣って目を閉じたのだった。
そして数時間後の午前、九時。
良太は榊よりも早く起床した。
洗顔と髭剃り、トイレを済ませた良太は、ベッドの傍に跪いて榊の寝顔を覗きこむ。
遮光カーテンの隙間から日光がわずかに入り込む。淡い陰影によって形づくられた景色で、榊は静かに眠っていた。
桧村良太が目覚めた場所は実家の二階の自室ではなく、恋人の部屋のベッドの上だった。
榊さん、まだ寝てる?
顔を少し左側に傾ける。薄暗い中にぼんやりと発光するような銀色の頭髪、そして白い肌。榊龍時は仰向けで眠っている。次いで寝惚け眼がとらえたのは、こちら側とあちら側のベッドパッドの色の違い。
昨晩、というか時間でいえば今日の出来事なのだが、隣で眠る彼と「前戯」と称してかなり性的な接触をしたその後、いま隣で眠っている彼は──
比較的汚れていない左手でベッドサイドテーブルからリモコンを取り、蛍光灯の明かりをつけた。
互いの精にまみれた腹と性器、股の間が明るみに晒される。特に下になっていた榊のそこは二人分の体液によってひどく濡れていた。大雑把にティッシュで拭い、ベッドを出る。さっきまで「致して」いたその場を見下ろすと、どのような行為をしていたのかがよく分かる。人体の腰部が体液の染みによって縁取られ、切り絵のように浮かび上がっていた。尻の割れ目までくっきりと。
「とりあえずシャワー浴びてくる」
「一緒に洗いっこし……」
「しない」
あわよくばバスルームでもう一回したい良太だったが、にべなく断られてしゅんとなる。下心はあえなく看破されたのだ。
榊は疲労感の残る表情で、なんでそんなに元気なんだお前、とげんなりして眼鏡を掛けた。
眉をひそめた彼の、事後の気怠さを纏った様子にまたもや雄の証が反応してしまいそうだ。さっき四度も吐精したばかりなのだが、良太は数回達したくらいどうってことない。でもここらでいい加減にしておかないと、性欲発散のためだけに付き合っていると疑われる危険性がある。控えなければ。
「これ、交換しましょうか」
と良太は汚れたベッドパッドを剥がす。幸い厚みがあるタイプだったのでマットレスの方は濡れていない。水気を含んでいささか重みを増したこの寝具は責任?を持って洗うつもりだった。
「あの、榊さんシャワー終わったら、俺これ風呂場で洗っときますので」
「いいよ私がやるから。ついでに下着も洗いたいし」
榊は、それをよこせと手を差し出す。躊躇っていると、
「いずれにしろそれ、ウチのやつだから」
お前にどうこうできる権利はないとでも言うように持ち去られた。こうなってはもう打つ手なしだ。なら次にやれることをする。
「新しいやつ、敷いておきます」
「じゃ、そこに入ってるから敷いておいてくれ」
クローゼットを指し示された。そうして榊は静かに寝室を後にする。良太は明るい寝室の向こうの闇に浮かぶ榊の裸体、その均整のとれた後ろ姿に見惚れた。
そういえば自分も裸だった。この後シャワーを貸してもらうとしても、ひとまず部屋着を着ることにした。
黒いスウェットの上着、胸の辺りが若干湿っている。榊の涙が染み込んで、まだ乾いていないからだ。彼がなぜ泣いていたのか良太には理由が分からない。知りたい。知りたいけど、彼の心を
クローゼットをそうっと開ける。
中には薄手のコート、カーディガン、スーツ、Yシャツ、彼の誕生日にプレゼントしたネクタイなどが掛けてある。寝具の類はどこにあるのだろうか。
隣の引き出しを開けると、肌着や下着のスペースだった。宝の山とはこのことか。一瞬、それらを手に取りあまつさえその匂いを嗅いで、などと妄想してしまったが実行はしなかった。悪魔の囁きに負けなかった自分を褒めてやりたい。
ふと下の方に目をやると、半透明のボックスからネイビーの生地が透けていた。見覚えがある。鳥居地区のショッピングモールで買ったものだ。
早速それを取り出してベッドに敷く。それからタオルケットと掛け布団を整え、枕を定位置に。
換気もした方がいいだろう。彼には澱みない空気の中で眠ってもらいたい。テラス窓の左右を十センチほど開けると、ひゅうっ、と風切音がした。分厚いベージュのカーテンが翻り、新鮮で冷たい夜気が侵入してくる。
やがて紺色のパジャマをちゃんと身に付けた榊が寝室に帰ってきた。行為をする数刻前に時間が巻き戻ったみたいだ。
「洗濯物、一緒に洗うのに抵抗がなければ洗濯機に突っ込んどいて。起きたら洗うから」
そう言って榊はきちんと整えられたベッドに入り、
「バスルームでもなんでも使っていいけど、静かにな」
と注意を促した。別段、良太が喧しくしているというわけでもないのだが、気心の知れた家族と住んでいる一戸建てと違ってアパートの各部屋に住んでいるのは他人だ。夜中の物音は特に響きやすい。
良太が浴室から戻ると、読書灯の光源だけが寝室をほんのりと照らしていた。蛍光灯の白々しい明るさでもなく、真っ暗でもない空間が妙に幻想的だ。榊はベッドに横たわり、掛け布団を引き被っている。心ここに在らずといったような風情でゆっくりと
ここは自分で借りている部屋でもない。けれどこうして二人きりで籠っていると、どうにも自分の作った巣箱の中で安らいでくれている、という錯覚に陥りそうになる。彼を囲って手元に置くなんていう空虚な錯覚にさえ、陶酔と幸福を感じてしまうのだ。これもαの特性なのかと思うと本当に嫌になる。沸々と自己への嫌悪が沸き起こりそうになったところで、
「良太くんは、寝るとき……」
と独り言のような、眠そうな声で榊が話しかける。
「電気、どうしてる」
「全部暗くしてます」
「そう、おなじ」
「榊さん」
「んー」
「キスしてもいいですか」
どうぞ、と受け入れるように榊は目を閉じた。
彼の唇に、性的な意味を含まない軽やかなお休みのキスをする。
榊の代わりに、読書灯に手を伸ばして消灯した。程なくして安らかな寝息が聞こえ始める。
良太はこのまま眠らずに、榊の無防備な身体にこっそり触れたり寝息を聞いたりして夜を明かそうかとも考えたが、同じ時間をただ一緒に眠って過ごすのもまた贅沢なことに思えたので、榊に倣って目を閉じたのだった。
そして数時間後の午前、九時。
良太は榊よりも早く起床した。
洗顔と髭剃り、トイレを済ませた良太は、ベッドの傍に跪いて榊の寝顔を覗きこむ。
遮光カーテンの隙間から日光がわずかに入り込む。淡い陰影によって形づくられた景色で、榊は静かに眠っていた。