Find a Way
◼︎ベッドを買いに1
水曜日、桧村自動車の定休日だ。
榊と良太はこの日、花園地区の隣にある鳥居 地区のショッピングモールへと来ていた。同衾を目的としたベッドを選ぶためである。
花園の駅から鳥居のショッピングモールへは直通バスがでている。二人はそれで移動した。バスの中で、良太の妹の咲 がそこで働いていると聞いた。咲は鳥居地区で一人暮らしをしているらしい。
テナントの家具売り場を一通り巡る。店舗では実際にベッドに寝転んでみて選べるように配慮されていた。
「良太くん、ちょっとここ寝てみて」
と榊がベッドを示す。
一人であれば自分の身長と体格でサイズを選べるが、なにしろ良太は背が高くガタイがいい。購入した後に狭くて寝られない、などという事態は避けたかった。
いくつかの展示品に良太を寝かせてみて大きさを把握し、クイーンサイズのローベッドを注文した。ベッドフレームとポケットコイルのマットレスが届くのは今週の日曜。寝室はいささか手狭になるが、そこは目を瞑る。
そろそろ昼時である。昼食は和食で済ませることにした。平日とあって待ち時間もなくすんなり席へ通された。
料理が運ばれてくるまでの間、良太の妹の働いている店について話が及んだ。
「咲のいる店、ここの四階にあるらしいです」
「四階っていうと洋服とか、雑貨店だな」
「オレンジなんとかっていう店だって言ってました」
「オレンジブルーオーシャンかな」
「あ、それです。よく知ってますね」
「まあな」
榊がその店の名を知っている理由は、大学時代の彼女、つまり元カノがそのブランドの品を愛用していたからである。主に若い女性向けの下着、ルームウェア、化粧品、ラブグッズなどの販売店だ。
「ベッドは買ったから、この際に枕とかシーツの類も揃えておきたいな。午後からも付き合える?」
「全然大丈夫っす!」
ショッピングモールのパンフレットをみて、午後からの目的地を探す。
「四階だな」
「そっすね」
「もし妹さんに見つかりたくなければ、無理しなくていいよ」
「なにがですか」
「私たち多分、そういう関係に見えてしまうかも……恋人同士というか」
「実際付き合ってますよね!?」
「それはそうだが……妹に見られて平気か?」
「なんだそんなことっすか!びっくりしたー、実は全然付き合ってないって言われんのかと思った。母さんと親父にはもう言ってあるんで。たぶん咲も知ってます」
「あ、そう」
どうやら桧村家では、良太が年上の男性と親密な関係になることを、さして気にしてはいないらしい。
良太が榊と恋人になったと両親に告げたのは、榊と再会したその日の夕食時である。「一緒に寝るベッドを買いに行こう」というお誘いにテンション上がりまくってつい、というわけだ。
母親は「あんた達それで騒いでたの」と呆れて、父親は「そうかあ、榊くんとなあ」となにやら感慨深く目を細めただけだった。別段、息子の恋人の性別だとか、そんなことに拘 る様子もない。妹には母親がなにやら報告していたようだ。
そもそも桧村家の人々がいくら良太の先輩だからといって、こうも簡単に榊を受け入れたのには次のような訳合いがある。
遡ること花園高校時代。良太の父母は、自分たちなんの変哲もないβの夫婦から生まれたαの息子を、どのように育てたらよいものか思案に暮れていた時期でもあった。
小学校、中学校ではαの保護者に対する説明会があり、αの子供の特徴や性質を教えられた。他の子に比べて体格や運動神経がいいとか、勉強ができるとか、才能を伸ばしてあげましょうとか、そこは別にいい。が、しかし、桧村夫妻をおおいに悩ませたのは、αはΩのフェロモンに自我を失い強姦まがいのことをして〔番〕にしてしまう、という性質についてであった。
のみならず、囲って常に手元に置き支配したがるという。そうしたαの独占欲のすさまじは、ごく稀にβに向けて発揮される場合もあるらしい。
おまけにテレビや雑誌やネット上では、αの芸能人やスポーツ選手が、愛情の行き過ぎで誤って恋人を殺したとか、発情期のΩを襲ったとか、またはβと番になれないから心中未遂したとか、そんな凄惨な事件がおもしろおかしく報道されている。
うちの息子がどこぞのお嬢さんを一方的に好いてつけ回したり、無理矢理行為に及んだり、そんなことをするかもしれない。良太ももう高校生だ。異性に興味がないわけでもなかろう。と桧村夫妻は、それはもう不安に苛まれた。
特に父親は、いざという時は我が子をこの手で始末しなくてはならない、とまで覚悟した。
そんなときに夫婦の前に現れたのが、息子の先輩にあたる榊龍時だった。
彼は桧村自動車を訪いこう告げた。
「榊龍時と申します。花園高校定時の、三年生です。桧村良太くんに執着されております旨を、報告にまいりました」
不良の巣窟、悪名轟く花園高校の生徒とも思われぬ柔らかい物腰の美青年であった。
これには桧村夫妻も驚いた。
榊と名乗る青年がいうには、αの性質をきつく全方位から押さえつけても反発を招くだけで、余計状態が悪化する危険性がある。そこで、ある程度の執着は容認し、交換条件を提示するなどしてうまく共存する方向に持っていこうというのだ。
幸い良太は素直で、自分や先輩のいうことは聞き入れるし、よく守る。もしも良太が数日間家に帰らず行方がわからなくなったら、その時は自分が監禁なり殺害なりされているものとして、警察に届け出てほしい。こちらからこまめに桧村さんへ連絡をして良太の言動をお知らせするので、判断の基準にしてもらいたい。とのことであった。
さらには雪城地区にある番の斡旋所〔白幻 〕という名の施設を教えられた。ここには常時、番を求めるΩが待機しているという。
凡庸なβから見れば恐怖でしかないαの性質でも、Ωにとってはこの上ない魅力なのだそうだ。αとΩであれば何も問題はない。βへの執着が、Ωと出会うことによって本能的にそちらに逸れることは大いにあり得る。その習性を利用したカウンセリングもあるらしい。
もし万が一、桧村夫妻と榊にとってどうしても、という事態になれば良太の意思を黙殺してでも、ここのお世話になることを視野に入れておいてほしい。と榊は頭を下げて頼んだ。
榊の提案と情報は、良太の両親に一筋の光明をもたらした。桧村夫妻が榊龍時に信頼を置くのもこうした経緯があったからだ。
ちなみに良太本人と妹の咲は、これほどまでの対策がなされていたことは知るよしもない。
水曜日、桧村自動車の定休日だ。
榊と良太はこの日、花園地区の隣にある
花園の駅から鳥居のショッピングモールへは直通バスがでている。二人はそれで移動した。バスの中で、良太の妹の
テナントの家具売り場を一通り巡る。店舗では実際にベッドに寝転んでみて選べるように配慮されていた。
「良太くん、ちょっとここ寝てみて」
と榊がベッドを示す。
一人であれば自分の身長と体格でサイズを選べるが、なにしろ良太は背が高くガタイがいい。購入した後に狭くて寝られない、などという事態は避けたかった。
いくつかの展示品に良太を寝かせてみて大きさを把握し、クイーンサイズのローベッドを注文した。ベッドフレームとポケットコイルのマットレスが届くのは今週の日曜。寝室はいささか手狭になるが、そこは目を瞑る。
そろそろ昼時である。昼食は和食で済ませることにした。平日とあって待ち時間もなくすんなり席へ通された。
料理が運ばれてくるまでの間、良太の妹の働いている店について話が及んだ。
「咲のいる店、ここの四階にあるらしいです」
「四階っていうと洋服とか、雑貨店だな」
「オレンジなんとかっていう店だって言ってました」
「オレンジブルーオーシャンかな」
「あ、それです。よく知ってますね」
「まあな」
榊がその店の名を知っている理由は、大学時代の彼女、つまり元カノがそのブランドの品を愛用していたからである。主に若い女性向けの下着、ルームウェア、化粧品、ラブグッズなどの販売店だ。
「ベッドは買ったから、この際に枕とかシーツの類も揃えておきたいな。午後からも付き合える?」
「全然大丈夫っす!」
ショッピングモールのパンフレットをみて、午後からの目的地を探す。
「四階だな」
「そっすね」
「もし妹さんに見つかりたくなければ、無理しなくていいよ」
「なにがですか」
「私たち多分、そういう関係に見えてしまうかも……恋人同士というか」
「実際付き合ってますよね!?」
「それはそうだが……妹に見られて平気か?」
「なんだそんなことっすか!びっくりしたー、実は全然付き合ってないって言われんのかと思った。母さんと親父にはもう言ってあるんで。たぶん咲も知ってます」
「あ、そう」
どうやら桧村家では、良太が年上の男性と親密な関係になることを、さして気にしてはいないらしい。
良太が榊と恋人になったと両親に告げたのは、榊と再会したその日の夕食時である。「一緒に寝るベッドを買いに行こう」というお誘いにテンション上がりまくってつい、というわけだ。
母親は「あんた達それで騒いでたの」と呆れて、父親は「そうかあ、榊くんとなあ」となにやら感慨深く目を細めただけだった。別段、息子の恋人の性別だとか、そんなことに
そもそも桧村家の人々がいくら良太の先輩だからといって、こうも簡単に榊を受け入れたのには次のような訳合いがある。
遡ること花園高校時代。良太の父母は、自分たちなんの変哲もないβの夫婦から生まれたαの息子を、どのように育てたらよいものか思案に暮れていた時期でもあった。
小学校、中学校ではαの保護者に対する説明会があり、αの子供の特徴や性質を教えられた。他の子に比べて体格や運動神経がいいとか、勉強ができるとか、才能を伸ばしてあげましょうとか、そこは別にいい。が、しかし、桧村夫妻をおおいに悩ませたのは、αはΩのフェロモンに自我を失い強姦まがいのことをして〔番〕にしてしまう、という性質についてであった。
のみならず、囲って常に手元に置き支配したがるという。そうしたαの独占欲のすさまじは、ごく稀にβに向けて発揮される場合もあるらしい。
おまけにテレビや雑誌やネット上では、αの芸能人やスポーツ選手が、愛情の行き過ぎで誤って恋人を殺したとか、発情期のΩを襲ったとか、またはβと番になれないから心中未遂したとか、そんな凄惨な事件がおもしろおかしく報道されている。
うちの息子がどこぞのお嬢さんを一方的に好いてつけ回したり、無理矢理行為に及んだり、そんなことをするかもしれない。良太ももう高校生だ。異性に興味がないわけでもなかろう。と桧村夫妻は、それはもう不安に苛まれた。
特に父親は、いざという時は我が子をこの手で始末しなくてはならない、とまで覚悟した。
そんなときに夫婦の前に現れたのが、息子の先輩にあたる榊龍時だった。
彼は桧村自動車を訪いこう告げた。
「榊龍時と申します。花園高校定時の、三年生です。桧村良太くんに執着されております旨を、報告にまいりました」
不良の巣窟、悪名轟く花園高校の生徒とも思われぬ柔らかい物腰の美青年であった。
これには桧村夫妻も驚いた。
榊と名乗る青年がいうには、αの性質をきつく全方位から押さえつけても反発を招くだけで、余計状態が悪化する危険性がある。そこで、ある程度の執着は容認し、交換条件を提示するなどしてうまく共存する方向に持っていこうというのだ。
幸い良太は素直で、自分や先輩のいうことは聞き入れるし、よく守る。もしも良太が数日間家に帰らず行方がわからなくなったら、その時は自分が監禁なり殺害なりされているものとして、警察に届け出てほしい。こちらからこまめに桧村さんへ連絡をして良太の言動をお知らせするので、判断の基準にしてもらいたい。とのことであった。
さらには雪城地区にある番の斡旋所〔
凡庸なβから見れば恐怖でしかないαの性質でも、Ωにとってはこの上ない魅力なのだそうだ。αとΩであれば何も問題はない。βへの執着が、Ωと出会うことによって本能的にそちらに逸れることは大いにあり得る。その習性を利用したカウンセリングもあるらしい。
もし万が一、桧村夫妻と榊にとってどうしても、という事態になれば良太の意思を黙殺してでも、ここのお世話になることを視野に入れておいてほしい。と榊は頭を下げて頼んだ。
榊の提案と情報は、良太の両親に一筋の光明をもたらした。桧村夫妻が榊龍時に信頼を置くのもこうした経緯があったからだ。
ちなみに良太本人と妹の咲は、これほどまでの対策がなされていたことは知るよしもない。