Find a Way

◼︎ 対等がいい

 入浴を済ませた榊が寝支度を整えてリビングに戻ってきたとき、ソファに良太の姿は無かった。もう寝室へ引っ込んだらしい。
 榊の肌は湯上がりでほてり、うっすら汗ばんでいる。初めて良太と同衾するのにこのままベッドへ入ることは躊躇われたので、ベランダでしばらく涼んでいくことにした。
 一方、良太は寝室でやけに姿勢良くベッドに座り、恋人が来るのを待っている。
 まるで就活で面接する時のような緊張感。実際には学校終わってすぐ実家で働き始めたので、企業の面接を受けたことはないのだけれど。
 夜の冷気を浴び体温を落ち着けた榊が寝室に入ってきた。彼は少し高い位置で結えていた髪を解き、寝具に潜り込む。細縁の眼鏡を外してナイトテーブルに置いた。手元に照明のリモコンを引き寄せ、もう電気を消して眠る体勢だ。
 ここまできたらもう後がない。良太はついに本日の目的を遂行すべく口を開いた。
「お話があるんですけど」
「ん?なに」
「榊さんてその、オナ、じ、自慰行為を、一人でしたりとかは……」
「たまに」
「今夜はいかがで……」
「べつに気分じゃない」
「あ、そう……っすか。でもあの、もし今夜そういう気分になったら、や、でも眠いっすよね、やっぱいいっす……」
 満を持して言い出せたものの、弱腰すぎてこの体たらくだ。
「何がしたいんだよ」
「いえあの、俺がしたいっていうか、榊さんがしたいならお手伝いしますっていうか、フェラとかね、全然大丈夫っすから、気持ちよくなるために使ってもらえたら」
「ふぅん、手伝いなんだ、セックスするんじゃなくて」
「したいですよ本当は」
「そっちが私に抱かれる方になるなら、それはセックスってことになるけど?」
「俺は榊さんを抱きたいんです。でもあなたが受け入れたいって思わないなら、絶対しませんから」
 あくまでも相手の求めに応じる形であるならばするということなのだが、それは相手の方から抱いてほしいとの懇願がなければ永遠に交わることができないということでもある。この筋道に気付かない榊ではない。

 まさか私に「抱いてください」とでも言わせるつもりか?
 
 つい数刻前に芽生えた、甘えたい、抱かれたい、なんてあさましい欲求を勘付かれたような恐怖が榊を追い詰める。この胸中を良太が知ったならば、さぞかし喜んで「抱いて」と言えと迫るであろうし、もしくは言葉にせずとも分かりきった願望を満たすべく行動するだろう。
 もしそうなってしまったら、榊は良太を拒む自信が無い。
 αの男にやられるのを好ましく感じることは、過去の辱めを肯定してしまうことになるんじゃないか?あんな性的暴行を好んで受けたということになりはしないか?Ω扱いを容認することになるのでは?榊はそれを断じて認めないし許さない。

 だって良太もαだから。
 ──だから?
 こいつはαだけど、あんな奴と同じじゃない。
 αとしてそういうことはしないと言ったし、Ω扱いもしないと言った。
 なら、良太になら単純に恋人に抱かれるってだけで、αの暴力を受け入れたことには──

 榊はもうそこまで答えを導き出していたものの、そう軽々と心を開けるものではなかった。もし自分がΩであれば過去の屈辱なんかとっくに忘れ去って、肉欲の赴くままに良太を求めることもできただろうし、そもそもあの悍ましい行為を喜んで享受していたかもしれない。性フェロモンの効果が道徳や理性を掃滅するαとΩならまだしも、自分はそんな人間ではない、榊はそう意思を固めている。αを受け入れるなんてβの自分には到底無理だと。

 ならば「悪役β」としては、この申し出は好都合じゃないか。
 本人もこう言うんだから、お望み通りに使ってやればいいのでは?
 使う、私が良太を、道具みたいに?
 何だよ「使う」って。
 気に入らねえ。

「さっき何て言ったっけ、使ってもらえたら?」
 手伝いだのなんだのそれはともかく、引っかかるのは「使って」欲しいという部分だった。
 感情をあまり面に出すことのない榊だが、このときは珍しく不機嫌そうに良太を睨め上げた。
 ナイトテーブルから眼鏡を取ってかけると、鮮明になった視界に良太が映る。いつもはオールバックにしている前髪が額にかかり、目元に影を作っている。だいぶ印象が違って見えるのが新鮮だ。
 掛け布団をめくって起き上がる。存外勢いづけて身を起こしたので、さては怒られるとでも思ったのだろう、良太は身をすくめた。
「なあおい、道具みたいに扱われたらお前は嬉しいのか」
「嬉しいっていうか、榊さんのお役に立てるなら……」
「相手を慰みものにするようなことはしたくない」
「俺だって、そうです」
「対等がいい、恋人なら」
「はい」
「気が変わった、やろうぜ二人で」
「えっ?」
「なんて言ったらいいのかなあ、手伝うってのも違うし、使うっていうのは嫌だし……」
 そうだなあ、と榊は少し首を捻ったが、すぐになにか思い付いたらしい。
「どっちがヤるかヤられるかはまだ保留にするとしてだな」
「はい」
「前戯ってんならどうかな」
「そうか!それですよ!」
 良太がナイスアイデアです、みたいな明るい顔で手を打つ。


「使う」や「お手伝い」が「前戯」に言い換えられたところで実際の行為がどう変わるかは謎だが、とにかく良太と榊は都合の良い名目を得たのであった。


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