Find a Way
◼︎ Ωじゃあるまいし
五月の連休も残すところあと土曜と日曜を残すのみとなった。
桧村自動車は定休日の水曜の他に、個人の希望で二、三日ほど自由に休みが取れる。良太は今回、日曜に休暇を取っていた。そこには土曜の夕方デートの翌日も休みならば、榊となにかあった時に役立つのではないか?との計算か、はたまた下心が全く無いとはいえなかった。
そんな良太の見込みを知ってか知らずか、榊は金曜の夜に
『土曜日うちに泊まってみるか?』
などとメールをよこしたのだ。
普段は榊から連絡をくれることなど滅多に無いのにいきなりこれだ。無論、断る理由などない。良太はその短い文章を何度か読み返してみたが、内容が変化することは無かった。当たり前であろう。
そしていざ土曜の夕方。
良太は仕事が終わってから念入りに体を洗い、歯磨きを済ませた。下着も新品。爪の長さもOK。前日に準備してあったお泊まりセットを最終チェックする。バッグの底には奇跡が起きた時のためにゴムとローションを忍ばせ、恋人のもとへ出陣したのであった。
今回の夕食は榊が用意してくれていた。花園高校時代、日中はカフェでアルバイトをしていただけのことはあって料理はなかなか堂に入ったものである。
夕餉が済めば、いつものソファに二人して座りながらテレビの歌番組を眺める。
良太のすぐ横には榊が居る。ついこの間、ここでかなり親密な行為をしたのだ。もうこの三人掛けのソファの真ん中に余所余所しく一人分のスペースを開けることはない、と良太はそう信じたい。
さて、今日の良太の最大の目標は「オナニーのお手伝い、致します」と申し出ることだ。
結果がどうなるか分からないが、とにかく彼の自慰行為になんらかの方法でプラスとなれることを知って欲しいし、せめてちょっとくらい試して欲しいのだった。
ところが、あんなに脳内シミュレーションをしたにも関わらず、いざ本番となるとどうやっても切り出すことができない。歌番組を目安にこの曲が終わったら、次の曲が終わったら、とタイミングを引き延ばしているうちにどんどん時間は過ぎて行く。
歌番組が終わった後は刑事もののドラマスペシャルだ。この時もまた、CM中にさらっと言い出そうか、いやしかし、と躊躇しているうちにあっという間に終わってしまう。結局、四時間近くをなにもできずに見送ってしまったのだった。
榊はというと、ドラマが終わってから洗面所兼脱衣場で何やらやっている。もしやまた、この間のようにキスしてくれるための準備か?と良太は都合のいい期待を持たずにはいられない。
「良太くん」
「は、はい!」
「風呂の用意できたから」
まさか一緒に入ろうなどと──
「先に入って」
現実は甘くない。
「いいんですか、俺が一番風呂で」
「お客さんだからな。入浴剤とかバスタオル置いといたから、好きなやつ使って」
実はもう家でシャワーを済ませてきたのだが、ここは素直に風呂を頂戴することにした。どうせなら榊さんが入った後の残り湯に浸かりたかったな、と少し残念な良太だった。
良太が風呂からあがると、榊はソファに座り俯いてタブレットを眺めていた。耳にはイヤホン。音楽でも聞いているらしい。
聞こえているかどうかあやしいが、お風呂ありがとうございました、と言えば榊はイヤホンを外して応じてくれる。
「もう上がったのか。遠慮しないでゆっくりしてていいんだぞ」
入浴時間は短めな良太なのだ。
「家でもこんな感じっすから」
と良太が榊の隣に腰を下ろす。
湯上がりの熱量とともにトイレタリーの人工的な香料が芳る。洗髪料も石鹸も、普段から使い慣れたその香りを良太が全身に纏えば、驚くほど魅力ある空気に変わる。
この現象に榊は心密かに感嘆した。真っ黒い艶のある髪、逞しい首筋、鼓動する胸に鼻先を押し当てて深く吸い込み、香りを堪能したくなった。それから良太の腕の中に身を預け、頬を擦り付けて甘えて──
抱かれてみたい?
まさかな、Ωじゃあるまいし。
榊は胸底に芽吹いた欲求に少々焦ったが、そんなことを態度に表す男ではない。自分の中で成長しつつある愛欲をそっけなく払い落として、タブレットを閉じた。
「じゃ私、風呂はいる。眠かったらベッド使ってていいからね」
言い残してリビングを後にした。
五月の連休も残すところあと土曜と日曜を残すのみとなった。
桧村自動車は定休日の水曜の他に、個人の希望で二、三日ほど自由に休みが取れる。良太は今回、日曜に休暇を取っていた。そこには土曜の夕方デートの翌日も休みならば、榊となにかあった時に役立つのではないか?との計算か、はたまた下心が全く無いとはいえなかった。
そんな良太の見込みを知ってか知らずか、榊は金曜の夜に
『土曜日うちに泊まってみるか?』
などとメールをよこしたのだ。
普段は榊から連絡をくれることなど滅多に無いのにいきなりこれだ。無論、断る理由などない。良太はその短い文章を何度か読み返してみたが、内容が変化することは無かった。当たり前であろう。
そしていざ土曜の夕方。
良太は仕事が終わってから念入りに体を洗い、歯磨きを済ませた。下着も新品。爪の長さもOK。前日に準備してあったお泊まりセットを最終チェックする。バッグの底には奇跡が起きた時のためにゴムとローションを忍ばせ、恋人のもとへ出陣したのであった。
今回の夕食は榊が用意してくれていた。花園高校時代、日中はカフェでアルバイトをしていただけのことはあって料理はなかなか堂に入ったものである。
夕餉が済めば、いつものソファに二人して座りながらテレビの歌番組を眺める。
良太のすぐ横には榊が居る。ついこの間、ここでかなり親密な行為をしたのだ。もうこの三人掛けのソファの真ん中に余所余所しく一人分のスペースを開けることはない、と良太はそう信じたい。
さて、今日の良太の最大の目標は「オナニーのお手伝い、致します」と申し出ることだ。
結果がどうなるか分からないが、とにかく彼の自慰行為になんらかの方法でプラスとなれることを知って欲しいし、せめてちょっとくらい試して欲しいのだった。
ところが、あんなに脳内シミュレーションをしたにも関わらず、いざ本番となるとどうやっても切り出すことができない。歌番組を目安にこの曲が終わったら、次の曲が終わったら、とタイミングを引き延ばしているうちにどんどん時間は過ぎて行く。
歌番組が終わった後は刑事もののドラマスペシャルだ。この時もまた、CM中にさらっと言い出そうか、いやしかし、と躊躇しているうちにあっという間に終わってしまう。結局、四時間近くをなにもできずに見送ってしまったのだった。
榊はというと、ドラマが終わってから洗面所兼脱衣場で何やらやっている。もしやまた、この間のようにキスしてくれるための準備か?と良太は都合のいい期待を持たずにはいられない。
「良太くん」
「は、はい!」
「風呂の用意できたから」
まさか一緒に入ろうなどと──
「先に入って」
現実は甘くない。
「いいんですか、俺が一番風呂で」
「お客さんだからな。入浴剤とかバスタオル置いといたから、好きなやつ使って」
実はもう家でシャワーを済ませてきたのだが、ここは素直に風呂を頂戴することにした。どうせなら榊さんが入った後の残り湯に浸かりたかったな、と少し残念な良太だった。
良太が風呂からあがると、榊はソファに座り俯いてタブレットを眺めていた。耳にはイヤホン。音楽でも聞いているらしい。
聞こえているかどうかあやしいが、お風呂ありがとうございました、と言えば榊はイヤホンを外して応じてくれる。
「もう上がったのか。遠慮しないでゆっくりしてていいんだぞ」
入浴時間は短めな良太なのだ。
「家でもこんな感じっすから」
と良太が榊の隣に腰を下ろす。
湯上がりの熱量とともにトイレタリーの人工的な香料が芳る。洗髪料も石鹸も、普段から使い慣れたその香りを良太が全身に纏えば、驚くほど魅力ある空気に変わる。
この現象に榊は心密かに感嘆した。真っ黒い艶のある髪、逞しい首筋、鼓動する胸に鼻先を押し当てて深く吸い込み、香りを堪能したくなった。それから良太の腕の中に身を預け、頬を擦り付けて甘えて──
抱かれてみたい?
まさかな、Ωじゃあるまいし。
榊は胸底に芽吹いた欲求に少々焦ったが、そんなことを態度に表す男ではない。自分の中で成長しつつある愛欲をそっけなく払い落として、タブレットを閉じた。
「じゃ私、風呂はいる。眠かったらベッド使ってていいからね」
言い残してリビングを後にした。