Find a Way

◼︎空気清浄機

 通りの賑わいを二階から見下ろせる和風の喫茶店。
 もともと早めの昼食を取ろうとしていたこともあり、話の前にまず二人そろってオムライスをたいらげた。今は食後のデザートが運ばれてくるのを待っている。
「えっと、まずはこの前の飲みでジョーが言ってたことなんですけど」
 と話し始めた良太であったが、一旦、注文していたイチゴパフェと紅茶が運ばれてきたので中断した。
 パフェを引き寄せた良太は、まずはイチゴを一口。榊は優雅に紅茶を飲む。
「で、譲なんすけど、あいつ高校の時にΩとお見合いしたことがあるらしくて」
「へえぇ、お見合いか」
 良太は、桜庭の経験したΩに対する加虐心の芽生えや触手に纏わりつかれたような感覚、存在感の恐ろしさを聞いたまま語った。そして榊を前にすると、Ωのフェロモンで穢れたところが浄化されるようだ、ともいう。
「譲の話、ぶっちゃけ半信半疑だったんですけど、さっき分かりました。全部本当だって」
 パフェグラスの底にあるシリアルを細長いスプーンで掬ってきれいに食べ終えた良太は、次に先ほど自分の身に起こったことをなるべく素直に説明した。

 今の良太は成熟したΩに遭遇したことで、桜庭から聞いたことをはっきりと実感している。
 しかし桜庭の見合い相手のΩと違って、加虐心のようなものは湧いてこなかった。閉め切られた小さな一室ではなく、屋外での遭遇であったからΩのフェロモン濃度が薄かったためかもしれない。
 それでも気色の悪い感覚は十分に思い知らされた。まさに捕食者たる生物の威圧感、舌のようなものの不快な熱、絡みつく粘液の感触。それに付随する不気味な音と悪臭。果ては映像まで。
 あのΩは榊が声を掛けたとき、まるで貝の口から伸びきった中身が引っ込むような速度で「獲物から手を引いた」のだった。
 それだけではない、Ωの魔の手から救われた直後のこと。榊の姿を目の当たりにした良太は、生ぬるい唾液の付着した体を、冷たく綺麗な雨でさっぱりと洗われたような清々しさを覚えた。
 きっとあのΩもいきなりお清めされたから悲鳴をあげたのではないか、と良太は思うままに意見を述べた。さらにこうも言う。

 榊さんは特別な雰囲気があるんですよ。

 榊は良太の話を否定することはなかったが、やはり信じられない様子だ。
 それは当然だろう。αとΩの間に起こることであれば、双方の強烈なフェロモン作用により脳が幻覚を見せたと考えても納得できるが、榊自身はβなのである。
 ここで榊は唐突に、昔〔白幻〕の施設長、寒崎に言われた言葉を起想した。

『あなたには何か特別な気配があると言っていました』

 このことか?
 だが、私はβだ。遺伝子検査でも間違いなくβだった。
 もし未知の「βフェロモン」なる物質があったとして、それがΩのフェロモンを打ち消す効果があるならば、私以外のβも皆そういう能力を持っているはずじゃないか。
 そもそも良太や桜庭くんの言う気色悪い感覚というものは、何の刺激に対する反応なのだろう。
 やはりフェロモンではないのか。
 しかし触手に絡み付かれ、舌で舐められるといった感覚は物理的刺激、触覚だ。
 粘膜でさえない広範囲の皮膚がフェロモン物質に反応した?
 仮に経皮曝露だとして触覚として認識できるものなのか。
 彼らのフェロモン物質は主に鼻腔の主嗅覚系と、βには無い鋤鼻系で受容しているとされるから、感覚としては化学刺激である嗅覚に近いもののはずだが。
 それともαには、体毛に昆虫の触覚に類似した受容器でも存在するっていうのか。

 あれこれ考え込む榊は押し黙って難しい表情をしている。良太はそれを、彼の機嫌をそこねたと勘違いした。
「ごめんなさい。なんか人間空気清浄機だ、みたいなこと言って」
「いや、怒ってない。ただどう理解すればいいか……。いっそのことスピリチュアルだのオカルトだの、そっち方面の異能ってことにしとけばいいのかな。除霊とか、お祓い?」
「お祓い、それですよ!しっくりきた」
「マジか」
 榊は呆れて窓の外に視線をなげる。通りはすでに祭囃子の賑わいが過ぎ去って、今は人混みだけだ。
 ガラスに映る自分と目が合う。なんの変哲もない普通の男の顔だ。せいぜい灰色の長髪と眼鏡がオプションでついている程度。

 どうみても異能力で活躍する特殊キャラじゃない。
 フェロモンを使って〔番〕を作りたいΩにとっては悪役ヒールになるのかな。
 悪者にしてはだいぶ迫力に欠ける。
 にしても、人間空気清浄機って──

 いずれαの王子とΩの姫に断罪される「悪役β」の能力がそれじゃマズいのでは?と榊は首を傾げる。
 記憶のかなたから寒崎の台詞が聞こえた。

『それをΩのフェロモンと錯覚したということでしょう』
 
 
 
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