Find a Way
◼︎当たり
日付が変わって日曜になった。榊は休みだが、良太は今日も仕事だ。
企業CMの後、テレビは騒々しいバラエティー番組へと移行する。
「そろそろ帰らなくて大丈夫か」
「大丈夫です」
いつもであれば、この時間には榊のプライベートに配慮して素直に帰宅する良太であったが、今夜はなかなか動こうとしない。
二人はしばらく黙したまま、興味なさげに深夜番組を眺める。榊はコンビニで買った小さなラムネを開封し、一粒口にした。会話は途切れたままだ。
「いっぺん聞きたかったんですけど」
沈黙を破ったのは良太だ。
「自分から告っといてこういうのもあれなんですけど、榊さんはどうしてΩと番になるまでっていう条件を付けてまで、俺と付き合ってくれてるんですか?」
「そうだなあ、嫌いじゃないからだろうな」
榊はテレビの方から顔を逸らさず答えたが、特段見たい番組というわけでもなさそうだ。現に視線は、考え事をするように少し斜め上をさまよっている。
「悪くないと思ってるよ、同性でも。なんでだろう、分からないけど」
「それは凄く嬉しいです。でも……」
「ん?」
「もし俺がどっかのΩと番になったら、恋人同士じゃなくなるわけでしょ?俺は榊さんにとってその程度の人間ってことなんですか。だからΩとくっ付けようとしてるの?」
「いくら恋人といったって、βの私では不可能なことが沢山あるからな。その山ほどある不可能の中に、αとΩであれば得られる満足感や幸福が数多く存在してる。なるべく君らαの幸せが実現できる道を示唆したいという、ごく普通の善意だよ」
榊は息を休めずなおも続ける。
「だいたいにしてαやΩとごく一般的なβでは肉体の構造が違う。まずβにはフェロモンが効かないから、君らαとΩほど強く惹かれ合うわけじゃない。例えば、Ωであればαのフェロモンを受ければ特定のホルモンや神経伝達物質が多量に分泌され、快楽を得ることができるものだが、βはそんなことはない。よって、時に、αの執着の強さがストレスになり、精神に障害を生じる場合もある。性行為に対する精力も弱いし、体の方も壊れやすい。感染症にだって罹りやすい。強靭なαの性質に相応しいのはβではなくΩだし、逆もまた然りだ。それに……」
ここでようやく、榊は良太に目線を合わせた。
「個人的なことだが……」
良太の知りたいことはまさにその、榊個人のことだ。第二性に対する一般論や、肉体と精神に関する教科書じみた知識ではない。
「私たちが付き合っていようがいまいが、αならば将来Ωに惹かれる可能性は大いにあり得るんだから、構えておきたいってのが正直なところなんだ。いきなり、番になりましたぁ、なんて報告されたらびっくりするだろう?だから前もってΩをオススメして備えてるってわけ」
と榊は軽く微笑んだ。一体何が愉快でそんなふうに笑うのか、良太にはちっともわからない。
「でも、いずれ別れると知ってても適当に付き合ってるわけじゃない。一緒に使うものを用意したり、健康管理したり、いろいろ良太のことを考えてはいる。昔のことなんて元カノにも話たことはないからな」
私なりに真剣だよ、と言って榊は足を組み、テレビへと視線を戻す。
適当じゃないとか、考えてるとか、真剣だとか、榊は嬉しい言葉を提供してくれるものの、良太はどうにも釈然としない。これまでの質問に対する答えも、なんだか核心部分から随分遠いところへ着地させられたような違和感がある。
良太はあらゆる記憶を遡り、最も榊の心に肉薄しているであろう事柄を探る。そうして辿りついたのが──
「前に麗子さんが言ってたんですけど」
「麗子さん?」
「はい、βの人は……」
『β側からすれば、いつΩに大事な人を取られるんだろうって、ずっと怯えてなきゃいけない。それならいっそお互い深い間柄になる前にさっさと番になってもらって、諦めた方が気が楽でしょ。αとΩはそれで幸せになれるし、βは傷が浅くて済む』
「って言ってました」
「そっか……」
「俺にΩを勧めるのは予防線を張って諦めて、深入りしないようにしてるからなんじゃないですか?それってつまり、Ωに取られるのが怖いくらいに榊さんは俺のこと好いてくれてるって、思っていい……の?」
榊は答えずにテーブルの上の駄菓子の中からクジ付きのガムを一個取り、
「さあ、どうでしょう」
と良太の手に握らせた。
「今夜はもう眠い」
そう言われたら良太はもう帰るしかない。
結局、榊の本心──というものが果たして良太の切望と一致しているか否かは置いといて、確かめることが叶わないまま撤退を余儀なくされた。
榊のアパートを後にした良太は、まっすぐ家に帰る気にはなれなかった。
月輪地区の無機質な工場地帯を抜けて隣県の峠までバイクを走らせ、国道脇のチェーン脱着場に単車を停めた。
皓皓とした月に照らされ、ところの走り屋たちがつけた幾筋ものタイヤ痕が駐車場の中央に浮かび上がっている。
黒いヘルメットを取り去り、革ジャンの内ポケットから榊にもらったガムを掴み出す。
包み紙を開く。
「あっ、すげえ……」
当たり、だ。
日付が変わって日曜になった。榊は休みだが、良太は今日も仕事だ。
企業CMの後、テレビは騒々しいバラエティー番組へと移行する。
「そろそろ帰らなくて大丈夫か」
「大丈夫です」
いつもであれば、この時間には榊のプライベートに配慮して素直に帰宅する良太であったが、今夜はなかなか動こうとしない。
二人はしばらく黙したまま、興味なさげに深夜番組を眺める。榊はコンビニで買った小さなラムネを開封し、一粒口にした。会話は途切れたままだ。
「いっぺん聞きたかったんですけど」
沈黙を破ったのは良太だ。
「自分から告っといてこういうのもあれなんですけど、榊さんはどうしてΩと番になるまでっていう条件を付けてまで、俺と付き合ってくれてるんですか?」
「そうだなあ、嫌いじゃないからだろうな」
榊はテレビの方から顔を逸らさず答えたが、特段見たい番組というわけでもなさそうだ。現に視線は、考え事をするように少し斜め上をさまよっている。
「悪くないと思ってるよ、同性でも。なんでだろう、分からないけど」
「それは凄く嬉しいです。でも……」
「ん?」
「もし俺がどっかのΩと番になったら、恋人同士じゃなくなるわけでしょ?俺は榊さんにとってその程度の人間ってことなんですか。だからΩとくっ付けようとしてるの?」
「いくら恋人といったって、βの私では不可能なことが沢山あるからな。その山ほどある不可能の中に、αとΩであれば得られる満足感や幸福が数多く存在してる。なるべく君らαの幸せが実現できる道を示唆したいという、ごく普通の善意だよ」
榊は息を休めずなおも続ける。
「だいたいにしてαやΩとごく一般的なβでは肉体の構造が違う。まずβにはフェロモンが効かないから、君らαとΩほど強く惹かれ合うわけじゃない。例えば、Ωであればαのフェロモンを受ければ特定のホルモンや神経伝達物質が多量に分泌され、快楽を得ることができるものだが、βはそんなことはない。よって、時に、αの執着の強さがストレスになり、精神に障害を生じる場合もある。性行為に対する精力も弱いし、体の方も壊れやすい。感染症にだって罹りやすい。強靭なαの性質に相応しいのはβではなくΩだし、逆もまた然りだ。それに……」
ここでようやく、榊は良太に目線を合わせた。
「個人的なことだが……」
良太の知りたいことはまさにその、榊個人のことだ。第二性に対する一般論や、肉体と精神に関する教科書じみた知識ではない。
「私たちが付き合っていようがいまいが、αならば将来Ωに惹かれる可能性は大いにあり得るんだから、構えておきたいってのが正直なところなんだ。いきなり、番になりましたぁ、なんて報告されたらびっくりするだろう?だから前もってΩをオススメして備えてるってわけ」
と榊は軽く微笑んだ。一体何が愉快でそんなふうに笑うのか、良太にはちっともわからない。
「でも、いずれ別れると知ってても適当に付き合ってるわけじゃない。一緒に使うものを用意したり、健康管理したり、いろいろ良太のことを考えてはいる。昔のことなんて元カノにも話たことはないからな」
私なりに真剣だよ、と言って榊は足を組み、テレビへと視線を戻す。
適当じゃないとか、考えてるとか、真剣だとか、榊は嬉しい言葉を提供してくれるものの、良太はどうにも釈然としない。これまでの質問に対する答えも、なんだか核心部分から随分遠いところへ着地させられたような違和感がある。
良太はあらゆる記憶を遡り、最も榊の心に肉薄しているであろう事柄を探る。そうして辿りついたのが──
「前に麗子さんが言ってたんですけど」
「麗子さん?」
「はい、βの人は……」
『β側からすれば、いつΩに大事な人を取られるんだろうって、ずっと怯えてなきゃいけない。それならいっそお互い深い間柄になる前にさっさと番になってもらって、諦めた方が気が楽でしょ。αとΩはそれで幸せになれるし、βは傷が浅くて済む』
「って言ってました」
「そっか……」
「俺にΩを勧めるのは予防線を張って諦めて、深入りしないようにしてるからなんじゃないですか?それってつまり、Ωに取られるのが怖いくらいに榊さんは俺のこと好いてくれてるって、思っていい……の?」
榊は答えずにテーブルの上の駄菓子の中からクジ付きのガムを一個取り、
「さあ、どうでしょう」
と良太の手に握らせた。
「今夜はもう眠い」
そう言われたら良太はもう帰るしかない。
結局、榊の本心──というものが果たして良太の切望と一致しているか否かは置いといて、確かめることが叶わないまま撤退を余儀なくされた。
榊のアパートを後にした良太は、まっすぐ家に帰る気にはなれなかった。
月輪地区の無機質な工場地帯を抜けて隣県の峠までバイクを走らせ、国道脇のチェーン脱着場に単車を停めた。
皓皓とした月に照らされ、ところの走り屋たちがつけた幾筋ものタイヤ痕が駐車場の中央に浮かび上がっている。
黒いヘルメットを取り去り、革ジャンの内ポケットから榊にもらったガムを掴み出す。
包み紙を開く。
「あっ、すげえ……」
当たり、だ。