Find a Way

◼︎映画のあと

 もうすでに大型連休に突入している一般企業も多い四月最後の土曜日。
 良太と榊は雪城地区寄りの大型商業施設の飲食店で夕食をとり、食後は同施設内の映画館でレイトショーを見る予定だ。
 開演時間までまだ余裕がある。
 コーヒーを飲みながら感染症検査の結果を報告しあえば、幸いにも互いに健康そのものであった。
 良太など、
「万が一発情したΩに襲われたときのために」
 と抗HIV薬までもらってきていたのには、正直いって感心した榊だった。
 そろそろ上映時間なので映画館まで移動する。
 チケットは事前に榊がネット購入してあった。自動券売機でチケットを二人分発券し、係員の確認を受け、席につく。榊は良太の背の高さを考慮してかなり後ろの席を選んでいた。もちろん隣同士だ。
「あとでチケット代、払いますよ」
「いいよ、今夜は私の奢りだ」
「ありがとうございます。じゃあ次は俺が」
「そうだな」
 この日二人が鑑賞する作品はミステリージャンルだ。良太も榊も映画ならバトルアクション系を好むが、普段あまり見ない映画に挑戦してみようということになったのだ。
 館内の照明がおとされる前に、良太は自分たちの後列には誰も座らないことに気付く。だからといってこの場で榊に何かするつもりはない。ただ、暗がりの中で誰かの視線に晒されることもなく二人だけで居られることを嬉しく思った。

 映画を見終り、榊の車に乗り込む頃にはもう夜の十一時近くだった。
 帰宅途中、榊はコンビニへ寄り、
「なにか買ってやる」
 と助手席でふてくされている良太を促し、二人でまばゆい蛍光灯に照らされた店内へはいる。
 飲料と、子供向けの駄菓子とでもいうべき昔懐かしい安価な菓子をいくつか買った。コーラ味のラムネ、カラフルなチョコレート、細長いグミ、クジ付きの風船ガムなどである。

 賀萼町ががくちょう、〔コーポ館花〕に帰ってきた。
 二人して無言のまま、お馴染みの頑丈な三人掛けソファに間を一つ空けて腰を下ろす。榊はレジ袋から駄菓子を取り出してローテーブルに並べた。
 適当にテレビをつけると、ニュースキャスターが遠くの国の内戦の様子を伝えている。
 映画館を出てから良太はずっとご機嫌ななめだ。榊がコンビニに寄ったのも気分転換のつもりであったが、効果はなかったらしい。
 良太の不機嫌の原因が何なのかというと、先ほど見た映画の内容だ。
 映画は一見すると裕福な上流階級αと奔放な庶民的Ωのラブストーリーで、過激な濡れ場も随所に織り込まれている。
 保守的で退屈なβの妻や成績の悪い娘、旧弊的な価値観の親兄弟の呪縛から奇跡のように次々と解放され、幸せになっていく〔運命の番〕の姿が描かれていた。
 だがよく見ると、実はαがトリックを駆使して邪魔者を始末していた伏線がそこかしこに張り巡らされており、最後はαの旧友である一風変わった雑誌記者によって罪が暴かれるという、いわゆる探偵ものである。

 良太は榊が選んだその作品の予告編を事前にチェックしていて、αとΩの恋愛要素があることは知っていた。その上で、榊と初めて映画館デートをするのだと心を弾ませていたのだった。
 高校時代から良太は、榊に〔番〕はαとΩにとって至上の関係なのだと幾度も説いて聞かせてられていたので、今回の映画もまたそうした啓発の類であろうとたかを括っていた。だが予想以上に不愉快な内容で辟易してしまった。
 しかも映画を見終わったあと──

「フィクションだってわかってるけど滅茶苦茶ムカつくっすね!」
「まあでも、奥さんと子供はΩの存在を知らずに死ねたんだから、そこだけはよかったな」
「よくないっす。家族全員ブチ殺して南の島に腹黒Ωを囲ってセックス三昧なんて、バカもいいとこっすよ」
「そうまでして一緒に居たかったんだろ、αとΩだもの」
「俺αだけど全然わかりません」
「いずれαとしてΩの良さが分かるときがくるかもよ」
「αだけどΩなんかいりません」

 などという険悪な雰囲気のまま映画館を出てしまったから尚更だ。
 そもそも自分達は恋人同士だというのに、この期に及んで「Ω推し」をしてくる榊の心理がよく分からない。
 どうせαにとってβは何人殺しても構わない程度の存在なんだろ?と暗に挑発されているような気がしないでもない。あるいは、βはΩほど愛されないことは承知だよ、というαへの期待の放棄か。
 はたまた本当に〔運命の番〕こそがαの幸せだと信じて、自分の恋人にΩを推薦しているのだろうか。

 αだのΩだの、βだからとか、なんなんだよ!
 第二性に関わらず俺に向き合って欲しいのに。
 それもこれもみんな奴らが──

「Ωなんてこの世から消えればいいのに」
 良太は苛立ちを隠さない。
「そう言うなよ。別にΩになにかされたわけでもないんだろ」
「だってこれから先、むりやり発情期のΩにヤられるかもしれないっすもん。番になったら榊さんと一緒にいられなくなるじゃないっすか」
「ああそうだよ」
 榊はきっぱりと潔く言い切った。
「良太くんもこの先、何を犠牲にしてでもつがいになりたいと思うΩに出会うかもしれないだろ」
「いりません」
「αとして喜ばしいことじゃないか」
「嬉しくないです」
「そのときはさっさと身ィ引かせてもらうよ。映画みたいにぶっ殺されるのは勘弁だからな」
「ひょっとして俺に番ができたら別れるって、殺されるかもしれないからってことですか?ありえませんからそんなこと!」
「さあどうだか。運命のΩのお強請ねだりでβなんか即排除かもな」
 榊はそう言って、自分の胸に刃物を突き立てる仕草をして見せた。映画のシーンのひとつだ。
「やめてくださいよ。運命の番だかなんだか知らないけど、人を殺していい理由にはならないでしょ」
「だから結局、彼は逮捕されただろ。αは死刑、Ωは贅沢が忘れられず借金まみれになったんだろうな、あの終わり方だと」
「ざまあですよ」
「いっそのことαもΩもかねなんか捨てて駆け落ちでもすれば、ずっと一緒にいられたろうにな。良太くんもああいう、自分の全てをくれてやりたくなるほど魅力的なΩが欲しいと思わない?」
「思いません」
「あの映画の元になった事件が本当にあるらしいよ」
「胸くそ悪いですね」
 いつのまにか陰鬱としたニュース番組が終わり、軽快なBGMとともに天気予報に切り替わる。
 ゴールデンウィーク中の天気が気になるのか、榊は良太から目を逸らした。
「俺が自分の全部をあげたいと思うのは榊さんだけです」
 と良太は宣言するが、榊は少し笑って、
「全部はちょっと多い」
 などと冗談とも本気とも判別のつかない返しをしたのだった。
 三日は晴れるみたいだな、と榊がつぶやく。その日は二人で鳥居地区の開湯祭に出かける予定なのだ。

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