Find a Way

◼︎惨めな男

「すんません皆さん、そろそろお時間でーす」
 柿岡が皆に声をかける。時刻は午後八時半をまわっていた。
 飲み放題プランでの会合だったが、まだ呑みたりない月輪の刀童はもう一件行くぞ!と意気込んでいる。
 榊は店員に頼んでタクシーを呼んでもらった。会費は事前に柿岡に預けてある。
 柿岡と幽銭がカウンターで会計を済ませている間に店外へ出る。皆、息が白い。春とはいえ夜はまだ冷えるのだ。
「なんだあ榊ィ、二次会来ねえのかよォ」
 刀童が榊の肩に腕をまわす。プロレスラーのように肉厚でいかつい体格の刀童に押されるようにして傾いだ榊は、
「もー結構酔ってんじゃないですか、大丈夫ですか」
 と言って刀童の背中を二、三回軽く叩いた。
 支払いを終えた柿岡と幽銭が出てくる。
「幽銭がカラオケ予約してるそうです。刀童さん行くっスよね」
 どうやら次の行き先は決まっているらしい。
 〔つじ芝〕の前の道路。対向車線の路肩に白いトラックが停まっていた。ナンバープレートは地蔵地区である。
 運転席の窓が開き運転手が、男ケ田おがた、と呼ばうと、
「じゃ俺はこの辺で。梟極、翔吾によろしくな」
 と男ケ田銃蔵がいとまを乞い、道路を横切って行った。
 地蔵地区のトラックとほぼ入れ替わるようなタイミングで、今度は店のすぐ前に紅いアメ車が停車する。
「おい、姉貴」
 と窓を下げて左ハンドルの運転席から顔を覗かせたのは、鳥居地区を仕切る烏丸一家の若頭、烏丸翔吾だ。だが呼ばれた当の姉、翔子は麗子と話し込んでいてなかなか乗車してこない。お前なんとかしろ、と梟極に目配せをしたところで、翔吾は刀童に捕まっている榊を発見した。
「榊じゃねえか」
「翔吾さん。ご無沙汰してます」
「マジで帰ってきたんだな」
「はい、花園高校で先生やらしてもらってます」
「ほお、定時の方か」
 全日のガキに教えてるってよ、と答えたのは刀童だ。刀童は翔吾と榊を交互に見ながら、お前らもこれからカラオケいかね?と言う。
「いまウチの方じゃ来月の 開湯祭かいとうさいに向けて忙しくってよ。俺と姉貴も明日の朝っぱらから打ち合わせよ。爺婆ジジババどもは朝が早えからよ。祭りが落ち着いたら一杯やろうや。そんときゃあ、ジンって奴も連れてこい」
「おお!ジンに言っとく」
「ああ、頼むわ。おい姉貴、置いてくぞ!梟極はやくしろ!」
 翔吾の苛立ちを察して、梟極は翔子をうながして乗車させる。
 残った一同は鳥居地区の彼らを乗せたアメ車が走り去るのを見送った。

「龍時さんは明日なにか用事があるんすか?」
 と鈴鬼が訊ねる。
 先ほどの飲み会では、榊と話す機会に恵まれなかったことが悔やまれる鈴鬼だった。昼間も会ったとはいえ、話したいことはまだ沢山ある。
 鈴鬼は、榊が騒がしい場所を少々苦手としていることを知っている。自分も同じだから、なんとなくわかるのだ。
 そうは言っても賑やか好きな刀童や幽銭、柳澤を嫌っているわけではない。結局流されるようにしてカラオケやクラブ、時に風俗店なんかに付き合ってしまう。何度かそんなことがあって、鈴鬼と榊は二人で結託し避難することを覚えた。大学の試験対策についてどうとか、彼らの興味のない理由をつければ大抵放っておいてくれる。そのあとは二人で静かな店か、あるいは互いのアパートへ行き、存分に寛いで会話を楽しむことができた。
「龍時さん、もしよかったら 夜宵町やよいちょうのほうに……」

 榊が他県の大学へ通うため御磨花市を去る前日、鈴鬼は月輪地区と雪城地区の隙間にある夜宵町の酒場〔とぎ〕に彼を誘ったことがある。立地といい入店条件といい、その店はαの鈴鬼にとってまさに「隠れ家」のような存在であった。
 なぜなら〔伽〕はα専用の会員制のバーなのだ。
 αの同伴であればβも入店可能であるが、Ωは例えα同伴であっても立ち入ることは許可されない。そこはΩのフェロモンに怯えることなく酒を嗜める場所だ。
 鈴鬼はたった一度だけ榊をそこへ連れて行った。
 βを伴い来店しているαはたいてい連れのβと恋仲で、そんな店にαである自分がβの榊を連れていく。まるで恋人同士になったような錯覚に、鈴鬼は密かに心が浮き立ったものだ。
 もっとも鈴鬼は自分の第二性を、βに似せた分厚い外皮で覆い隠しながら生きている。同種の桧村良太や桜庭譲二に対しては、月輪高校内の派閥上の理由があるとして固く口止めしてあった。
 〔伽〕がどんな店なのか榊に知らせたりはしなかったが、でももし──
 もし、こちらが打ち明けずとも榊が気付いてくれたなら、その時はαであることを否定するまいと思っていた。
 自らは黙して相手に察してもらう。
 こっちは正体を明かさず全ては相手次第。
 狡いやり方で博打を打ったのだ。αであることをひた隠しているくせに何故そんなことをしたかといえば、やはり榊に自分の本性を知って貰いたかったからとしか言いようがない。己の醜い部分を知って欲しいが、しかし自ら進んでそこを暴露する勇気はなかったのだ。
 結局、榊は唇を濡らす程度にウイスキーを口にしつつ話を聞いていただけで、鈴鬼の本性には気付いていないようだった。
 鈴鬼はあの日、彼が使った琥珀色の切子のロックグラスを鮮明に記憶している。
 その後も度々〔伽〕に足を運び同じウイスキーを注文しているが、不思議とあのグラスはもう目にすることはなかった。
 今でも店のどこかにあるのだろうか。

「……一緒に行きませんか、前に一回行ったことある伽ってバーなんすけど」
「あ、もうタクシー呼ん……」
 と榊が答えようとするのを遮って、不意にスマホの着信音が鳴った。
 ちょっとすみません、と断って榊は電話に出る。
 桧村だな、と鈴鬼は察した。
 そうこうしているうちに黒い乗用車が一台、ゆっくりと滑るようにして彼らの前に停車した。榊が店員に頼んで呼んでもらったタクシーだ。
 自動で開いた後部座席のドアから麗子が乗り込む。彼女は少し待ってもらうよう運転手に話しかけている。どうやら一緒に帰ろうと事前に折り合いがついていたらしい。
 こんな場面でさえもう誰かに先を越されている、と鈴鬼は敗北した気分になった。
 だいたい負けるもなにも、榊にはすでに桧村良太という恋人がいるのを知っていながら〔伽〕に誘ったのだ。まるで寝取ろうと画策しているみたいではないか。

 我ながらみじめで浅ましいな。

 鈴鬼は自嘲する。
 榊の返答を聞かぬまま、賑やかな刀童達の後を追った。
 
 
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