Find a Way

◼︎ α×βは異種間恋愛 2

 海外のそのΩ風俗店は観光客向けらしい割と大きなつくりになっており、Ωが結構な人数働いてるみたいだった、と桜庭は語る。
「Ωの女、男性型もいたみたいだけど、俺がαだって分かると空気が、なんかこう、ヌメっと変わってさ、他のβの客放っておいてでも積極的にセックスしようと迫ってきた。まあ金欲しさやお国柄もあるんだろうけどな」
 良太の脳裏には、淫靡な赤いネオンに照らされた異国の売春宿で、厚化粧の小さな女達に群がられる桜庭の姿が浮かんだ。
「Ωって普段からβに比べて性欲強いらしくてよ」
「そうなんだ」
「俺らαはそのΩを満足させられる精力があるって思われてる。で、その店のシステムは通常の料金にプラスして金払えば、発情促進剤でヒートになったΩとやれるんだ」
 発情状態Ωを見てみたい、ヤってみたいと思うβの男性客は多いのだとか。
「どう、だった?」
 と窺うように良太が訊けば、桜庭はがっくりと肩を落としてこう言う。
「結果は惨敗だ。あれはなんつうか人間に対しての、例えばこいつイイ女だなとか、可愛いヤツだな、エロくて堪んねえなっていうような感情が一切無いのに身体だけが反応する。頭の中は麻酔薬でもぶち込まれたみたいに麻痺するっていうか、周りの音が遠ざかって隔離される感じ。そんで目の前が真っ白になって……でもやけに首輪の下のうなじが赤くはっきり見えててさ、無意識に首輪に噛みついてた」
 怖い話を聞く子供のように固まる良太を、さらに煽るかのように桜庭は続けた。
「そんで好意なんか無いのに強烈に、これは俺のモノだ!みたいな独占欲が湧いてくる。なんでそんな気分になるかは全然わからねえ。知らねえ奴なのに、それしか頭に無え状態になる。そんで制限時間いっぱいまでただ腰振ってた。終わった後の気分は最悪」
「チンポはギンギン、頭はグチャグチャになっちまうってことか」
「ああ。俺は薬やったことはないんだけどよ、あんな感じなのかなって」
「それって発情したΩのフェロモンのせいなんだよな」
「マジで厄介。だから発情してなくてもΩを発見したら逃げるが勝ちだ」
 とはいえ良太はΩに興味がないので、Ωの姿形を映したドラマやAVなども見たことはないし、実際に会った記憶もなかった。
「でもこの辺でΩって見たことねえよな、パッと見エロいの?」
「Ωの特徴的な顔立ちや体型ってあるだろ、目がデカいとか低身長だとか。まんまあんな感じ。最近若い女の間でオフェロメイクだの整形だのが流行ってるから、顔はΩみたいなβの女も居る。背が低い奴だと見分けが難しいよな。胸も豊胸とかしてんだろうし」
「何そのフェラなんとかって」
「オメガフェロモンメイクだってよ。なんか、Ωになりたい女ってのが結構いるらしい」
「ふーん、好みじゃねえな」
「まあ俺らのためにやってるわけじゃねえしな、女も。流行りだろ」
 桜庭はすっかり泡が消えてぬるくなったビールで喉を潤し、
「俺がわざわざ海外に行ったのは、風俗だけが目的じゃなくってさ」
 と胸の内ポケットから丸いライターのような、片手で握り込めるくらいの金属製の筒を取り出して卓の上に置いた。
「むしろこっちがメイン」
「なにこれ」
「Ωには発情の抑制剤てあるだろ?でも俺たちαにはそういう薬って、少なくとも日本で市販はされてない」
「ああ」
「でも海外の一部の国ではα向けの抑制剤に相当するものが出回ってるらしいんだ、ただしその国でも医薬品として認可はされてない」
「じゃ、これがその?」
「たぶんな。俺が行ったその店では客がαだってわかると、支配人みたいなオッサンがこっそりこれを売り込んでくる」
 Ωの発情フェロモンの威力に打ちのめされたαに対し、予期せぬ場所でΩと番にならずに済みますよ、と謳い文句で売買の交渉を持ちかけてきたのだという。
「薬を手に入れるためにはαだって証明する必要があって、発情したΩとやらなきゃならなかった。店にとっては通常料金とそれに上乗せしたヒート料、加えて抑制剤まで売れりゃ随分な儲けになるんだろうな」
「セット販売みたいなもんか」
「でな、これを注射すれば瞬時に意識を失って、発情したΩとのセックスを回避できるって話だ。ヤらなければ番にもならないし、不同意性交罪で犯罪者にならずに済む」
「不同意ってんならむしろ俺らの方が同意してないんだけどな」
「まあな、でも、意識は無くても体はフェロモンに反応しちまってる。勃ったもんにΩが跨ってヤり始めたら、それでも俺らα側がレイプしたってことになる可能性はある。だから急激に血圧を下げるかどうかして、そっちに血液が行かないようにする成分も入ってるらしい」
「おお!」
「ただし、これは現地でもかなりヤバいって判断されてて、表立っては流通してない。気絶してそのまま死んだαもいるし、後遺症が残る人もいる。何よりαが自分に使うだけとは限らねえからな」
 しかも高えんだよコレ、と桜庭は顔を顰めた。
「でもΩと番になるよりはマシだ。俺は絵美と結婚して家庭を持ちたいと考えてる。Ωに邪魔されたくねえ。だから護身用にこれを手に入れるために海外行った」
「護身かぁ……」
 榊と恋人になったあの日、彼は良太に番ができるまでは恋人でいる、と条件を提示した。     
 これまで良太のイメージしていたΩという人種は、小さくか弱くて、常に首輪で項を守り、発情期にはαに襲われないように怯えている可哀想な人たち、であった。
 だがもしも桜庭の言うように、ただでさえ性欲が強いΩが自らのフェロモンを武器に突撃してきたら?
 もしΩの発情期にあてられて性交した際に偶然首輪が外れ、あるいはΩ自らが首輪を外し、番になってしまったら?
 自分たちαの運命はΩの胸先三寸で決定されてしまうものなのではないか。本来Ωとは、そうした恐ろしい生き物なのではないかと良太は怖気だった。
 己の身を守ることが榊との関係を続ける上で必須になる。しかも拳で解決できる類のものではない。
 良太は桜庭の話を聞いて問題の難しさを噛み締めた。

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