Find a Way

◼︎榊の過去5

 榊が霜沢の元で働くようになってから五ヶ月ばかりが経ったある日、時刻になっても榊は職場に現れなかった。
 最初は、
「遅刻か?」
「珍しいですね」
「まだ寝かしといてやるか、初遅刻で何分遅れるのやら」
 などとと緊張感もなく顔を見合わせていた霜沢と北野であったが、流石に一時間たって連絡も無いとなると、体調不良で寝込んでいるのかと心配になる。
 従業員用の端末で榊を呼び出す。が、出ない。数回これを繰り返して、やはり何かあったのかと霜沢は榊の部屋へ向かう。
 インターホンを押しても、ドアをノックして名を呼んでも中から反応はない。
 だが、人の気配はあるような?
 嫌な予感がする。
 霜沢は寮の管理人に連絡し、マスターキーで開けてもらう。
 室内に溢れかえるαのマーキング臭、このフェロモンは──
「左凪!なにやってんだ!!」
 ベッドの上には左凪と、手足を拘束され自由を奪われた榊がいた。
 左凪閨介はふたたび榊龍時を陵辱しにあらわれたのだ。
「ああ、霜沢だっけ?勝手に入ってこないでよ」
 と事もなげに霜沢を一瞥した左凪は、平然として首を傾げた。
「お前なんでここに居る、収容されてるはずだろ!榊はβだぞ、Ωみたいなことしてんじゃねえ!」
 ベッドに近付き、榊を解放しようとする霜沢に拳を振り回して威嚇した左凪は、
「触るな!俺のΩだ!つがいになるんだ!ここはみんな間違ってる、こんなとこから出て行って、新しい巣で龍時と暮らすんだ!」
 俺たちは運命の番だ!と吠えた。
 榊の口は開口器でままならないので反論することも叶わない。
 霜沢と左凪が争っていると、すぐに数人の警備員がやってくる。部屋の外でことの次第を把握した管理人が、寒崎に連絡を入れていたのだ。
 警備員に強制連行されていく左凪は何度も振り向き、龍時、龍時、と悲痛な声で名を呼んだ。
 ようやく口枷を外された榊は、顎の痛みにうまくまわらない呂律で、
「死ねクソ野郎!ぶっ殺してやるからな!死ね!」
 と怒号を浴びせた。
 それからかつてのように医務室で手当を受け、念のため違う部屋へ移ることとなった。

 翌日、上の白幻から出てこないはずの左凪がなぜこのエリアに居たのか、寒崎より説明があった。
 左凪は上と下を行き来できる職員のIDカードと認証番号を盗み、何度か下のフロアへ潜入していたことが判明したのだそうだ。あのアクリル壁に嵌った機械のゲートは、Ωと問題のあるαの脱走防止のためのもので、安全なαやβの職員はIDカードと番号があれば出入りが容易い。
 白幻から抜け出た左凪は寮に隠れ、榊の部屋の認証番号を盗み見て覚えた。そうして昨晩、榊が寝静まってから行為に及んだという。今回IDカードを盗まれた従業員は、ロープで縛られてボイラー室の掃除用具置き場に監禁されているところを救助された。
 このたびのことは完全に施設運営側の落ち度であるとして、寒崎は榊に対して深く頭を下げて詫びた。謝罪されたところで第一、寒崎は悪くないのではないかと榊は思った。
 この件で榊には慰謝料が支払われた。左凪からではない。強いていうなら白幻サイドからだ。
 慰謝料といっても裁判をしたわけではない。口封じでもない。ただ本当に、榊のためのお金なのだという。
 前代未聞のこの事態にビル内のセキュリティは強化され、〔白幻〕の出入りには複数の生体認証システムが用いられるようになった。
 
21/24ページ
スキ