Find a Way

◼︎帰郷の知らせ

「榊くん、こっちに帰ってくるってねえ」
 桧村良太は、実家の車屋の事務所で母親からそう伝えられて反射的に立ちすくんだ。
「さっき麗子ちゃんに聞いたわよ」
 整備工場のほうへ向かうはずだった足を切り返し、親が事務をしているデスクへ歩み寄る。
「榊さん?」
「そうそう、ケーキ買いに行ったとき、榊くん学校の先生になって花園高校に戻ってくるんだって」
「花園に……」
「偉いわよねえ、あんな不良の溜まり場にいたのに頑張って勉強して大学に行って、おまけに学費も自分で稼いで」
「……榊さん、いつ来るって言ってた?」
 肺腑の奥から絞り出すような声で訊ねる良太に、知らないわよそこまでは、とあっけらかんとした調子でいう母は、タヌキケーキを頬張りはじめた。
 事務所を後にした良太は、作業着のポケットからスマホを取り出し、黒いバイクを停めてある車庫へと急ぐ。

 榊 龍時──その人は、桧村良太の想い人である。良太が十六歳で花園高校の定時制に入学してから今日まで、七年間にわたりずっと心の中を埋め尽くしてやまない男だ。 
 面白みのないデジタル時計の画面をスライドさせ、暗証番号を打ち込むと、ぱっとその人の姿が映し出される。
 稀有な銀髪、白い肌、眼鏡に縁取られた切れ長の一重、すらりと通った鼻すじ、少し開いた唇は奥へ行くほど紅色が濃い。目線は何を捉えたものか、遠くに投げかけられている。
 この写真は高校時代に本人に知られないように撮った、いわゆる隠し撮りだ。
 榊の画像はこのほかにも沢山ある。それこそ良太を含む高校時代の仲間と一緒に肩を組んで笑っているものや、勇ましい喧嘩中のものまで無数に。良太は、中でもこちら側に視線を合わせていない、自然で穏やかな一瞬を切り取ったその写真をひどく気に入って待ち受けにしていた。

 思わず画面の彼に魅入ってしまいそうになる意識を振り払い、良太が電話をしたのは幼馴染の桜庭譲二だ。桜庭も同じ花園高校の出身で、共通の知人が多い。
「もしもし俺だけど」
『あ、どした』
「榊さん、帰ってくるって」
『うっそ!マジで?!』
 桜庭の反応からして、この件を知っている者はごく僅からしい。
「うちの母さんが麗子さんから聞いた、花園の教師になるって」
『麗子先輩か、なら信憑性は高えな』
「やっぱそうだよな。俺これから麗子さんに……」
 愛しいあの人の情報を手にしたい、と胸がはげしく鼓動する。
 すぐさま停めてある自分のバイクで駆け出しそうな勢いの良太をたしなめたのは、冷静な桜庭の言葉だった。
『ちょっと待て、お前まだ勤務時間中だろうが。半端に仕事放り出してオダカシ行っても、麗子さんは取り合ってくれねえぞ』
 オダカシとは小田桐洋菓子店の略称で、麗子はそこで働いている。高校を卒業してもなお厳しい先輩であった。
『それに、地元で教師やるってんなら、いずれ会えるってことじゃねえか』
「そう……だな」
『とにかく、仕事終わったらまた電話くれ。そんで葵に集合な』

2/24ページ
スキ