Find a Way

◼︎ 榊の過去 2
 
 左凪さなぎからの紹介で、榊龍時はこのビル内の施設で働くことになった。
 この白いビルは正式名称〔氷川グランネスト〕という。

 氷川グランネストの上半分は番斡旋所、医療施設、Ωやごく一部のαの居住区域を含む〔白幻〕。下半分は来客用のゲストルーム、そして従業員の住居、銀行、公園、飲食店、医務室、日用雑貨店、図書館、フィットネススタジオ、カルチャースクールなどがある。
 生活する上で必要なもののほとんどが内包された建物であった。
 その日の午前中、〔白幻〕の施設長である寒崎かんざきという、白いスーツの女性が面接をしてくれた。中年の、ぴしりと背筋の伸びた格好いい女性であった。
 働くならば筆記試験などをしてもらったほうがいいのではないか?と聞いてみたが、なぜか必要ないという。
 まずは医務室で健康診断を受け、その後、会議室らしき部屋で寒崎と面談。
 診断結果の一覧をタブレットで見ているらしい寒崎は、なにか不可解なことを目の当たりにしたような面持ちで榊に質問した。
「榊龍時くん」
「はい」
「あなたの健康診断の結果なのだけれど」
「はい」
「第一性は男性、第ニ性はβで間違いありませんか?今までにΩやαと診断されたことは?」
「いいえ、ありません。小学校と中学校の健康診断でも男性型のβでした」
「そうですか。左凪さんに聞いたところによると、雪車町そりまちの、あそこはよく春を売り買いするのが目的の人たちがたむろしている公園があるのですが、そこにいたと言っていましたが」
「はい。仕事がなくて、それで、なんとかならないかなと考えまして」
「答えたくなければ結構ですが、あなたから左凪さんに近付いたのですか?」
「いいえ、三日前に声をかけられて」
「三日前、ですか」
「はい」
「その間、彼と肉体関係を持ったりは?」
「してないです。でもなぜか食事とか風呂とか、寝場所を世話してくれています。理由は分からないんですけど」
「そうですか……。衣食住を与えられて、それでもご自分から働きたいとおっしゃる?」
「はい。やっぱりただ居るだけっていうのは、悪いですし。それにいずれは自立して、一人暮らしをしたいと思ってて」
「なるほど。左凪さんからは、あなたはΩだとの報告を受けていたのですが、その自立心や受け答えから察するに、やはりβのようですね。診断結果のフェロモンチェック欄もβと出ていますし、骨格や内蔵もβの男性そのものです。遺伝子検査の結果が出るのはもう少し時間がかかりますが」
「えっ、俺、Ωだと思われてたんですか?」
「そのようです」
「なんで、ですかね」
「私もβなのでαである左凪さんの感覚は分かりませんが、あなたには何か特別な気配があると言っていました。それをΩのフェロモンと錯覚したということでしょう」
「はあ」
「それでは施設内を案内する前に、書類を書いていただきますね」
「あのう、実は親がいなくて、保証人もいないです」
「契約書の類ではありませんので大丈夫ですよ。いわゆる履歴書ですね」
 寒崎に言われるまま履歴書を記入し、ビル内を案内してもらった。

 最初に連れてこられたのはビルの上と下の境界。
 だだっ広いフロアは中央から床、天井、左右の壁まで幾重もの分厚いアクリル壁で分断されていた。
 向こうとこちら側とを繋ぐ通路とおぼしき機械のトンネルが、透明度の高い障壁の下部中央に設置されている。頑丈そうな鋼鉄の入り口は隙間なく閉じられていた。
 寒崎によれば、このゲートを通り上へ行けば〔白幻〕という施設があるのだという。確かに遠く離れたフロアの向こう側にはエレベーターらしき扉と、その脇には幅の広い階段とエスカレーターが見える。
 彼女はこのビルが何を目的とし、行っているかを簡単に説明してくれた。
 それは榊の予想していた「セレブの家」とは全く違うものであった。
 


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