Find a Way
◼︎榊の過去 1
──もう十年も前のことだ。
花園地区の中学を卒業した榊龍時は、県外の進学校へと進んだのだそうだ。
ところが進学校には珍しい両親のいない施設育ち、その上生来の銀髪が目立ったせいなのか、虐めの標的にされた。塾へ行ってもいないのに成績が良いのがまた、同級生の機嫌を損ねたらしい。
まずは担任の教師に虐めにあっていることを相談したが、「お前の勘違いだろう」として取り合ってはくれなかった。
だが榊龍時はただの被害者で終わる子供ではなかったのである。
やられたら、やり返す。
それはお世辞にも治安が良いとはいえない、花園地区の薫陶をうけた者の常識。
大人はあてにならない、だったら──
自分でやる。
加害者たちは予想以上に貧弱で、やり返される覚悟もないまま自分に危害を加えていたと知り、榊は非常に驚いたものだ。
結果、弱者に対してやり返し過ぎた形となった。虐めを行った連中は皆どこかしら骨折するなどの傷を負い、しばらく学校を休むという有様であった。あまりの強さに「悪者」にされたのは榊の方だった。
担任から呼び出されきつく説教をされたが、説教というより罵詈雑言の類だった。親がいないから下品だとか、施設育ちだから暴力を振るうだとか散々になじられた。
年若い当時の榊には、もちろん我慢できるものではない。その場で担任の顔面に拳を叩き込み、もとから薄い髪の毛をひたすら毟ってやった。そこまで言うなら担任の吐いた言葉を証明してやろうと思ったのだ。
そして退学。
この時の榊は十六歳。まだ児童養護施設に戻れる年齢ではあったが、暴力沙汰で高校を退学になったとあって施設の世話になるのは気が引けた。
一人で生きていかねばならないと思った榊は、故郷の御磨花市 でもっとも栄える雪城 地区へ向かう。ここであれば何かしら、職にありつけるはずだと希望を抱いたからである。
だが現実はそう甘くはない。身寄りのいない未成年を雇う場所などなかった。所持金も底をつく。
性別は男だが、身体でも売れば食費ぐらい稼げるのではないかと踏んで、いかにもそれらしい場所に佇む。要するに立ちんぼの真似をしたのだ。
声をかける者がいた。
大人の男。二十代後半から三十代前半だろうか。目元を覆い隠す前髪の隙間からは、緑混じりの琥珀色の瞳がのぞいていた。
男は左凪閨介 と名乗った。
左凪は榊少年の手を引き、棲家へ連れて行った。白いオフィスビルのような外観の高層マンションの一室だった。
榊にとってその部屋の中は広く、高級感があり、まるでセレブの住処みたいだと思ったものだ。
予想に反して、その夜、左凪は肉体を求めてはこなかった。榊に飲食を提供し、風呂を使わせ、客室のベッドで眠るように指示し、休ませてくれたのであった。
翌日、一宿一飯の礼を述べて出ていこうとしたが、仕事から帰宅するまでこの部屋で待機するように、と申し渡された。
三日目も部屋で待つように言われ、テレビを眺めて時間を潰し、すこし掃除のようなことをして過ごす。
やはり、体を求められることはない。
四日目の朝、榊はそろそろ外に出て働きたいと訴えた。すると、左凪が勤務している〔白幻 〕という場所で共に働き、一緒に暮らすのであれば良いと言った。
左凪からの言葉は交換条件や提案というより、むしろ「許可」のような響きを持っていた。榊にはそれが奇妙に思えた。
そもそもなぜ自分がこのような状況に置かれているのか、いまいち分からない。通常の売春・買春とは異なる関係のような気がする。
春をひさいだ見返りに、食事や入浴や寝場所が与えられているわけでもないのだ。
言い知れぬ不安があった。
──もう十年も前のことだ。
花園地区の中学を卒業した榊龍時は、県外の進学校へと進んだのだそうだ。
ところが進学校には珍しい両親のいない施設育ち、その上生来の銀髪が目立ったせいなのか、虐めの標的にされた。塾へ行ってもいないのに成績が良いのがまた、同級生の機嫌を損ねたらしい。
まずは担任の教師に虐めにあっていることを相談したが、「お前の勘違いだろう」として取り合ってはくれなかった。
だが榊龍時はただの被害者で終わる子供ではなかったのである。
やられたら、やり返す。
それはお世辞にも治安が良いとはいえない、花園地区の薫陶をうけた者の常識。
大人はあてにならない、だったら──
自分でやる。
加害者たちは予想以上に貧弱で、やり返される覚悟もないまま自分に危害を加えていたと知り、榊は非常に驚いたものだ。
結果、弱者に対してやり返し過ぎた形となった。虐めを行った連中は皆どこかしら骨折するなどの傷を負い、しばらく学校を休むという有様であった。あまりの強さに「悪者」にされたのは榊の方だった。
担任から呼び出されきつく説教をされたが、説教というより罵詈雑言の類だった。親がいないから下品だとか、施設育ちだから暴力を振るうだとか散々になじられた。
年若い当時の榊には、もちろん我慢できるものではない。その場で担任の顔面に拳を叩き込み、もとから薄い髪の毛をひたすら毟ってやった。そこまで言うなら担任の吐いた言葉を証明してやろうと思ったのだ。
そして退学。
この時の榊は十六歳。まだ児童養護施設に戻れる年齢ではあったが、暴力沙汰で高校を退学になったとあって施設の世話になるのは気が引けた。
一人で生きていかねばならないと思った榊は、故郷の
だが現実はそう甘くはない。身寄りのいない未成年を雇う場所などなかった。所持金も底をつく。
性別は男だが、身体でも売れば食費ぐらい稼げるのではないかと踏んで、いかにもそれらしい場所に佇む。要するに立ちんぼの真似をしたのだ。
声をかける者がいた。
大人の男。二十代後半から三十代前半だろうか。目元を覆い隠す前髪の隙間からは、緑混じりの琥珀色の瞳がのぞいていた。
男は
左凪は榊少年の手を引き、棲家へ連れて行った。白いオフィスビルのような外観の高層マンションの一室だった。
榊にとってその部屋の中は広く、高級感があり、まるでセレブの住処みたいだと思ったものだ。
予想に反して、その夜、左凪は肉体を求めてはこなかった。榊に飲食を提供し、風呂を使わせ、客室のベッドで眠るように指示し、休ませてくれたのであった。
翌日、一宿一飯の礼を述べて出ていこうとしたが、仕事から帰宅するまでこの部屋で待機するように、と申し渡された。
三日目も部屋で待つように言われ、テレビを眺めて時間を潰し、すこし掃除のようなことをして過ごす。
やはり、体を求められることはない。
四日目の朝、榊はそろそろ外に出て働きたいと訴えた。すると、左凪が勤務している〔
左凪からの言葉は交換条件や提案というより、むしろ「許可」のような響きを持っていた。榊にはそれが奇妙に思えた。
そもそもなぜ自分がこのような状況に置かれているのか、いまいち分からない。通常の売春・買春とは異なる関係のような気がする。
春をひさいだ見返りに、食事や入浴や寝場所が与えられているわけでもないのだ。
言い知れぬ不安があった。