Find a Way
◼︎告白1
榊は通勤用の車を買いに来たという。
中古車でいいの?新車もお取り寄せできるわよ、と母はすすめた。
「仕事が始まるまでもう十日もないですから、早く買って運転に慣れておこうと思いまして」
と希望を伝えた榊は、ちょっと展示車を見せてくださいと事務所を出る。
ほら良 、ご案内してあげて、と母親に言われて榊の後ろ姿を追った。
虚をつかれた再会に良太は言葉を失っていた。
榊をみとめる目と耳だけが現実に在って、心ここに在らずだ。
車について榊が質問し、その説明をしているうちに段々と落ち着いてきたらしい良太の様子を察したのか、榊は唐突に、
「なあ、身長伸びた?」
と見上げてきた。
花園高校の定時制に入学したばかりの頃の良太の身長は一七八センチで、榊とほぼ同じ。それから数年を経て今や一八五センチ。よく育ったものである。
「立派になって、すっかり大人だなあ」
真横から差し込む午後の日差しを遮る良太の大きな身体の影に、閉じ込められるように収まって目線を合わせていた榊だったが、ふと目線を横にそらした。
すぐそばに街路樹の桜が咲き誇っている。
するりと影を抜け出た榊は、桜の木に近づいた。
記憶に新しいスマホの待ち受け画面と実物の彼が重なって、意識が現実味を取り戻す。
後頭部で結わえられた長い銀色の髪が、春風を受けて揺れている。
白皙にして端正な面差し。眼鏡に縁取られた切長の眼差しは潤って、瞬きする度に喑灰色の睫毛が震えていた。
呼吸により微かに規則正しく動く肩と胸の筋肉の形。
存在の全体であらわされる圧倒的な生命のみずみずしさ。
榊に会えなかった四年間、良太を慰めてきた過去の記録ではない。
紛れもなく今を生きている現実の榊龍時だ。
「榊さん」
「ん?」
「俺、今でもまだ好きです」
「そうか」
「恋人にしてもらえませんか。駄目ですか、俺がαだから」
「良太くんがαだからというより……」
私がβだからな、と言って榊は儚げに微笑んだ。
はらはらと散る桜の花弁が幾重にも膜になってその人を覆い隠そうとしたので、良太はそれを打ち破って接近した。
本当はそのままの勢いで抱き締めてしまいたかったが、寸でのところでなんとか耐えた。
「αとかβとか関係ない。榊さんと付き合ってもいないのに、Ωとか、番とか、そんなの要らねえんだよ」
逞しく成長し、青年となった良太から発散される情熱の気配をまともに受けた榊の白い頬が、耳が、赤みを帯びはじめる。
榊は少し俯いて
「……そうだよなあ、もう子供 じゃないもんな、私も……」
と声に出して自分に言い聞かせると、わずかに逡巡し、よし、と面をあげた。
力強い二人の瞳がかち合う。
「わかった。良太くんに番 ができるまで付き合おう」
期限付きの了承。
ついに良太の宿願が叶った瞬間であった。
「やっ……た!あ?んん?あれっ?ツガイがなんすか⁉︎」
「だから良太くんに番ができるまで」
「はい!」
「恋人だ」
「よっしゃ!」
番を作らなきゃ一生一緒ってことじゃないっすか!と喜色をあらわにする良太の正面で、榊は観念したように空を仰いだ。
榊は通勤用の車を買いに来たという。
中古車でいいの?新車もお取り寄せできるわよ、と母はすすめた。
「仕事が始まるまでもう十日もないですから、早く買って運転に慣れておこうと思いまして」
と希望を伝えた榊は、ちょっと展示車を見せてくださいと事務所を出る。
ほら
虚をつかれた再会に良太は言葉を失っていた。
榊をみとめる目と耳だけが現実に在って、心ここに在らずだ。
車について榊が質問し、その説明をしているうちに段々と落ち着いてきたらしい良太の様子を察したのか、榊は唐突に、
「なあ、身長伸びた?」
と見上げてきた。
花園高校の定時制に入学したばかりの頃の良太の身長は一七八センチで、榊とほぼ同じ。それから数年を経て今や一八五センチ。よく育ったものである。
「立派になって、すっかり大人だなあ」
真横から差し込む午後の日差しを遮る良太の大きな身体の影に、閉じ込められるように収まって目線を合わせていた榊だったが、ふと目線を横にそらした。
すぐそばに街路樹の桜が咲き誇っている。
するりと影を抜け出た榊は、桜の木に近づいた。
記憶に新しいスマホの待ち受け画面と実物の彼が重なって、意識が現実味を取り戻す。
後頭部で結わえられた長い銀色の髪が、春風を受けて揺れている。
白皙にして端正な面差し。眼鏡に縁取られた切長の眼差しは潤って、瞬きする度に喑灰色の睫毛が震えていた。
呼吸により微かに規則正しく動く肩と胸の筋肉の形。
存在の全体であらわされる圧倒的な生命のみずみずしさ。
榊に会えなかった四年間、良太を慰めてきた過去の記録ではない。
紛れもなく今を生きている現実の榊龍時だ。
「榊さん」
「ん?」
「俺、今でもまだ好きです」
「そうか」
「恋人にしてもらえませんか。駄目ですか、俺がαだから」
「良太くんがαだからというより……」
私がβだからな、と言って榊は儚げに微笑んだ。
はらはらと散る桜の花弁が幾重にも膜になってその人を覆い隠そうとしたので、良太はそれを打ち破って接近した。
本当はそのままの勢いで抱き締めてしまいたかったが、寸でのところでなんとか耐えた。
「αとかβとか関係ない。榊さんと付き合ってもいないのに、Ωとか、番とか、そんなの要らねえんだよ」
逞しく成長し、青年となった良太から発散される情熱の気配をまともに受けた榊の白い頬が、耳が、赤みを帯びはじめる。
榊は少し俯いて
「……そうだよなあ、もう
と声に出して自分に言い聞かせると、わずかに逡巡し、よし、と面をあげた。
力強い二人の瞳がかち合う。
「わかった。良太くんに
期限付きの了承。
ついに良太の宿願が叶った瞬間であった。
「やっ……た!あ?んん?あれっ?ツガイがなんすか⁉︎」
「だから良太くんに番ができるまで」
「はい!」
「恋人だ」
「よっしゃ!」
番を作らなきゃ一生一緒ってことじゃないっすか!と喜色をあらわにする良太の正面で、榊は観念したように空を仰いだ。