4.覚醒を促す口づけ
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* * *
「あの、大丈夫です!もう一人で寝られます!」
「2日も一緒に寝ておいて何を今更遠慮することがある。隣でガタガタ震えられると眠れないんだが?」
「だ、だってお風呂入ってないですし!」
「……そんなものお互い様だろう」
と言いつつ、このみの目が見えないのをいいことに、バージルもこっそり自らの服を嗅ぐ。
自分自身だからか、臭うかどうかよく分からない。
魔界に迷い込んで3日目だ。
結局この日も人界への道は見つからなかった。
この世界では昼も夜もなく、いつも暗雲が立ち込めている。
たまにやけに光り輝く明るい場所に出ることもあるが、それはただのまやかしに過ぎない。
時間は、このみが身につけている腕時計で確認している。
夜時間に合わせて、休息を取ることをこのみと決めたのだ。
煉瓦造りの廃墟のような場所を本日の寝床にすることにしたバージル達は、先程から共寝をするしないで言い争いを続けていた。
自分でも何故このみと一緒に寝ることにここまで固執するのかよく分からないが、引くことはできなかった。
このまま押し問答を続けていても仕方ないので、バージルはこのみを残して水を汲みに出た。
廃墟にたどり着く前、比較的濁りの少ない川があったのだ。
結界は張ったし、この辺りの悪魔は一掃したので、このみを残しておいてもしばらくは安全だろう。
バージルが手に提げているのは、このみが食料を入れていた飯盒だ。
これに水を入れて湯を沸かし、布を浸してそれで体を拭こうという寸法だ。
もちろん人間であるこのみが飲むことはできないが、体を拭くのに使う程度なら支障はないだろう。
バージルは飯盒に水を汲みながら、このみのことを考えていた。
生きるのに必要なのは、まず水だ。
食べ物を消化するには、水分が必要になる。
そのため、できるだけ持参した食料も食べる量を少なめにし、飲み水を節約させてはいるが、それもそろそろ限界に近い。
目が見えないという状況も、このみの気力や体力を容赦なく奪っていく。
このみが途中で足を止める回数も増えた。
しきりに眠そうにもしている。
恐らく彼女の命を支えているダンテの魔力が、尽きようとしているのだ。
バージルは服の上から、ダンテの血液を入れた小瓶に触れる。
ため息を一つ吐き出して、飯盒を持ったバージルはこのみの元へと戻った。
廃墟へ戻ると、このみは鞄の中身を全てひっくり返して、慌てて何かを手さぐりで探していた。
「……何をしている」
「さ、探し物を……!どこかで、落としたんでしょうか」
このみが探しているものが何なのか、バージルは考える間もなく気が付いていた。
それはバージルの懐にあるものだ。
恐らくバージルがいない間に口にしようとしたのだろう。
「どうしよう、あれがないと、わたし……」
ひどく狼狽するこのみを、バージルは眉間に皺を寄せて睨みつける。
……何故、自分がいるのに頼ってこないのか。
「バージルさん……すみません、わたし、探しに……」
「お前が探しているものはなんだ?」
「それは……あの……」
「それが何なのか分からなければ、俺も探しようがない」
バージルがそう言うと、このみは観念したように呟いた。
「……ダンテの血液を入れた、小瓶です。わたしは、ダンテの血液から彼の魔力を分けてもらっていました」
「………………」
返答しないバージルに、このみは不安になったのか、「バージルさん?」と声をかける。
このみはひどく思い詰めた表情で、何か言おうと口を開いたが、なかなか声に出そうとはしなかった。
そんなこのみを、バージルは苛立ち混じりに見下ろす。
「……俺を、利用しろと言った」
このみは、はっとしたように顔を上げる。
バージルが何を言おうとしているのか、悟ったようだった。
「この広い魔界を探すよりも、もっと確実で、簡単な方法だ」
「それは……」
しばらく、迷ったようにこのみは無言を貫いていた。
そしてこのみは上げていた顔を、花が萎れるように俯かせる。
その顔を、そのままバージルがいる方角に向かって下げ、乞う。
「……バージルさんの血を、わたしにくれませんか」
このみのその姿を見て、バージルはダンテに対する優越感のようなものを覚える。
このみが今頼りにできるのは、ダンテではなく、自分しかいない。
そう思うと、バージルの口の端に笑みが浮かぶ。
(……何を考えているんだ、俺は)
心が浮上したのは一瞬だけで、自分がそんな子供じみたくだらないことを考えたのが信じられなかった。
頭を下げるこのみにどこか後ろめたい感情を覚える。
けれど、本当のことはついぞ言えなかった。
バージルは、座り込んだこのみの前に片膝をつく。
閻魔刀を鞘から抜き、その刃に指を走らせる。
「……このみ、口を開けろ」
バージルが命じると、このみは大人しく口を開けた。
つい先程までこのみに心やましく思っていたのに、無防備なその姿にバージルの嗜虐心が煽られて、血が伝うその指をこのみの口に突っ込んだ。
「あっ……!?ぅぐっ……」
驚いて身を引こうとするこのみの頭を押さえて、バージルは自らの指をこのみの舌に絡ませる。
生温かなこのみの口内に指を入れていると、どこか背徳的に感じられて、気分が良かった。
羞恥に頬を染めて涙目になるこのみを見て、バージルはようやく満足してこのみを解放した。
このみは息を荒げながら口元を押さえる。
「……バ、バージルさん、ひょっとしてわたしをからかって楽しんでます?」
「さあな」
「もっと、普通に分けてくださると、嬉しいんですが……?」
「血が流れ落ちそうだったので、指ごと含ませただけだが」
「……それは、ご親切にどうもありがとうございます」
礼を言いながらも、このみは明らかにバージルのいない明後日の方角を向いている。
「礼を言う時は人の顔を見て言えと教わらなかったのか?」
「……バージルさんの顔がどこにあるのか分かりません」
このみがむくれて唇を尖らせながらそう言うと、バージルはこのみの顎を持ち上げて、自分の方へ上向かせた。
「ここだ」
「すごく、近いような!?」
バージルの声がすぐ目の前ですることに気づいたのか、このみは赤くなって慌てる。
「礼は?」
「あ、ありがとうございましたっ!!」
早口で礼を述べたこのみは、バージルから飛び退くように距離をとる。
それを見たバージルは、そっと喉の奥で笑った。
『バージルさんとダンテ、性格似てないと思ってたけどやっぱり双子だった……からかい方の方向性が一緒だ……』
日本語で、このみは何やらブツブツと文句のようなものを言っているようだった。
あいにくと、内容までは分からなかった。
* * *
崩れかけの廃墟に無造作に転がっていた煉瓦を組んで、簡易なかまどを作る。
このみが持っていたマッチで火をおこし、水を張った飯盒を火にかけた。
布の余りはもうなかったので、バージルの止血のために使っていたものを洗って、飯盒で煮沸する。
それを取り出して、ある程度冷ましてから絞り、バージルはこのみに渡した。
このみはそれを顔に当てて、気持ちよさそうに息をつく。
「後ろを向いててやるからさっさと体を拭け」
「す、すみません」
別にじっと眺めていようと、このみには分からないだろうが、バージルは律儀に後ろを向いた。
背後で衣擦れの音がして、このみが体を拭く気配がする。
もしここにダンテがいたとしたら、絶対に面白がってこのみを無遠慮に眺めていただろうなと思って、バージルは自分の想像に不快な気分になる。
「………………」
何となく、背後が気になる。
いや決して振り返るつもりはないが、気になるものは気になる。
バージルは煩悩を振り払うかのように、自分用に布を湯に浸した。
飯盒の中で湯がぐらぐらと煮えるのを無心で眺めていたその時、悪魔の臭気がふっと漂ってきた。
バージルは即座に火に灰をかけて消し、このみの体を抱え、廃屋の隅へと飛び退る。
結界は張っているが、無用な戦闘は避けたい。
このみもその臭気に気が付いたのか、突然のバージルの行動にも声を上げなかった。
2人で息を殺し、悪魔が通り過ぎるのを待つ。
悪魔はバージル達に気がつかなかったようだ。
遠ざかって行く気配に、腕の中にいるこのみが詰めていた息をほっと吐き出す。
そして、今自分がどんな状況に置かれているのか気が付いて、再び凍りついたように身を硬くした。
バージルは言い訳するように言う。
「……言っておくが、これは、不可抗力だ」
「分かってます、けど……恥ずかしいものは、恥ずかしいんです……!」
辛うじて正面はコートで隠しているが、背後は実に無防備だった。
けれどそこにあったのは、柔らかな女の肌ではなかった。
このみのうなじから下は、バージルが魔人化した時のような硬い鱗に覆われている。
人間の肌が残っているのは、手首から先と頭部のみだった。
足が悪魔化していることは知っていたが、ここまでとは。
「その体は……半魔とは言え、ダンテの血液を摂取した影響か?」
「……バージルさん、しっかり見てるじゃないですか……。あんまり、見られたくなかったんですが」
「あ、いや」
墓穴を掘ったバージルが、らしくなく無意味な言葉を呟くと、このみはため息をついた。
「影がないせいで、魔力の影響が強く出るらしいです」
このみは静かにそう言って、コートを羽織った。
バージルとこのみは、黙ってかまどの元へ戻った。
今度はバージルが己の体を布で拭きながら、先程のこのみの後ろ姿を思い出していた。
──あの鱗がこのみの全身を覆った時、彼女は一体どうなるのだろう。
彼女は、彼女のままでいられるのだろうか。
その日、バージルとこのみは身を寄せ合って眠った。
このみはひどく疲れていたようで、バージルの腕の中で気絶するように眠ってしまった。
* * *
このみの手持ちの水が尽きたのは、次の日のことだった。
人間界への道は未だ見つからない。
バージルはこのみをこれ以上歩かせるのは不可能と判断して、彼女の体を抱えて歩いた。
せめて水の代わりにと、バージルはこのみに己の血液を分け与える。
このみは何度も謝罪を繰り返していたが、生きるためにはこうするしかなかった。
さらに翌日、このみはしきりに頭痛と眠気を訴えた。
脱水症状の典型的な兆候だ。
絶飲して人間が耐えられるのは3日程度だと言う。
半分悪魔化していることと、バージルの血液があるのでもう少し持つだろうが、極限状態に変わりはなかった。
魔界に入って6日目……水がなくなって3日目になると、このみの意識は朦朧としてバージルの問いに答えられないことが増え、抱えるその体も水分が抜けて明らかに軽くなった。
これ以上耐えるのは限界だった。
「……このみ、もうお前の体がもたない。水を飲め」
「…………」
バージルの手の中に、川から汲んできた水がある。
これを飲めばこのみは助かるが、きっと人界には戻れなくなってしまう。
「生きて……生きてさえ、いれば、もう一度……ダンテに……会えるかも、しれない……」
このみは呟くように言う。
こんな時にまで出てくるのは弟の名前なのだと思うと、ひどく落胆した。
「……けど、もう少しだけ……待って、もらえませんか。わたしは、やっぱり……あの人がいる、あの世界が……」
語尾は徐々に尻すぼみになって、最後の方は聞き取れなかった。
唇はカラカラに乾いていて、ひび割れているのが痛々しかった。
バージルは黙って腕の中のこのみを見下ろして、再び歩きだした。
しばらく歩いていると、バージルは見覚えのある場所へ辿り着いた。
以前、柿のような果実を採った林の近くだ。
その道の先に何か赤黒いものがあることに気がついた。
木の枝かと思ったそれは、人間の腕の一部だった。
腐敗しかけで、まだ肉が残っている。
ということは、ひょっとしてこの近くに人間界へ続く歪みがあるのかもしれないと思って、バージルは足を早めた。
道行く先を示すかのように、点々と悪魔の血の結晶が落ちていて、それは岩肌にぽっかりと大きく口を開けた洞窟へ繋がっていた。
バージルはそれを追って洞窟に足を踏み入れる。
巨大な魚のような悪魔を仕留め損ねたのは、この近くだ。
もしかして、この先がその悪魔の住処なのかもしれない。
人間を襲ったのも、あの悪魔だろうか。
薄暗い洞窟内は広く、あの巨大な悪魔も通り抜けられそうで、道は更に奥まで続いていた。
そこは潮の臭いで満ちていて、空気はひんやりとしている。
落ちている悪魔の血の結晶が、照明代わりにぼんやりと足元で光っていた。
奥に進むにつれて緩やかな勾配になっているようで、バージルはこのみを抱えて道を下っていく。
ふいに、波の音がバージルの耳に届いた。
洞窟の最奥は広く、歪な半球状の空間になっていて、外に開けていた。
そこは海蝕洞と呼ばれる、波に削られることによって作られる洞窟だった。
洞窟の出口の先には水平線が見える。
海だ。
波が寄せるそこに、バージルがとどめを刺さなかったあの悪魔が横たわっていた。
体を横たわらせて陸地に預け、バージルから受けた傷の回復に努めているようだった。
まだこちらに気が付いていない。
バージルはこのみをその場に下ろし、閻魔刀を抜刀する構えをとった。
今度は幻影剣でとどめを刺そうとは思わなかった。
一瞬で方をつけるため、バージルは己の中の悪魔の力を解放し、その身に青黒いオーラを纏う。
それに気づいた悪魔が、身を翻して海に逃げ込もうとするよりも速く、バージルは常人の目には決して視認できない速度で閻魔刀を振り抜いた。
絶大な魔力で生み出されたバージルの分身が、幾重もの太刀筋で、一瞬にして悪魔の身を切り裂く。
まるで青白い閃光が走ったかのようだった。
閻魔刀に入った亀裂が更に増えるのを、どこか遠くの自分が眺めている。
バージルが納刀するのと、悪魔の身が弾けるのは同時だった。
切り裂いたその腹から、中型の大きさの船がそのまま飛び出てきて、浅い水辺に落下する。
地響きを上げて現れた船に、バージルは驚きで目を見開いた。
漁船が悪魔に丸呑みされたのだろう。
帆柱や船首は所々壊れているが、船体はほぼ無事に残っていた。
絶命した悪魔は船をその場に残し、その身を赤い鉱石に変えて消え去った。
バージルはまず波が寄せる水辺へ近づいた。
「これは……」
屈んで手に海水を掬う。
それは魔界の水ではなく、人間界の海水だった。
ここは魔界と人間界の境目が曖昧になっているようで、漂う空気に魔界の瘴気が混じってはいるが、今まで歩いてきた魔界のどこよりも薄い。
バージルはようやく目的の場所を見つけ出せたことに安堵する。
そして、寝かせているこのみを振り返った。
これでようやくこのみに水を飲ませてやることができる。
海水をそのまま飲用することはできない。
過剰な塩分のせいで、逆に余計に水分が必要となるからだ。
けれど、海水を蒸留すればその心配も必要ない。
それに、悪魔の腹から出てきた漁船がある。
見た目は中型相当の、それなりに設備を備えた船に見えるその中には、水や食料もあるかもしれない。
バージルはこのみを再び抱え直し、船の甲板へ上がった。
甲板は悪魔の胃の内容物で汚れ、ぬるついていたが、船室に続く扉はしっかりと閉められており、中は無事だった。
そして船室の中枢で、海水で飲料水を精製するための造水機を発見した。
電力は落ちているが、バージルの魔力で十分動かすことができる。
「……このみ、お前……相当悪運が強いようだな」
造水機を作動させたバージルは、気を失っているこのみを見下ろして、口の端に笑みを浮かべて言った。
* * *
このみは、柔らかな何かに包まれていた。
ふわふわとしたそれは温かく、心地よい。
どこからか潮騒の音が遠く聴こえてきて、このみはネロと歩いたフォルトゥナの漁港を思い出した。
ぬくもりが、唇に触れた。
そこから甘いような、しょっぱいような液体が注ぎ込まれて、このみはそれを飲み下す。
渇いた喉に、身体に、染み入るような味だった。
柔らかい感触が唇から離れるのと同時に、このみはうっすらと目を開けた。
相変わらず目の前は真っ暗で、何も映すことはない。
すぐ側で、誰かが息を詰めるような気配がした。
「……バージルさん……?」
「……目が覚めたか」
その声音は、今まで聞いたバージルのどの声よりも優しい。
今、このみの目が見えたなら、一体彼はどんな表情をしているのか見てみたかった。
「……点滴があれば良かったが、生憎そこまで器具が揃っていなかった。あとは自分で飲め」
バージルはこのみの上体を起こすと、その手にコップを握らせた。
「……経口補水液だ」
「え?え?あの……」
自分の状況がさっぱり理解できなくて、このみは困惑する。
コップを持っていない方の空いた片手で辺りを触ると、自分はどうやら布団の上に寝かされていたようだった。
まさか魔界に布団があるなんて思えなくて、このみは首を傾げつつ、手の中にあるコップの中身を口にした。
経口補水液とは、水に食塩とブドウ糖を一定の割合で混ぜたもののことを言う。
健常時では決して美味しいとは思えないその味だが、今のこのみにとっては甘露のようなものだ。
けれど、このみの鞄には塩も砂糖もなかったのに、バージルは一体どうやってこれを作ったというのか。
「わたし、人間界に……帰ってこれたんですか?」
「……残念ながら、ここはまだ魔界だ。巨大な悪魔が、その腹に人間の漁船を飲み込んでいた。ここはその船の中だ」
「船……?」
「10人程度乗れる、中型の遠洋漁船だな。寝泊まりできる設備と、厨房があった。
冷蔵庫や冷凍庫の中身は駄目になっていたが、調味料や缶詰、レトルトなどの保存食も積んである。10人分が一週間だ。何より、水が作れる」
バージルの言葉を受けて、このみは飲み干した手の中のコップをぎゅっと握った。
「わたし……助かったんですか……?」
「何をもって助かったというのかは分からんが……ひとまず、当面食料の心配をしなくてもいいことは確かだな」
「……そうなんですか」
ほっと息をついたこのみの膝に、何か重いものが乗っかった。
触れると温かく、ボール大のそれはまるで人の頭のようだった。
というか、バージルの頭そのものだった。
「バ、バージルさん?」
「……さすがに疲れた」
呟くようにバージルがそう言うやいなや、驚くべき早さで寝息が聞こえてくる。
このみの膝を枕に、バージルは意識を失うようにして眠ってしまった。
このみは空になったコップを布団の上へ転がして、バージルの頭をそっと撫でる。
身体中の水分が不足して、もう動けない状態だったはずのこのみがここまで回復しているということは、彼はずっとつきっきりでこのみに水分を与えてくれていたのだろう。
それに、この数日間一緒に寝ている時でさえ、彼は恐らく半覚醒状態で、目を閉じて休んでいただけに違いなかった。
「バージルさん……ほんとに、本当に、ありがとうございます」
泥のように眠るバージルに向かって、このみは心の底から礼を言う。
──今はただ、何ものにもバージルの睡眠が邪魔されませんように。
彼の目が覚めたら、改めてもう一度礼を言おう。
このみはバージルの頭を撫でながら、そう心に決めた。
***あとがき***
意識のない人に経口で水を与えて大丈夫なのか、という野暮なツッコミはなしでお願いします!(笑)
ラブはファンタジーなのでオールオッケーなのです!
こう、寝る時でも常に気を張っていた人が、自分の前で無防備になるのって萌えませんか!
私は萌えます!!
「あの、大丈夫です!もう一人で寝られます!」
「2日も一緒に寝ておいて何を今更遠慮することがある。隣でガタガタ震えられると眠れないんだが?」
「だ、だってお風呂入ってないですし!」
「……そんなものお互い様だろう」
と言いつつ、このみの目が見えないのをいいことに、バージルもこっそり自らの服を嗅ぐ。
自分自身だからか、臭うかどうかよく分からない。
魔界に迷い込んで3日目だ。
結局この日も人界への道は見つからなかった。
この世界では昼も夜もなく、いつも暗雲が立ち込めている。
たまにやけに光り輝く明るい場所に出ることもあるが、それはただのまやかしに過ぎない。
時間は、このみが身につけている腕時計で確認している。
夜時間に合わせて、休息を取ることをこのみと決めたのだ。
煉瓦造りの廃墟のような場所を本日の寝床にすることにしたバージル達は、先程から共寝をするしないで言い争いを続けていた。
自分でも何故このみと一緒に寝ることにここまで固執するのかよく分からないが、引くことはできなかった。
このまま押し問答を続けていても仕方ないので、バージルはこのみを残して水を汲みに出た。
廃墟にたどり着く前、比較的濁りの少ない川があったのだ。
結界は張ったし、この辺りの悪魔は一掃したので、このみを残しておいてもしばらくは安全だろう。
バージルが手に提げているのは、このみが食料を入れていた飯盒だ。
これに水を入れて湯を沸かし、布を浸してそれで体を拭こうという寸法だ。
もちろん人間であるこのみが飲むことはできないが、体を拭くのに使う程度なら支障はないだろう。
バージルは飯盒に水を汲みながら、このみのことを考えていた。
生きるのに必要なのは、まず水だ。
食べ物を消化するには、水分が必要になる。
そのため、できるだけ持参した食料も食べる量を少なめにし、飲み水を節約させてはいるが、それもそろそろ限界に近い。
目が見えないという状況も、このみの気力や体力を容赦なく奪っていく。
このみが途中で足を止める回数も増えた。
しきりに眠そうにもしている。
恐らく彼女の命を支えているダンテの魔力が、尽きようとしているのだ。
バージルは服の上から、ダンテの血液を入れた小瓶に触れる。
ため息を一つ吐き出して、飯盒を持ったバージルはこのみの元へと戻った。
廃墟へ戻ると、このみは鞄の中身を全てひっくり返して、慌てて何かを手さぐりで探していた。
「……何をしている」
「さ、探し物を……!どこかで、落としたんでしょうか」
このみが探しているものが何なのか、バージルは考える間もなく気が付いていた。
それはバージルの懐にあるものだ。
恐らくバージルがいない間に口にしようとしたのだろう。
「どうしよう、あれがないと、わたし……」
ひどく狼狽するこのみを、バージルは眉間に皺を寄せて睨みつける。
……何故、自分がいるのに頼ってこないのか。
「バージルさん……すみません、わたし、探しに……」
「お前が探しているものはなんだ?」
「それは……あの……」
「それが何なのか分からなければ、俺も探しようがない」
バージルがそう言うと、このみは観念したように呟いた。
「……ダンテの血液を入れた、小瓶です。わたしは、ダンテの血液から彼の魔力を分けてもらっていました」
「………………」
返答しないバージルに、このみは不安になったのか、「バージルさん?」と声をかける。
このみはひどく思い詰めた表情で、何か言おうと口を開いたが、なかなか声に出そうとはしなかった。
そんなこのみを、バージルは苛立ち混じりに見下ろす。
「……俺を、利用しろと言った」
このみは、はっとしたように顔を上げる。
バージルが何を言おうとしているのか、悟ったようだった。
「この広い魔界を探すよりも、もっと確実で、簡単な方法だ」
「それは……」
しばらく、迷ったようにこのみは無言を貫いていた。
そしてこのみは上げていた顔を、花が萎れるように俯かせる。
その顔を、そのままバージルがいる方角に向かって下げ、乞う。
「……バージルさんの血を、わたしにくれませんか」
このみのその姿を見て、バージルはダンテに対する優越感のようなものを覚える。
このみが今頼りにできるのは、ダンテではなく、自分しかいない。
そう思うと、バージルの口の端に笑みが浮かぶ。
(……何を考えているんだ、俺は)
心が浮上したのは一瞬だけで、自分がそんな子供じみたくだらないことを考えたのが信じられなかった。
頭を下げるこのみにどこか後ろめたい感情を覚える。
けれど、本当のことはついぞ言えなかった。
バージルは、座り込んだこのみの前に片膝をつく。
閻魔刀を鞘から抜き、その刃に指を走らせる。
「……このみ、口を開けろ」
バージルが命じると、このみは大人しく口を開けた。
つい先程までこのみに心やましく思っていたのに、無防備なその姿にバージルの嗜虐心が煽られて、血が伝うその指をこのみの口に突っ込んだ。
「あっ……!?ぅぐっ……」
驚いて身を引こうとするこのみの頭を押さえて、バージルは自らの指をこのみの舌に絡ませる。
生温かなこのみの口内に指を入れていると、どこか背徳的に感じられて、気分が良かった。
羞恥に頬を染めて涙目になるこのみを見て、バージルはようやく満足してこのみを解放した。
このみは息を荒げながら口元を押さえる。
「……バ、バージルさん、ひょっとしてわたしをからかって楽しんでます?」
「さあな」
「もっと、普通に分けてくださると、嬉しいんですが……?」
「血が流れ落ちそうだったので、指ごと含ませただけだが」
「……それは、ご親切にどうもありがとうございます」
礼を言いながらも、このみは明らかにバージルのいない明後日の方角を向いている。
「礼を言う時は人の顔を見て言えと教わらなかったのか?」
「……バージルさんの顔がどこにあるのか分かりません」
このみがむくれて唇を尖らせながらそう言うと、バージルはこのみの顎を持ち上げて、自分の方へ上向かせた。
「ここだ」
「すごく、近いような!?」
バージルの声がすぐ目の前ですることに気づいたのか、このみは赤くなって慌てる。
「礼は?」
「あ、ありがとうございましたっ!!」
早口で礼を述べたこのみは、バージルから飛び退くように距離をとる。
それを見たバージルは、そっと喉の奥で笑った。
『バージルさんとダンテ、性格似てないと思ってたけどやっぱり双子だった……からかい方の方向性が一緒だ……』
日本語で、このみは何やらブツブツと文句のようなものを言っているようだった。
あいにくと、内容までは分からなかった。
* * *
崩れかけの廃墟に無造作に転がっていた煉瓦を組んで、簡易なかまどを作る。
このみが持っていたマッチで火をおこし、水を張った飯盒を火にかけた。
布の余りはもうなかったので、バージルの止血のために使っていたものを洗って、飯盒で煮沸する。
それを取り出して、ある程度冷ましてから絞り、バージルはこのみに渡した。
このみはそれを顔に当てて、気持ちよさそうに息をつく。
「後ろを向いててやるからさっさと体を拭け」
「す、すみません」
別にじっと眺めていようと、このみには分からないだろうが、バージルは律儀に後ろを向いた。
背後で衣擦れの音がして、このみが体を拭く気配がする。
もしここにダンテがいたとしたら、絶対に面白がってこのみを無遠慮に眺めていただろうなと思って、バージルは自分の想像に不快な気分になる。
「………………」
何となく、背後が気になる。
いや決して振り返るつもりはないが、気になるものは気になる。
バージルは煩悩を振り払うかのように、自分用に布を湯に浸した。
飯盒の中で湯がぐらぐらと煮えるのを無心で眺めていたその時、悪魔の臭気がふっと漂ってきた。
バージルは即座に火に灰をかけて消し、このみの体を抱え、廃屋の隅へと飛び退る。
結界は張っているが、無用な戦闘は避けたい。
このみもその臭気に気が付いたのか、突然のバージルの行動にも声を上げなかった。
2人で息を殺し、悪魔が通り過ぎるのを待つ。
悪魔はバージル達に気がつかなかったようだ。
遠ざかって行く気配に、腕の中にいるこのみが詰めていた息をほっと吐き出す。
そして、今自分がどんな状況に置かれているのか気が付いて、再び凍りついたように身を硬くした。
バージルは言い訳するように言う。
「……言っておくが、これは、不可抗力だ」
「分かってます、けど……恥ずかしいものは、恥ずかしいんです……!」
辛うじて正面はコートで隠しているが、背後は実に無防備だった。
けれどそこにあったのは、柔らかな女の肌ではなかった。
このみのうなじから下は、バージルが魔人化した時のような硬い鱗に覆われている。
人間の肌が残っているのは、手首から先と頭部のみだった。
足が悪魔化していることは知っていたが、ここまでとは。
「その体は……半魔とは言え、ダンテの血液を摂取した影響か?」
「……バージルさん、しっかり見てるじゃないですか……。あんまり、見られたくなかったんですが」
「あ、いや」
墓穴を掘ったバージルが、らしくなく無意味な言葉を呟くと、このみはため息をついた。
「影がないせいで、魔力の影響が強く出るらしいです」
このみは静かにそう言って、コートを羽織った。
バージルとこのみは、黙ってかまどの元へ戻った。
今度はバージルが己の体を布で拭きながら、先程のこのみの後ろ姿を思い出していた。
──あの鱗がこのみの全身を覆った時、彼女は一体どうなるのだろう。
彼女は、彼女のままでいられるのだろうか。
その日、バージルとこのみは身を寄せ合って眠った。
このみはひどく疲れていたようで、バージルの腕の中で気絶するように眠ってしまった。
* * *
このみの手持ちの水が尽きたのは、次の日のことだった。
人間界への道は未だ見つからない。
バージルはこのみをこれ以上歩かせるのは不可能と判断して、彼女の体を抱えて歩いた。
せめて水の代わりにと、バージルはこのみに己の血液を分け与える。
このみは何度も謝罪を繰り返していたが、生きるためにはこうするしかなかった。
さらに翌日、このみはしきりに頭痛と眠気を訴えた。
脱水症状の典型的な兆候だ。
絶飲して人間が耐えられるのは3日程度だと言う。
半分悪魔化していることと、バージルの血液があるのでもう少し持つだろうが、極限状態に変わりはなかった。
魔界に入って6日目……水がなくなって3日目になると、このみの意識は朦朧としてバージルの問いに答えられないことが増え、抱えるその体も水分が抜けて明らかに軽くなった。
これ以上耐えるのは限界だった。
「……このみ、もうお前の体がもたない。水を飲め」
「…………」
バージルの手の中に、川から汲んできた水がある。
これを飲めばこのみは助かるが、きっと人界には戻れなくなってしまう。
「生きて……生きてさえ、いれば、もう一度……ダンテに……会えるかも、しれない……」
このみは呟くように言う。
こんな時にまで出てくるのは弟の名前なのだと思うと、ひどく落胆した。
「……けど、もう少しだけ……待って、もらえませんか。わたしは、やっぱり……あの人がいる、あの世界が……」
語尾は徐々に尻すぼみになって、最後の方は聞き取れなかった。
唇はカラカラに乾いていて、ひび割れているのが痛々しかった。
バージルは黙って腕の中のこのみを見下ろして、再び歩きだした。
しばらく歩いていると、バージルは見覚えのある場所へ辿り着いた。
以前、柿のような果実を採った林の近くだ。
その道の先に何か赤黒いものがあることに気がついた。
木の枝かと思ったそれは、人間の腕の一部だった。
腐敗しかけで、まだ肉が残っている。
ということは、ひょっとしてこの近くに人間界へ続く歪みがあるのかもしれないと思って、バージルは足を早めた。
道行く先を示すかのように、点々と悪魔の血の結晶が落ちていて、それは岩肌にぽっかりと大きく口を開けた洞窟へ繋がっていた。
バージルはそれを追って洞窟に足を踏み入れる。
巨大な魚のような悪魔を仕留め損ねたのは、この近くだ。
もしかして、この先がその悪魔の住処なのかもしれない。
人間を襲ったのも、あの悪魔だろうか。
薄暗い洞窟内は広く、あの巨大な悪魔も通り抜けられそうで、道は更に奥まで続いていた。
そこは潮の臭いで満ちていて、空気はひんやりとしている。
落ちている悪魔の血の結晶が、照明代わりにぼんやりと足元で光っていた。
奥に進むにつれて緩やかな勾配になっているようで、バージルはこのみを抱えて道を下っていく。
ふいに、波の音がバージルの耳に届いた。
洞窟の最奥は広く、歪な半球状の空間になっていて、外に開けていた。
そこは海蝕洞と呼ばれる、波に削られることによって作られる洞窟だった。
洞窟の出口の先には水平線が見える。
海だ。
波が寄せるそこに、バージルがとどめを刺さなかったあの悪魔が横たわっていた。
体を横たわらせて陸地に預け、バージルから受けた傷の回復に努めているようだった。
まだこちらに気が付いていない。
バージルはこのみをその場に下ろし、閻魔刀を抜刀する構えをとった。
今度は幻影剣でとどめを刺そうとは思わなかった。
一瞬で方をつけるため、バージルは己の中の悪魔の力を解放し、その身に青黒いオーラを纏う。
それに気づいた悪魔が、身を翻して海に逃げ込もうとするよりも速く、バージルは常人の目には決して視認できない速度で閻魔刀を振り抜いた。
絶大な魔力で生み出されたバージルの分身が、幾重もの太刀筋で、一瞬にして悪魔の身を切り裂く。
まるで青白い閃光が走ったかのようだった。
閻魔刀に入った亀裂が更に増えるのを、どこか遠くの自分が眺めている。
バージルが納刀するのと、悪魔の身が弾けるのは同時だった。
切り裂いたその腹から、中型の大きさの船がそのまま飛び出てきて、浅い水辺に落下する。
地響きを上げて現れた船に、バージルは驚きで目を見開いた。
漁船が悪魔に丸呑みされたのだろう。
帆柱や船首は所々壊れているが、船体はほぼ無事に残っていた。
絶命した悪魔は船をその場に残し、その身を赤い鉱石に変えて消え去った。
バージルはまず波が寄せる水辺へ近づいた。
「これは……」
屈んで手に海水を掬う。
それは魔界の水ではなく、人間界の海水だった。
ここは魔界と人間界の境目が曖昧になっているようで、漂う空気に魔界の瘴気が混じってはいるが、今まで歩いてきた魔界のどこよりも薄い。
バージルはようやく目的の場所を見つけ出せたことに安堵する。
そして、寝かせているこのみを振り返った。
これでようやくこのみに水を飲ませてやることができる。
海水をそのまま飲用することはできない。
過剰な塩分のせいで、逆に余計に水分が必要となるからだ。
けれど、海水を蒸留すればその心配も必要ない。
それに、悪魔の腹から出てきた漁船がある。
見た目は中型相当の、それなりに設備を備えた船に見えるその中には、水や食料もあるかもしれない。
バージルはこのみを再び抱え直し、船の甲板へ上がった。
甲板は悪魔の胃の内容物で汚れ、ぬるついていたが、船室に続く扉はしっかりと閉められており、中は無事だった。
そして船室の中枢で、海水で飲料水を精製するための造水機を発見した。
電力は落ちているが、バージルの魔力で十分動かすことができる。
「……このみ、お前……相当悪運が強いようだな」
造水機を作動させたバージルは、気を失っているこのみを見下ろして、口の端に笑みを浮かべて言った。
* * *
このみは、柔らかな何かに包まれていた。
ふわふわとしたそれは温かく、心地よい。
どこからか潮騒の音が遠く聴こえてきて、このみはネロと歩いたフォルトゥナの漁港を思い出した。
ぬくもりが、唇に触れた。
そこから甘いような、しょっぱいような液体が注ぎ込まれて、このみはそれを飲み下す。
渇いた喉に、身体に、染み入るような味だった。
柔らかい感触が唇から離れるのと同時に、このみはうっすらと目を開けた。
相変わらず目の前は真っ暗で、何も映すことはない。
すぐ側で、誰かが息を詰めるような気配がした。
「……バージルさん……?」
「……目が覚めたか」
その声音は、今まで聞いたバージルのどの声よりも優しい。
今、このみの目が見えたなら、一体彼はどんな表情をしているのか見てみたかった。
「……点滴があれば良かったが、生憎そこまで器具が揃っていなかった。あとは自分で飲め」
バージルはこのみの上体を起こすと、その手にコップを握らせた。
「……経口補水液だ」
「え?え?あの……」
自分の状況がさっぱり理解できなくて、このみは困惑する。
コップを持っていない方の空いた片手で辺りを触ると、自分はどうやら布団の上に寝かされていたようだった。
まさか魔界に布団があるなんて思えなくて、このみは首を傾げつつ、手の中にあるコップの中身を口にした。
経口補水液とは、水に食塩とブドウ糖を一定の割合で混ぜたもののことを言う。
健常時では決して美味しいとは思えないその味だが、今のこのみにとっては甘露のようなものだ。
けれど、このみの鞄には塩も砂糖もなかったのに、バージルは一体どうやってこれを作ったというのか。
「わたし、人間界に……帰ってこれたんですか?」
「……残念ながら、ここはまだ魔界だ。巨大な悪魔が、その腹に人間の漁船を飲み込んでいた。ここはその船の中だ」
「船……?」
「10人程度乗れる、中型の遠洋漁船だな。寝泊まりできる設備と、厨房があった。
冷蔵庫や冷凍庫の中身は駄目になっていたが、調味料や缶詰、レトルトなどの保存食も積んである。10人分が一週間だ。何より、水が作れる」
バージルの言葉を受けて、このみは飲み干した手の中のコップをぎゅっと握った。
「わたし……助かったんですか……?」
「何をもって助かったというのかは分からんが……ひとまず、当面食料の心配をしなくてもいいことは確かだな」
「……そうなんですか」
ほっと息をついたこのみの膝に、何か重いものが乗っかった。
触れると温かく、ボール大のそれはまるで人の頭のようだった。
というか、バージルの頭そのものだった。
「バ、バージルさん?」
「……さすがに疲れた」
呟くようにバージルがそう言うやいなや、驚くべき早さで寝息が聞こえてくる。
このみの膝を枕に、バージルは意識を失うようにして眠ってしまった。
このみは空になったコップを布団の上へ転がして、バージルの頭をそっと撫でる。
身体中の水分が不足して、もう動けない状態だったはずのこのみがここまで回復しているということは、彼はずっとつきっきりでこのみに水分を与えてくれていたのだろう。
それに、この数日間一緒に寝ている時でさえ、彼は恐らく半覚醒状態で、目を閉じて休んでいただけに違いなかった。
「バージルさん……ほんとに、本当に、ありがとうございます」
泥のように眠るバージルに向かって、このみは心の底から礼を言う。
──今はただ、何ものにもバージルの睡眠が邪魔されませんように。
彼の目が覚めたら、改めてもう一度礼を言おう。
このみはバージルの頭を撫でながら、そう心に決めた。
***あとがき***
意識のない人に経口で水を与えて大丈夫なのか、という野暮なツッコミはなしでお願いします!(笑)
ラブはファンタジーなのでオールオッケーなのです!
こう、寝る時でも常に気を張っていた人が、自分の前で無防備になるのって萌えませんか!
私は萌えます!!