3.プルプルふるえるプリン
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* * *
「絶対ダメだ!」
レディの頼みをダンテは一蹴した。
「どうしても彼女の力が必要なのよ!」
「んな危険なことさせられるか」
断固拒否の構えを崩そうとしないダンテにレディは拝み倒す。
肝心のこのみ自身は、完全に蚊帳の外だ。
レディの相談とは、次のようなものだった。
デビルハンターであるレディは、昼間このみと出会ったあの時、依頼人の家へ向かう途中だったらしい。
このみと別れた後、依頼人の元へ向かったレディは、まずその家を見て仰天した。
豪奢な作りのその家の、ありとあらゆるところに小さな悪魔が蠢いていたからだ。
いくらデビルハンターとして優秀なレディであっても、
それら小さな悪魔を広い屋敷から全て見つけ出すのは困難で、お手上げ状態で帰ってきたのだそうだ。
そこで、昼間このみが小人サイズの悪魔に感づいたことを思い出したらしい。
「お願い!このみちゃんなら、悪魔を見つけ出せると思うの!」
「いくら頼まれても絶対に駄目だ。そんな悪魔だらけの場所には行かせられない」
「報酬はちゃんと山分けするから……!」
「金の問題じゃない。このみに何かあったらどうするんだ」
いくら経っても交わらない平行線に、業を煮やしたのは口を挟めずにいたこのみだった。
「ダンテ。わたしが役に立てるなら、手伝ってみたい」
このみがそう言うと、バッとこちらを振り向いたダンテが、まじまじとこのみを見た後呆れたような顔をした。
「…………このみならそう言う気がしてたんだよな」
「お願い……」
こんな自分でも、人の役に立つことができるかもしれない。
そう思うと、このみはいてもたってもいられなかったのだ。
渋るダンテに向かって、このみは言う。
「とりあえず、ダンテもそのお家に行ってみようよ。そんなに小さな悪魔ならわたしでも見つけられないかもしれないし。
危険かどうかは、ダンテが判断して。それならいいでしょ?」
この上なく真っ当な意見に、ダンテは反論の余地がないようだった。
レディはこのみの言葉に顔を輝かせる。
「ありがとうこのみちゃん!」
「まだそうと決まったわけじゃないからな」
「本当に助かるわ!」
水を差すダンテの言葉を聞き流して、レディはニコニコとこのみの手を取った。
「困っている人がいるんだもの。放ってはおけないよね」
レディの手を握り返すこのみを見てなんとも言えない溜め息をついたダンテは、小さな不安を覚えていた。
* * *
翌日、3人はそびえる豪華な屋敷を前にしていた。
屋敷を見つめるこのみの肌は、粟立っていた。
このみの隣に立つダンテは同じように屋敷を見上げ、呟く。
「うわぁ……こりゃ魑魅魍魎の巣窟だな。このみ、気分はどうだ?」
「蜘蛛の子どもとか、岩に張り付いてるフジツボとか、ひまわりの種を見ているようだよ……」
「……つまり小さいのがビッシリってことね」
屋敷を訪れるのは2度目のレディも、気味悪さを隠しきれないようだ。
「けど、中にいるのは小物ばっかりってカンジだな」
「じゃあ危険はなさそうってこと?」
このみが尋ねると、ダンテは眉を寄せる。
「それはまだ、調べてから」
「とりあえず中に入りましょう」
レディの言葉に頷いたダンテとこのみは、屋敷に向けて足を踏み出した。
執事に案内されて、このみ達は客間へ通された。
執事という役職の人を初めて見たこのみは、悪魔だらけの屋敷で不謹慎だと思いながらも、内心でこっそり興奮する。
通された客間では香が焚かれており、不思議とこの部屋には悪魔の気配がなかった。
このみの隣に座ったダンテは、先ほどから不快そうにむっつりとしている。
「魔除けのお香を焚いているのよ」
レディに耳打ちされて、このみは「ああ」と納得した。
それからダンテの方に心配そうな視線を向ける。
聖水も嫌がっていた彼なのだ、ここにいるのは辛くないだろうか。
「ダンテ……大丈夫?」
「……我慢できないほどじゃない」
ぼそりとそう返したダンテはそれ以上言葉を紡ぐことなく俯いた。
しばらく客間で待つこと数分、この屋敷の主人がデザート皿を盆に乗せて現れた。
このみとダンテは、その現れた人物を見て度肝を抜かれる。
「もしかして……ショコラティエのステファンさん!?」
「私のことをご存知でしたか。いかにも、私がステファンです」
笑いながら、ステファンはデザート皿を机の上に並べた。
皿の上に乗っている柔らかそうなプリンに、このみは目が釘付けになる。
この間このみが手に入れた限定生チョコを考案したのが、何を隠そう目の前のその人だ。
メディアに引っ張りだこにされている彼は、下手な芸能人よりも有名かもしれない。
「プリンなど作ってみたんですが、よろしければどうぞ」
ショコラティエとして活躍する前は、三ツ星ホテルのパティシエだったというステファン。
そんな彼が作ったプリンが目の前にある。
ごくり、と生唾を飲んだのは誰だったのか。
ステファンに勧められて、このみはスプーンを手に取り、プリンにその先を入れる。
プルプルと震えながらすくい取られたそのプリンには、カラメルがかけられていた。
それを口に運ぶと、濃厚な卵の味が広がり、カラメル独特の甘苦い味が舌に転がる。
「おいしいです……!」
実に幸せそうな顔でこのみが感想を漏らすと、それまでこのみを不審げな顔付きで眺めていたステファンがやや壮行を崩した。
3人して喉ごしの良いプリンをすくいながら、ステファンの話を聞く。
「それで……昨日の話だと、悪魔が小さ過ぎるせいで、全てを見付けるのは困難なんですよね?」
既に顔を合わせているレディに向かって、ステファンはそう言った。
「ええ。それで仲間に協力を仰ぎました」
「はあ。しかし男性の方はともかくとして……」
そう言いながらステファンはこのみを見据える。
じっと眺められて、このみは思わず身を小さくした。
「……確かに、不思議な雰囲気を持った方ではありますが」
ステファンは妙なものでも見たかのように首を傾げる。
このみを見て多くの人が最初に取る態度と同じだ。
「彼女、悪魔の居場所を感知できるんです。
彼女ならこの屋敷の悪魔を全て見つけることができるかもしれません」
「そうなんですか……」
彼はひとしきりこのみに視線を向けた後、正面を向いた。
「……それでは、お二人に向かって改めてご説明致します。
この屋敷が悪魔の巣窟となっていることはもうお分かりですよね?」
ダンテとこのみは頷く。
「実は悪魔が出始めてもう10年ほど経つのです。
初めこそ殆ど害がなかったので放置していたのですが、最近では数が増えて手に負えなくなってきて……」
その時、廊下から壷か何かが割れるような激しい物音がして、このみは肩を揺らした。
ステファンは困ったように眉を寄せる。
「……あのようにポルターガイスト化しているのです」
片付けるためだろう、横に控えていた執事が部屋を出て行く。
うんざりとした顔つきに見えたのは、気のせいではないだろう。
「これまで何度も悪魔祓いを行ってきたのですが、根絶することは不可能だったようで……。
私自身仕事が忙しくて殆ど家にいないため、あまり気にしていないということもありますが、
今では使っている部屋に魔除けの香を焚いて何とか住んでいるのです」
正直に言って、よくもまあこんなお化け屋敷に住めたものだ、とこのみは思う。
ダンテの事務所も薄気味悪いオブジェや武器の数々が飾られているが、それでもこの屋敷よりずっとましだ。
その時ドアを挟んだ廊下から軽い足音が聞こえて、三人はそちらへ視線を向ける。
このみの心臓はドキドキしない……どうやら足音の主は人間のようだ。
「パパー!」
客間のドアが開いて、ひとりの男の子が飛び込んできた。
歳は10歳もしないだろうが、何というか、ものすごくふくよかだ。
「チャールズ!」
ステファンに名前を呼ばれた男の子は、父親の胸元へ飛び込む。
懐に丸い物体が飛び込んできてむせたステファンは、苦笑いを浮かべた。
息子の背中を撫でる父親の手付きはどこかぎこちない。
「パパ!今日はずっとお家にいるんだよね?」
「チャールズ。お客様がいらしてるんだ、静かにしなさい。お父さんはまたすぐ出掛けなければならないんだ」
「ええっ、だってお家で一緒に晩ごはんを食べたの、1ヶ月も前だよ!嫌だ、今日は一緒に食べようよ!」
「聞き分けなさい、チャールズ。もう16だろう」
16、という数字を聞いて、このみ達客人の目が見開かれる。
「さあ、お前は部屋で遊んでいなさい」
その間にステファンは息子に自室へ戻るよう促していた。
チャールズが部屋を渋々出て行くと、ステファンは溜め息をつきながらこのみ達に向き直った。
「……驚いたでしょう。息子のチャールズです。ああ見えて16歳なんですよ。
母親を早くに亡くして、私もあまり構ってやれないせいでしょうか……人より成長が遅くて」
童顔とか、子供っぽいとかいう比ではない。
このみもこの世界だと童顔童顔と言われているが、チャールズは精神も肉体も、16というにはあまりにも幼過ぎであった。
「……こう言っちゃなんだが悪魔の仕業なんじゃないのか?」
ダンテが尋ねると、ステファンは何とも曖昧な相槌を打つ。
「ええ……私もそう思って、今まで何度も悪魔祓いをしてもらったんです。けれどそれでも効果はなくて……。
普通の病院に連れて行ってもみたんですが、原因は不明なままなのです」
悪魔が跳梁跋扈する屋敷と、幼すぎる少年。
なんでもかんでも悪魔のせいにしてしまうのは良くないとは思いつつも、このみもこの二つは何か関連付けて考えてしまう。
けれど、もしチャールズが悪魔に取り憑かれでもしていれば、自分やダンテが気付くと思うけれど……。
「……とりあえず屋敷を見て回ってもいいか。無茶な要求飲んでリスクを負いたくはないんでね」
「勿論です。私もこれで駄目なら新しい家を買おうと思っていましたから」
こんな大きな屋敷を手放して新しく家を買うと言うのだから、さすが人気ショコラティエといったところだ。
ダンテはステファンの言葉を聞いて皮肉っぽい笑みを浮かべると、ソファーから立ち上がった。
このみとレディもまた、彼に従って立ち上がる。
客間から廊下へ出ると、ダンテは香から解放されてやっと深呼吸した。
辺りを見渡しながら、三人は廊下を進む。
「……悪魔だらけの家に10年も住み続けることができてんだ。人に危害を加えるようなのは殆どいないな」
「これならわたしがいても大丈夫?」
ダンテに尋ねると、彼は渋々頷いた。
「じゃあ、このみちゃんは私と一緒に来て。ダンテは1人でも悪魔を見つけられるでしょ?」
既にこのみが指摘するまでもなく、ダンテは何匹か悪魔をしとめている。
「手分けしないと、いつまで経っても終わらないわよ」
「どっちにしろ今日中には終わらなさそうだけどな」
やれやれといった具合にダンテは肩をすくめた。
「どうせなら大物が一匹いてくれる方が良かったぜ。俺はネズミ駆除しにきたんじゃねーんだぞ」
「文句なら後!ダンテはそっちの部屋からお願いね」
レディの言葉に生返事を返したダンテは、隣の部屋へ向かって行った。
「さあ、私達も始めましょうか」
「うん。あ、そこ。花瓶の裏にいるよ」
このみが指を指すと、レディは早速花瓶の裏を確認する。
何だか黒いもやもやしたものを引っ張り出したかと思うと、それを床に放り出して踏みつけた。
足を上げたその部分はうっすらと黒いすすが付いているのみで、悪魔は跡形もない。
「銃を使わないで済むのは経費的にありがたいけど、地味な作業ね」
「レディさんはこういうの苦手?」
「ちまちました作業は性に合わないのよ」
ダンテとの共通点を見つけたような気がして、このみは思わず苦笑する。
「……この調子で頑張ろうね」
「ええ」
「絶対ダメだ!」
レディの頼みをダンテは一蹴した。
「どうしても彼女の力が必要なのよ!」
「んな危険なことさせられるか」
断固拒否の構えを崩そうとしないダンテにレディは拝み倒す。
肝心のこのみ自身は、完全に蚊帳の外だ。
レディの相談とは、次のようなものだった。
デビルハンターであるレディは、昼間このみと出会ったあの時、依頼人の家へ向かう途中だったらしい。
このみと別れた後、依頼人の元へ向かったレディは、まずその家を見て仰天した。
豪奢な作りのその家の、ありとあらゆるところに小さな悪魔が蠢いていたからだ。
いくらデビルハンターとして優秀なレディであっても、
それら小さな悪魔を広い屋敷から全て見つけ出すのは困難で、お手上げ状態で帰ってきたのだそうだ。
そこで、昼間このみが小人サイズの悪魔に感づいたことを思い出したらしい。
「お願い!このみちゃんなら、悪魔を見つけ出せると思うの!」
「いくら頼まれても絶対に駄目だ。そんな悪魔だらけの場所には行かせられない」
「報酬はちゃんと山分けするから……!」
「金の問題じゃない。このみに何かあったらどうするんだ」
いくら経っても交わらない平行線に、業を煮やしたのは口を挟めずにいたこのみだった。
「ダンテ。わたしが役に立てるなら、手伝ってみたい」
このみがそう言うと、バッとこちらを振り向いたダンテが、まじまじとこのみを見た後呆れたような顔をした。
「…………このみならそう言う気がしてたんだよな」
「お願い……」
こんな自分でも、人の役に立つことができるかもしれない。
そう思うと、このみはいてもたってもいられなかったのだ。
渋るダンテに向かって、このみは言う。
「とりあえず、ダンテもそのお家に行ってみようよ。そんなに小さな悪魔ならわたしでも見つけられないかもしれないし。
危険かどうかは、ダンテが判断して。それならいいでしょ?」
この上なく真っ当な意見に、ダンテは反論の余地がないようだった。
レディはこのみの言葉に顔を輝かせる。
「ありがとうこのみちゃん!」
「まだそうと決まったわけじゃないからな」
「本当に助かるわ!」
水を差すダンテの言葉を聞き流して、レディはニコニコとこのみの手を取った。
「困っている人がいるんだもの。放ってはおけないよね」
レディの手を握り返すこのみを見てなんとも言えない溜め息をついたダンテは、小さな不安を覚えていた。
* * *
翌日、3人はそびえる豪華な屋敷を前にしていた。
屋敷を見つめるこのみの肌は、粟立っていた。
このみの隣に立つダンテは同じように屋敷を見上げ、呟く。
「うわぁ……こりゃ魑魅魍魎の巣窟だな。このみ、気分はどうだ?」
「蜘蛛の子どもとか、岩に張り付いてるフジツボとか、ひまわりの種を見ているようだよ……」
「……つまり小さいのがビッシリってことね」
屋敷を訪れるのは2度目のレディも、気味悪さを隠しきれないようだ。
「けど、中にいるのは小物ばっかりってカンジだな」
「じゃあ危険はなさそうってこと?」
このみが尋ねると、ダンテは眉を寄せる。
「それはまだ、調べてから」
「とりあえず中に入りましょう」
レディの言葉に頷いたダンテとこのみは、屋敷に向けて足を踏み出した。
執事に案内されて、このみ達は客間へ通された。
執事という役職の人を初めて見たこのみは、悪魔だらけの屋敷で不謹慎だと思いながらも、内心でこっそり興奮する。
通された客間では香が焚かれており、不思議とこの部屋には悪魔の気配がなかった。
このみの隣に座ったダンテは、先ほどから不快そうにむっつりとしている。
「魔除けのお香を焚いているのよ」
レディに耳打ちされて、このみは「ああ」と納得した。
それからダンテの方に心配そうな視線を向ける。
聖水も嫌がっていた彼なのだ、ここにいるのは辛くないだろうか。
「ダンテ……大丈夫?」
「……我慢できないほどじゃない」
ぼそりとそう返したダンテはそれ以上言葉を紡ぐことなく俯いた。
しばらく客間で待つこと数分、この屋敷の主人がデザート皿を盆に乗せて現れた。
このみとダンテは、その現れた人物を見て度肝を抜かれる。
「もしかして……ショコラティエのステファンさん!?」
「私のことをご存知でしたか。いかにも、私がステファンです」
笑いながら、ステファンはデザート皿を机の上に並べた。
皿の上に乗っている柔らかそうなプリンに、このみは目が釘付けになる。
この間このみが手に入れた限定生チョコを考案したのが、何を隠そう目の前のその人だ。
メディアに引っ張りだこにされている彼は、下手な芸能人よりも有名かもしれない。
「プリンなど作ってみたんですが、よろしければどうぞ」
ショコラティエとして活躍する前は、三ツ星ホテルのパティシエだったというステファン。
そんな彼が作ったプリンが目の前にある。
ごくり、と生唾を飲んだのは誰だったのか。
ステファンに勧められて、このみはスプーンを手に取り、プリンにその先を入れる。
プルプルと震えながらすくい取られたそのプリンには、カラメルがかけられていた。
それを口に運ぶと、濃厚な卵の味が広がり、カラメル独特の甘苦い味が舌に転がる。
「おいしいです……!」
実に幸せそうな顔でこのみが感想を漏らすと、それまでこのみを不審げな顔付きで眺めていたステファンがやや壮行を崩した。
3人して喉ごしの良いプリンをすくいながら、ステファンの話を聞く。
「それで……昨日の話だと、悪魔が小さ過ぎるせいで、全てを見付けるのは困難なんですよね?」
既に顔を合わせているレディに向かって、ステファンはそう言った。
「ええ。それで仲間に協力を仰ぎました」
「はあ。しかし男性の方はともかくとして……」
そう言いながらステファンはこのみを見据える。
じっと眺められて、このみは思わず身を小さくした。
「……確かに、不思議な雰囲気を持った方ではありますが」
ステファンは妙なものでも見たかのように首を傾げる。
このみを見て多くの人が最初に取る態度と同じだ。
「彼女、悪魔の居場所を感知できるんです。
彼女ならこの屋敷の悪魔を全て見つけることができるかもしれません」
「そうなんですか……」
彼はひとしきりこのみに視線を向けた後、正面を向いた。
「……それでは、お二人に向かって改めてご説明致します。
この屋敷が悪魔の巣窟となっていることはもうお分かりですよね?」
ダンテとこのみは頷く。
「実は悪魔が出始めてもう10年ほど経つのです。
初めこそ殆ど害がなかったので放置していたのですが、最近では数が増えて手に負えなくなってきて……」
その時、廊下から壷か何かが割れるような激しい物音がして、このみは肩を揺らした。
ステファンは困ったように眉を寄せる。
「……あのようにポルターガイスト化しているのです」
片付けるためだろう、横に控えていた執事が部屋を出て行く。
うんざりとした顔つきに見えたのは、気のせいではないだろう。
「これまで何度も悪魔祓いを行ってきたのですが、根絶することは不可能だったようで……。
私自身仕事が忙しくて殆ど家にいないため、あまり気にしていないということもありますが、
今では使っている部屋に魔除けの香を焚いて何とか住んでいるのです」
正直に言って、よくもまあこんなお化け屋敷に住めたものだ、とこのみは思う。
ダンテの事務所も薄気味悪いオブジェや武器の数々が飾られているが、それでもこの屋敷よりずっとましだ。
その時ドアを挟んだ廊下から軽い足音が聞こえて、三人はそちらへ視線を向ける。
このみの心臓はドキドキしない……どうやら足音の主は人間のようだ。
「パパー!」
客間のドアが開いて、ひとりの男の子が飛び込んできた。
歳は10歳もしないだろうが、何というか、ものすごくふくよかだ。
「チャールズ!」
ステファンに名前を呼ばれた男の子は、父親の胸元へ飛び込む。
懐に丸い物体が飛び込んできてむせたステファンは、苦笑いを浮かべた。
息子の背中を撫でる父親の手付きはどこかぎこちない。
「パパ!今日はずっとお家にいるんだよね?」
「チャールズ。お客様がいらしてるんだ、静かにしなさい。お父さんはまたすぐ出掛けなければならないんだ」
「ええっ、だってお家で一緒に晩ごはんを食べたの、1ヶ月も前だよ!嫌だ、今日は一緒に食べようよ!」
「聞き分けなさい、チャールズ。もう16だろう」
16、という数字を聞いて、このみ達客人の目が見開かれる。
「さあ、お前は部屋で遊んでいなさい」
その間にステファンは息子に自室へ戻るよう促していた。
チャールズが部屋を渋々出て行くと、ステファンは溜め息をつきながらこのみ達に向き直った。
「……驚いたでしょう。息子のチャールズです。ああ見えて16歳なんですよ。
母親を早くに亡くして、私もあまり構ってやれないせいでしょうか……人より成長が遅くて」
童顔とか、子供っぽいとかいう比ではない。
このみもこの世界だと童顔童顔と言われているが、チャールズは精神も肉体も、16というにはあまりにも幼過ぎであった。
「……こう言っちゃなんだが悪魔の仕業なんじゃないのか?」
ダンテが尋ねると、ステファンは何とも曖昧な相槌を打つ。
「ええ……私もそう思って、今まで何度も悪魔祓いをしてもらったんです。けれどそれでも効果はなくて……。
普通の病院に連れて行ってもみたんですが、原因は不明なままなのです」
悪魔が跳梁跋扈する屋敷と、幼すぎる少年。
なんでもかんでも悪魔のせいにしてしまうのは良くないとは思いつつも、このみもこの二つは何か関連付けて考えてしまう。
けれど、もしチャールズが悪魔に取り憑かれでもしていれば、自分やダンテが気付くと思うけれど……。
「……とりあえず屋敷を見て回ってもいいか。無茶な要求飲んでリスクを負いたくはないんでね」
「勿論です。私もこれで駄目なら新しい家を買おうと思っていましたから」
こんな大きな屋敷を手放して新しく家を買うと言うのだから、さすが人気ショコラティエといったところだ。
ダンテはステファンの言葉を聞いて皮肉っぽい笑みを浮かべると、ソファーから立ち上がった。
このみとレディもまた、彼に従って立ち上がる。
客間から廊下へ出ると、ダンテは香から解放されてやっと深呼吸した。
辺りを見渡しながら、三人は廊下を進む。
「……悪魔だらけの家に10年も住み続けることができてんだ。人に危害を加えるようなのは殆どいないな」
「これならわたしがいても大丈夫?」
ダンテに尋ねると、彼は渋々頷いた。
「じゃあ、このみちゃんは私と一緒に来て。ダンテは1人でも悪魔を見つけられるでしょ?」
既にこのみが指摘するまでもなく、ダンテは何匹か悪魔をしとめている。
「手分けしないと、いつまで経っても終わらないわよ」
「どっちにしろ今日中には終わらなさそうだけどな」
やれやれといった具合にダンテは肩をすくめた。
「どうせなら大物が一匹いてくれる方が良かったぜ。俺はネズミ駆除しにきたんじゃねーんだぞ」
「文句なら後!ダンテはそっちの部屋からお願いね」
レディの言葉に生返事を返したダンテは、隣の部屋へ向かって行った。
「さあ、私達も始めましょうか」
「うん。あ、そこ。花瓶の裏にいるよ」
このみが指を指すと、レディは早速花瓶の裏を確認する。
何だか黒いもやもやしたものを引っ張り出したかと思うと、それを床に放り出して踏みつけた。
足を上げたその部分はうっすらと黒いすすが付いているのみで、悪魔は跡形もない。
「銃を使わないで済むのは経費的にありがたいけど、地味な作業ね」
「レディさんはこういうの苦手?」
「ちまちました作業は性に合わないのよ」
ダンテとの共通点を見つけたような気がして、このみは思わず苦笑する。
「……この調子で頑張ろうね」
「ええ」