Lesson
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* * *
夕飯を終えたこのみは、自室の机に向かってノートを広げていた。
1日が終わるまで、あと数時間。
今日1日の出来事を思い返しながら、このみはそれをノートに綴る。
するとその時部屋のドアが叩かれて、このみは慌ててノートを閉じた。
「このみ、お前がなくした単語カード、ソファーの下にあったぞ」
このみの部屋のドアを開けたダンテは、ノートの表紙を押さえて固まるこのみを視界に入れて、首を傾げた。
「……どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ」
このみが硬い笑顔を作ると、不思議そうな顔つきで、ダンテはこのみの部屋に足を踏み入れる。
「ほら」
「ありがとう」
ダンテが差し出した単語カードをこのみは受け取る。
リビングでなくしたと思っていたのだが、見つかって良かった。
カードを手渡したダンテは、机の上にあるノートにじっと視線を注いでいる。
どうやら中身が気になるらしい。
「このみ、そのノート……」
「……ただの日記です」
「へえ」
面白そうな目つきで尚もダンテはノートを見やる。
何が書かれているのか興味深々といった様子だ。
「……見たい?」
「いいのか?」
このみがダンテにノートを差し出すと、ダンテは顔を輝かせながら表紙をめくる。
が、次の瞬間、膨らんだ風船がしぼむようにその表情が萎えた。
「……日本語じゃん」
「だって、日記くらい頭使わずに書きたいんだもの」
それに、ダンテが読んで面白そうなことは書いていない。
今日もジャンは見つからなかっただとか、夕飯がレシピ通りにうまくできただとか、そんな日常を綴っているだけだ。
「俺が分かるのは日付くらいかよ」
「暗号代わりになって、隠す必要なくてすむからいいかも」
ダンテは不満げな顔付きでこのみにノートを返そうとしたが、ふと何を思ったのか、ノートを広げた。
余白を指差してこのみに言う。
「なあこのみ。"ダンテ"って日本語でなんて書く?ここに書いて」
「え?いいけど」
ダンテに言われるまま、このみはダンテが示したスペースに、カタカナで"ダンテ"と書いてやる。
ダンテは再びノートを手に取ると、数ページパラパラとノートをめくった。
そうしてニヤリと笑いながら、ダンテはこのみに言う。
「この日記、俺の名前がめっちゃ出てくるな?」
「……あ!」
やられた。
日本語が分からなくても、こうやって教えてやれば、自分の名前が出てくるかどうかくらい分かるものなのに。
ダンテと暮らしているせいで、自然と彼について言及することが多いのだけれど、それを本人に指摘されると恥ずかしい。
「なーこのみ。俺について何て書いてあるんだ?」
「教えない!もう見ちゃダメ!」
慌ててこのみがダンテからノートを取り上げても、彼は愉快そうに笑うだけだ。
「じゃあさじゃあさ、"伊勢このみ"は何て書く?」
「…………こう」
あまりにダンテが無邪気に尋ねてくるので、このみは毒気を抜かれて彼の要求に応えてやる。
ノートの最後のページに綴った"伊勢このみ"の名前を、ダンテはワクワクした表情で眺めた。
「日本語って不思議だよなあ。カンジなんか無駄に画数多くて超クール。こうやって見るとお前の名前も何かカッコいいよな」
「そ、そうかな……」
生まれも育ちも日本のこのみは、母国語が海外からどのように見られているかなんて分からない。
ダンテにとってこのみの名前は、どんな風に映っているのだろう。
「このみ、ちょっと貸して」
ダンテはこのみの手からペンを借りて、"伊勢このみ"と書かれた下に、このみの字を手本にして名前を書き始める。
「うん?難しいな」
「大きく書いてあげる」
ダンテにも見やすいよう、このみは大きく自分の名前を書いた。
それを見ながら、ダンテは歪な"伊勢このみ"の文字を時間をかけて綴る。
一筆ずつダンテの手によって綴られていく自分の名前を、このみは少しドキドキしながら眺めていた。
彼は自分が書き上げた文字を見て苦笑する。
「……俺、下手だな?」
「うーん、初めて書いたんだし、当然だと思うけど」
バランスもおかしいし、まさに見よう見まねといった"伊勢このみ"の文字。
けれどダンテが書いたその自分の名前が、何だか特別なものに思えて、このみは自然と笑みをこぼした。
「このみのフルネームよりか、まだ"ダンテ"のが簡単だな」
そう言いながら、ダンテは彼が書いた"伊勢このみ"の隣に"ダンテ"と書き記した。
「よくできました!」
「おい、子供扱いすんなよ。俺の方がお兄ちゃんだ」
パチパチと拍手を送るこのみの頭をダンテは軽く小突いた。
決して上手いとは言えない2人分の名前がノートの真ん中に並んでいるのを見て、このみとダンテは顔を見合わせて笑う。
ダンテはこのみとしばらくそうして穏やかに笑っていたが、ふとほんの少し複雑そうな顔をした。
「考えてみれば、俺あんまり日本のこと知らないな。このみは努力して英語だいぶ話せるようになったのに、俺は日本のこと知らないなんて、何か不公平じゃないか?」
「不公平?」
ダンテの発想がよく分からなくて、このみは首を傾げた。
このみは覚える必要があってそうしただけで、ダンテが無理に日本のことを学ぶ必要はないのに。
けれどこうして、このみの国のことを知ろうとしてくれるダンテの気持ちは嬉しい。
「日本といえば──やっぱスシ。それにフジヤマ、ニンジャ!なあ、ニンジャってマジでいるの?」
「伊賀とか甲賀に忍者村ならあるんじゃなかったかなぁ。アミューズメントパークみたいな」
「マジで!すげぇ!ニンジャってこうシュリケン投げたり口から火吹いたり、水の上歩いたり、傘を頭にかぶってたりハラキリしたりするんだろ?」
「……ん?」
何だか、途中から違うものが混じっているような。
それに実際の忍者はもっと地味な感じだとこのみは思うのだけれど。
このみも本物の忍者は見たことないので何とも言えないが。
「……やろうと思えばダンテにもできそうじゃない?」
なんて言ったって、壁を歩いたり、指を鳴らすだけで剣を呼んだりなんかができる人なのだ。
忍者村のスタッフよりもよっぽどダンテの方が忍者らしいと言える。
「分かってねーなあこのみは!俺のは魔力だけどニンジャのそれは違うだろ?ニンジャはロマンなんだよ!」
「…………そう」
何で外国の人って、ここまで忍者に夢を求めるんだろう。
このみが引きつった笑いを浮かべるのをよそに、ダンテは更に日本について語る。
「あとは……あ、少しは俺も日本語話せるぜ。イタダキマス、ゴチソウサマ」
「あはは、わたしがいつも言ってるもんね」
「そうそう。あとオトーサン、オカーサン。父親と母親のことだろ?」
ダンテに尋ねられて、このみはうっ、とうろたえた。
「ダ、ダンテに覚えられるほど、わたし言ってるかな?」
「言ってるよ。お前が日本思い出して泣くときは絶対にこの単語が出てくるぜ」
「……もう」
ダンテに統計を取られていたのかと考えると、何だか恥ずかしい。
「オトーサンが父親で、オカーサンが母親で合ってる?」
「合ってるけど……」
このみの頬は思わず赤く染まる。
確かに両親を思い出して泣くことはよくあるけれど、そんなに"お父さん""お母さん"の名前を出していたのだろうか。
「まだあるぜ。アリガト、ゴメン、スミ……スミ、マセ?それにドーモ。このみがよく使ってる」
日常生活の中でよく使うその言葉。
とっさに口にしようとして、日本語で返してしまうことがよくあった。
「つい、口に出ちゃうの……」
「アリガトは、Thanksのことだよな?ゴメン、スミなんとか、ドーモは?使い分け方が分かんないんだけど」
「"ごめん"と"すみません"は同じような意味で、sorryとかExcuse meとかpleaseのこと。
"どうも"は説明が難しいなあ。"どうもありがとう""どうもすみません"っていう風に使うの。
感謝も謝罪もどっちも表せるというか……」
このみがそう説明すると、ふうん、とダンテは相槌を打った。
「日本語ってありがとうもごめんなさいも一緒に言うのか?変なの」
「こればっかりはお国柄だからね」
ありがとう、と言うべきところで、ごめんと謝ってしまって、このみは何度かダンテに不思議がられたことがある。
こういうところで日本語と英語の違いが表れるのかと面白く思う反面、謝罪ばかりいつも口にするのは情けなくも感じてしまう。
できれば「ごめんなさい」よりも先に、「ありがとう」と返せるようになりたい。
その方が、きっとダンテも喜ぶと思うから。
ダンテはそんなこのみを見下ろしながら、何か面白いことを見つけたかのように目を細めた。
「……なあこのみ。……I love you は日本語でなんて言う?」
「えっ!?」
突然ダンテに尋ねられて、このみは言葉に詰まった。
"I love you"の部分だけ妙に強調されて、頭の中でメリーゴーランドのようにぐるぐると回る。
冷静にならなければ、と思っても顔は勝手に赤くなってしまって、どうしようもない。
「な、なんでそんなこと聞くの!?」
「あー、んー、日本人の女の子を口説く時の参考にしようかと」
しれっとダンテはそんなことを言うが、このみだってダンテの気持ちが誰に向かっているのか薄々分かっている。
このみは動揺を隠しきれずにあわあわと口を動かした。
「お、教えない……」
「何で。俺はこのみに英語教えてるんだから、このみが俺に日本語教えてくれてもいいだろ?」
「使用目的がふじゅんだから、ダメです!」
「不純、な。はい、Repeat after me」
「不純!」
「よろしい。で?教えてくれないの?」
ニコニコと笑うダンテの表情は、どこまでも食い下がるつもりのようだった。
しばらく赤い顔のこのみと笑顔のダンテの睨み合いが続いていたが、このみは観念して、熱を持った顔のまま溜め息をついた。
「えーっと、あ、"愛してる"……かな……」
「アイ……何?」
「"あいしてる"……」
「アイ、シ?」
「"あいしてる"……って、わざとやってるでしょ!」
恥ずかしさに耐えきれなくなって、このみは声を上げた。
ダンテに面と向かって「愛してる」と言い続けるなんて、どんな拷問だ。
「ひでーな、このみ。俺は大真面目にやってるのに」
「だって、顔が笑ってるんだもん……!」
このみがそう指摘すると、ダンテは口を手元で隠し、ごまかすように咳払いした。
「それに、"愛してる"なんてよっぽど親しい人にしか使わないよ。……初対面の女の子にそんなこと言ったら、引かれちゃうよ」
あえて、自分ではない女の子のことを想定して、このみはそう言った。
ダンテが他の日本人の女の子に"愛してる"と囁くところを想像すると、何だか胸の奥がもやもやとするけれど……。
このみは心のうちのもやもやを押さえつけるように、胸に手を置く。
ダンテはこのみの言葉に不満そうに眉を寄せたかと思うと、このみに尋ねた。
「このみ、俺達初対面じゃないよな?」
「え……う、うん……」
「俺達、結構親しいよな?」
「ど、どうかな……?」
既に彼と出会ってから一年以上。
彼と過ごした時間は、この世界の他の誰よりも長い。
一番仲がいいのは誰かと聞かれると、やっぱりそれはダンテになるんだろうか。
ダンテは胸に当てていたこのみの左手を取った。
目を見張るこのみの目の前で、その手はダンテの口元へ運ばれていく。
その手の甲にひとつ触れるだけのキスを落として、ダンテはこのみに視線を合わせた。
「"あいしてる"……」
吐息混じりに囁かれた言葉に心臓が強く脈打って、このみの頬はこれ以上ないほど赤く染まった。
アイスブルーの瞳がじっとこのみを見上げて、何か答えを待つように揺らいでいる。
「…………………………」
けれど、このみは何の答えも紡ぎ出せないまま、そっとダンテから視線を外した。
落胆したような表情を見せるダンテだが、その顔はこのみの瞳に映らない。
「……日本の女の子を口説く時って、こんな感じでいいと思う?」
気を取り直すように、このみをからかうような声色でダンテは尋ねた。
彼と視線が合わせられないまま、このみは言う。
「そんなのしらない……」
顔を背けるこのみの頭を、ダンテは少し硬い笑顔でぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「日本語教えてくれて、"ドーモアリガト"」
「……どういたしまして」
手櫛で乱れた髪を整えるこのみを見て、微かに寂しそうな顔で笑うと、ダンテは机から離れた。
「もーカード失くすなよー」
『………………ごめん』
俯くこのみを見て、ダンテは一瞬目を見開いて……いつもの、軽い口調で言葉を紡ぐ。
「こういう時は、ありがとうだろ」
「……うん……ありがとう」
このみの謝罪は、単語カードを見つけてくれたことに対するものではない。
ダンテもきっと、それは分かっているのだろう。
「じゃあ……おやすみ」
「うん、おやすみ」
ぎこちない空気を忌避するように、ダンテはこのみの部屋を出て行った。
このみは静かに閉じられたドアを見つめて、一言呟く。
『ごめん……………』
***あとがき***
ダンテがヒロインに日本語を教えてもらう話でした。
リクを下さった方、ありがとうございました!!
最後がほんのり切なげな感じになってしまいましたが、こんな感じでよかったでしょうか。
ヒロインの先生になるダンテも、生徒になるダンテもどっちも萌えるなあ!
ダンテはスーツにメガネとかも似合いそうだ。
夕飯を終えたこのみは、自室の机に向かってノートを広げていた。
1日が終わるまで、あと数時間。
今日1日の出来事を思い返しながら、このみはそれをノートに綴る。
するとその時部屋のドアが叩かれて、このみは慌ててノートを閉じた。
「このみ、お前がなくした単語カード、ソファーの下にあったぞ」
このみの部屋のドアを開けたダンテは、ノートの表紙を押さえて固まるこのみを視界に入れて、首を傾げた。
「……どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ」
このみが硬い笑顔を作ると、不思議そうな顔つきで、ダンテはこのみの部屋に足を踏み入れる。
「ほら」
「ありがとう」
ダンテが差し出した単語カードをこのみは受け取る。
リビングでなくしたと思っていたのだが、見つかって良かった。
カードを手渡したダンテは、机の上にあるノートにじっと視線を注いでいる。
どうやら中身が気になるらしい。
「このみ、そのノート……」
「……ただの日記です」
「へえ」
面白そうな目つきで尚もダンテはノートを見やる。
何が書かれているのか興味深々といった様子だ。
「……見たい?」
「いいのか?」
このみがダンテにノートを差し出すと、ダンテは顔を輝かせながら表紙をめくる。
が、次の瞬間、膨らんだ風船がしぼむようにその表情が萎えた。
「……日本語じゃん」
「だって、日記くらい頭使わずに書きたいんだもの」
それに、ダンテが読んで面白そうなことは書いていない。
今日もジャンは見つからなかっただとか、夕飯がレシピ通りにうまくできただとか、そんな日常を綴っているだけだ。
「俺が分かるのは日付くらいかよ」
「暗号代わりになって、隠す必要なくてすむからいいかも」
ダンテは不満げな顔付きでこのみにノートを返そうとしたが、ふと何を思ったのか、ノートを広げた。
余白を指差してこのみに言う。
「なあこのみ。"ダンテ"って日本語でなんて書く?ここに書いて」
「え?いいけど」
ダンテに言われるまま、このみはダンテが示したスペースに、カタカナで"ダンテ"と書いてやる。
ダンテは再びノートを手に取ると、数ページパラパラとノートをめくった。
そうしてニヤリと笑いながら、ダンテはこのみに言う。
「この日記、俺の名前がめっちゃ出てくるな?」
「……あ!」
やられた。
日本語が分からなくても、こうやって教えてやれば、自分の名前が出てくるかどうかくらい分かるものなのに。
ダンテと暮らしているせいで、自然と彼について言及することが多いのだけれど、それを本人に指摘されると恥ずかしい。
「なーこのみ。俺について何て書いてあるんだ?」
「教えない!もう見ちゃダメ!」
慌ててこのみがダンテからノートを取り上げても、彼は愉快そうに笑うだけだ。
「じゃあさじゃあさ、"伊勢このみ"は何て書く?」
「…………こう」
あまりにダンテが無邪気に尋ねてくるので、このみは毒気を抜かれて彼の要求に応えてやる。
ノートの最後のページに綴った"伊勢このみ"の名前を、ダンテはワクワクした表情で眺めた。
「日本語って不思議だよなあ。カンジなんか無駄に画数多くて超クール。こうやって見るとお前の名前も何かカッコいいよな」
「そ、そうかな……」
生まれも育ちも日本のこのみは、母国語が海外からどのように見られているかなんて分からない。
ダンテにとってこのみの名前は、どんな風に映っているのだろう。
「このみ、ちょっと貸して」
ダンテはこのみの手からペンを借りて、"伊勢このみ"と書かれた下に、このみの字を手本にして名前を書き始める。
「うん?難しいな」
「大きく書いてあげる」
ダンテにも見やすいよう、このみは大きく自分の名前を書いた。
それを見ながら、ダンテは歪な"伊勢このみ"の文字を時間をかけて綴る。
一筆ずつダンテの手によって綴られていく自分の名前を、このみは少しドキドキしながら眺めていた。
彼は自分が書き上げた文字を見て苦笑する。
「……俺、下手だな?」
「うーん、初めて書いたんだし、当然だと思うけど」
バランスもおかしいし、まさに見よう見まねといった"伊勢このみ"の文字。
けれどダンテが書いたその自分の名前が、何だか特別なものに思えて、このみは自然と笑みをこぼした。
「このみのフルネームよりか、まだ"ダンテ"のが簡単だな」
そう言いながら、ダンテは彼が書いた"伊勢このみ"の隣に"ダンテ"と書き記した。
「よくできました!」
「おい、子供扱いすんなよ。俺の方がお兄ちゃんだ」
パチパチと拍手を送るこのみの頭をダンテは軽く小突いた。
決して上手いとは言えない2人分の名前がノートの真ん中に並んでいるのを見て、このみとダンテは顔を見合わせて笑う。
ダンテはこのみとしばらくそうして穏やかに笑っていたが、ふとほんの少し複雑そうな顔をした。
「考えてみれば、俺あんまり日本のこと知らないな。このみは努力して英語だいぶ話せるようになったのに、俺は日本のこと知らないなんて、何か不公平じゃないか?」
「不公平?」
ダンテの発想がよく分からなくて、このみは首を傾げた。
このみは覚える必要があってそうしただけで、ダンテが無理に日本のことを学ぶ必要はないのに。
けれどこうして、このみの国のことを知ろうとしてくれるダンテの気持ちは嬉しい。
「日本といえば──やっぱスシ。それにフジヤマ、ニンジャ!なあ、ニンジャってマジでいるの?」
「伊賀とか甲賀に忍者村ならあるんじゃなかったかなぁ。アミューズメントパークみたいな」
「マジで!すげぇ!ニンジャってこうシュリケン投げたり口から火吹いたり、水の上歩いたり、傘を頭にかぶってたりハラキリしたりするんだろ?」
「……ん?」
何だか、途中から違うものが混じっているような。
それに実際の忍者はもっと地味な感じだとこのみは思うのだけれど。
このみも本物の忍者は見たことないので何とも言えないが。
「……やろうと思えばダンテにもできそうじゃない?」
なんて言ったって、壁を歩いたり、指を鳴らすだけで剣を呼んだりなんかができる人なのだ。
忍者村のスタッフよりもよっぽどダンテの方が忍者らしいと言える。
「分かってねーなあこのみは!俺のは魔力だけどニンジャのそれは違うだろ?ニンジャはロマンなんだよ!」
「…………そう」
何で外国の人って、ここまで忍者に夢を求めるんだろう。
このみが引きつった笑いを浮かべるのをよそに、ダンテは更に日本について語る。
「あとは……あ、少しは俺も日本語話せるぜ。イタダキマス、ゴチソウサマ」
「あはは、わたしがいつも言ってるもんね」
「そうそう。あとオトーサン、オカーサン。父親と母親のことだろ?」
ダンテに尋ねられて、このみはうっ、とうろたえた。
「ダ、ダンテに覚えられるほど、わたし言ってるかな?」
「言ってるよ。お前が日本思い出して泣くときは絶対にこの単語が出てくるぜ」
「……もう」
ダンテに統計を取られていたのかと考えると、何だか恥ずかしい。
「オトーサンが父親で、オカーサンが母親で合ってる?」
「合ってるけど……」
このみの頬は思わず赤く染まる。
確かに両親を思い出して泣くことはよくあるけれど、そんなに"お父さん""お母さん"の名前を出していたのだろうか。
「まだあるぜ。アリガト、ゴメン、スミ……スミ、マセ?それにドーモ。このみがよく使ってる」
日常生活の中でよく使うその言葉。
とっさに口にしようとして、日本語で返してしまうことがよくあった。
「つい、口に出ちゃうの……」
「アリガトは、Thanksのことだよな?ゴメン、スミなんとか、ドーモは?使い分け方が分かんないんだけど」
「"ごめん"と"すみません"は同じような意味で、sorryとかExcuse meとかpleaseのこと。
"どうも"は説明が難しいなあ。"どうもありがとう""どうもすみません"っていう風に使うの。
感謝も謝罪もどっちも表せるというか……」
このみがそう説明すると、ふうん、とダンテは相槌を打った。
「日本語ってありがとうもごめんなさいも一緒に言うのか?変なの」
「こればっかりはお国柄だからね」
ありがとう、と言うべきところで、ごめんと謝ってしまって、このみは何度かダンテに不思議がられたことがある。
こういうところで日本語と英語の違いが表れるのかと面白く思う反面、謝罪ばかりいつも口にするのは情けなくも感じてしまう。
できれば「ごめんなさい」よりも先に、「ありがとう」と返せるようになりたい。
その方が、きっとダンテも喜ぶと思うから。
ダンテはそんなこのみを見下ろしながら、何か面白いことを見つけたかのように目を細めた。
「……なあこのみ。……I love you は日本語でなんて言う?」
「えっ!?」
突然ダンテに尋ねられて、このみは言葉に詰まった。
"I love you"の部分だけ妙に強調されて、頭の中でメリーゴーランドのようにぐるぐると回る。
冷静にならなければ、と思っても顔は勝手に赤くなってしまって、どうしようもない。
「な、なんでそんなこと聞くの!?」
「あー、んー、日本人の女の子を口説く時の参考にしようかと」
しれっとダンテはそんなことを言うが、このみだってダンテの気持ちが誰に向かっているのか薄々分かっている。
このみは動揺を隠しきれずにあわあわと口を動かした。
「お、教えない……」
「何で。俺はこのみに英語教えてるんだから、このみが俺に日本語教えてくれてもいいだろ?」
「使用目的がふじゅんだから、ダメです!」
「不純、な。はい、Repeat after me」
「不純!」
「よろしい。で?教えてくれないの?」
ニコニコと笑うダンテの表情は、どこまでも食い下がるつもりのようだった。
しばらく赤い顔のこのみと笑顔のダンテの睨み合いが続いていたが、このみは観念して、熱を持った顔のまま溜め息をついた。
「えーっと、あ、"愛してる"……かな……」
「アイ……何?」
「"あいしてる"……」
「アイ、シ?」
「"あいしてる"……って、わざとやってるでしょ!」
恥ずかしさに耐えきれなくなって、このみは声を上げた。
ダンテに面と向かって「愛してる」と言い続けるなんて、どんな拷問だ。
「ひでーな、このみ。俺は大真面目にやってるのに」
「だって、顔が笑ってるんだもん……!」
このみがそう指摘すると、ダンテは口を手元で隠し、ごまかすように咳払いした。
「それに、"愛してる"なんてよっぽど親しい人にしか使わないよ。……初対面の女の子にそんなこと言ったら、引かれちゃうよ」
あえて、自分ではない女の子のことを想定して、このみはそう言った。
ダンテが他の日本人の女の子に"愛してる"と囁くところを想像すると、何だか胸の奥がもやもやとするけれど……。
このみは心のうちのもやもやを押さえつけるように、胸に手を置く。
ダンテはこのみの言葉に不満そうに眉を寄せたかと思うと、このみに尋ねた。
「このみ、俺達初対面じゃないよな?」
「え……う、うん……」
「俺達、結構親しいよな?」
「ど、どうかな……?」
既に彼と出会ってから一年以上。
彼と過ごした時間は、この世界の他の誰よりも長い。
一番仲がいいのは誰かと聞かれると、やっぱりそれはダンテになるんだろうか。
ダンテは胸に当てていたこのみの左手を取った。
目を見張るこのみの目の前で、その手はダンテの口元へ運ばれていく。
その手の甲にひとつ触れるだけのキスを落として、ダンテはこのみに視線を合わせた。
「"あいしてる"……」
吐息混じりに囁かれた言葉に心臓が強く脈打って、このみの頬はこれ以上ないほど赤く染まった。
アイスブルーの瞳がじっとこのみを見上げて、何か答えを待つように揺らいでいる。
「…………………………」
けれど、このみは何の答えも紡ぎ出せないまま、そっとダンテから視線を外した。
落胆したような表情を見せるダンテだが、その顔はこのみの瞳に映らない。
「……日本の女の子を口説く時って、こんな感じでいいと思う?」
気を取り直すように、このみをからかうような声色でダンテは尋ねた。
彼と視線が合わせられないまま、このみは言う。
「そんなのしらない……」
顔を背けるこのみの頭を、ダンテは少し硬い笑顔でぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「日本語教えてくれて、"ドーモアリガト"」
「……どういたしまして」
手櫛で乱れた髪を整えるこのみを見て、微かに寂しそうな顔で笑うと、ダンテは机から離れた。
「もーカード失くすなよー」
『………………ごめん』
俯くこのみを見て、ダンテは一瞬目を見開いて……いつもの、軽い口調で言葉を紡ぐ。
「こういう時は、ありがとうだろ」
「……うん……ありがとう」
このみの謝罪は、単語カードを見つけてくれたことに対するものではない。
ダンテもきっと、それは分かっているのだろう。
「じゃあ……おやすみ」
「うん、おやすみ」
ぎこちない空気を忌避するように、ダンテはこのみの部屋を出て行った。
このみは静かに閉じられたドアを見つめて、一言呟く。
『ごめん……………』
***あとがき***
ダンテがヒロインに日本語を教えてもらう話でした。
リクを下さった方、ありがとうございました!!
最後がほんのり切なげな感じになってしまいましたが、こんな感じでよかったでしょうか。
ヒロインの先生になるダンテも、生徒になるダンテもどっちも萌えるなあ!
ダンテはスーツにメガネとかも似合いそうだ。