冬の音
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* * *
冬といえば、布団のぬくもりが恋しくなる季節。
他の季節ならいざ知れず、這い上がるような寒さが襲い来る冬では、このみも魔性の誘惑を放つそれには抗い難かった。
そこに眠気という付加価値があれば、尚更だ。
サイドテーブルに置かれた目覚まし時計が、早朝のこのみの部屋の中で鳴り響く。
ジリジリとけたたましく鳴るベルを黙らせようと、このみの腕が時計へ伸びる。
なるべく体が布団の外へ露出しないよう、このみは手の感触だけで喚く時計を止めた。
さすがに毎日同じ行為を繰り返していれば、そちらを見なくとも目覚ましを止めることは容易い。
このみは布団からはみ出た腕を温めようと、伸ばした腕を引っ込めた。
未だ夢うつつな状態にあるこのみは、更なるぬくもりを求めて布団の中で小さくなる。
楽園があるとすれば、そこはきっとこの布団の中のような暖かさなのだろう。
目覚ましはいつも余裕をもった時間に設定しているから、ほんの少しゴロゴロしていても大丈夫だ。
まさに慢心としか言いようがないが、完全な覚醒には至らないこのみはそこまで考えが及ばなかった。
それがこのみの敗因。
ベッドに身を預けたこのみは、いつしかまた心地よい眠気に誘われ、夢の中へと落ちていった。
(あれ……目覚ましが鳴ったのはいつだったっけ)
再びまどろみから覚めたこのみが最初に思ったのは、それだった。
そういえば、止めた覚えがあるような。
それとも、それは夢の中の出来事?
また腕だけ伸ばして、このみはサイドテーブルを探った。
その手が目覚まし時計に触れて、掴み上げて布団の中に引き入れる。
寝ぼけ眼で針が指す数字を確認し、このみは固まった。
見間違い、どうかそうであって欲しい。
ギュッと閉じた瞳をそろそろと開け、このみはもう一度時刻を確認する。
次の瞬間、このみはベッドから跳ね起きていた。
* * *
廊下を走る物音で、ダンテは目を覚ました。
時計を確認すれば、このみがそろそろバイトのために家を出る時間。
出掛け間際でこのみが慌ただしくしているのかと思ったが、それにしては急ぎ方が尋常でなかった。
不審に思ったダンテはベッドから起き上がる。
冬の間暖炉は常に焚いてあるが、夜は危ないのでその火も小さく、それ故朝は冷えた空気が家中を包んでいて寒い。
ダンテは寒さに身を小さくしながら自室を出た。
このみの部屋の方を見ると、よほど慌てていたのかドアが開けっ放しになっていた。
それを閉めてから、ダンテは階段へ向かう。
降りる途中、ふとリビングを眺めて、ダンテは驚きのあまり目を見開いた。
階段を降りていったダンテの目に飛び込んできたもの。
それはリビングのど真ん中でパジャマを脱ぐこのみの姿だった。
過度な露出を嫌うこのみのあまりにも無防備な姿に、ダンテは変な声を上げそうになって思わず口を押さえる。
パジャマを脱いだ上半身は裸で、滑らかな背中と黒髪の色の対比が何だか艶めかしい。
ピンク色のショーツが肌色の中鮮やかで、さらにそこなら伸びるすんなりとした足も柔らかそうだった。
いつもは衣服の下に隠されているこのみの肌が惜しげもなく晒されていて、もの凄く貴重なものを見ているようだ。
足元に脱ぎ捨てられたパジャマをそのままに、このみはソファーの背もたれに引っ掛けておいたブラジャーを身に付け始める。
ダンテからは上手い具合に背中側しか見えなかったが、それが逆に想像をかきたてた。
下着を着け終えたこのみは、今度は衣類に袖を通す。
まさに服に手足を突っ込む、といった様子のそれは色気の欠片もなかったが、
普段なら絶対に見られないだろうこのみの大胆な姿に、ダンテは視線を奪われていた。
大慌てで着替え終えたこのみがダンテの方を振り向いて、視線を受けていることに気付いて固まった。
「おはようこのみ」
ダンテが声をかけるとその顔が矢庭に赤く染まっていく。
「みっ、みた!?」
今にも泣き出しそうに顔を歪めるこのみを可哀想に思う反面、イタズラ心もわいてきて、ダンテは笑う。
「まさか朝からこのみのストリップが見れるとは思わなかったな」
「脱いだとこから見てたの!?」
顔から火が出んばかりに真っ赤になったこのみは、挙動不審な程にうろたえるが、ダンテが時計を指さすと飛び上がった。
「ね、寝坊したの!!」
「見てりゃ分かるよ」
「お、お化粧。お化粧もまだ!」
そう言いながらこのみは洗面所へ消え、戻ってきたかと思うと歯ブラシを口にくわえながら片手で机に化粧道具を広げた。
裸を見られたにもかかわらず、それを気にする余裕もないようだ。
ダンテは苦笑いしながら、床に放置されたこのみのパジャマを畳んでやる。
未だこのみの体温が残っているそれに触れて、少しドキドキした。
「このみ、朝飯食わないのか?」
「食べる時間ない……!」
いつも余裕をもって行動するこのみが、こんなに慌てているところを見るのは初めてだ。
歯を磨き終えて顔を洗ったこのみは、早速化粧に取りかかり始める。
いつもならダンテに化粧をしている姿など見せないのに、今日のこのみはそこまで気が回らないようだ。
真剣に鏡に向かうこのみの表情や、化粧を施す手付きは女のそれで、いつも可愛い可愛いと思っていたこのみにも、こんな女を感じさせるような面があったのかと思うと、不思議な気分になる。
とりあえずこのみのためにミネラルウォーターを入れてやり、それを化粧中の彼女の前に置く。
「ありがとう!」
このみは一気にそれを飲み干すと、最後にリップグロスを乗せた。
もうこのみが家を出る時間を15分ほど過ぎている。
このみが化粧をしている間に着替え終えたダンテは、大慌てでコートを着込むこのみに向かって言った。
「このみ、送ってってやる。バイクの後ろに乗れ」
その言葉を聞いて、このみの目が見開かれた。
次にはその瞳がうるみ始める。
「ううう……ありがとう、ダンテ……!やっぱり持つべきものはダンテだね……!」
「いいから行くぞ」
よく分からない賛辞を送るこのみに笑いながら、ダンテはバイクの鍵を持って事務所を出る。
このみを後ろに乗せて、自分自身もバイクにまたがった。
「しっかり掴まってろよ」
その言葉に頷いたこのみは、ダンテの腰に手を回し、ピタリと胸をダンテの背中にくっつける。
分厚いコートに阻まれてその感触まではよく分からなかったが、背中にこのみの胸が押し付けられていると考えると、何というか、率直に言えば興奮する。
できれば長くこの状況を味わっていたいが、このみを遅刻させるわけにはいかない。
冬の身を切るような冷たさの中、ダンテはバイクを発進させた。
桜屋に着くとこのみはバイクから飛び降りて、ヘルメットを取った。
ギリギリいつもの時間に間に合ったようだ。
「ダンテ、ありがとう!助かった!」
「バイト頑張れよー」
慌てて従業員入り口へ駆け込むこのみにそう声をかけ、その背中を見送る。
このみが桜屋の中に消えるのを見届けたダンテは、ほっと一息つくと、事務所へ戻るためにバイクを反転させた。
ふと空を見上げれば、薄灰色の雲が一面を覆っている。
身に迫るようなこの寒さといい、雪でも降るのだろうか。
ダンテは寒風吹き荒ぶ街並みの中、暖を求めて事務所へと急いだ。
* * *
『あちゃー、結構降ってるよ、このみちゃん』
『本当……』
このみと同じバイト仲間で日本人留学生の青年が、空を見上げて呟いた。
バイトを終えたこのみ達が桜屋から出ると、灰色の空から大粒の雪がとめどなく降り続いていた。
空から降る雪が地面に触れる微かな音が、そこらじゅうで響いている。
この中を帰ろうとすると頭に雪を積もらせることを覚悟しなければならない。
仕方なく雪の中に足を踏みだそうとしたところで、このみは横から声をかけられた。
「このみ!」
「ダンテ?」
桜屋の軒下で、ダンテがその手に傘を二本持って立っていた。
「迎えに来てくれたの?」
「まあな」
この寒い中、このみを待っていてくれたのだろうか。
いつになく甲斐甲斐しい彼の態度に疑問を抱きつつも、やっぱり嬉しくてこのみは自然と笑顔になる。
『このみちゃんの彼氏?』
『う、えっ!?ち、違いますっ』
バイト仲間に尋ねられて、このみは思わず赤面する。
彼はにやにやと面白そうにこのみを見つめていた。
『まったまたー。今朝バイク一緒に2人乗りしてた人だろ?朝から一緒ってことは同棲してるの?やるなあ』
動揺するこのみをよそに、彼はダンテに向かって自己紹介し始めた。
「ども、初めまして。このみちゃんと一緒にここでバイトしてます」
「どーも。このみが世話になってるな」
このみは彼が余計なことを言わないかハラハラしながらそれを見守るしかない。
『……じゃ、お邪魔虫はさっさと帰ります。このみちゃん、お疲れ』
「あ、ちょっと待て」
雪の中傘もなしに歩き出そうとした青年を、ダンテが呼び止める。
振り返った青年に、ダンテは片方の傘を差し出した。
「貸してやる」
「えっ、いいんすか?」
「俺とこのみは一緒に入るから」
にっこり笑いながらダンテに肩を抱き寄せられて、このみは瞬時に真っ赤になる。
青年はこのみとダンテの顔を交互に見比べて、やや呆れたように呟いた。
『今日はあついですね……』
暑い、なのか。それとも熱いなのか。
「……じゃあありがたく借りていきます。今度バイト入った時にこのみちゃんに返しますんで」
「ああ」
青年はダンテの手から受け取った傘を広げると、雪の中を歩き出した。
『お疲れさまでした!』
このみが後ろ姿に声をかけると、その傘を軽く持ち上げて応えてくれた。
「さてと……俺達も帰るか」
「うん。迎えに来てくれてありがとう」
このみが礼を言うと、ダンテは瞳を和ませてこのみの頭を撫でる。
傘を広げて、ダンテとこのみは並んで白く染まった街を歩き出した。
「傘、持たせてごめんね」
「お前が持つと、腕が大変だろ」
なにせこの身長差。
このみが傘を持てば、ダンテの頭に傘をぶつけまくる様子が容易に想像できる。
「今日のダンテは何だか優しいね」
「今日も、だろ。んー、まあ、今朝このみの裸見たからご機嫌取りしてるというか」
「……言わなければ素直に感心してたのに!」
朝の出来事を思い出して、このみの顔は真っ赤になる。
「どっ、どこまで見た!?」
「残念なことに背中しか見えなかった」
「ほ、ほんとうに!?」
背中とは言えほぼ裸に近い姿を見られたことのショックは大きい。
だが正面を見られるよりはずっとマシだ。
「って言うか、なんでリビングのど真ん中で着替えてたんだよ。言い訳みたいでなんだけどありゃ完全に不可抗力だぜ」
「だっ、だってリビングは暖炉があるからあったかいし……。あそこで着替えたわたしが悪かったんだって、分かってるよ……」
だからダンテを非難するような言葉は言えない。
そもそも寝坊しなければ裸を見られることもなかったのだ。
遅刻しないようバイクを出してくれたダンテに感謝こそすれ、責め立てる理由はない。
「う、うぅ~……」
それでもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
浅はかな自分に呆れるやら腹が立つやらで、このみは真っ赤に染めた頬を手で押さえた。
ダンテはそんなこのみを面白そうに見下ろしながら、いつものようにこのみをからかう。
「このみ、ここは"もうわたしお嫁に行けないっ!ダンテッ、責任取ってっ!"って言うところだろ」
「そんなこと絶対に言わないもんっ!」
「ちぇっ、なんだよピンクのパンツのくせに」
「なっ……!し、下着の色は関係ないでしょ!?」
往来で下着の色をバラされて、このみは憤慨する。
通り過ぎる少年に「ピンクのパンツ」と生暖かい目で見られて、このみの顔は真っ赤に染まった。
足元にある雪を一掴みして、ダンテの方へ投げつけようとしたが、固まりきっていないそれは風に煽られてこのみの顔に降り注いだ。
「うぶっ!」
怯んだこのみが一歩下がろうとすると、その足元の雪は通行人に踏まれてシャーベット状になっていた。
「きゃっ……」
それに足を滑らせたこのみの体が傾く。
「おいっ、このみ!」
このみの体を支えようと腕を差し出したダンテだが、そこも溶けかけた雪で足元がぬかるんでおり、このみの体を支えるには踏ん張りがきかなかった。
「いたっ!」
「うわっ」
……結果、2人仲良く雪道に転倒する羽目になる。
夕方、家路に着こうとする通行人達から笑いの声が漏れた。
このみはべしゃべしゃな地面の上で、情けない声を上げる。
「あーん、もう、踏んだり蹴ったりだぁ……」
「ははっ、俺転んだの久しぶりだ」
何がおかしいのか、ダンテは笑いながらその場に立ち上がった。
「ほら、このみ」
未だ座り込んでいるこのみに、ダンテは手を差し出す。
元はと言えば、ダンテが道の真ん中で他人の下着の色をバラしたりするからこんな事になったのに。
むう、と膨れっ面でダンテを見上げると、彼は笑いながらも謝った。
「悪かったって。帰ってあったかいもん飲もう。俺が淹れてやるから」
「……うん」
ダンテの手を取ったこのみは、彼に引っ張り上げられて立ち上がる。
このみの頭や肩に降り積もった雪を払って、ダンテは傘を差し出した。
この心遣いもご機嫌取りなのかしらと考えるが、それでも彼の優しさが嬉しい。
「……ありがと。ダンテまで転ばせて、ごめんね。帰ったら、ダンテの分はわたしが淹れるから……ふたりで交換しよ」
ほんのり照れながらこのみが言うと、ダンテは驚いたように目を見開いた。
「……ああ」
頷いてとろけるような笑顔を見せたかと思うと、通行人の視線から2人を隠すように傘を傾ける。
何事かと思って見上げるこのみに、ダンテは顔を寄せた。
寒さで赤く染まったこのみの頬に、ダンテの唇が押し当てられる。
思わず固まって耳まで真っ赤になったこのみに、いたずらっぽく笑いながらダンテは囁く。
「……あったかくなるおまじない」
──確かに、雪に顔を埋めたくなるほど顔は熱を持っているけれど……!
「さー、帰るか」
そう言って傘を持ち直したダンテは何事もなかったかのように歩き出す。
このみは真っ赤になった顔を俯かせ、足元の雪を見つめつつダンテの隣に立った。
……本当に、この人には敵わない。
白の絨毯にふたつ並んだ足跡を残しながら、2人は雪の降る街を歩く。
***あとがき***
クリスマスに引き続いて雪ネタになってしまいました。
今回の話もべた甘です。(当社比で)
寒いと余計、いちゃいちゃさせたくなります!
てゆーかこの二人、ほんとに付き合ってないのか?
言わないだけでお互いの気持ちに気付いてるって、両片思いとは言わないのかな?
あとヒロインは寝る時ブラは外すタイプのようです。
冬の朝に裸になってつけるの、結構辛いのも分かります。
だからといって、リビングですっぽんぽんになるのは流石に無しだろうヒロインさん。
メイク中の姿も見られるしで、受難続きな一日のヒロインでした。
冬といえば、布団のぬくもりが恋しくなる季節。
他の季節ならいざ知れず、這い上がるような寒さが襲い来る冬では、このみも魔性の誘惑を放つそれには抗い難かった。
そこに眠気という付加価値があれば、尚更だ。
サイドテーブルに置かれた目覚まし時計が、早朝のこのみの部屋の中で鳴り響く。
ジリジリとけたたましく鳴るベルを黙らせようと、このみの腕が時計へ伸びる。
なるべく体が布団の外へ露出しないよう、このみは手の感触だけで喚く時計を止めた。
さすがに毎日同じ行為を繰り返していれば、そちらを見なくとも目覚ましを止めることは容易い。
このみは布団からはみ出た腕を温めようと、伸ばした腕を引っ込めた。
未だ夢うつつな状態にあるこのみは、更なるぬくもりを求めて布団の中で小さくなる。
楽園があるとすれば、そこはきっとこの布団の中のような暖かさなのだろう。
目覚ましはいつも余裕をもった時間に設定しているから、ほんの少しゴロゴロしていても大丈夫だ。
まさに慢心としか言いようがないが、完全な覚醒には至らないこのみはそこまで考えが及ばなかった。
それがこのみの敗因。
ベッドに身を預けたこのみは、いつしかまた心地よい眠気に誘われ、夢の中へと落ちていった。
(あれ……目覚ましが鳴ったのはいつだったっけ)
再びまどろみから覚めたこのみが最初に思ったのは、それだった。
そういえば、止めた覚えがあるような。
それとも、それは夢の中の出来事?
また腕だけ伸ばして、このみはサイドテーブルを探った。
その手が目覚まし時計に触れて、掴み上げて布団の中に引き入れる。
寝ぼけ眼で針が指す数字を確認し、このみは固まった。
見間違い、どうかそうであって欲しい。
ギュッと閉じた瞳をそろそろと開け、このみはもう一度時刻を確認する。
次の瞬間、このみはベッドから跳ね起きていた。
* * *
廊下を走る物音で、ダンテは目を覚ました。
時計を確認すれば、このみがそろそろバイトのために家を出る時間。
出掛け間際でこのみが慌ただしくしているのかと思ったが、それにしては急ぎ方が尋常でなかった。
不審に思ったダンテはベッドから起き上がる。
冬の間暖炉は常に焚いてあるが、夜は危ないのでその火も小さく、それ故朝は冷えた空気が家中を包んでいて寒い。
ダンテは寒さに身を小さくしながら自室を出た。
このみの部屋の方を見ると、よほど慌てていたのかドアが開けっ放しになっていた。
それを閉めてから、ダンテは階段へ向かう。
降りる途中、ふとリビングを眺めて、ダンテは驚きのあまり目を見開いた。
階段を降りていったダンテの目に飛び込んできたもの。
それはリビングのど真ん中でパジャマを脱ぐこのみの姿だった。
過度な露出を嫌うこのみのあまりにも無防備な姿に、ダンテは変な声を上げそうになって思わず口を押さえる。
パジャマを脱いだ上半身は裸で、滑らかな背中と黒髪の色の対比が何だか艶めかしい。
ピンク色のショーツが肌色の中鮮やかで、さらにそこなら伸びるすんなりとした足も柔らかそうだった。
いつもは衣服の下に隠されているこのみの肌が惜しげもなく晒されていて、もの凄く貴重なものを見ているようだ。
足元に脱ぎ捨てられたパジャマをそのままに、このみはソファーの背もたれに引っ掛けておいたブラジャーを身に付け始める。
ダンテからは上手い具合に背中側しか見えなかったが、それが逆に想像をかきたてた。
下着を着け終えたこのみは、今度は衣類に袖を通す。
まさに服に手足を突っ込む、といった様子のそれは色気の欠片もなかったが、
普段なら絶対に見られないだろうこのみの大胆な姿に、ダンテは視線を奪われていた。
大慌てで着替え終えたこのみがダンテの方を振り向いて、視線を受けていることに気付いて固まった。
「おはようこのみ」
ダンテが声をかけるとその顔が矢庭に赤く染まっていく。
「みっ、みた!?」
今にも泣き出しそうに顔を歪めるこのみを可哀想に思う反面、イタズラ心もわいてきて、ダンテは笑う。
「まさか朝からこのみのストリップが見れるとは思わなかったな」
「脱いだとこから見てたの!?」
顔から火が出んばかりに真っ赤になったこのみは、挙動不審な程にうろたえるが、ダンテが時計を指さすと飛び上がった。
「ね、寝坊したの!!」
「見てりゃ分かるよ」
「お、お化粧。お化粧もまだ!」
そう言いながらこのみは洗面所へ消え、戻ってきたかと思うと歯ブラシを口にくわえながら片手で机に化粧道具を広げた。
裸を見られたにもかかわらず、それを気にする余裕もないようだ。
ダンテは苦笑いしながら、床に放置されたこのみのパジャマを畳んでやる。
未だこのみの体温が残っているそれに触れて、少しドキドキした。
「このみ、朝飯食わないのか?」
「食べる時間ない……!」
いつも余裕をもって行動するこのみが、こんなに慌てているところを見るのは初めてだ。
歯を磨き終えて顔を洗ったこのみは、早速化粧に取りかかり始める。
いつもならダンテに化粧をしている姿など見せないのに、今日のこのみはそこまで気が回らないようだ。
真剣に鏡に向かうこのみの表情や、化粧を施す手付きは女のそれで、いつも可愛い可愛いと思っていたこのみにも、こんな女を感じさせるような面があったのかと思うと、不思議な気分になる。
とりあえずこのみのためにミネラルウォーターを入れてやり、それを化粧中の彼女の前に置く。
「ありがとう!」
このみは一気にそれを飲み干すと、最後にリップグロスを乗せた。
もうこのみが家を出る時間を15分ほど過ぎている。
このみが化粧をしている間に着替え終えたダンテは、大慌てでコートを着込むこのみに向かって言った。
「このみ、送ってってやる。バイクの後ろに乗れ」
その言葉を聞いて、このみの目が見開かれた。
次にはその瞳がうるみ始める。
「ううう……ありがとう、ダンテ……!やっぱり持つべきものはダンテだね……!」
「いいから行くぞ」
よく分からない賛辞を送るこのみに笑いながら、ダンテはバイクの鍵を持って事務所を出る。
このみを後ろに乗せて、自分自身もバイクにまたがった。
「しっかり掴まってろよ」
その言葉に頷いたこのみは、ダンテの腰に手を回し、ピタリと胸をダンテの背中にくっつける。
分厚いコートに阻まれてその感触まではよく分からなかったが、背中にこのみの胸が押し付けられていると考えると、何というか、率直に言えば興奮する。
できれば長くこの状況を味わっていたいが、このみを遅刻させるわけにはいかない。
冬の身を切るような冷たさの中、ダンテはバイクを発進させた。
桜屋に着くとこのみはバイクから飛び降りて、ヘルメットを取った。
ギリギリいつもの時間に間に合ったようだ。
「ダンテ、ありがとう!助かった!」
「バイト頑張れよー」
慌てて従業員入り口へ駆け込むこのみにそう声をかけ、その背中を見送る。
このみが桜屋の中に消えるのを見届けたダンテは、ほっと一息つくと、事務所へ戻るためにバイクを反転させた。
ふと空を見上げれば、薄灰色の雲が一面を覆っている。
身に迫るようなこの寒さといい、雪でも降るのだろうか。
ダンテは寒風吹き荒ぶ街並みの中、暖を求めて事務所へと急いだ。
* * *
『あちゃー、結構降ってるよ、このみちゃん』
『本当……』
このみと同じバイト仲間で日本人留学生の青年が、空を見上げて呟いた。
バイトを終えたこのみ達が桜屋から出ると、灰色の空から大粒の雪がとめどなく降り続いていた。
空から降る雪が地面に触れる微かな音が、そこらじゅうで響いている。
この中を帰ろうとすると頭に雪を積もらせることを覚悟しなければならない。
仕方なく雪の中に足を踏みだそうとしたところで、このみは横から声をかけられた。
「このみ!」
「ダンテ?」
桜屋の軒下で、ダンテがその手に傘を二本持って立っていた。
「迎えに来てくれたの?」
「まあな」
この寒い中、このみを待っていてくれたのだろうか。
いつになく甲斐甲斐しい彼の態度に疑問を抱きつつも、やっぱり嬉しくてこのみは自然と笑顔になる。
『このみちゃんの彼氏?』
『う、えっ!?ち、違いますっ』
バイト仲間に尋ねられて、このみは思わず赤面する。
彼はにやにやと面白そうにこのみを見つめていた。
『まったまたー。今朝バイク一緒に2人乗りしてた人だろ?朝から一緒ってことは同棲してるの?やるなあ』
動揺するこのみをよそに、彼はダンテに向かって自己紹介し始めた。
「ども、初めまして。このみちゃんと一緒にここでバイトしてます」
「どーも。このみが世話になってるな」
このみは彼が余計なことを言わないかハラハラしながらそれを見守るしかない。
『……じゃ、お邪魔虫はさっさと帰ります。このみちゃん、お疲れ』
「あ、ちょっと待て」
雪の中傘もなしに歩き出そうとした青年を、ダンテが呼び止める。
振り返った青年に、ダンテは片方の傘を差し出した。
「貸してやる」
「えっ、いいんすか?」
「俺とこのみは一緒に入るから」
にっこり笑いながらダンテに肩を抱き寄せられて、このみは瞬時に真っ赤になる。
青年はこのみとダンテの顔を交互に見比べて、やや呆れたように呟いた。
『今日はあついですね……』
暑い、なのか。それとも熱いなのか。
「……じゃあありがたく借りていきます。今度バイト入った時にこのみちゃんに返しますんで」
「ああ」
青年はダンテの手から受け取った傘を広げると、雪の中を歩き出した。
『お疲れさまでした!』
このみが後ろ姿に声をかけると、その傘を軽く持ち上げて応えてくれた。
「さてと……俺達も帰るか」
「うん。迎えに来てくれてありがとう」
このみが礼を言うと、ダンテは瞳を和ませてこのみの頭を撫でる。
傘を広げて、ダンテとこのみは並んで白く染まった街を歩き出した。
「傘、持たせてごめんね」
「お前が持つと、腕が大変だろ」
なにせこの身長差。
このみが傘を持てば、ダンテの頭に傘をぶつけまくる様子が容易に想像できる。
「今日のダンテは何だか優しいね」
「今日も、だろ。んー、まあ、今朝このみの裸見たからご機嫌取りしてるというか」
「……言わなければ素直に感心してたのに!」
朝の出来事を思い出して、このみの顔は真っ赤になる。
「どっ、どこまで見た!?」
「残念なことに背中しか見えなかった」
「ほ、ほんとうに!?」
背中とは言えほぼ裸に近い姿を見られたことのショックは大きい。
だが正面を見られるよりはずっとマシだ。
「って言うか、なんでリビングのど真ん中で着替えてたんだよ。言い訳みたいでなんだけどありゃ完全に不可抗力だぜ」
「だっ、だってリビングは暖炉があるからあったかいし……。あそこで着替えたわたしが悪かったんだって、分かってるよ……」
だからダンテを非難するような言葉は言えない。
そもそも寝坊しなければ裸を見られることもなかったのだ。
遅刻しないようバイクを出してくれたダンテに感謝こそすれ、責め立てる理由はない。
「う、うぅ~……」
それでもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
浅はかな自分に呆れるやら腹が立つやらで、このみは真っ赤に染めた頬を手で押さえた。
ダンテはそんなこのみを面白そうに見下ろしながら、いつものようにこのみをからかう。
「このみ、ここは"もうわたしお嫁に行けないっ!ダンテッ、責任取ってっ!"って言うところだろ」
「そんなこと絶対に言わないもんっ!」
「ちぇっ、なんだよピンクのパンツのくせに」
「なっ……!し、下着の色は関係ないでしょ!?」
往来で下着の色をバラされて、このみは憤慨する。
通り過ぎる少年に「ピンクのパンツ」と生暖かい目で見られて、このみの顔は真っ赤に染まった。
足元にある雪を一掴みして、ダンテの方へ投げつけようとしたが、固まりきっていないそれは風に煽られてこのみの顔に降り注いだ。
「うぶっ!」
怯んだこのみが一歩下がろうとすると、その足元の雪は通行人に踏まれてシャーベット状になっていた。
「きゃっ……」
それに足を滑らせたこのみの体が傾く。
「おいっ、このみ!」
このみの体を支えようと腕を差し出したダンテだが、そこも溶けかけた雪で足元がぬかるんでおり、このみの体を支えるには踏ん張りがきかなかった。
「いたっ!」
「うわっ」
……結果、2人仲良く雪道に転倒する羽目になる。
夕方、家路に着こうとする通行人達から笑いの声が漏れた。
このみはべしゃべしゃな地面の上で、情けない声を上げる。
「あーん、もう、踏んだり蹴ったりだぁ……」
「ははっ、俺転んだの久しぶりだ」
何がおかしいのか、ダンテは笑いながらその場に立ち上がった。
「ほら、このみ」
未だ座り込んでいるこのみに、ダンテは手を差し出す。
元はと言えば、ダンテが道の真ん中で他人の下着の色をバラしたりするからこんな事になったのに。
むう、と膨れっ面でダンテを見上げると、彼は笑いながらも謝った。
「悪かったって。帰ってあったかいもん飲もう。俺が淹れてやるから」
「……うん」
ダンテの手を取ったこのみは、彼に引っ張り上げられて立ち上がる。
このみの頭や肩に降り積もった雪を払って、ダンテは傘を差し出した。
この心遣いもご機嫌取りなのかしらと考えるが、それでも彼の優しさが嬉しい。
「……ありがと。ダンテまで転ばせて、ごめんね。帰ったら、ダンテの分はわたしが淹れるから……ふたりで交換しよ」
ほんのり照れながらこのみが言うと、ダンテは驚いたように目を見開いた。
「……ああ」
頷いてとろけるような笑顔を見せたかと思うと、通行人の視線から2人を隠すように傘を傾ける。
何事かと思って見上げるこのみに、ダンテは顔を寄せた。
寒さで赤く染まったこのみの頬に、ダンテの唇が押し当てられる。
思わず固まって耳まで真っ赤になったこのみに、いたずらっぽく笑いながらダンテは囁く。
「……あったかくなるおまじない」
──確かに、雪に顔を埋めたくなるほど顔は熱を持っているけれど……!
「さー、帰るか」
そう言って傘を持ち直したダンテは何事もなかったかのように歩き出す。
このみは真っ赤になった顔を俯かせ、足元の雪を見つめつつダンテの隣に立った。
……本当に、この人には敵わない。
白の絨毯にふたつ並んだ足跡を残しながら、2人は雪の降る街を歩く。
***あとがき***
クリスマスに引き続いて雪ネタになってしまいました。
今回の話もべた甘です。(当社比で)
寒いと余計、いちゃいちゃさせたくなります!
てゆーかこの二人、ほんとに付き合ってないのか?
言わないだけでお互いの気持ちに気付いてるって、両片思いとは言わないのかな?
あとヒロインは寝る時ブラは外すタイプのようです。
冬の朝に裸になってつけるの、結構辛いのも分かります。
だからといって、リビングですっぽんぽんになるのは流石に無しだろうヒロインさん。
メイク中の姿も見られるしで、受難続きな一日のヒロインでした。